4.続・十才 味方作りから始める件2
それから――――。
「こんにちは」
「何で居んだよ!? 毎回毎回待ち伏せやがって!」
シェルディナード(とサラ)は暇を見つけてはケットシーの青年を待ち伏せた。
ある時は表通り、またある時はヤバそうな雰囲気の路地。それが三回も続けば青年の顔に困惑が浮かび、五回で口許が引きつり、十回の今日でめでたくドン引きの末に悲鳴が上がった。
三回目以降はなるべく遭わないように経路を変えたりしていたようだが、御愁傷様である。
「哀れむような目ぇやめろ!」
あんまりにも活きの良いもとい元気に溢れた反応をするものだから、ついつい用件を切り出すのを先延ばしにしてしまった。失敗失敗。
などと、反省の欠片も皆無な事を胸に秘めたシェルディナードだが、青年に好感を持っている事だけは間違いない。
「お兄さん。毎日毎日、何してるの? いつ見てもフラフラ彷徨いてるよね?」
「ぐっ!?」
どうやら触れられたくない部分だったらしく、不可視の何かが青年の胸に突き刺さったのか、片手で胸元を押さえる。
「暇そう」
「ぐはっ!?」
その気はなくても追い討ちを掛けるサラの言葉に、青年はもう一方の手も胸に当てて、顔色を悪くする。
「本当に何の用だよ! 何か用があるなら早く言え! つきまとうな!」
「うん。お兄さん、いま特定の職についてないなら、俺にごはん作ってくれない?」
「はあ!?」
そう叫ぶのも無理はない。いきなり数日ストーキングよろしく待ち伏せていた子供が「ごはん作って」だ。色々ツッコミたくなっても仕方ないだろう。
「何で俺が。しかもお前どう見てもいい所のお坊ちゃんだろ」
自分の所の料理人に頼めよ。そう言う青年に、シェルディナードは上目遣いで小首を傾げて見せる。
「ごはん、作って?」
「男がやっても気持ち悪いだけだっつーの! 子供ならとも思うがお前はダメだ何かちげぇ!」
「んー。残念」
あっさりと子供ぶりっ子をやめたシェルディナードに、青年はげんなりした顔になった。
「ほんと、なんなん?」
「お兄さん、うちで働かない?」
「遠慮しとく」
「即答しなくても良いと思うけど」
「いや、何か嫌な予感がする! 俺のこういう勘ハズレねぇから!」
仕方ない。
シェルディナードはそれならと、少し悲しそうに俯く。
「今、うちでごはん作ってくれたら、もうつけ回さないって約束する」
「…………あのさ、何でそこまで俺に飯作らせたいの。え? マジで作ってくれるやつ居ねーの?」
やはり思った通り、この青年チョ……お人好しだ。
途端に心配そうな顔になって様子を窺ってくる青年にシェルディナードは心の中でそう思った。そのまま少しだけ声から元気を無くして言葉を紡ぐ。
「いつも、何か混ぜられるから……たまには普通のごはん食べたい」
嘘は言っていない。
青年は葛藤していたようだが、やがて頭を自らわしゃわしゃと掻き混ぜた後、腹を決めたらしくシェルディナードを見た。
「作ったら帰るからな! ちゃんと帰せよ!?」
「うん。ありがとう。安心して。ちゃんと帰す」
「…………」
「どうしたの? お兄さん」
シェルディナードの屋敷に転移した直後、青年は物言いたげな顔で隣の自身の服の裾を掴むシェルディナードを見下ろした。
「お前…………マジで無事に帰してくれるんだろうな?」
「うん。約束したし」
青年が念を押すのも無理はない。この世界は弱肉強食。力のあるものが上。貴族という力の代名詞には、庶民となる下の者をどうしようと勝手。
ここでは他者を殺める事は、禁止されていない。とは言え、推奨されてもいないのだが、可能は可能である。なので基本的に庶民としては貴族にはあまり関わりたくない。気まぐれで殺される可能性があればさもありなん。
青年はシェルディナード達が良い所の子供とは検討がついていたのだろうが、豪商か何か、ギリギリ庶民カテゴリーと思っていたのかも知れない。しかし階層と階層を自由に移動するアイテムである転移石は大変高価なもので、まず貴族でなければ携帯しないものだ。
「別にお兄さんに危害を加える気も、そんな人もここには居ないよ」
「飯に何か混ぜられるのにか?」
「それは兄達の個人攻撃だから。少なくとも突発的に来たただのお客さんに矛先は向かないよ」
こっち。そう言いながらシェルディナードは青年の手を引いて、自室から繋がる専用の厨房へ案内する。
サラがその後に続き、三人は厨房の中を見回した。
「ん。大丈夫。誰か入った形跡は無いね」
「食材も、無害、みたい」
シェルディナードと冷蔵庫や常温の食材をチェックしたサラの言葉に、青年が両手で顔を覆ってしゃがみ込む。
「お兄さん?」
「御手洗い、あっち、だよ?」
「ちっげーわ!」
クッソ、と吐き捨てるように声をこぼす青年に、シェルディナードとサラがキョトンとした顔を向ける。
「言っとくけど不味くても文句言うなよ!」
「うん」
「不味いからって殺すのも無しだかんな!?」
「もちろん。そんな事しないよ」
ヤケクソ気味に青年が叫んで立ち上がり、食材を見て調理器具を洗ったりなどの下拵えを始めた。
「手伝って良い?」
「は?」
「覚えて自分で作れるようにしたいから」
「――――っ、ジャガイモの皮剥き! 手ぇ切らないよう気をつけろよ!?」
「わかった」
(善い人だなぁ。仕事請けてくれたら嬉しかったのに)
そんな事を思いながら、しゅるしゅると危なげなくイモの皮を剥いていく。
「ルーちゃん、手伝う」
「じゃ、サラは食器出して」
「わかった」
本当はお客様な友人にさせる事ではないのだが、見ているだけも暇なのだろう。ありがたく手伝ってもらう。
何やかんやと言いつつ、出来上がった料理を厨房から部屋のローテーブルに運ぶ。
サラダにジャガイモの炒めたもの、ミネストローネに甘辛タレで皮をパリパリに香ばしく焼いた鳥モモ(骨つき)にロールパン。温かくて美味しそうな料理ばかりだ。
「お兄さんも座って。食べようよ」
「あ? ああ、毒見か」
「え。違うよ。それはいらない。だって作るの一緒にやって見てたじゃない」
「じゃ、なんで?」
「そんなの、ごはんはみんなで食べる方が美味しいからにきまってるよ」
そう言った途端、青年は呆れるような、苦いものを食べたような、そんな顔になった。
「お兄さん?」
「いや、良い。食おう」
「うん」
久しぶりに混じりけなしの安全な食事だ。熱々なそれは香りも冷めたものより強く、何より他愛ない話を誰かとしながら食べる。それが楽しい。
美味しい食事を食べ終わり、食器を片付ける。青年が洗い、シェルディナードが拭いて、サラが棚に戻す。
「ありがとう。お兄さんのおかげで、久しぶりに美味しいごはん食べられた」
「……何でんな事になってんの」
「んーと、うちって第二夫人の家なんだけど、第一夫人の所に二人の兄がいて、父が跡取りは子供全員の中で一番適任に回すって」
その宣言が第一夫人側にどれだけの衝撃を与えたのかは知らないし、特に知りたくもない。ただ事実としてそれ以降、居ないも同然と無視されていたのが、急に変わった。
「だからって……じゃあ、お前のお袋はどうなんだよ。息子が」
「命に別状はないから。本当に危険だったり、出来ない事なら手を出すけど、そうじゃないなら極力自力で対処する。そういう方針だから」
料理人を雇う許可の時も、もしシェルディナードが自分から『探して欲しい』と頼めば手配してくれただろう。
「命に別状がねぇわけ」
「無いよ。うちってそういうものだから。シアンレードはリッチの家系。知ってる?」
「…………待て。シアンレードって、あのシアンレードか?」
「多分そのシアンレード」
青年の顔色が真っ青になる。まあ、それも仕方ない。
何せそれだけあの父はヤバいと知れ渡っている。
「あの、魔術研究の為には手段も材料も選ばないって噂の、不死者の魔術師?」
「うん。それ」
その言葉に青年は青を通り越して白に顔色が変化。
(あー。……やっぱり無理だよね)
家名聞いただけで嫌煙される父がいる、第二夫人の家とは言えそんな所で働いてくれないだろう。
「大丈夫。ちゃんとお兄さんは無事に帰すし、もうつけ回さないから。突発的に来たお客さんに興味持つような人達じゃないよ」
シェルディナードが笑ってそう言い、帰りの支度を始めた時、青年が口を開く。
「少しの間なら、やってやる」
「やってやるって、何を?」
シェルディナードとサラが首を傾げる。
「ガキの飯作るくらい、やってやるって言ってんだよ。けど少しの間だけだからな!?」