13.十一才 基盤作りにいそしむ件2
利益と言っても、そこから次の仕入れや必要な資金を出すことになるので、最終的に手元に残るのはそんなに多くない。一応、真っ当なやり方をしている場合だが。
本来は私的な用途に使用してもそれは領主の権利なのだが、シェルディナードも含め、あくまで代理であって正式な領主ではない。そもそも誰が領主として相応しいか見ている試験のようなものだ。
試験官たる現領主(つまり父親)によって規制を課せられるのは当然と言える。
(この分じゃ、確かに制御規則つけなきゃ無理だろうな……うわ、わかりたくもねぇのにわかる)
あんなクソお……父の気持ちなどわかりたくないのだが、兄達の様子からして、自由に出来るとなったら何も考えず本当にお小遣いとして使用しそうだ。これはあかん。
「兄上達から権限と費用を一部お借りして、今年中に幾ばくかの利益を出し、それをお渡しします」
「当然だ! 私達のものを貸してやるのだから、それで出たものは全て私達のものに決まっている。わかりきったことを言うな!」
「失礼しました」
(その言い方だと、不利益も入るけど)
全て、と言ってしまったらそれこそ利益のみならず不利益の責任も取らなくてはならない。権利にはそれ相応の責任と対価が必要なのだ。
(本当に大丈夫か……?)
自身でさえわかる事だ。英才教育をされているだろう(推測)兄達のあんまりにも抜けた言動にいささか不安が胸に過るが、シェルディナードはとりあえず口をつぐんだ。
(まあ、何にせよこれなら多少文句を言いつつも、お小遣いは貰えるな)
後は利用明細を領主(父)に提出して委任を認めて貰えばそれで済む。
兄の話を聞き流し、シェルディナードは既に用意してある利用明細を提出しに行く事に思考を向けていた。
「ふむ? この教育費を含めた学校の建築費というのは? 我々には既に学園があるだろう」
「いえ、我々ではなく人間用の学校を考えています」
兄達との会合から数時間後、シェルディナードは父の執務室で、部屋の主である当人と顔を合わせていた。
「人間に?」
「我が領地は人間が多いですから。それに、先に提出した領地事業計画書にも記載しました」
「良かろう。人間が本当に試算通り役に立つか、その判断材料とさせて貰うぞ」
「はい」
その後も幾つか用途の説明を求められ、それに答えて、というやり取りが続いた。どう聞いても父と息子の会話ではない。
そんな殺伐とした暖かみ皆無の会話も終盤に差し掛かった頃。
「所でシェルディナード」
「はい」
改まった様子の父に、何故か背筋がぞくりとしたシェルディナードは、警戒に背筋を伸ばした。何か来る、と。
「お前の婚約者が決まった。現在の黒月だ」
「そうですか」
事後承諾である。貴族の結婚は個人の結婚ではなく、家同士の結婚なのでまあ仕方ないとシェルディナードは割りきった。それより背筋に走った悪寒の正体が気になる。これじゃない。
執務机に両肘をついて手を組む父、その机の前に姿勢正しく立つ息子。その間に見えないバチバチとした何かが走った。
「兄達から権利を借りるとなっているが、返すのか?」
「時期が来ましたら。あくまで、『お借りする』だけですので」
互いに笑顔。しかし、部屋を満たす空気が一段階重くなる。
「しかし利益は兄達に全て? それでは不公平だな?」
「いえいえ、全てと申しましても純利益だけですから。兄上達の慈悲でお借りするのですから、幾ばくか利子をつけてお返しするのは当然かと」
「そうか? なんなら――お前が正式に次期領主になれば煩わしい事もなく、利益とて自由になると、そう思わないか?」
「あはは。ご冗談を」
「ははは。冗談に聞こえるのか。本気だぞ?」
双方ニコニコ笑顔だというのに室温が氷点下だ。
「シェルディナード。お前がなれ」
「お断り致します。絶対嫌です」
ピンと空気が張り詰める。
薄氷の瞳と、鳩血の瞳が視線を絡め合う。
人形のように仮面めいた笑みを互いに浮かべ合っていたが、先に再び口を開いたのはシェルディナードだった。
「それに、少し性急過ぎるのでは? 競い合わせ、その中で一番適したものを選ぶために、貴殿は私を作ったのでしょう」
シェルディナードの言葉に、父の口許をうっそりと笑みに歪める。
「ふぅむ。それもそうか」
それを皮切りに空気が緩み、その話はそこで終わった。終わったものの、父に諦めた様子が無いのが気がかりと言えば気がかりなのだが、下手につついて蛇を出す言もない。
どうやら悪寒の正体はそのやり取りの前兆だったようで、以後はつつがなく終了。
若干不安を帯びたものの兄達からお小遣いを獲得したシェルディナードは、帰る道すがら早速各所に手配を回した。
その翌日。
「じゃ、捕まえに行こっか」
にっこり笑ってシェルディナードはそう言った。




