5日目:お前たちは廻ったんだ、被捕食者側になあ!?
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「んdwk⁉」
茂みの間から現れた騎士は、集落から一匹だけ逃げ延びたオーガを見つけると、全て殺したはずのゴブリンの生き残りがいたことに、甲冑の隙間からでも分かるほど大きく目を見開く。
そしてすぐさま探していた獲物と、オマケを見つけたことを近くの仲間に教えるため声を上げた。
「dんjd!!んdwじwんwwbwけ!!」
すると近くにいた人間たちはオーガを探すのを止め、すぐさま騎士の声がする方へ駆け寄っていった。
「んjsんf⁉」
「hjdhbwj!」
「んkdんwけfkwfb!!」
驚愕、喜び、嫉妬――言葉は分からずとも、そのギラついた表情から感じ取れる感情を、好き勝手に曝け出しながら自分を囲む人間たちを見た時、彼は言葉に出来ないほどの恐怖を覚えた。
過去の同胞に会えたという喜びは一切生じなかった。
ただただ人間に襲われる小動物たちの気持ちは、こんな恐ろしかったのだろうかという思いが頭の中で駆け巡っていた。
そしてその思いは、この世界の人間とコミュニケーションが取れないことが彼の中で確実化されていく中で、より一層拍車をかけていくこととなる。
そして恐ろしいほど凶暴で鋭利な武器の数々を手にしながら、少しずつ自分たちとの距離を詰めて来る人間たちに対し、彼はその絞りカス程の勇気を頼りに、巨木に寄りかかる鬼と人間たちとの間に割って出た。
「あっ……ええっと!ちょっちょっと待って!まずは話し合おうよ!!
私は加藤純一!!ゴブリンだけど人間と敵対するつもりはありません!!」
いきなり割って入って来たかと思えば、両手を前にあげて意味の分からない、耳障りの悪い鳴き声を上げるゴブリンに、人間たちは一瞬だけ歩を止める。
そしてその姿にまだチャンスは残っていると思ってしまった彼は、すぐさま言葉を続けていった。
「貴方たちはどこから来たんですか!!なぜ彼を襲うんですか!!
なんかの勘違いじゃ……」
そして彼の言葉はそこで止まる。
自分を見上げる、人間たちの浮かべたピエロの様に吊り上がった笑みに、恐怖のあまり口が固まったからだ。
「gdygfwk?」
「んckfんkc……いあjdkdw」
そう何かを言い残して、恐らく集団を率いているのだろう、輝かしい鎧を纏った騎士は彼に向かってその重厚な長剣を構える。
「あ……」
人間に襲われる。
その時に感じた恐怖、それは太古よりプログラムされたゴブリンの本能であった。
体を硬直させ、彼の開いた口もとに剣が突き刺さる瞬間――。
「ウガァァアアアアアァアアアアア!!!!」
「tt⁉」
突然に起き上がった鬼の、丸太のように太く武骨な右腕が、今まさに加藤純一を殺さんと剣を突き立てた男の顔面を殴り飛ばしたのだ。
もう手出しは出来ないと、完全に油断していた騎士の甲冑は鬼の痛恨の一撃によりへこみ、殴られた場所から数メートル先まで体を宙に浮かせ、地面に激突した。
そして吹き飛ばされた騎士の方を見れば、その首はありもしない方向へと折れ曲がっていた。
「んcjさkfb⁉」
「hでygふwjな!!
突然のオーガの反撃、集団を率いるリーダーの死に驚愕しながらも、オーガの集落を壊滅されたスペシャリストとして彼らも動揺せずにすぐさま反撃しようとした所で――。
「うふぃwあ――」
魔術を詠唱していた女魔術師の頬にオーガの平手打ちが入った。
死なない程度に手加減したとしても、オーガの肉体であれば簡単に気絶させることが出来るのだ。
意識を失い、ぐったりと地面に倒れ込んだ魔術師に対し、オーガは人間たちの足手まといになるよう彼女の両足を踏みつぶした。
「んdsじksじぇいk⁉⁉」
「ねういんfsdn!」
「ふぇgwgg!」
余りの激痛に意識を戻して悶絶し、そしてまた口から泡を吹き出しながら気絶した女魔術師に駆け寄る別の女を無視して、鬼はその重たい体を振るう。
しかし傷つき、弱まったその体では限界があった。
人間たちに襲った混乱も直ぐに消え、武器を手に取り、盾を掲げ、鬼の攻撃を確実にいなしていく。
そしてやはり自分が不利であることを今一度悟ったのだろう。
鬼は今しがた後ろで何も出来ずに狼狽えるだけの彼に向かって、心からの叫び声を上げた。
「加藤純一よ!!戦うのだ!!我と共に戦え!!」
「えっ……そっ…そんな…無理言うなよ…」
「このまま我が死ねばお前も死ぬのだぞ!!」
「でっでも……なんで…人間と……」
それは彼に残った唯一の、微かな理性であった。
人間としての心が最後まで守った理性。
しかしそれは鬼のある問いによって簡単に崩れ去る。
「加藤純一よ!お前は何者だ!!」
「えっ……何者って……俺は…」
その問いに正しい答えは直ぐに出なかった。
人間でありながらもゴブリンとして目覚め、家も、財産も、名誉もなにもかも失い、アイデンティティーすらも喪失し、自分自身が何者であるか考えることから逃げていたからだ。
俺は……なんだ…。
俺は人間……だった。
今はゴブリン…小鬼……でも心は…心は…‥‥。
――本当に人間か?
その問いは自分の声ではなかった。
何処か聞きなれた、心地よい、されど初めて聞く声であった。
「俺は……鬼だ…」
そう加藤はつぶやいた。
その言葉が自分の言葉かは彼にも分からなかった。
「なら戦え!人間如きに命乞いする臆病者が!!どうせ死ぬなら鬼の末端として
その血が流れていることを証明せよ!!それが鬼であろう!!」
鬼のその叫びに胸の鼓動が一段と大きくなっていく。
そしていつの間にか彼の眼は充血し、呼吸は荒げ、血は体中を駆け巡り、耳は逆立ち、牙を突き立てていた。
戦え!!
戦え!!
戦え!!
それはまさに人間に、そしてあらゆる生物に対してゴブリンが抱いた、太古よりプログラムされた本能であった。
戦え!!
戦え!!
戦え!!
「……キィェエエエエエエ!!」
それは無意識であった。
しかし確固たる闘志であった。
目の前の宿敵を殲滅しようと、小鬼は地面を踏みつけ、飛び上がる。
奇声を上げて、己を鼓舞し、鬼の一撃で体制を崩した一人の人間に対して
狙いを定めた。そして――。
「buhd⁉」
――鬼の背後から突如と現れたその一撃は人間の顔面を歪ませる。
人間の身体能力の見れば、ゴブリンのこの体では歯が立たないことは分かっていた。
だから柔らかい鼻を狙ったのだ。男は鼻を陥没させ、上半身をのけ反った。そして口と耳からは血を吹き出し、白目をむいて地面に屈する。
並みのゴブリンの身体能力とは思えないその攻撃に、折れた軟骨が奥の脳漿に突き刺さったのだ。
「hぢbぢwd!!」
地面に倒れてビクビク足元を震わせる死体に仲間たちは叫ぶ。
その意味は加藤にも、鬼にも分からなかったが、先程の小動物を痛みつけて殺さんとする肉食動物の笑みとは一転、彼らの眼にはっきりとした恐怖が浮かんでいた。
「なんという一撃!よくぞ戦ったぞ加藤純一!!」
「俺は鬼だ!!!!」
鬼の歓喜に耳を震わせ、彼もそれに負けじと叫んだ。
そして仲間の死に少しずつだか怖気づいていく人間たちの集団に、最後の一撃を食らわさんとばかりに二人は前に歩を進めていく。
「突っ込むぞ!あの女どもだ!!」
「うむ、人質であるな!!」
長ったらしい言葉はいらなかった。
今まさに二人は阿吽の呼吸で狩りをする、歴戦の勇士たちであるからだ。
残りの戦闘員は三人。
その怖気づく三人を突き飛ばすかのように間を抜けた二人は、後方で鎮座する女魔術師と、それを治癒する女神官に手を伸ばした。
「jぢねjねk⁉」
「ねいんふぃrf!!」
例え女であろうと幾つもの戦いを繰り広げて来た神官である。
しかし魔術の同時詠唱は出来ないのだ。彼女の中に一瞬だけ治癒を止めて攻撃に出るか、仲間の援護を待つか葛藤が生まれた。
そしてその微かな隙をついて体を硬直させる女神官を、鬼は軽く張り倒す。
「ねkwf――」
脳を震わせ、あっという間に意識を手放した女神官と気絶する魔術師を
捉えることに成功した二人の鬼は、男たちを威嚇した。
「今すぐ立ち去れ人間共!!森を荒らす悪党どもめ!!」
「んkjcねいn……」
「えお3んfけn!!」
おそらく汗や皮脂だろうか、彼の鼻が女魔術師の甘酸っぱい匂いに震える中、鬼のその言葉に、彼は今さながら若干の心の痛みを覚えた。しかしそんな分かりもしない人間たちの抗議を無視して、鬼は通じもしない言葉で人間たちに罵声を浴びせていく。
「この女どもが死んでほしくなければ今すぐ出て行け!!
ここは貴様らの居場所ではない!平野に戻れ!!負け猿どもが!!」
そして男たちも目の前のオーガが何を言っているのか分からずとも、
それが自分たちへの侮辱である事は、その表情から簡単に見て取れた。
「じんkfんjk!」
一人の男が怒りをあらわにする。そして剣を振り上げ襲って来た。
すると鬼はその男に向かって女神官を投げつける。
「んdk⁉」
そして驚きのあまり動きを止めた男に対し、鬼はすぐさま走り出すと、
その男の足元を思いっきり蹴り飛ばす。
膝より下が飛んだ。
それは比喩ではない。言葉通りにだ。
不意を突かれ、これまで感じたことのないような衝撃によって、
男の両足は血漿の残像を残して、どこか茂みの方へと飛んでいったのだ。
「nkwnkwui⁉⁉」
余りの痛みに、そして両足を失かった事で重力に対抗できなくなった
男は女神官と共に地面に倒れ込む。
そして助けを乞うとしたところで、今の顛末を見ていた二人の男たちは加藤たちに背を向けて逃げ出した。それは容易に仲間に裏切られたことに対する喪失感だろうか。足を失った男から言葉に出来ない息が漏れる。そして絶望に打ちひしがれる中、その絶望から救ってくれる希望が現れた。
「んしdしk……んwk――⁉」
それは陰であった。
大きく武骨で、荒々しかった。
あらゆるものを踏みつけてきた力であった。
それがオーガの足裏であることに男が気づいた時、パキョ――という
可愛らしい音と共に、男の意識は永遠に消え失せた。