ご注文をどうぞ
この世界では曜日のことは用日と表記しております。ご注意を。
「ママ、酒瓶二本!」
「はいよ〜」
今日は並用日の真ん中の炊日。つまり、一週間の中で学校がある日の折り返しの用日となる。学校から帰ってすぐ、鞄を二階の休憩室に置いてエプロンをまとった。学校がある日でも、大抵は暇ができたら酒場のお手伝いをしている。まだろくに戦力にもならないような頃から店に出ているだけあって、最近は割とお役にたてている気がして嬉しい。
「私たちはとっても助かるけど、いいの?いつも手伝って貰っちゃって。お友達ともっと遊んできてもいいのよ?」
「いーのいーの!好きでやってるから!」
「ほんと、素敵な娘を貰ったわ」
「ふふ、ありがと。行って来るね」
好きでやっている。というのは心からの言葉。お客さんとお話するのは楽しいし、いろんな人と触れられるから刺激になるもの。まぁ、面倒なお客様が居ないと言ったら嘘になるのだけど。
「ふーれあちゃん!」
「はい!ご注文を……」
って間違った、セオさんは無視すれば良かった。いや店員としてしちゃだめなんだけどね。だめなんだけど……。
「ねぇ、今日こそは僕とデートしてくれないかな?」
「お断りします♡」
「そう言わずにさぁ……」
「ご注文をどうぞ?」
「フレアちゃんの愛の……」
無視。
酒の席、宴の席に選ばれやすいから、こういうことには割と慣れつつある。セオさんは場の空気に関係なくこうだけど。
『タンッ』
「は~あ、ずるいねぇフレアちゃん、そう言いつつ、僕の注文したいもの当ててくるんだから」
「常連さんですしまあ分かりますよ。今日は並用日で晴れ。お疲れのご様子ですから、さっぱりした味付けかつ次の日にもたれないものの中でお手頃な値段のもの、でしょう?今日の一番人気です。それでは」
「さっすがぁ。またね〜」
これは、ずっと酒場で過ごしてきたある種の勘ともいえる洞察力だ。ゆるく絡んでくるお客さんをいなしつつ、まともに取り合うのも大変なのでいつからか注文を当てていたら、いつの間にか絡んできた人からは注文を取らずにお届けする仕組みが確立されてしまった。まったくもう!
百発百中ってわけでもないのでほんのり背中に汗をかくときもあるけれど、そもそも間違える可能性も承知でセオさんのようなことをしてくる人が何人もいるのだ。もはやうちの名物の一つにされている。ご機嫌で帰ってくれるんならいいんだけどね。正直腕は鳴る。
セオさんもうちの常連さんだ。お酒を飲んでいるのはほとんど見ないけど、腹ごしらえでよく寄ってくれる。一個上ってだけなのに、なんとなく遠い感じがする不思議な人だ。口の軽さの割にさっぱりとした、ドライとも取れる印象がある。まあそれでも絡んでくるのは少し、いや結構うざったいけれど。
フレアがスカートを緩やかにひるがえして店の奥に消えていくのを、セオはぼんやりと眺めていた。
「う〜ん……そういうところがずるいと思うんだけど、ね」
相変わらずの、呆れたような困ったような笑顔に、少し心も表情も緩んだのが自分でもわかる。笑顔ながらも迷惑そうに少しむくれた表情が見たくてちょっかいをかけてしまうやつが絶えないのを、おそらく彼女は知らない。
なんで疲れてるのばれたんだろ。とつぶやきながら、セオは両手を合わせた。