14日目:スポンジ
深夜を過ぎて空が薄暗い青色に染まる中、オズ村の番人を務めている男は槍を肩にかけながら深いあくびをした。
もうすぐ夜が明ける。今日も外敵からの侵入はなかったと昨日の酒が重くのしかかる瞼をなんとかあげながら男は安堵の表情を浮かべた。
オーガ討伐を目的とした冒険者パーティーが壊滅し、その生き残りが帰還して約一週間。都の血みどろな政争も、他国との国境を接する地域の殺伐とした空気とも離れたこの辺境の開拓村にも、ついに徴兵令が布告されることになった。
といっても王都からではなくここ一帯を治める大貴族、それに従属する伯爵家からのものであるが、オーガによる銀級冒険者パーティーの壊滅は普段から私欲のままに生き、自身の権益を守ることにしか関心を示さない貴族の思い腰を上げる程には危険視しているようだ。
なにせ銀級冒険者となれば兵士の一個大隊分を務める程の戦力を有していると一般的に言われている。
その損失は外観内憂に苛まれ、盗賊やモンスターが跋扈し、あまつさえ人手不足の田舎では無視することは出来ない。
既にこの地を納める伯爵は上役に金級、もしくは同等の銀級冒険者の派遣の仲介を依頼したようだ。
しかし返事は来ていない。そのため支援が来るまでの間はその補填として農奴から兵を聴収する事になったのだ。そしてその不運な一人の中に入ってしまったこの門番の男は、小さく息を吐きながら目先の大森林を見つめた。
オズの大森林――この村の名前の由来にもなった大森林はこの村から東一帯に位置し、その広さは国土の五分の一にもなると都のお偉いさん方や学者様が言ってたという商人の話しを、男はどこかで聞いたのを覚えている。
とうぜんその大森林から採れる山の幸は膨大だ。だがそれより重要なものがある。
それがオズ大森林の東方――ボリバル山脈のから流れ出るボリバル河と呼ばれる幅10Kmにもおよぶ大河の存在だ。
山から肥沃な土壌を無数に運んでくるこの大河と支流によって大森林は形成されている。その膨大な栄養分を農業に活用できれば国力は何十倍にも増えるだろう。そのためここら一帯を支配する王国の建国から200年、地道に木々を切り倒し、開拓地を増やしていったのだ。
男が守るこの村より西方20Km、南北50Kmは元大森林であった。
しかし男が生まれた時期より開拓の速度は鈍化していく事になる。それが今回の徴兵令布告の原因ともなったオーガたちの存在である。今となれば激減したものの、自分の子供の頃は人間よりオーガの数の方が多かったという。
にわかには信じられないが、開拓村が出来てからある墓地の規模を見れば信じざるを得ないと男は思った。だから恩義も忠義の欠片の無い農奴にしては、その睡魔に抗いながら門番の職を真剣に勤めていた。もっとも大変な畑仕事より立ってるだけの門番のほうが楽だというのも理由だが、それでも自分の命がかかっている以上は手を抜こうとは思っていなかった。
しかし不運かな。男は気が付かなかった。
東方の大森林を見つめる後ろ――南南東より出て、子供ぐらいであれば顔だけ残してすっぽりと覆ってしまう程の麦畑から、自身のコメカミめがけて石礫が飛んできている事を。
甲高い空気を切る音が少しずつ大きくなっていく。その音でウツラウツラとした男の意識が目覚めようとしたことろで、何かが爆ぜたような、乾いた音と共に男の意識は暗闇に転じた。