1日目:イキイキ戦う障がい者①
大河に沿って川辺を歩き続けること一時間。
少し遠くに所から聞きなれた、水を叩く音が聞こえた。
魚か?ああ、やっぱりあの魚か。
そういや腹も減ってきてんな。
今の内に腹を満たしておいた方が良いか。
彼は食糧確保の為に魚を狙う事にしたらしい。しかしいざ魚を取るといっても
どのようにして取れば良いのか、彼の頭には直ぐ浮かばなかった。
クマみたてぇに魚が来たところを飛び込むっていっても…
どうせ逃げられるのがオチだな…いや、ワンちゃんあるか?
迷うな……そもそも川が広すぎんだよ。
それに深ぇし、これじゃあ簡単に逃げられちまうじゃねぇか。
「だとしたら……あっ!!」
ゴブリンの小さな脳みそとはいえ魂は加藤純一のモノである。
数分の思考の果てに、彼は一つの答えに辿り着いた。
「ホント俺って天才!チャンスが来るまで待って待って待ちまくる!
名付けてハシビロコウ理論だ!!」
そう加藤純一が笑みを浮かべながらガッツポーズを天に掲げていると、
先程まで遠くを泳いでいた魚の大群は、気づけば彼のいる場所から端か
数十メートルの地点まで迫って来ていた。
「これ以上は悠長なこともしてられんべ」
首を左右に曲げてコリを解した彼は、一度軽く深呼吸をしたのち、
迫る魚にばれぬ様、音を立てずにゆっくりと川に入って行く。
そして川の水位が腰まで来たところで脚を止めて魚の方を見つめると、
まだ何もいない水中に対して、両手を覆う様にして差し出した。
さぁ来い、バカ共。
魚が彼に向かってゾロゾロと迫り来る。
彼は自分自身が生き物でないと偽るため、一切の無駄な動きを止めた。
微動だにせず、瞬きも忘れ、呼吸も浅く、されど目線は獲物を放さない。
しだいに魚の群れは彼をただの障害物と見なしたのか、全く警戒せずに
彼の周りを泳いで去っていく。
慌てるな…まだだ……まだ…。
そしてそんな状態が少し続いた後、一匹の魚が水中に差し出された彼の
手の中に入り込んだのだ。
「今だああああぁぁ!!」
その瞬間、彼は両手で魚を包み込むように掴むと同時に、間髪入れずに
魚を空中へと放り出した。
宙を舞い、川辺に落とされた一匹の魚は、バタバタと何度も元気よく
体を砂利に叩きつけた。
そんな魚の哀れな姿を見て、彼は悪魔のような笑い声を上げる
「ヒャッハァ!どうだ?悔しいか?罠にはまっちまってなぁ⁉」
敵の襲来に一目散に川の奥へと逃げていく魚たちをよそに、彼は小さな四肢で
水面を荒らしながら川辺に上がると、弱弱しく体を震えさせる魚を見下ろした。
「お前がバカで本当に良かった…俺の血と肉の糧となれ」
大地へと堕とされた魚が最後にみた光景は、自身に迫り来る、
ぼやけた石の先端だけであった。
「うんめぇ!生でも結構イケんべ」
取った魚を生で貪り食うゴブリンの横には、煤けた木の枝と太い棒に、
捨てられた魚の内臓があった。
やはりサバイバル技術の無い素人には火おこしは難しかったようだ。
捨てられた内臓は魚を生で食べるために寄生虫を避けるためだろう。
「はぁー…ご馳走様でした」
あっという間に魚を食べ終えてしまった彼は、最後に両手を合わせる。
例えそれが形だけであっても、化け物と人間の曖昧な境に生きる彼にとって、
これが最後にして唯一の、人間性を守る手段であるからだ。
だから、これから自分が生き残るためにどんな手を染めても、
これだけは忘れないと彼は誓う。
そして腹を満たした彼は、また淡い希望を抱いて歩きだした。