家出
気持の整理をつけるのは中々時間のかかる作業だ。
それもそのはず、人生が選択の連続ならば何かを選択するということはそれ以外の選択肢を捨て去るということで、他の選択肢にそれとなく未練がある場合にはより時間がかかるし頭も痛くなる。
レナードは一旦ふさぎ切った自室を抜けて家出しようとふと思った。
家出というのはレナードにとって朝ごはんを食べるのと同じくらい頻繁に行っていることだから変な抵抗感なんて元々ないし、両親もレナードが家出してくるといって焦った事すらなかった。
彼らにとってはレナードの家出など少し長めの散歩とほぼ変わらないからだ。
レナードは家出をしようと決心し、普段高校に使っていたリュックに財布と携帯、腕時計を装備し自室を飛び出して父に一言。
「家出してきます、多分そんなに長くはならないと思うよ。」
「いってらっしゃい。日にちまたぐ前までには帰って来いよ。」
ハワードはにこやかに笑いながらそう言った。
照れくさくなったレナードはそうしてお気に入りのスニーカーをかかとを少しつぶすようにちょっと慌てたように扉を開けて外に出た。
————それから数時間をレナードは湾岸で過ごした。
電車を乗り継いでオペラハウスの裏手を海沿いに進むとある、公園のようなとても広い芝生の木陰に寝そべると不思議といやなことを忘れられた。
夏の暑く突き刺すような日差しも少し日が傾くと徐々に落ち着き、素晴らしい昼寝ライフが満喫できる気温になる。
この時間帯になると忙しい観光客の喧騒もだいぶ落ち着く。
いるとしてもランニングをしている仕事終わりのおっさんか、遅くまでこんな芝生でだべっている地元の高校生とかその程度だ。
レナードは静かに目を瞑った。
目を瞑るとかえって人の声がよく聞こえるようにレナードには思えた。
そして人の声に耳を傾けないようにしていると自身の声が反比例のように大きくなっているのも感じた。
大学の事もこれからの就職のことも色々と考えなけらばならないことは山済みだが、それを今やってはせっかく外でほっつきまわっている意味がない。
レナードはそう首をふり自分に言い聞かせた。
段々とレナードに眠気が襲い、そのままその眠気に身を委ねようとするとちょうどそのタイミングで聞きなじんだ声が聞こえた。
「え、あんたそこでなにやってんの。 たそがれてんの? 」
きた、ウィラビー4番通りに住む幼馴染のような女、【ペイジ】だ。
普段から何かとレナードに突っかかってはバカにして去っていく嵐のような女で、小さな時から趣味は何かと聞かれれば【レナード狩り】と即座に言い放つような奴だった。
「なんでもないよ、僕にかまってる暇あったら化粧の仕方の一つでもさっさと覚えろよ暴力女。」
「友達の一人もいないあんたにせっかくの大親友が絡んであげてるのに何その態度、そもそも私が化粧をしないのは出来ないからじゃなくてしなくても十分可愛いからだから。」
ペイジが負けじと言い返すもそれに対しレナードがこう繰り返す。
「友達がいないのに大親友はいるっていう矛盾に気づかないあたり本当に脳みそまで鍛え上げて筋肉にしちゃったのかな。それに自分がかわいいとかホントに言ってるならお前今まで鏡見たことないだろ。トラックに正面衝突したような顔しやがって。」
「大体その口減らずのくそ理屈野郎だから彼女が一人もできないんだよバーカ。」
ペイジは興奮したようにその栗色のカールした髪を揺らしながらそう言った。
「別に僕がお前に彼女何人いたかなんて話したこともないんだから知るはずもないだろ勘違いすんなよドアホ。」
「なっ、あんた彼女いたことあるの!? だれよ! いるんなら言いなさいよ!!」
片目を開けて適当に対応していたレナードの近くにペイジの青色の瞳がだんだんと近づいて、あまつには胸倉につかみかかってきた。
その胸元に伸ばされた手をレナードはさっとはたいて上半身を起こした。
大体陸上競技をしているペイジに胸倉をつかまれたら簡単には振りほどかせてくれないことは既に長年の経験上分かっている。
「それで用件はなんだよ。ないならマジで去れ。こっちは暇じゃないんだ。」
「別にただ見かけただけだから用なんてないわ。」
「じゃあ帰れよ。」
そうため息を吐いたところでペイジがおもむろにレナードの隣に座った。
いや座るなよ、とレナードがぼやいたのを地獄耳で察したペイジが肘鉄をくらわしてきたため、そっと拳数個分の距離をとった。