因縁
翌朝、片翼の使い魔は城の窓際にて、相変わらず煙草を吸っていた。彼女のすぐ隣には、スーツを着込んだ中年男性がいる。
「セツナ……煙草はやめろといつも言っているだろ」
彼曰く、少女の名はセツナと言うらしい。早朝の喫煙の邪魔をされ、セツナは少し不服そうだ。
「ウチだっていつも言ってるでしょ。この煙草はウチのお母さんが吸っていたもので、ウチはその匂いに包まれないと安心できないの」
「やれやれ。それよりセツナ……お前さんに一つバッドニュースがある」
「一体どんなニュースなの?」
彼女は灰皿に吸殻を押し付け、気怠そうな目を男に向けた。男は深いため息をつき、彼女に用件を伝える。
「任務だ。お前さんにはコハクを殺してもらう」
「サイコー。ウチは元々、アイツがいるせいで翼を奪われたんでしょ? これって復讐のチャンスじゃん!」
セツナの顔色が変わった。彼女は生き生きとした微笑みを浮かべ、一瞬にしてその場から消えた。
「全く……せっかちなお嬢ちゃんだ」
男は苦笑いを浮かべ、灰皿に捨てられた吸殻に目を遣った。
*
場所は露店の多い商店街――――セツナは瞬間移動を繰り返し、標的の姿を探す。片翼では空を飛べないのか、はたまた固有魔法を駆使する方が効率的なのか、彼女は様々な建物の屋根の上を転々とする。そして一際高い時計塔の上に降り立った時、セツナは純白の翼の少女の姿を目の当たりにする。
「見ぃつけた」
彼女は舌なめずりをし、コハクの背後に瞬間移動した。
無論、己が命を狙われていることなど、コハクは知る由もない。しかし彼女は殺気を感じ取り、すぐに刺客の方へと振り返る。彼女のすぐ目の前には、緋色の魔力で形成された槍の切っ先が迫っている。
「……!」
コハクは咄嗟に魔力の盾を作り、眼前に突き出された槍を弾いた。セツナはすぐに瞬間移動をし、相手の死角へと潜り込みながら槍を突き出す。そんな攻防が延々と繰り返された。コハクは防戦一方である。
その時である。
「コハク! 動かないで!」
そうメノウが叫ぶや否や、コハクの周囲には無数の剃刀による竜巻が発生した。不意を突かれたセツナは、全身に切り傷を負う。彼女は瞬間移動を繰り返し、必死にメノウの攻撃をかわし続ける。
「……サイテー。ウチとコハクの戦いに割り込まないでよね」
セツナは使い魔である以上、破壊神の依り代を殺すわけにはいかない。彼女は注射器を取り出し、瞬時にメノウの真横へと移動する。色白い肌の首筋に、注射針が迫る。
その直後である。
その先端が彼女の首筋に触れるや否や、注射器は黒い魔力に呑まれて粉砕された。セツナは不服そうな顔でため息をつき、状況を冷静に分析する。
「自らの肉体に触れた対象を破壊する……それが破壊神ザラシュタインの呪いの力。全く面倒くさいねぇ」
そこで彼女は考えた。彼女は何かを抱きしめるような構えを取り、その体勢のままコハクの背後に現れる。回避不能の拘束を受け、コハクは命の危機を感じた。
「ちっ……厄介なことを思いつきやがる!」
「当たり前だよ。ウチは今までずっと、アンタとミカドを殺すために生きてきたんだもん。今日はサイコーの日だね」
セツナは嬉々とした笑みを浮かべつつ、己の右手に魔力で出来た刃物を作り出す。その切っ先は容赦なくコハクの腹を切り裂き、二人の足下に血飛沫を散らしていく。
「ぜぇ……ぜぇ……アンタの目的は……一体なんだ?」
「アハハハハ! サイコー! アンタのことはじわじわと殺してあげる。心臓を刺すのは、最後にしてあげる」
「コイツ……まるで聞いちゃいねぇな」
コハクは歯を食いしばり、己の体に切り傷が出来るたびにそれを回復させていく。この力は、彼女自身の固有魔法ではない。
「触れた対象を修復できる……これは守護神アデルラピスの力かぁ。何度もいたぶれるなんて、サイコー!」
使い魔であるセツナは、コハクの持つ力の正体を知っていた。