出会い
案内されたのはいくつものテントが張られた平地だった。
「ここが暁の社のアジト……?」
それは組織のアジトというには、少し規模の小さいものだった。
「拍子抜けしたって様子だね。道中にも言ったけど、僕達は民間組織の一派でしかない。規模もそれほど大きくないし、特別に資金を貰えてるわけでもない。そんな僕達が組織として拠点を置ける場所は限られている」
「だからって、秘女のいる森の中ってのは……敵地のど真ん中だろ?」
「一応街からもそれほど遠くないし、いざとなればそっちに逃げ込むこともできる。さすがの秘女も街まで来れば簡単には手は出せないはずさ」
そうは言ったものの、孤児院の少年の例もある。秘女が必ずしも街に侵入しないという保証はない。
しかし組織が今日まで存続している事実を見ると、彼らは規模こそ小さくともそれなりの実力があるのだろう。
「ただいま。帰ったよ」
カルマはそう言うと、大きなテントの一つに入る。伏真、フィティアもそれに続いた。
中は暗く、武器の手入れをしている屈強な男が一人いるだけだった。手に握られた斧は暗闇で銀色に光っている。
「灯りくらいつけなよ」
「暗闇の中の武器ほど魅力的なものはないじゃない?」
男は似つかわしくない女口調でそう言った。そういう趣味なのだろうか。
「あら、そっちの子達が新入りさん?どっちも可愛いじゃない」
男はそう言って口周りを舐めた。伏真は何か背筋に冷たいものが走った気がした。
フィティアは相も変わらず無関心そうにしている。
「まずは自己紹介をしましょうか。私はアルドレイク。よろしくね。一応、元軍人よ」
「えっと、俺は伏真明。よろしく。んで、そっちが……」
「フィティアだ。よろしく」
フィティアはそう言って、しゃがみながらテントの中のものを物色していた。
そのうちナイフを見つけると、器用に回してその手に収めた。
「これ、借りてもいいかい?」
アルドレイクは立ち上がり、その容姿に似合わない笑みを浮かべる。
「お目が高いわねぇ……それ、結構上等なものなの。でも、気に入ったならあげるわ」
「貰ってもいいのか?」
「えぇ。新入りさんへのプレゼントってことで受け取って」
フィティアは『ありがとな』と言うと、腰のベルトにナイフを収めた。
「伏真くんは何か欲しいものあるかしら?ナイフ、槍、弓、他には銃なんかもあるわよ」
伏真は並べられた武器を前に、頭を抱えた。
「本当に何を選んでもいいのか?」
「えぇ。何でも欲しいものをあげるわ。じっくり選んでね」
伏真はそれらを見ていき、一丁の拳銃を手に取った。
「これ……」
「その銃はバーニングね。拳銃なら他にもっと性能の高いものもあるけど」
グリップを握ると、すっと手に馴染んだ。その瞬間、他の選択肢は消え去った。
「いや、これで頼む」
「分かったわ。わざわざ最高性能の一回り劣るものを選ぶなんて、何か運命的なもの感じちゃった?」
「そうかもな。なんとなく、こいつが一番俺を助けてくれそうな気がしたんだ」
伏真はそう言うと、ホルスターを取り付け、銃をしまった。
「気に言ってもらえたならこれ以上嬉しいことはないわ。手入れが必要だと思ったら、いつでも出向いてちょうだいね」
「ありがとな。アルドレイク」
「どういたしまして」
伏真は頭を下げると、テントから出た。フィティアとカルマもそれに続いた。
「さて、あと案内しなくちゃいけないのは、食糧庫に君達の寝泊まりに使うテント、物資の輸送ルートもか。あとは……」
「リーダー!」
カルマの言葉を遮り、一人の男が駆け寄った。
「どうかしたのかい?」
「一人の少女がここに来て、秘女だと思ってとりあえず確保したんですが……!」
カルマは伏真達に目配せをする。
「悪いね。同行してもらえるとありがたいんだけど、どうかな?」
「私はここで待ってるよ。面倒事は嫌いだ」
「じゃあ俺がついていく。その秘女ってのが危険なやつじゃないとも限らないからな」
「助かるよ」
カルマがそう言うと、男は二人を案内し始めた。
* * * * *
「だーかーらー!私は迷い混んだだけだってばー!」
案内されたテントの中には、柱に縄で括りつけられた少女がいた。
ツインテールの銀髪は先端へいくにつれてピンク色に変化している。犬族だろうか、頭には獣の耳が生え、尻尾もついていた。透き通った碧眼は少し潤んでいる。
「リーダー、こいつです」
カルマは少女の前に立って彼女を見下ろすと、困り顔で口を開いた。
「えっと、ここへは何の用かな?」
「だから迷い混んだの!何も悪いことはしないから助けてよー!」
カルマはこちらを向くと、わざとらしい笑みを浮かべた。
「僕にはお手上げだ。伏真、この子のことは任せたよ」
「はぁ⁉」
伏真が『待てよ!』と言うまでもなく、カルマはその場を去ってしまった。
「えーっと、伏真くん。すまないな」
男は頭を下げた。
「あの人、肝心な所で抜けてるんだよな……まぁ色々大変だろうけど、部下としてお互い頑張ろうな」
そう言うと、男もその場を後にした。
残されたのは伏真と謎の少女だけ。伏真は恐る恐る少女に近寄ると、目線の高さが合うようにしゃがんだ。
「えっと、本当に何もしないんだな?」
「しないって言ってるじゃん!」
「(これはほっとく方が面倒臭そうだ。)」
伏真はため息をつくと、少女を縛っていた縄をほどいた。
「いやぁ助かったよー!あんたいいやつだね!」
少女は背伸びをしながら伏真にそう言った。
「あ、自己紹介しないとね。私はレヴィティー!好きなものは正義!嫌いなものは……特に無いかな!」
レヴィティーは自信満々に胸を張ってそう言った。
「正義ってお前……」
秘女という戦場に身を投じる者とは思えない発言に、思わず拍子抜けしてしまった。
「今そこはかとなく馬鹿にした?」
「……」
「したね?」
レヴィティーは不機嫌そうに伏真を見つめた。
「皆すぐそういう目で見る…私は正しく生きたいだけなのにな……」
レヴィティーは顔を曇らせてそう言った。彼女が正義にこだわるのには何か理由があるのだろう。それこそ、活気溢れた少女から一瞬にして笑顔を奪ってしまうほどの理由が。
「馬鹿になんてしてねぇよ。秘女が横暴なやつだけじゃないってのも知ってる。でもそこまでして正しさってのを追及するやつもいるんだなって、ちょっと感心しただけだ」
伏真がそう言うと、レヴィティーは温かく微笑んだ。
「……やっぱりいいやつだね。伏真って言ったっけ?人間のあんたがここにいる理由は?」
伏真はふいに滝柴の姿を思い浮かべた。
彼女が秘女ベリアドーラではなく、一人の人間、滝柴幽恋として生きるために彼はここにいる。
「ある人を守りたい、そのためにここにいる必要があるんだ」
「それがあなたの誇れる生き方?」
「誇れるほど大層なことはしてねぇよ。ただ曲げちゃいけないもんがあるから、それを貫き通してきただけだ。多分、めちゃくちゃ無様だったと思うけどな」
伏真は苦笑いしながらそう言った。
「私はその場にいたわけじゃないけど、きっと無様なんかじゃなかったと思うよ」
「だと良いんだけどな」
伏真は照れ臭そうにそう言った。
レヴィティーは微笑み、どこか安堵した様子だった。
「守れるといいね。あなたの大事な人」
「あぁ」
しばらくの静寂が続くと、レヴィティーは『そうだ!』と話を切り出した。
「ねぇ!私があんた達についていくってのはどう!」
唐突に脈絡のない話が飛び、伏真は驚きつつも口を開いた。
「それは組織に入るってことか?さすがにお前がそこまでする理由はないだろ」
「解放してもらったお礼ってことで!恩返しが出来るまでここに置かせて!あんたの寝床の半分借りればいけるでしょ!」
少女はそう言うと、テントの出入り口に手をかけた。
「あ、言っとくけどいくら私が魅力的だからって、襲うのはNGだからね!」
レヴィティーは胸を張ってそう言った。虚しくも張れるほどの胸は無いが。
「は、はぁ……?」
「じゃあここの責任者に掛け合おうか!いざ、しゅっぱーつ!」
「ちょっ⁉」
レヴィティーは伏真の手を引くと、早足で歩き始めた。