夢のような家庭
コハクとの戦いの末に、疲れ果てたマドロミは膝から崩れ落ちる。同時に、コハクとメノウに施されていた魔法が解け、二人は目を覚ます。さっきまで魔力の弾幕を一身に浴びていたマドロミは、すでに満身創痍の状態だ。
コハクはすぐに立ち上がった。彼女は右手に魔力を溜め、青白く光る剣を作り出した。彼女はマドロミの方へとにじり寄り、その切っ先を彼に向ける。
その時である。
「本当の本当に殺すの? この子、まだ子供なんだよ?」
マドロミの命を繋いだのは、メノウの一言であった。コハクは我に返り、手元に生成していた剣を引っ込める。
「……アンタはオレを倒せねぇ。それがわかったなら、早く行け」
彼女は敵を見逃すことを選んだ。マドロミは小さくうなずき、その場から飛び去っていった。
彼の後ろ姿を見送りつつ、コハクは訊ねる。
「アイツについて、何かわかったか?」
無論、マドロミの記憶を見たメノウは、彼についての多くを知っている。しかし彼女は、あえて多くを語りはしなかった。
「あの子には、家庭が必要だと思う。皆が幸せで、仲良しで、ピクニックでサンドウィッチを食べるような、本当の本当に夢のような家庭が」
そう語った彼女の瞳は、どことなく切なさを帯びていた。
*
その日の晩、アストラムの拠点で会議が開かれた。
「気に入らん! メノウを仕留めずに、よくもまあ帰ってこれたものだ!」
案の定、ミカドはマドロミを叱責した。彼女に続き、青髪の男も彼を責める。
「君には呆れたよ……マドロミくん。あの女は、刺し違えてでも殺すべき相手だよ」
二人の言葉に、マドロミは肩を落とすばかりだ。そんな彼のことは気にも留めず、青髪の男は言う。
「愛しのミカド様、次は最強の僕に行かせてくれないかい? どんな任務も、パーフェクトにこなすからさ!」
男は前髪をかき上げ、ミカドに向かってウインクをした。そんな彼に呆れつつ、ミカドは次の刺客を指名する。
「ツヅリ……次はお主が行け。ハザマも同行しろ」
それが彼女の決定だ。青髪の男は舌打ちをし、座席に腰を降ろす。
ツヅリとハザマは、与えられた任務を引き受ける。
「はい……ミカド様。必ずや……ワタシが……あの娘を……」
「頼りにしてるぜ、ツヅリ」
次の刺客は、この二人だ。
ツヅリはマドロミの方へと歩み寄り、優しい手つきで彼の頭を撫でた。そして彼女は、彼の耳元で囁く。
「例え……成果が……出せなくても……頑張っただけでも……マドロミは……偉いよ」
マドロミにとって、ツヅリは数少ない理解者の一人だ。それまで抑え込んでいた感情を解き放つかの如く、マドロミはその場で泣き崩れた。
*
アストラムの他にも、メノウの動向を追っている組織がある。とある城の一角には、四人の人物が集まっている。彼らは普通の翼人とは違い、天使ではなく悪魔のような翼を有している。
話を切り出したのは、ドミノマスクを着けた少年だ。
「ユーたちに集まってもらったのは他でもない。メノウちゃんが、コハクちゃんと出会ってしまった。これが何を意味するか、わかるかい?」
彼の質問に答えたのは、スーツを着込んだ中年男性だ。
「そいつはバッドニュースだな。我々マッド・カルテットの倒すべき相手が、よりにもよって破壊神ザラシュタインの依り代と行動を共にした。我々は破壊神を復活させるだけでなく、守護神の復活を阻止しないといけない……だろ?」
「ピンポーン! そろそろ、ミーたちも動かないといけないってわけだね!」
「次は是非とも、グッドニュースを聞きたいものだな」
そんな彼らのやりとりを、残る二人は退屈そうに聞き流している。一人は白衣を着た男で、もう一人は右側にしか翼を持たない少女だ。少女は会議中であるにも関わらず、何の躊躇いもなく煙草を吸っていた。