14日目:先手必勝・大躍進の始まり①
オズの大森林が存在するこの大陸は緯度でいえばかなり北側に位置している。
しかし北洋より流れる海風の影響で、夏場は涼しく、気温の起伏が激しい大陸の冬場でも摂氏〇度を下回る事はない。そのため一年を通して比較的暖かく住みやすい地域となっている。そしてその大陸に広がる大森林、そこから西に位置する人里を、麦畑に身をかがめながら加藤とグーガは観察していた。
「見事。確かに剣と拳を使わなくとも石を投げるだけでも人は死ぬか……」
敵の視界をついた、斜め後ろからの変化球による一撃。そんな加藤のコントロール技術にグーガは驚嘆した。たしかに一流の戦士の戦い方ではない。どちらかと言えば雑兵が使うような戦術。まさにゴブリンらしい戦い方だといえばそうだ。しかし――。
「グーガからしたら卑怯か?遠くから攻撃するってのは」
自分の思考に挟むかのように加藤の言葉が彼に刺さる。別に彼の戦士としてのプライドが傷ついたわけではない。しかしそのように彼に捉えられたことが少しばかり恥ずかしかった。
「ふむ…少し前の我のであればそう言っていただろうな。だが今はそうも言っている余裕もない。この状況下ではむしろ有り難いことだ。それに我も狩りの時は投げやりを使っているだろう?些細な事だ」
だからあえて彼の言葉に追従することにした。変に否定すれば逆に気にしているように思われると思ったからだ。
「あいよ。だったら思う存分頼ってくれや」
「うむ、それで村の状況はどうだ?」
加藤の冗談交じりの軽口をグーガは軽くあしらうと、闇夜の中でも周囲を見通すことの出来る加藤に向かって村の状況の聞いた。別にグーガが夜目を有していない訳では無い。ただオーガよりもゴブリンの方が環境への適応能力が優れているのだ。高い戦闘能力を有するオーガに比べ、人間よりも若干劣るゴブリンが大自然の中で生き残れているのはそれが理由だった。
薄暗い青色の夜空に包まれる静寂な村を彼は眺める。
グーガから聞いた村の情報通り、村の入り口は東と西に一つずつ。周囲は先端を尖らせた丸太の壁で覆われている。耳を澄まして聞こえて来るのは村のすぐ横をゆったりと流れる大河のせせらぎ。そして人々の微かなイビキ声。動くような物陰も見えない。
「特に問題はないよ。まだばれてない」
「そうか。分かってると思うが若い女以外の男も老人も子供は全部殺す…覚悟は?」
「もう泣き言は吐かねぇ…っ」
「ならバレぬように音を立てずに行くぞ」
「おう」
互いに最後の決意を確認した二人は、一切の音を立てぬようにゆっくりと麦畑の中を進み始めた。その姿はまるで、獲物を視界の外から狙う草原の覇王のようにも見える。
(絶対に失敗は出来ない…その先にあるのは死…のみ!!)
(冥府に坐る鬼神よ、太古に伏した幾千万の英霊よ……我らに御加護を賜び給へ)
東の門までたどり着いた二人は若干に身体を起こすと、麦畑から顔だけ出して二人は顔を見合わせた。この期に及んで言葉はいらなかった。
なにせ今に至っては、二人は阿吽の呼吸で獲物を打ち取る歴戦の狩人なのだから。無言で二人は頷くと、麦畑から勢いよく、されど音を消し去って身をかがめながら駆け足で村の中に侵入していった。