20. 続・十一才 適材適所な件4
「さって。もう一踏ん張りやっちゃうかー」
「へ? もう住民登録終わったから予定ねーだろ?」
「あれで、終わり、な、わけ、ない、でしょ」
ディットの言葉にサラが瞳を開けて言う。
「いやいや、『普通』なら終わりだよ。けど、今回は『人間』の住民登録だったから」
ローテーブルの上に先程使用した石板が現れる。シェルディナードがその石板の上にサッと手を軽くかざして振れば、淡い光が立ち昇り白い天井にまるで星の地図である、星図盤のような模様が映し出された。
「俺、住民登録がまず初めてで、しかも人間相手って何気に無茶だよなー」
無茶と言うわりには軽くやっていたと思い、シェルディナードの顔を見たディットがぎょっとして思わず触れようかどうしようかと身構える。
いつの間にかシェルディナードの額や首筋に汗の粒が浮いて流れていた。
(うっわ、これ魔力消費えっっぐ!)
子供達がやったのは存在を石板にデータとして登録しただけ。普通はその際に自身の自然にもれる程度の魔力で住民登録の魔術式に登録が完了するのだが、今回は人間なのでシェルディナードがそれを肩代わりする必要がある。
その肩代わり分の消費が、エグい。
(いや、肩代わりできる事は事前に確認してたけど)
理論上可能、という事だけで。まさかこんなにエグい感じだとは思わなかったシェルディナードである。
(えー。頭、ガンッガンするし、脈すげー速くなってるし、心臓絞られてるような痛みなんだけどマジきつい死ぬ)
冗談ではなく。
マジで。
急激にごっそり魔力が抜かれて、身体の芯から凍るような感覚がある。冷たいというより刺すような痛みだ。
吐き気がしそうなほど気持ち悪い。なのに吐こうとしたら間違いなくそのまま倒れて起き上がれなくなる確信がある。つまり、身動き不可。
頭がボーッとする。視界が揺れそうだ。
目の前には白と赤の光粒が石板から柱のように大量に立ち昇って天井の星図盤へ吸い込まれていく。
ゾッとするほど綺麗な光景に、口許に笑みが浮かんだ。最後の光が昇って消えた所で。
「ルーちゃん!」
ブツン……と視界が消えた。
真っ暗で、何もない。
何も聴こえない。
暖かくも寒くもない。
(そういや、光りが一切無い所にいると狂うんだっけ?)
確かにずっといたら自分と周囲との境界が溶けてしまうような気がするかも知れない。
(あー……ヤバいって思ったけど、やっぱ死んだか)
シェルディナード達にとって魔力は第二の血液のようなもの。それを一気に残らず根こそぎ持っていかれた。
心臓が止まった。意識も刈り取られた。
まごうことなく死んでいる。
しかし。
(始まった)
突き刺すような痛みが走る。内側からも外側からも。
焼けるような、炎の中にでも放り込まれたような熱を感じる。
世界が真っ暗なのに渦巻いている気がする。
意識がぐちゃぐちゃに撹拌されてそれこそ狂いそうだ。
――……ゃ…………、………………ん!
(ああ、呼んでる)
「ルーちゃん!」
バチっと音がしそうな動きで、シェルディナードは瞳を開けた。
(うわーうわー。痛てぇ……)
ぐわんぐわん揺れるような感覚と全身の骨でも折れてるんじゃないかと思うような、声も出ない痛み。
それがサーッと潮のように引いていく奇妙な感覚。気持ち悪い。
「坊! しっかりしろ! 声、聴こえてっか!?」
「あー……。大丈夫。聴こえて、る」
ソファに横たえられていたらしい。
「っはぁ~……驚かすなよ。いきなり倒れて死んだみたいにピクリとも動かねぇから心臓止まるかと思ったぞ」
肺の空気全部吐き出す勢いでディットが言う。
死んだみたいに、じゃない。本当に『死んだ』のだが。
(あ。これ言わない方が良いやつだ)
絶対怒られる。
だってディットの方が今は死にそうな顔色だ。間違いなく、心配……心労をかけた。
シェルディナードはニコニコと黙っていた。が。
「死んだ、みたいに、じゃ、ない、よ。ルーちゃん……死んでた」
「は?」
(うお。サラ、そりゃねぇよ……)
じっとりとした目でサラはシェルディナードを見据えて、まるで怨念でもこもっていそうな声音でそう言った。
「……坊? どー言うことだぁ?」
サラの表情と様子に冗談ではなくその言葉が真実だと直感したらしいディットが、同じく据わった目を向けてくる。二対一。無理。
「わかった。悪かったから、そんな二人で睨まなくても良くね?」
「ルーちゃん」
吹雪でも起こしそうな瞳と声でサラが名を呼ぶ。ヤバい。本格的に怒っている。
「……はあ。本当に悪かった。ゴメン」
シェルディナードは姿勢を正し、ソファの上で正座して二人に頭を下げた。
次の更新後、カレンデュラを再開します。




