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16.十一才 基盤作りにいそしむ件5

「まずは痛い思いさせてごめんね。俺はシェルディナード。君は?」

「…………」

「名前がないと不便だから言わないなら『あんちゃん』て呼ぶけど」

「ロビンだ!」

「ありがとう。じゃあ、ロビン」

 シェルディナードは笑顔で言う。

「突然だけど、うちで働かない?」

「お前ふざけてんのか!」

「坊……」

 ディットが(うめ)く。

「ふざけてないけど。まあ、素直に聞けないよね」

 なんせ人質まで取ってしまったのだし。そこはしょうがない。相手の信頼度も好感度も底辺なのは当たり前だろう。

「だから、勝負しようよ」

「は?」

「手っ取り早く殴り合う? 安心して良いよ。ハンデあげるから。それとも、怖いなら子供らしく駆けっことかそういうのにする?」

「やっぱバカにしてんだろお前!」

「そんな事ないよ」

 ニコニコ笑顔でシェルディナードが言う。それが余計にロビンの神経を逆撫(さかな)でしているのは明白(めいはく)だ。

「気持ち()りぃ……。大体、なんでいきなり俺達の言葉、話してんだよ!」

「それは違うよ」

「はぁ!?」

 シェルディナードがにぃっと笑っていまだに手首を押さえられているロビンの片手を示す。

「そっちが俺達の言葉がわかるようになったんだよ。ついでにそっちの言葉が翻訳されてこっちに聞こえてるけど、全部それのおかげ」

 ロビンの目が痕を残した刻印へと向く。

「何の、為に」

「だって、働いてもらうのに言葉が通じないと困るじゃない。それに、言葉が通じないとそもそも勧誘も出来ないし、聞いてもくれないでしょ?」

 まあ少し手荒なのは否めないけれど。

 そう言って、シェルディナードはロビンを見た。

「さて。何で言葉が通じるのか、どうして通じるようにしたのか、も、わかったよね?」

「…………」

「うんうん。沈黙(ちんもく)肯定(こうてい)(とら)えるよー」

 カラカラと笑うシェルディナードを、ロビンは気味悪そうに見つめている。

「じゃあ、わかった所で聞くね。俺からのお仕事このまま素直に引き受けてくれる? それとも、何か勝負でもしてどっちが上かわからせて欲しい?」

「だから何で(あお)ってんの坊!?」

 イイ笑顔でそんな事を言ったシェルディナードに対して、半ば反射的にツッコミを入れたディットとは対照的に、ロビンは青い瞳だけは冷たく冷静に様子を(うかが)っていた。

「……仕事内容も言わねぇ奴が信用できっかよ」

 シェルディナードがロビンを見て、視線で先を促す。

「第一、仕事だっつーなら条件や仕事の具体的内容は? 期間は? 報酬は? タダ働きなんてゴメンだ」

「うん。それはそうだね」

 ニコニコしたシェルディナードの口許が小さく「合格」と呟いたのをディットは確かに見た。そして何とも言えない顔を更に苦いものへ変える。

「期間は十五才まで」

「は?」

「あ。それぞれ個人で契約するから、雇用期間は違うよ。簡単に言うと、現在から十五歳の誕生日までがお仕事期間てこと」

 そんな条件の仕事など聞いたことがないのだろう。普通、年単位という事はあってもあくまで○年という具合がほとんどだ。

「衣食住はこちらで準備して提供するよ。ある程度の身の安全もね」

「……何をさせたいんだ? お前」

「そんなに警戒しなくても……ってのは無理だよね。まあ、いいや。それで、肝心の仕事内容は、とりあえずこちらの言語で読み書き計算、話せるようになる事と」

「え?」

「それで、手に職つけて独り立ち出来るようになることかな」

 ポカンとロビンが口を開ける。

「こちらの指定した場所で生活してもらうのと、その場所には管理者がいるからその指示に従うこと。そんな所かなー。報酬は毎月始めに支給するのと、額は一律。ただし、場合によっては上げ下げあり。ちゃんとお仕事しなかったりしたら下げる。逆に、頑張ってくれたら多くなる」

「坊……。ついていけてねーぞ」

「ん? どっかわかんない?」

 ディットの言葉にシェルディナードは首を傾げた。

「……お前、ほんと何したいの?」

「君たちを雇いたい」

「いや、それは……。あ、もういい。とりあえず、進めて」

「そ? で、金額はまだ決めかねてるんだよね。そもそも今この領地って経済活動が微妙だから。あと、今はそもそもお金渡しても価値わかんないでしょ?」

「ここ、そもそも店も何も見たことねーし、金ってあんの?」

「そりゃ、ここは廃墟だから。でも、まぁ、お店も今って無いからね。大体みんな他の階層で売買してるし。でも、通貨自体はあるよ」

「かいそう……? 地下に街でもあんのか?」

「そういうの含めて、この世界の事も今はわかんないでしょ。だからとりあえずそういうのわかってから決めようと思うんだ。ちゃんと決まるまでの分も決まったら精算してあげる」

「…………」

「悪い話じゃないと思うよ?」

 ()いていうなら、うまい話過ぎて胡散臭(うさんくさ)いとは思うが。

 しかし。

「…………」

「どうする?」

 ロビンは視線を下に落とす。それから疑いの色が色濃く残った目をシェルディナードに向けた。

「全員、殺さないで五体満足で、住処(すみか)も、飯も服も、用意してくれるんだな?」

「もちろん。約束するよ。病気になったり怪我したら、ちゃんと仕事してくれるなら出来る限り手を尽くす事もね」

 ロビンの唇が一度きつく噛み締められる。

 どんなに胡散臭くても。どんなに信用できないと思っても。

「少し、話す時間」

「いいよ」

 サラがロビンから離れる。解放されたロビンが様子を見守っていた子供達の所へ戻り、話をした。

 ほどなくして、ロビンが再びシェルディナードへ向き直る。

 青い瞳が夏空のように強く光った。

「やる。俺達、全員だ」

 その答えに、シェルディナードは微笑んだ。

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