12.十一才 基盤作りにいそしむ件1
十一才 基盤作りにいそしむ件1
定期的に開かれる夜会。主に持ち回りのそれだが、基本的に出席が可能になるのは十二才からである。
よって現在十一才になっているシェルディナードも来年には顔を出すことになるのだが。
「は? 兄貴達から今年中に成果だせって言われた?」
「そうそう。正確には今年最後の夜会までだって言ってたから、一年は無いんだけど」
シェルディナードは自室のソファで、ディットの淹れた紅茶を飲みつつ苦笑した。
「え。坊の兄貴達、頭沸いてんの?」
ディットが真顔で言うのも無理はない。
成果、大体の場合は利益的な意味のそれを、まだ基盤すら出来ていないのに、出せと。
「しかも坊しか領地のあれこれしてねーじゃん。兄貴達が持ってる分野どうした」
「それなー。そろそろ引き取らないと駄目かなとは思ってるんだけど」
おおまかにわけると領地の運営は三権。
シェルディナードの兄達が持つのはそのうちの二つ『政』『軍』だ。もう一つの『法』はシェルディナードが担当なので粛々と進めているが、この三つはそれぞれが組み合わさって領政を支え運営するものである(本来は)。
現在、『法』しか下準備が進んでいない。それも『下準備』の段階であり、実施にも運用にも至っていないのに。
「同時に進めなきゃ無理だけど、同時に進めるには俺じゃ足りないんだよなぁ」
「そりゃ、坊じゃなくても無理だろ。普通に」
出来ない条件でやれと言われても。
「うん。だから、一回兄貴達から権限と予算貰おうと思う」
ソファから立ち上がり、机に向かうと書きかけだった書類の最後の一枚を手にする。
「……まあ、そうするしかねぇけど。でも坊に嫌がらせしてくるような奴らだろ? どう考えても協力的じゃねぇんだから難しくね?」
「正面からいったらね」
カリッとペンを最後に走らせ、見直して頷く。
「できた」
「出来たって、坊が作ってたあれか?」
「そ。うちの領地の『法律』」
ディットに会う少し前からこつこつ書き始めて、今ようやく完成した領地の法律をまとめた物。
何度か父にも提出して改稿した最終版。後はこれを持って最終提出だ。
「そして、兄貴達から色々もらう為の小道具♪」
にひっ、と悪戯めいた笑みを浮かべたシェルディナードの顔を見て、ディットは何とも言えない顔になる。
「坊の方が悪く見えるぞ」
クスクス笑い、シェルディナードは小首を傾げた。そして書類を封筒に収めて言う。
「じゃ、お兄ちゃん達にお小遣いもらってくる」
「おい、これはどういう事だ」
「お久しぶりです。兄上」
第五階層にあるシアンレードの本邸。大半が石造りの厳めしい古風な邸の、内々の者が集まってくつろぐ居間のような室内で、シェルディナードは兄×2と対峙していた。
無駄に大きいが装飾は華美ではなく落ち着いた暖炉には大体一年を通して火が入っている。
光源としての照明や気温を調整する機器は別に存在しているので、いわゆる演出的な役割の方が大きいのだが。
第五階層は六階層ほどではないが、陽光に乏しく、気候は寒冷に近い。空調も万全でほぼインテリアな扱いだからこそ、いつでも火の入った暖炉はいつもの風景とも言える。
「聞いているのか!」
「もちろん」
うっかり聞き流してそんな暖炉事情に気をやっていたらヒステリックな声に引き戻された。
まだ声変わりもしていない異母兄、その長兄が腕を組んでシェルディナードを睨み付けている。
白髪と言えばシェルディナードとも同じだが、髪質が違えば見え方も違う。肌は白く、瞳は暗緑色だ。服装もシェルディナードはそこらの庶民に混ざってもわからないだろうが、異母兄は二人ともいかにも貴族の子弟とわかる。
「説明しろ! 何故、私たちがこんなことをしなければならなくなっているのだ!」
いや、何でって仕事だろ? とは流石に直球過ぎて言えない。
「当主様にもご確認頂いて既に承認も得ておりますので何卒お願いしたいのですが」
父の名を出せば喚いていた長兄もピタリと口を閉じた。
「それに、これは兄上のご要望にお応えする為にも必要なものの一つです。私が法を作り、それに沿って領政と軍の運営を行っていただければ」
「ふざけるな。お前が作ったのなら、お前が回るようにしてみせろ」
うん。確かに望んでいた言葉だが、安易に言い過ぎだ。
シェルディナードは申し訳なさそうな表情の下でちょっぴり兄が心配になった。
「畏まりました。つきましては、兄上達の権限と予算のほんの一部をお借りしたく。これも当主様には事前に了承を頂いておりますので、兄上達からも承知して頂きたくお願いいたします」
予算は兄弟に均等に割り振られているのだが、これは領地の運営に関する事以外には使えない。領地から生まれた利益のみが運営者である者の自由が利く資金となっている。




