始まり
誤字脱字は暖かい目で見てくれると嬉しいです
「俺LASTやる…お前らLAST見る」
一人パソコンの前でそう重々しく呟いたのは、登録者80万人を超す
人気動画配信者である加藤純一。
他者に媚びず、歯に衣着せぬ物言いで、しかし弱者に寄り添う姿勢。
そんな視聴者の心を掴むこの男は、どんな大物でもキャラクター商品として
消費されていくがゆえに「流行り」の一言で消えていくネット社会において、
長きに渡り一定の固定層を維持する、隠れた影の実力者だ。
そして衛門と呼ばれる固定層を構成する信者たちは、
彼をインターネット・ヒーローと呼ぶ。
だが、それは決して言い過ぎでもなんでもない。
ニート、犯罪者、小児性愛者、在日、末期患者、障がい者――それは社会から
排斥されたあらゆる人々を広く受け入れる、彼の人徳故にあるからだ。
「今日はマジでLASTで世界征服するまでやめないよ。マジで朝の7時までやるわ」
だからこそホントにくだらない、ただ彼がやりたいから。
そんな理由でいつものように始まった彼の配信は、ものの3分で数万人を集め、
オンラインゲームの世界にも、彼を慕う熱烈な信者があっという間に集まって来た。
「おっ⁉なんだお前!あ…よしよし仲間か」
自分が仲間である事を知らせる合図であろうか、彼のもとに集まってくる
裸の信者たちは彼の前で「屈伸」をしていく。
それも全ての信者たちがだ。それはさながら地下に逃れたカルト教団が、
敵と味方を見分けるための合図にも思えて来る不気味さをもっていた。
「まぁ大体20人くらいか。えっとまずは物資を集めよ!ん?声がおかしい?
あーこれね、実は昨日からちょっと微熱でさー。頭も少し痛いんだよね」
彼からしてみれば半分冗談のつもりだった言葉だ。
しかし衛門からしてみれば自分の命よりも重要な言葉である。
なにせ彼の配信が止まるという事は、それすなわち自分たちの最後の居場所、
エデンの園が崩壊するという意味だからだ。
配信を続けてほしい、しかしそれで彼が今より体調を崩せば、最悪の場合は
数日間も配信が見れなくなってしまうかもしれない。
衛門たちの脳裏にそんな葛藤が走って行くのが、コメント欄からも読み取れる。
「まぁ大丈夫っしょ!俺が止めてもバカ共が24時間体制でやってくれるから」
そう締めくくった彼は、集団を率いる棟梁としては少し不安げのある、
たどたどしい命令を衛門たちに下していく。
彼の元に集まる信者の数はいつしか倍の数へと増えていたが、その全てが彼の
命令に忠実に従っているのは、やはり指揮官としての信頼よりもタレントとしての
彼の魅力と人望だろうか。
木を切り倒し、岩石を打ち壊し、畑を耕し畑にトウモロコシを植え、
食糧が尽きれば自分の身体を贄として彼に与える。
皆が皆、一人の人間として意志を持っているはずなのに、そこにいるのは
安全で快適な巣の奥で命令を飛ばす女王アリと、働きアリしかいない。
サボる者達がいないのが幸いとみるべきか、それすら出来ない余裕のない
限界集落と見るべきかは分からないが、少なくともこの世界のプレイヤーは
ただ一人、加藤純一しかいないのである。
偉大なる王のもと、幾つも苦難を乗り越え世界を統一する。
その野望を抱き、彼の王国は今まさに羽ばたこうと――
――しかし、それは唐突に起きた。
パソコンのキーボードを叩きながらゲームのキャラクターを動かしていた
彼の心臓に激痛が走ったのだ。
「それで――うぐっ⁉……」
彼が何かを言いかけた時、ニワトリの首を絞めた様な断末魔が画面から聞こえた。
そしてその声を最後に、彼の動かしていたキャラクターは微動だにせず、
イヤホンから流れる彼の小さなうめき声が、衛門たちの鼓膜を震わしていく。
衛門たちの心配するコメントが鬼のように押し寄せ行く中、なにか重い塊が
床に転げ落ちる音を最後に、それが自分の体であることを認識できるか
いなかの間で、彼の意識は暗闇へと転じた。