15.十一才 基盤作りにいそしむ件4
ディットが片手の掌で顔を覆って俯き、身を屈めるように丸くなっていた。
シェルディナードの数歩後ろではサラが静かに佇んでいる。
「――! ――――!!」
リーダーとおぼしき赤茶けた髪の少年が恐らく怒号または罵詈雑言を、子供を人質にしたシェルディナードに向けている。
恐らく、と言うのは相手の言葉がわからないからだ。
「うわあぁん!」
「ほらほら、泣いてばっかだと、死んじゃうよ? 嫌なら、ちゃんと伝えないと」
子供を後ろ手に捕まえ、その首にしっかり手を添えてイイ笑顔で言う台詞ではない。いや、合っているが、どこからどうみても悪役だ。
軽くシェルディナードが首を掴む手に力を入れる。
「――!」
すると、命の危機を感じたのだろう子供が息をのむようにして黙り、固まった。静かになった子供に、シェルディナードが囁く。
「うん。良い子。じゃあ、言って」
「あ……あぁ、あん、ちゃん、ひっく、……なんも、しないで、こっち、来てっ、うぅ」
「――――っ」
子供の言葉に、少年は焦燥を顔に浮かべながらも、意を決したようでジリジリとゆっくり近づいてくる。
『ディット、どうしたの? 何か問題でも起こった?』
俯くディットにシェルディナードが小声で問い掛けた。
『……ああ、いや別に。どうみてもフォローできねぇくらい坊が卑劣漢に見えること以外は問題ねーよ』
その言葉にシェルディナードがクスクス笑いながら小さく肩をすくめる。
その間もシェルディナードの赤い瞳は近づいてくる少年から離れない。
「止まって、膝をついて動かないように言ってね」
「あんちゃん、と、止まって。ひざ、ついて、うう動かない、で」
ギリッと少年が唇を噛んで、言われた通りにするのを眺める。シェルディナードの後ろにいたサラが音もなく少年に近づくと、その片腕を掴まえ背で拘束し、もう一方の手首を掴んだ。
「他の子にも、動いちゃダメって言ってくれる?」
「み、みんな、うご、動かないで!」
「良くできました。……ディット」
「へいよ」
「やって」
「…………わかった」
もう完全にディットもサラも悪役一味である。
一番年上のディットが断トツの下端感。
すまなそうな顔で近づいてくるディットに、サラに拘束された少年が鋭い視線を向けた。
ごめん。ほんとごめん。そう言いそうになりながら、ディットが近づく。
一瞬少年が身動ぐような仕草を見せたのだが、少女のようなサラの拘束がびくともしない事に驚いたのか、目を見開いた。
「今だよ。ディット」
「わぁってるよ」
手首をサラに掴まれた方の少年の掌に、ディットが魔術で熱した刻印を押し当てる。
少年の口から痛みと熱に悲鳴が飛び出す。
「あんちゃん! うわああああああぁ!」
「はいはい。ごめんね。落ち着いて。大丈夫だから」
「ちっ、くしょうっ! ケビンを放せっ!」
「ん。成功したね。ディット、お疲れ様。印が消えない程度に治してあげて」
少年が叫んだのを聞いて、シェルディナードがディットに指示を出した。
「放せ! 放せよこの野郎!」
「あー。無理だろうが落ち着け、坊主。もう痛てぇことしねぇから。な?」
「信じられるかっ! このっ」
「うるさい」
「~~っ!」
「こら! サラ坊、やめろ。坊主の腕折れるだろ!」
「だってうるさい……」
「うるさくてもすんな!」
「サラー。悪いけど、我慢して」
「むぅ……。わかった。ルーちゃんが、そう、言うなら」
暴れそうな少年をサラがしっかり拘束している間に、ディットが刻印を押された少年の掌を魔術で癒す。それを見ながらシェルディナードは自身が捕まえている子供に言う。
「ケビン、で良いのかな? 怖がらせて、ちょっと痛い思いさせて、ごめんね」
怯えてガタガタ震える子供にも、少年と同じ刻印が片手の掌にある。勿論、すぐに癒して痛みはもう無いはずだが。
「もう放してあげたいんだけど、あと少しだけ、ここに居てくれる?」
シェルディナードは静かに首に添えていた手を離す。それでも相変わらず心臓が激しく音を立てているのだろう。子供はブルブルと震えたままだ。
「あんちゃんとのお話が終わったら、放してあげる。だから、静かにしてて、ね?」
子供が小さく頷くのを見て、シェルディナードは少年に声を掛ける。
「ねぇ、あんちゃん」
「はぁ!? ふざけんな! お前にそう呼ばれる覚えはねぇよ!」
「あ。ちゃんと聞こえてるね。じゃあ、本題」
「おい! 無視すんじゃねえ!」
「この子を殺されたくなかったら、黙って聞いて」
「坊……笑顔で言うな」
捕まえられていた子供がシェルディナードの言葉にビクッと震え、少年が憎々しげな顔でシェルディナードを睨み付けながらも口を閉ざす。ディットは自身の雇い主の悪役ムーブに再び顔を手で覆って天を仰いだ。




