始動
あれから数週間経ち、だんだんと春が近づいてきたのか暖かな香りがするようになる。
連れ戻した団員たちは始めこそずっと嫌そうにしたり、話も聞こうとしない人もいたけど日に日に理解を深めてくれているらしい。
元は殺しを良しとしていたイブだったからこそ、頭のアイデアにみんながしっかり理解して対応出来なかったみたいだ。
自分の罪を感じ泣き出したりする人もいるみたいで、本当に心から理解してくれたんだと思った。
僕たちが担当した后桔山に来た団員は新顔だったらしくまだ理解をしていないらしいけど、とりあえず頭には入れてくれているらしい。
その中でただ1人、凶妖化してしまった天音さんは全ての記憶が無くなり、大人の見た目をした動ける赤ちゃんだった。
僕が屋敷にいるときはずっと天音さんは僕の背中に乗っている。
畑仕事や屋敷の掃除、愛芽李さんの代わりに白菊の花に水をあげる時でさえ、ずっと張り付いたままだ。
僕が家に帰ろうとすると泣き出し、とても強い力で引き寄せ離れてくれないので、寝かせてから家に帰るのが当たり前になってきた。
記憶がなくなっても、口は言葉の発し方を覚えているようで簡単な単語や覚えた人の名前は言えるようになっていった。
今日は腹方たちが東京のせいさんの屋敷に集合するらしい。
まだ見つからない団員と、まだ少数暴れている凶妖についてなど話し合いをするそう。
僕と絢愛さんと天音さんで、真司と清くんの学校が終わるのを待ちながら、畑いじりをする。
絢愛「…刹牙、帰って来ないかなー。」
虎雅「心配ですよね…。」
刹牙は相変わらずこのイブに戻ってきていない。
傀奡はこの間翼が治り、体の調子も万全になったので森にいる知り合いに聞きに行ってから3日経った。
刹雅の最後の言葉が『生きろ。』なんてやめてほしい。
まだ共存の未来は勝ち取れてないんだ。
だから…、出来ることなら…、一緒に協力してほしい。
刹牙がいたから凶妖の動きを知ることができて、傀奡の知らせも聞けたんだ。
刹牙たちがいないと本当に僕は役立たずになってしまう。
大移動が終わった後、北海道の臓方の向日さんが約束通りジャーキーを送ってきてくれたけど、肝心のあげる相手の刹牙がいないんだ。
虎雅「ジャーキー、玄関先に置いていたら帰ってくるでしょうか…。」
絢愛「…やってみよ!向日さんがくれたジャーキー好きって言ってたもんね!」
僕たちは畑いじりもそこそこに、屋敷の中の食庫に行きジャーキーを3つ取り、玄関に向かう。
向かう途中、腹方たちとせいさん、数珠丸さんが部屋から出てきた。
絢愛「お疲れ様です!!」
絢愛さんがいつもの倍近い声で後ろから挨拶する。
世永「うわぁ!ちびるかと思った!」
叶兎「自分、若干ちびりました!」
ガハガハと豪快に笑う福岡の臓方の嘉田苛 豪さんを支えている腹方、奇新木 叶兎さん。
今日も綺麗なグラデーションで燃えるような髪色をしている。
犬太「汚いな!近づくなよ!」
と、嫌悪感丸出しで叶兎さんが擦り付けようとする体を腕で離す、京都の臓方の秋森 葵煌さんを支えている腹方、東雲 犬太さん。
もう帰りたい、葵煌様に会いたいとずっとブツブツ言ってる。
優璃「絢愛ちゃん、まだ頭は目を覚ましてないのかな…?」
絢愛「はい…。でも、愛芽李がついてるから大丈夫です!」
優璃「…そうだね。」
優しく微笑んで、絢愛さんと一緒に天音さんに着させたい服を話し合ってるのが、高知の臓方の嘉田苛 嵐さんを支えている腹方、佐久間 優璃さん。
僕と目が合うと顔を真っ赤にしてギュインと目をそらす。あまり話す機会がないので、仲良くするチャンスが生まれない。
憲治「数珠丸さん。僕なんでも手伝うので、なんでもやらせてください。」
数珠丸「ありがとう。向日とも相談して…」
憲治「大丈夫です。僕見た目以上に体力あります。」
数珠丸「お、おう。とりあえず気持ちは受け取った。」
若干食い気味で話を進める北海道の臓方の燈藤寺 向日さんを支える腹方、野亜里 憲治さん。
フワフワした見た目と動きとは裏腹に、自分の意見を数珠丸さんにしっかり伝える。
いつも圧が強い数珠丸さんも、憲治さんの圧に押され気味だった。
樂「なんでこうも、うるさいんだ…。」
樂が最後に部屋を出て、使った湯のみをお盆に乗せて持っている。
虎雅「お疲れ様。なんかいい案出た?」
天音「あ、しゃぼん!」
樂「…。とりあえず、広報活動に力を入れるらしい。」
天音「しゃぁぼん?」
虎雅「しゃぼんだよ。そうなんだ。やっぱりキキさんが筆頭に?」
天音「しゃぼんぅ。」
樂「そうだ。葵煌さんを筆頭に腹方で普通に生きてる人たちが、凶妖を凶暴化させないために出来ることを発信するのに力を入れていくらしい。」
天音「しゃぼぉ…ん。」
虎雅「え、あ…天音さん?」
天音さんが今にも泣きそうになっている。
虎雅「樂、ずっと無視するなよ。泣きそうじゃんか。」
樂「俺はシャボン玉じゃない。」
天音「しゃぁぼぉんぅぅあぁぁ…。」
虎雅「あーあ、泣かせたー。」
樂「…。」
樂の顔が一気に不機嫌そうになる。
するとみんなが気づかず向こうに行く中、1番後ろにいたせいさんがクルッとこっちを向き近づいてくる。
世永「どうしたどうしたー?」
天音「しゃぼぉんー…。」
天音さんが泣きながら樂を呼ぶ。
虎雅「樂がずっと呼ばれているのに無視するから泣いちゃったんです。」
樂「呼ばれてない。」
世永「そうかそうかー。よしよーし。」
ぼろぼろと涙をこぼす天音さんの頭を、せいさんが撫でようとすると天音さんがその手を叩く。
世永「え!?なんで?」
虎雅「…分からないです。」
天音「しゃぼんっ!」
若干怒りながら天音さんは樂の腕を掴み、自分の頭に乗せる。
樂はギリギリでお盆のバランスを取る。
樂「あっ、ぶねぇ…。おい!危ねぇだろうが!」
天音「…ぅう、うええぇぇぇぇん!」
樂の怒鳴り声で天音さんが本格的に泣き出す。
世永「…寂しいから樂に頭撫でて欲しかったんでしょ。俺が片付けるからたくさん遊んであげな。」
樂「…。」
せいさんが樂の持っていたお盆を取り、先にスタスタ歩いていく。
虎雅「…樂?」
樂が下を見たまま、動きを止める。
少し…目が潤んでる…?
どうしたんだ?そんな目、一度もした事なかったのに。
虎雅「が…。」
僕がもう一度樂に声をかけようとした時、
樂が急に動き出し、天音さんの頭をワッシャワシャに撫でる。
天音「あははっ!しゃぼん、すき!」
天音さんがご機嫌になる。
樂「物を持ってる時は腕を掴むな。何をしたいか、まず教えろ。」
樂は天音さんの頭を掴み、目をしっかり見て言う。
天音「あー?たいがぁ、こわいぃ。」
天音さんが僕の首に抱きつく。
虎雅「今のは危ないからしないようにしてくださいね、天音さん。」
天音「あーい。」
天音さんは口を尖らせながら頷く。
僕は目的だったジャーキーを手にしていたことを思い出し、3人で玄関に向かった。




