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22. 番外編 貴族の手下になった日

 正直、得体が知れなくて気味が悪かった。



 シェルディナードという貴族の子供が俺達をまとめて引き取った。

 俺達は今、そいつが手配した建物で暮らしている。

「……」

 あの日、気づいたらいつもと違う景色で、訳がわからなくて、必死だった。

 覚えていたのは、夜空。

 昼間みたいに、夕陽みたいに、紺色に赤とオレンジのペンキをぶちまけたみたいな、そんな空。

 寝床に帰ろうとしたら、もわっとした熱気が頬を撫でて、本能的にヤバいと思った。

 周りにいたガキ全員でとにかくそこから離れようと走った。走って走って、気づいたら臭いも景色も変わっていた。

 焦げと埃の悪臭のない空気。目の前に広がったのは青々とした草の海原。街をいつ抜けたとか、そんなのは考えられなかった。

 草原で、まずやったのは身体を休められる場所を探す事。

 どうにかこうにか、小さい動物や小川を見つけて魚とかを取って、死なないように必死だった。

 そして、俺達はシェルディナードに半ば強制的に雇われる。

 シェルディナードは俺と弟に焼印を押した。

 言葉を通じさせるには必要だったらしい。

 そして仕事は文字の読み書きを覚えて、規則正しい生活をして手に職をつけること。そう言った。

 正直、気味が悪かった。

 そんな話があるか。出来過ぎている。

 優しい母親みたいな世話役。清潔な居住空間と衣服。三食腹いっぱい食える食事。元いた場所じゃ、上流階級の家でも見ない便利な道具。

 そんな夢みたいなもんを、ただ用意して与える?

 有り得ない。

「や。ロビン。元気?」

 そこまで考えた所で、当のご本人様の登場だ。

 孤児院の応接間に呼ばれ行くと、ソファにちょこんと座る奴がいた。

 白い髪と褐色の肌、赤い瞳。

 飾り気はねぇけど上等な仕立ての服と靴を履いて、ニコニコと片手を軽く上げて。

 ソファの背後には大人の男。ディットって呼ばれてたそいつはどこか疲れた顔で主人を見ていた。

 いつもなら、もう一人。サラって呼ばれてる緋色の雫を落としたような微妙な金髪の多分ガキが一緒にいるが、今は見当たらなかった。

「何の用だ」

「ロビン。一応会話のていはとろうよ。ま、今回は良いけど……そういうのも覚えてね」

 シェルディナードはそう言って苦笑する。それが何か気持ち悪りぃ。何でだ? って考えて、ガキらしくないからだって答えが自然と浮かんだ。

 俺とそう歳は変わらないけど、今まで見てきた上流階級のガキはこんなじゃなかった。こういうのも探せば居たのかも知れないが、そもそも出会うはず無いもんだ。

「さて。ロビンも暇じゃないだろうし、さっそく本題に入るね。ご飯を獲りに行くついでに、これから出来ていく街について説明したいんだ」

「飯を……獲る?」

「そう。ああ、ロビン達のじゃなく、俺のね」

 孤児院の食事に使う食材とかはちゃんと事前に準備出来てるから大丈夫だよ、とシェルディナードが言う。

「まあ、見回りと警備のついでにご飯の食材獲るだけだから」

「そうかよ。で、街の?」

「うん。今はまだ急ごしらえで、この孤児院と幾つかの民家や露店しかない村の様相だけど、これから段々と街に変化していく予定だからね」

 シェルディナードの話だと、民家には俺達と同じ、人間が住んでいるらしい。そいつらは孤児院の院長に昔育てられた奴らだそうだ。

 俺達よりちょっとだけこの世界の言葉も文字もわかるらしいが、あまり大差ないらしい。

「将来的には年齢毎に通える学校とかも作りたいけど、まだ道のりは遠そうだから、ロビン達はセンナ嬢にしっかり教わって覚えてね」

 そんな話をして歩く。民家がまばらに立つ以外は見渡す限り草原。遠くに丘や森林が見える。

 本当に、そんな学校なんて夢のまた夢だろう現状が目の前に広がっている。

「いつになることやら」

「ロビンの自立まで……は無理かな。でも、不自由ない読み書き会話は、生活基盤以外の最優先事項だから、そんな待たせないように頑張るよ」

 さっくさっくと草を踏み、どこまでも広がる緑の海を見渡す。

 風が吹いて、光が反射するのは本当に海の波のようだ。

「俺だけじゃ無理だから。ロビンも協力よろしく」

 少し先で立ち止まって、くるりとシェルディナードが振り返る。

 その顔は何というか、貴族とか人間でないとか関係なく、どう見てもただの悪ガキの顔だ。

 しょうもないような悪戯に、他のやつを巻き込もうとしてる悪ガキの。

 でも、だ。

 元の世界だろうが、ここだろうが、変わらない。

 俺達が、俺達より力のある奴に利用されるのは、変わらない。

 なら。

「報酬はきっちりもらう」

「もちろん。タダ働きなんてさせる気ないよ。そんな事したら、信用ガタ落ちで効率も悪いしね」

 こいつで良いんじゃないか。

 思惑はどうであれ、俺達より力があるのは示してるし、衣食住を保障してくれる雇い主。今のところは理不尽な事も言わない。

 信用も出来ない胸くそ悪い金持ちに理不尽な仕打ちをされてそれでも逃げられなくて無理矢理、より、悪ガキの思いつきに巻き込まれる方がよほどマシだ。

 そう思って、俺は悪ガキ貴族の手下になるのを決めた。

 後に、確かに理不尽な事はしないし報酬も見合ったものを寄越すが、わりと無茶ぶりしてくる悪ガキだと知ることになるが、この時の俺にはわからない事だ。


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