続々・十一才 ご挨拶にいく件9
空気の膜を薄く纏い、ゴーグルと飛行帽に手袋をしても風の音や、風を割いて進むからこその冷たさは完全には無くならない。
飛竜は訓練場を離れ、遥か先に見える赤茶けた山脈を目指し、東へと向かっていた。
一度高く舞い上がった後は気流に乗って滑るように安定した飛行で目的地を目指している。
高い所を飛んでいるのでほぼ雲海しか見えないが、そろそろ地上は草木が減って砂漠の領域に入っているはずだ。目的地はその更に先。
砂漠が途切れ荒野になり、再び緑が見える頃に山裾手前の谷にたどり着くだろう。
ひとしきり飛行した後、飛竜が短く鳴く。
下降に入る合図のようだ。シェルディナードも下降を始めるのに合わせて身体を前傾姿勢に変更する。
ボッ、と音をさせて雲海へ突っ込み、突き抜けて地上が見え、再びの滑空。
草原が見え、一度ブワッと羽ばたいて降り立った。
「とーちゃく! ありがとな」
飛竜から降りて首筋を撫でると、まんざらでもなさそうな鳴き声が返る。
「おーい、坊。こっちも着いた。次どうすんだ?」
「そこの木陰あるところに敷物広げて。飛竜達も連れて移動」
「わかった」
ディット達も降り立ち、ぞろぞろと木立の方へと移動する。
「にしても、速ぇな。午前いっぱいで着くとか」
流石だと言いつつ、敷物を展開。シェルディナードが亜空間収納からディットの作った弁当と、一抱えもある木桶を四つ取り出す。
二つには近くの小川から水を汲んで、あとの二つには先日パッキングしたホルモンの残りを入れる。
それらをそれぞれ、飛竜の前に置いた。
「はい。ランチだよ。お食べ」
「ギュル!?」
目を輝かせた漆黒個体が勢い良くホルモンの入った桶に頭を突っ込んで食べ始める。尻尾がビッタンビッタンと打ち付けるように振られている事から、どうやらご機嫌だ。
黒青個体も水と肉を静かに食べている。
「坊、サラ坊も。用意出来たぞ」
「はーい」
そしてしばしのランチタイム。それを終えてから本日の目的である谷へと出発だ。
「数時間、日暮れまでには戻るから。その間はのんびりしてて良いよ。遊んできても良いけど、ここに戻ってくるのは忘れないように」
「ギュ!」
黒青個体はそれを聞いて木陰で丸くなり昼寝の態勢。漆黒個体は飛び回る蝶を追いかけたり、草原でゴロゴロ転がったりと遊び始めた。
「大丈夫そうだし、行こう」
ディットが後片付けを終えたのを見計らい、谷に向かって歩き出す。
地面が段々と草を減らし、赤茶け乾いたものへ変わっていく。やがて開けた先には草木の少ない乾いた谷が姿を現した。
猛禽類の声が風と共に谷に木霊する。
「あそこから降りられそうだし、行こう」
「何か見事に生き物の気配ねぇけど、本当に合ってるのか?」
シェルディナードが細い道とも言えない獣道を指差し、その後に続きつつもディットが辺りを見回してそう言った。
「大丈夫。合ってるよ」
「えー……」
半信半疑で後についていくディットと眠そうにしながらも何も言わずに続くサラ。やがて全員が谷底に到着した所で、シェルディナードは懐から長方形の黒い角柱のようなものを二つ取り出す。
それを一度、高く打ち鳴らすと、音は谷の中を木霊しながら広がっていく。
「……なんも起こらねぇな?」
音の余韻も消える頃、辺りを見回してディットがそう言う。
「しっ。ディット、静かに」
シーッ。片手の人差し指を唇の前に立てて、シェルディナードがディットを制す。
ひとまずその指示に従い、ディットは口をつぐんで辺りをうかがった。
風と猛禽類の声だけが通り過ぎていくだけのように思えるのだが。
「ん? なんだ? おい、地震……」
「大丈夫。ディット、そのまま」
地鳴りのような音がそこかしこから聞こえ、やがて静かになった。
「おい、坊。これ」
「そのまま、そのまま」
少しして小さな振動があり、やがてそれはゆっくり近づいてくる。
「下がれ、坊。退避を」
「ディット、ルーちゃんの邪魔」
ゲシッとサラがディットを足蹴にして退けた。
「いってぇな! サラ坊!」
ディットの抗議を黙殺して、サラはシェルディナードに目配せをする。それにシェルディナードも頷き、音の近づく方向を見つめた。
岩が、動いている。
「そなたがシアンレードの新たな主か」
くぐもって反響するような声音は男女の区別がつかない。そもそも岩石喰いには性別はないという。
「こんにちは。主代理です。第三子、シェルディナードと申します」
見上げるのは二階建ての建物くらいの何となく人型の岩の塊。一応は手の指や目、口などがわかる。
「長は今くる。少し待ってほしい」
「もちろんです。突然の来訪で申し訳ありません」
シェルディナードが頷くと岩人型は手近な岩を掴んでいとも簡単にその手で砕き始め、すぐに浅く背もたれのあるスツールを作って置く。
それに腰掛けると、何やら岩人型にしたらお猪口サイズ、シェルディナード達にしたら取っ手のないマグカップくらいの石をくり抜いたらしきコップに濁った濃緑の液体を入れて差し出してくる。
「ありがとうございます」
受け取ったものの、ディットは「これ飲めるのか?」という顔をした。サラに至ってはそもそも飲む気は無さそうだ。
「坊」
「飲める。ほら」
ゴクッと何ともない顔でシェルディナードはそれを一口飲んでみせる。
「……っにが」
つられて飲んだディットはその味に思わず舌を出した。
「ここらへんで採れる薬草のお茶ですね。ありがとうございます」
「すまない。われら、味覚が違う。わからなくて」
「大丈夫です。おもてなしに感謝しています」
岩石喰いの名の通り、彼らの糧は鉱石などの石である。味覚がそもそも違う。それでも何とかもてなそうと飲めるお茶を出してくれたのだ。
シェルディナードは笑顔でそれを飲みきった。
それを横で見ていたディットも息を止めて一気にコップを呷って何とか飲み込む。
「お待たせしました。シアンレードの子。新たな核石に寿ぎを申し上げる」
「はじめまして。シアンレードの第三子、シェルディナードです。苔むす時の守り人へご挨拶申し上げます」
新たな足音と共に挨拶を伴って現れた人物へと、シェルディナードは立ち上がり挨拶を返す。
「座ってくれてかまわない。遠路はるばる大変だっただろう。」
見た目は人にぐんと近づいた。ほぼ人と言える。全身が赤茶一色でなければ。人間であれば瞳の白い部分は黒く、瞳孔は灰色だ。青年のような顔立ちと体型だが、足許まで隠すローブのような服装。
声は澄んでいるが、やはり性別は判別出来ない。服すら身体の一部という感じがするので、動く石像か彫刻といった風だ。




