精神世界
コハクたちは今、深い眠りに就いている。メノウを殺めるなら、今が最大の好機だ。マドロミは自らの掌から、魔力で出来たダガーを生成する。それを両手で握りしめ、彼はメノウの方へと駆け寄っていく。
その時、不可解なことが起きた。
眠っているはずのコハクの両手から、無数の魔力の弾が放たれた。その一つ一つは意思を持ったような挙動で飛来し、的確にマドロミを仕留めにかかっている。
「……!」
マドロミはダガーを振り回し、魔力の弾を切り落としていく。しかし彼の手捌きでは弾幕に対処しきれず、その身にいくつかの弾を浴びてしまう。今この場で何が起きているのか――――彼にはそれがわからなかった。それでも彼は、一心不乱にダガーを振り続けた。
*
メノウが目を覚ますと、彼女の意識は現実から隔離された空間に存在していた。その目の前では、コハクがパーカーのポケットに手を入れながら直立している。コハクはメノウの存在に気づき、彼女に声をかける。
「気が付いたか……メノウ」
「ここは……?」
「夢の中だ。どうやらオレたちは今、敵に眠らされているらしい。アストラムの刺客か、賞金稼ぎだろうな」
どういうわけか、コハクは現状を理解しているようだ。にわかには信じがたいことである。メノウはすぐに立ち上がり、質問した。
「本当の本当に、夢? どうして、これが夢ってわかるの?」
当然の疑問である。コハクは彼女の質問に答える。
「オレは『固有魔法』により、自分の身に起きたことをある程度なら把握することが出来る。今自分たちが眠らされていることもわかるし、敵がどこから迫ってきているのかもわかるんだ」
もはや彼女に隙はない。例え睡眠中であっても、彼女は外敵に対処することが出来る。
メノウは辺りを見回した。二人の周囲には、無数の血痕や鈍器が散らばっている。
「ねえ、コハク。ボクたち、同じ夢を見せられているってことだよね?」
「ああ、そういうことになるな」
考えてみれば異様な状況である。
コハクは突如、メノウの方へと歩み寄り、彼女の横顔を至近距離から見つめた。
「……どうしたの? コハク」
「……アンタ、よく見ると可愛い顔してるじゃねぇか」
「え……⁉」
突然のことに、メノウは頬を真っ赤に染める。対して、コハクの顔つきは極めて冷静だ。そして、彼女は決して無意味な言動をしたわけではない。
「なるほど。どうやらこの世界には、オレたちを眠らせている奴の精神状態が顕れているようだな」
「ど……どうしてわかるの?」
「もしオレが自分の精神状態を見せられていて、アンタにもそれを見られているのなら、そのことは固有魔法で把握できるはずだ。そうなると、残る選択肢は二つ。アンタの心か、敵の心だ」
「それで、どうして敵の心って……」
「オレがアンタの心をかき乱しても、周囲の光景が全く変化しなかったからだ」
それが彼女の言動の理由だ。コハクは箱入り娘だが、早くも外の世界に順応しつつあるようだ。
メノウはふとひらめいた。
「そうだ。ここが本当の本当に敵の精神状態の反映された世界なら、何か弱点に繋がる情報を手に入れることが出来るかも……」
「名案だな。オレは攻撃に集中するから、メノウは情報をかき集めてくれ」
「うん! 行ってくる!」
コハクにばかり頼ってはいられない。メノウはすぐに飛び立ち、この異様な空間を探索し始めた。
それから数分後、彼女は一冊の本が落ちているのを見つけた。
「これ……なんだろう……」
彼女はすぐに地上に降り立ち、落ちていた本を手に取った。そして彼女がページをめくると、そこには――――
「マドロミ……? 記憶……?」
――――敵対者の記憶にまつわる情報が書かれていた。
「何か、手がかりになるかも知れない……」
メノウはすぐに本を読み始めた。