6日目:初めての盟友
違う……アレは俺じゃない……。
なにを言っている?お前はお前だろう。
違う!!
なにがだ?加藤純一よ。
なにがって……アレはこの体のせいなんだ…俺の意志じゃない。
加藤が何を言っているのか我には分からん。お前は小鬼ではないか。
違う…違う……。
違うと言っても、我から見る加藤は紛うことなき鬼よ。
俺は小鬼じゃない……!!
ならなんだと言うのだ。加藤純一よ。
お主は何者だ。
俺は……俺は…………何者なんだ……。
お前は小鬼よ。
鬼、それは闘いに生きる戦士。
その小さい体にも我と同じ血が流れている。
我も加藤も同じ鬼なのだ。
殺し、今日を生きる。
明日を夢みて女を抱き、子を増やす。
それが鬼。
我らが紡いできた歴史。
その上に我らは生きている。
我ら鬼に女は生まれんからな……。
なによりも人間のオスを二人逃がした。
奴ら人間は臆病の癖に執念深い。
いずれは昨日のように徒党を組んで襲ってくる。
それに昨日の集団はいつも相手している村の人間よりも強かった。
それを我らは撃退したのだ。次来るとすればそれよりも強く、数も多い。
それまでにまた子を増やさなくては。
先祖から頂いたこの血を絶やすわけにはいかん。
……いいか加藤純一よ。
お主が何を思って悩んでいるのかは我には分からん。
しかしその小さな頭に教えてやる。
我らは、全ての生き物は誰かの死の上に生きている。
それは今日生きるための贄かも知れぬし、我らに血と思いを託した
先祖かもしれぬ。
そしていつかは我らも同じく、誰かにその血と思いを託すのだ。
死と生。
その大きな輪の中に我らは生きている。
お主も我も、以前は誰かの「死」なのだ。
そして我らもいずれは誰かの「死」となる。
それが嫌なら今すぐ死ぬがいい。
加藤純一よ。
己の血に逆らい、先祖が残してくれたその身体と思いを否定するのなら
今すぐ死ね!!
この世になにも残さず、ただ死ね!!。
それが嫌であれば、二度と泣き言を口に出すな!!
洞窟の中で、一瞬の静寂な空気が流れた。
外からゆったりと流れ落ちて来るその冷たい風は、二人の間に壁を作るかのように
割って入って来る。
「……人を殺した……無理やりレイプもした……もう戻れない…!」
「そんなもの今さらではないか。鬼と人の歴史はまさにそれよ」
「違う!!俺は……俺は違うんだ……」
「だから何が違うと言うのだ」
「俺は……人間だった……」
「んん??何を言っている、加藤純一よ」
その言葉に鬼は首を傾げた。
まさか自分の問いに、自分が予想していた回答の斜め上を越してきたのだから。
しかしそんな鬼を無視して、彼はその脈絡のない言葉をなんとか紡いでいく。
「俺は人間なんだよ!!でもあの日…みんなと配信してたのに……
胸が痛くなって……それで気づいたら……」
彼の話す内容を鬼がどれほど理解できたかは定かではない。
ただ鬼は彼の話を静かに聞いていた。
「だから…お前とは違うんだ……もう俺は何もかも失った……。
結婚はしてなかったけど家族がいた…信頼できる友人も…仲間も……
何もかも失った!分かってるよ…お前が助けようとしてくれてる事ぐらい。
ただあの頃が忘れられないんだ!忘れたくない……また皆に会いたい…。
でも……俺は取り返しのつかない事をした!抗えれなかった!!
だからもう…戻れない……」
顔を地面に伏せて、物乞いのように体を震わせる彼を見て、
鬼がなにを思ったかは分からない。
しかしまるでもう一人の自分を見つめるような表情で、ゆっくりと口を開いた。
「そうか……それは辛かったな、純一」
「っ⁉……ぇ……??」
自分が予想していなかった鬼の言葉に彼は聞き取れないほどの声を漏らした。
「あの短い戦いの中でも分かる。お主はよう頑張った」
それは共感であった。決してルサンチマンに溺れる劣等な人間種が抱く、同情などという感情ではない。
そしてその鬼の言葉に彼は何を思っただろう。その彼の頬を伝って流れ落ちた涙が何を意味するのか、鬼には分からなかった。なにせ鬼はこれまで泣いたことが無かったからだ。
「うぐっ……はっ……ぐぅぅ……あぁっ…」
気付けば、まるであの大河のように涙が流れていた。
微かに吸った息を吐くように、彼は枯れた声を漏らしていく。
「うぅ…なんでっ……信じてくれるのか?」
「信じる?お主はなんだ、同じ血が流れる同胞を疑うのか?信じぬのか?」
「そんなこと…しないよ……」
「ならいいではないか、加藤純一。我はお主の話を信じよう」
その言葉に彼はまた涙を流した。
枯れた声を洞窟に響かせながら、何度も何度も泣いた。
「なんで……なんでそんなに優しいんだよ…!!」
「なに、大したことではない。小鬼が我の仲間を殺した人間を殴り殺すなど……
見てて大変愉快であっただけだ。それにお前の気持ち悪い泣き言を聞くより
お前が人間の方が面白いからな」
その言葉に彼は息を漏らした。
しかし今度は泣き言では無かった。
本当に微かな、されど確かな笑い声であった。
「なんだ、笑うのか。我も加藤と同じ、親や仲間を失ったのだぞ」
「そこじゃねぇよ……」
「そうか…」
「ああ」
「それでも生きなくてならん。例えどんなに辛くともな。
それにこれは長老に聞いた話だがな、まだこの世界が神代の時代。
戦場を暴れ回った我らのご先祖たる鬼神様は、人間の召喚した異世界の
勇者によってその首を討ち取られたらしい」
「異世界の…勇者?」
「ああそうだ。その後の勇者の行方は分からなんが、もしかしたら元の
世界に帰ったのかもしれんな」
「……呼び出せるのであれば元にも戻れるか…」
「うむ、まだ確証は無いがな。しかしそれまではこの血に流されても
いいのではないか?お主は人間の頃に死んだのであろう?
小鬼として生まれていなければ、お前はそこで終わっていたのだ。
人間の生活は人間に戻ってからでよかろう。今は新しい生を楽しめばよい」
そう締めくくった鬼の言葉が、泣きじゃくって何もかも曝け出した彼の心にストンと落ちていく。
「……そう…だな。ああ…きっとそうだ」
そう力強く自分に言い聞かせた。
もう泣くのはやめようと。
そういえばこの世界に来てからずっと泣いてばかりであった事を、今さながらに思い返しながら、彼はその重たい足を立たせる。
「どこに行くのだ?」
「少し日を浴びたい」
そんな心も籠ってないような短い返答に、鬼はゆっくりと頷いた。
「そうか、なら目いっぱい浴びて来い」
その鬼の言葉を背で受け止めて、洞窟の出口へと近づいていく中、夕方に入りかけた外から差し込んでくる日の光によって彼の肌は灼熱の乾いた砂漠のように照らされて行く。
そして心地よい熱がが自身の身体にじわじわと差し込んでくるのを肌で感じながら、彼は突然と呟いた。
「なあ」
「どうした加藤純一よ」
「俺と……友達になってよ」
夕暮れ時。赤やけた空を背景に二人は手を交わした。
固く、固く、その最後の時がが来るまで解けない程に何度も交わした。
彼に初めての盟友ができた瞬間であった。
俺たちの戦いはこれからだ!!