妙な格好の人々
レナードの頭の中は混乱で渦を巻いていた。
魔法という魔法をこの目で見たのも初めてで、なおかつ知りもしない人から頼みごとを託されたかと思ったらその人は忽然と服だけを残して消えてしまった。
小雨も次第に強く風が吹きつけると共に雨脚を強めていく。
幸いなことにロックス地区まで特段距離が離れているわけではない。
バスを使おうかとも思ったが、人に見られてはいけないという消えてしまった男の最後の言葉が心残りとなりレナードは走ってそこまで向かうことに決めた。
ロックス地区には様々なお店やレストランがあるが行けば分るとはどういうことなのだろうかとレナードは不安に思った。
それに最後の最後でレナードの本名を、さも元々知っていたかのように呼んだことに強烈な違和感を抱いた。
更にはこのことを話していいのは魔法魔術学校の校長であると男が言っていたが、そんな学校などこのオーストラリアで聞いたこともない。
どこか別の国の話なのだろうかとレナードは考えたがそれならばここシドニーでそのファーガスという人物と落ち合う手段がない。
現状出来ることといえば、あの謎の光が出る前に男の言っていた魔法使いならば行けば分かるというバーに向かうこと。
レナードの記憶では自身は魔法使いではないわけで、自分自身が魔法使いではないのにどうやってその魔法使いならわかるバーにたどり着けばいいのかは全く分らないが男が分かると言ったのであれば分かるのだろう。
もし分からなかったらおとなしく諦める、そういう心持をレナードは持つことにした。
「意外と遠いな……。」
リュックを上に持ちながら走る体勢は中々に厳しく段々と腕がしびれてくる。
降りしきる雨の中をこれほど駆け抜ける機会などそうそうないのだと思えば腕のしびれなど大したものではないのかもしれないが、今のレナードにはどうにかこの指輪を送り届けること以外の余裕などあるはずもなかった。
本来であれば他人の用事など自分が雨に濡れてまで行うほどレナードは自分を善人評価など一切していないのだが、今回のこの一見に関してだけは圧倒的な別世界への入口への好奇心と、大切なものを預かってしまったという不安に取りつかれ、奇妙なまでの使命感がレナードを覆っていた。
そんなレナードは街中をかけて行く際に、妙な人々を見かけているように思えた。
「—————なんだこの人達。」
明らかに地元では見かけない風貌の人々が傘を片手に交差点で車が過ぎるのを待っている。
黒いローブを着ている彼らはまるで先ほど消えてしまった、レナードに指輪を渡してきた男と似たような恰好をしている。
コスプレイベントが近くであるわけでもあるまいし、こんな見慣れない人々など周りの人間からの好奇の視線にあてられるに違いない。
しかしながら、周りで傘をさしながら通りをあるく多数の人々はそんな彼らを見つめるのではなくむしろレナードのほうをちらちらと見てさえいた。
確かにこんな大雨の中傘をさしていない自分が見られるのはまだ分かるし、街中を傘をささずに駆け足で通り過ぎている一定数の人間もレナードに向けられているような視線と同様の視線を向けられている。
ならばこそ、この風変わりな格好をした人々が見られずに自分だけが見られている意味が分からないとそうレナードは不思議にさえ思った。
このような服装で街を歩く人は決して多くないし、むしろ本当にたまにしか見ないが、それでも今日以外見かけたことはないし、なぜ今日に限ってそのような姿の人間を見るのかが全く分らなかった。
「もしかして、彼らも魔法使いなのかも……。」
結論として妥当な線とすればこれだが、彼らが透明人間扱いされる意味はこの仮説をもってしても理解できない。
しかしながら同時に、彼らが魔法使いであるならば彼らの多くいる箇所に例のお店があることになるかもしれないとレナードはそう思った。
そしてレナードは、ロックス地区につき次第そのローブ姿のような恰好をしている人間を探すことに決めその足を速めた。