続々・十一才 ご挨拶にいく件2
センナの孤児院を後にして南下することしばし。
丁度、センナが結界を張った境界を一歩出た所にサラが佇んでいた。
「結界、張れたみたい、だね」
「うん。サラの方も……」
「準備、出来たよ」
「ありがとう」
コクリと頷いたサラが少し離れた場所の木、正確にはそこに逆さ吊りにされたものを指差す。
「血抜きと、ワタ取り、しておいた、から」
「助かるー。本当にありがとうな!」
サラは微笑み、対照的にディットはいささか顔色を悪くしている。
「ディット? どうしたの?」
いささか悪いってより、卒倒しそうな。
「……なんでも、ねぇ」
そう言いながらも、気分が悪いのか口許を押さえて背を向ける。
どうやら犬系獣人ではなくても鋭い嗅覚に、これはキツかったらしい。ということでシェルディナードはテキパキとその場で残りの解体や取ってあった臓物の下処理をして、パッキングしていく。
「良し。これで手土産完全」
出来上がったものは亜空間収納に突っ込む。
「じゃあ、ルーちゃん。オレ、帰るね」
「うん。付き合ってくれてありがとな、サラ」
「ふふ。どう、いたしまして。またね」
ヒラヒラと片手を振って、サラが影に沈むように消える。
「さてと。じゃあ行こうか。ディット」
「おい。お隣さんとは言え領主のとこだろ。着替えなくて良いのか」
「大丈夫。ほら、全然汚れてないでしょ」
両手を広げて見せるシェルディナードは確かに血のシミ一つ見当たらない。
「確かに……てか、本当に汚れも匂いもねぇな?」
「気をつけたし、事前に軽く薄い防汚膜張っておいたからね。あと新しく作った消臭剤が良い仕事してくれた」
何よりも、と。シェルディナードは笑う。
「サラがほぼやっといてくれたから、凄く助かった」
子供らしい無邪気な笑顔に、ディットは軽く息をついて微かに笑む。
「そうだな。後でサラ坊に土産買っていくか」
「うん」
そうして所々にある廃墟群を抜け、領地と領地の間にある中立地帯である境界の原野を過ぎて程なく。森林地帯の中に足を踏み入れた瞬間、昼間だというのに薄く霧が立ち込める。
それでも木漏れ陽が梢の間から降っており、神秘的な雰囲気とも言えるかも知れない。
「あ。こっちか」
「なあ、霧が避けんの初めて見たんだが?」
シェルディナード達が歩く少し先。誘うように霧が割れて行く。
「そりゃ、ちゃんと訪いの連絡を先方に入れてるし」
「……入れないともしかして迷うのか?」
「多分? 観光とかだとパスチケットか宿泊施設の送ってくるリザーブキーが必要って聞いた事あるけど」
今回は観光じゃないからね、とシェルディナードは肩をすくめる。
「風光明媚な場所だけど、ほぼ水棲魔族しか住んでないから、移住も滅多にないし」
「風光明媚……今んとこ、霧と木しか見えねぇけど」
「もうそろそろじゃない? ほら、先が明るい」
霧と木々が途切れ、眩い光が視界を一瞬だけ焼く。
「おー。さすが」
思わず声が出た。
青く澄んで広い空、遠景に広がる雪を頂く山脈と裾を飾る青々しい山々と大森林。
そしてなんと言っても目の前に広がる広大な圧巻の湖。
その湖の中央に白い壁と水色の屋根をもつ尖塔を有した城がそびえ立っている。
とんでもなく透明度の高い湖が空と城を水鏡にして映す様は言葉では言い尽くせない。
「って。これあの城に行けんのか? 橋とか見当たらねぇけど」
「大丈夫。ほら、来たよ」
シェルディナードが指差す先には城から岸へ向かってくるような波紋とさざ波。
それは接岸と同時に氷の路へと姿を変える。
「じゃ、行こう」
「待て。いや、これ、大丈夫なのか?」
「平気平気。多分」
「多分!?」
毛を逆立てるディットに構わず、シェルディナードは躊躇いなしに氷路へと足を踏み出す。
大理石の床にも劣らぬ固い感触と音が靴底に伝わり、慌ててディットも続く。
穏やかな陽射しとほんのりと花の甘さを含んだ風が頬を撫でていくのが和やかな雰囲気だ。
「うーん。やっぱり絶景だね。そこかしこに水灯百合あるし、夜は凄く雰囲気ありそう」
「水灯百合?」
「そこら中に浮いてるやつ。大きな白い百合に似てる花と長細めの形のぷっくりした葉が浮輪みたいなのあるでしょ」
「あー。あれ」
「そ。あれ、花びらが蓄光の性質あって、夜になると発光する」
淡い光であるものの、幾つもの光が夜の湖面を彩る様は星の海のようになるだろう。
「花芯からは一定期間で大量の蜜塊が採れるんだけど、それが凄く甘いって聞いたことあるんだよね」
蜂蜜より数倍甘いらしい。喉にも良いという事で、水灯百合の蜜から作ったのど飴は歌を生業にする者にとっては御守り兼必需品との事だ。
「へー」
なお、とってもお高いとも。
「いつか手軽に食べられるようにしたいね」
「……まあ、な」
ディットが先を歩くシェルディナードの背を見る。
物珍しいという様子はあるものの、そこぐらいしか子供らしい部分が見えない、と。ディットは何とも言えない顔になった。
気づいているのだろうか? そう声に出さずに、自分の心の中でシェルディナードの背に問い掛ける。
なったら良い、ではなく、したい。
他力ではなく、自らの意志を口にしていることに。気づいているのだろうか? と。




