表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/21

1日目:オワリの向こう側


「終わったんだ……」


一切の曇りのない満天の空の下、川辺で一人、そこにはサンサンと大地を照らす

太陽を寂しく眺める小鬼がいた。


虚ろな目で太陽を見つめる小鬼の視線は次第に地に落ちていく。

余りの非現実的な事象によって生まれた混乱から、彼は現実から逃れるために

顔を手で覆い塞ぎ、ため息とも取れるようなうめき声を吐いた。


そして彼の現実逃避をするための思考放棄は、奇跡的にも大河一帯に外敵が

一匹もいなかった事が更に拍車をかけていく。



チャポン。



彼が思考放棄をして10分はかからない時間が経った後だろうか、落ち込む彼とは

対照的に元気よく水流に逆らって水面を弾く魚の群団が現れた。


そしてチャポンチャポンと水を弾く音が次第に大河の岩肌を削る音よりも

膨大に膨らんだ所で、遂に彼の堪忍袋の緒が切れた。



「うっせえぞテメェ等!!こっちは人生詰んじまって困ってんだよぉ!!

 糞魚共が!!食ってやろうか⁉」



魚に対して発狂する彼の醜い顔は正しく鬼そのもの。

しかし無理もないだろう。


これまで抱いていた、此処を生き残ればいつかは家に帰れるかもしれないという

淡い希望をこうも簡単に打ち砕かれたからだ。


そして何より彼は自信家であった。

極限まで極めたナルシストと言っても良いかもしれない。


顔、声、性格、ユーモア、動画配信者としての姿――あらゆる全ての自分を

愛していた彼にとって、醜いゴブリンの姿に変わり果てたという事は、

自分と言う存在その物を否定され、消されたことに等しいからだ。


その乱れる姿は一種のヒステリー化、ゴブリンの姿に変わってしまったという

心的外傷への自己防衛として、自己同一性を無くした様にも思える。



「俺は……どうしたら…どうしたら良いんだよ……もう家族にも会えない…

 ごめん…ごめんよ親父…姉ちゃん……俺なにも出来なかった…」





チャポン。





鼻をすすり、顔を埋めた彼の耳にまた魚たちの水を弾く音が聞こえた。



お前らは良いな…そんなに元気で……希望を持てて……。



それは嫉妬であった。自分にはない何かを持っている者への羨ましさ。

いつのにか忘れていたその感情は、彼にもう一度、あの自信と不安の両方を

抱いていた若き自分の姿を思い出させた。







なにするの⁉怖いよ…。

――いいから、純…脱ぎな。



姉ちゃんが妊娠⁉…マジか……じゃあ俺が叔父になんのか…。

――そうだぁ。オメェも早く子供仕込まんと…オラだっていつまでも生きてけね。



俺等なんてよ、どうせ40過ぎたらただの糞ジジイだろ?それまでに2億ぐらい

金貯めて一緒にマカオの風俗行って好きに生きるべーよ。なぁ!もこう。


――そうっすね……。



えぇ⁉釈迦って子供出来たの⁉おめでとう!!

――はい、そうなんすよ俺、パパになっちゃいました。



変なの…。

――純、なにが変なの?


だってこんなにボロボロになってまで何してるんだろって。

――これはね…赤ちゃんを産んでるんだよ。


赤ちゃん?

――そう…赤ちゃん。雌が生んだ卵子に雄が精子をかけるの。


精子?卵子?なにそれ?変なの…

――ふふ、純にはまだ早かったかな?みんなこうやって…子供を授かりたくて

頑張ってるんだよ。体がボロボロになろうともね…。


お母さんもそうなの?

――そう…お母さんも赤ちゃんが、純が好きだから産んだの。

痛いのなんて関係ないって。仕事もそう、純が居るから頑張れる。

…純は赤ちゃん好き?


うーん…よく分かんない。

――そっか。


うん…。

――そんな不安な顔しないで。大丈夫、きっといつか分かる様になるから。







「……」


ふと意識が川辺に戻った時には魚の大群は過ぎ去った後であった。

おそらくあのまま大河の大きな流れに逆らって泳いでいったのだろう。


卵を産むために、自分たちの生まれた故郷へと。






「…‥下らねぇ……そうだよな母ちゃん、こんな下らねぇ事で悩みやがって」



もう、いつまでも塞ぎ込んではいられない。その理由が出来てしまった。

いっそこのまま諦めて死んでしまえばなんて楽なのだろうか。


彼が今、進もうとしているのは救いのない棘の道である。

一歩進むごとに自分の心と体を傷つけ、最後には彼を地獄の渦に飲み込む道。


しかし彼はその道を選んだ。また家族に、友人に、自分を待つ人々に会うために。



「後悔を残して…死んでられるかよ…!」



その為には、例えこの先にどんな地獄があろうとも関係ないのだろう。

その地獄の向こう側にある救いを信じるほかないのだ。


母を思い出した一人の男にはその答えしかなかった。ただ道を歩き続けるほか…。



「だから母ちゃん、姉ちゃん、親父……みんなの元に絶対帰って来るからよ!!」



待っててくれ……。



大河の水をすくった彼は返り血を浴びた顔を何度も洗った。

なんどもなんども洗って、そしてやはり緑色の肌が変わらない事に彼は鼻で笑う。


「ふっ…ありがとな。お蔭で完全に吹っ切れたよ」


立ち上がった彼は、魚たちが上って来た西側をじっと見つめる。



川の下流に向かって進めばいつかは海に辿り着けるか。

こんなデカイ大河だ。港市もあるだろう。

もしかしたら途中で人里もあるかもしれん……。



「よし、決めた!」



こうして彼は大河にそって北に歩きだした。

緩やかに傾斜が下がっていく砂利道も、裸足の彼には心地良かった。



口の中で塩の味がした。


いつか流した涙の味であった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ