ジャンケン勇者
「これで……終わりだぁぁぁ!!!」
勇者の全身全霊を込めた一撃が魔王を包み込む。
世界全ての光を取り込んだ一撃。
魔王の胴は大きな風穴を開け藻掻き苦しむ。
『グフッ……今回は人間の勝利だ。
我は……暫く眠りにつく……だが……次は……次こそは……』
魔王は闇の中に姿を消していく。
「や……やったの?」
全身血塗れになりながら息も絶え絶えの仲間が
辺りを見渡す。薄暗い巨城が光に覆われ
天からの祝福を受ける。
「ついに……魔王を……これで帰れる!家族の元へ!
ウォォォォ!!俺達が世界を救ったんだ!」
巨大な剣を携えた戦士が大剣を地面に突き刺し
歓喜の雄叫びをあげる。
「アナタは五月蝿いわねぇ。でも、今日ぐらいは、
ヤッタァ!私達は英雄なのよ!
これで平和な世界に戻る……私達が……う…うぅ〜」
杖を携えた魔導士が戦士と賢者の手を取り喜び合う。
何年もの長い旅。幾多の人々に馬鹿にされながらも
成し遂げた奇跡。
「……でも一番の功労者は勇者ですね。
貴方のおかげで僕達は闘う事が出来た。
お礼を言わせてくれ」
眼鏡をあげながら勇者に向き合う。
戦士と魔導士も同様に勇者を真っ直ぐに見つめ
「「「一緒に居てくれてありがとう。」」」
三人は深々と頭を下げる。
長い旅をしてきた仲間からの心からのお礼を
勇者はいつも通り。
「俺一人だったら何も出来なかった。
皆が居てくれたから……皆が居なかったら……
俺は何も……なんの力も無い男なんだ。」
勇者も三人に深く礼をする。
圧倒的な力を持ちながら決して傲らない。
それが勇者の魅力だった。
皆最初は無能だった。役立たずだった。
己の力量も弁えず大剣に憧れ、担ぐだけしか
出来なかった戦士。
ランタン程度の火を扱えるだけの
名ばかりの魔導士。
本で得た知識だけが取り柄の賢者。
誰からもパーティに誘われなかった役立たず達。
それを勇者が誘ってくれた。
「俺も役立たずだけど……街の皆を見返してやりたい。
だから皆の力を貸してほしい。」
初めから強かった訳ではなかった。
戦士は己の腕を磨き。徐々に力をつけていった。
魔導士は己の弱さを認め。力の使い方を学習していった。
賢者は己の知恵を生かし、知恵を力に変換させた。
三人は努力した。欠点を指摘しあい。
互いに切磋琢磨し成長し……
魔王を封印するまでに至った。
勇者は……勇者だけが変わらなかった。変われなかった。
彼には欠点など見当たらなかった。
仲間達は見つけようとしなかった。
皆に混じり努力をした。一人黙々と剣を振るった。
しかし何一つとして勇者は成長しなかった。
仲間達の歓喜の表情とは裏腹に勇者は絶望していく。
これ以上は何も出来ない。魔王はもういない。
やれる事をやって……俺は勇者にはなれなかった。
「みんな……聞いてくれ……俺は…………」
勇者の沈痛な面持ちに仲間達が静まり返る。
「俺は……本当は強くないんだ!嘘だったんだ!
全部……俺が強いって皆勘違いしてたんだ!」
勇者の決死の告白。
しかし、やはり仲間達は信じない
「フフフ。またその話し?だったらなんで魔王を倒せたのよ?魔王の賢者達は?ドラゴンは?
結局全部アナタ単身で倒したじゃない?」
魔導士は少し呆れながらも勇者を諭す。
今まで幾度と無く聞いたセリフ
『俺は強くない。』
最初こそは皆を励ます言葉とも思っていたが、
どうやら彼の口癖だといつの間にか納得していた。
勇者は苦戦したことなどなかった。
何者も恐れなかった。
第三者から見た時、
強い者が勇者ならば彼は間違い無く勇者だ。
勇敢な者が勇者ならば彼は間違い無く勇者だ。
しかし本人は自分を勇者では無いと確信した。
今日魔王を封印した事により。
勇者は頭を下げ続ける。皆の顔を見れない。
「俺は勇者になりたかった。本当の勇者に。
本物の勇者なら魔王を倒せた筈だ。
俺が偽物だから……倒せなかった。
俺のせいで……本当にゴメン。」
勇者は涙を流しながら謝罪をしている。
歓喜の涙ではない。これは贖罪の涙。
許されない事をしてしまった。
ここに至り仲間達は勇者の異常を察する。
勇者はずっと訴えていた。それに気付けなかった。
今更遅いのかも知れない。
しかしこれ以上遅くなっては手遅れになる。
世界を救った男が絶望している。
向き合わなければならない。
戦士と魔導士と賢者は頷き合う
「勇者……話して下さい。僕達は君の全てを信じる。
何があったんですか?」
「俺は……俺は……」
勇者は泣き腫らしながら顔をあげる。
今まで誰にも言えなかった。彼の唯一の取り柄。
誰も気付きようがなかった。圧倒的すぎて。
「ジャンケンで負けないだけなんだよ。」
物語はここから数年後に始まる。
魔王を封印してから数年後。
勇者達はその事実を告げなかった。
しかし天からの祝福は世界全てが享受した。
世界を救いつつも名も名乗らぬ英雄……
単独か複数すらも定かではない。
様々な種族は魔物のいない数年間に
酔いしれていた。
武器を投げ捨て皆で祝い合い。
武器を取り新たな敵。他種族と滅ぼし合う。
結局魔王が存在してもしなくても
世界は変わらなかった。
種族とは争う生き物。平和を望んでいても
どうしても争いという火種を欲する。
魔物がいないのであれば隣人でよい。
悪が居ないのならば俺が悪になろう。
善悪の基準が崩壊していく。
見るモノによってはまだ昔のほうが良かったと
嘆く者がいる。当然だ。
魔物が亡くなって新たな悪が蔓延り
そこへ魔物達が復活し世界は混沌としたのだから。
「クソ勇者が余計な事をしてくれたぜ!
結局世界は何一つ平和にならねぇ!」
酒場で巨漢の大男が酒を浴びながら愚痴をこぼす。
常に一度はこの話題があがる。
「大体、名乗らねぇのはおかしいだろ!?
こうなるとわかっていて
魔王を封印したんじゃねえのか?」
「さっさと魔物共を退治しに行けよ!
名も名告らねぇ卑怯者〜〜!!」
「全くだ!!おい!酒追加だ!」
酒の力に溺れた男達を責める者は存在しない。
現に状況は最悪なのだ。
悪人が跋扈し更には魔物まで押し寄せる。
そしてまだ終わらない。始まらない。
魔物が姿を見せてもう1年。自称勇者は数しれど
圧倒的な力をもった者は確認出来ていない。
その愚痴を心に刻むように男は少量の酒を口にする。
「ごめんなさいね。お客様。この街の人は
疲れてるんです。魔物退治に悪人の逮捕に……」
男の顔色を気遣ったウェイトレスが男に声をかける。
大声での悪口を聴きながらの酒など旨いはずがない。
しかし男は同然の事を言う
「あの人達が言っている事は全部本当の事だ。
魔王を封印した勇者なんてただの卑怯者。
クズそのものだよ。
あんな偽物……二度と出てこないでほしいね」
辺りが シン と静まり返る。
「ふざけるな!!」
不意に柔らかな手の平に肩を掴まれ
平手打ちを男めがけて勢い良く放つ。
「………?パー?」
男は薬指と小指を畳み親指を添え
「……。」
力を抜き手を拡げ
漫然と女性の一撃を受け入れる。
最高のタイミングでの一撃。手首のスナップを
十分に効かせた筈のビンタ。
男は眉一つ動かさず、ただ小さく
「あいこ」と呟く。
ビンタを放った女性は町のウェイトレス。
女性の力だからだろうか?
全く動じない男に怒りが収まらない。
「勇者様を卑怯者呼ばわりするな!!
貴方みたいな旅人が勇者様を貶めるから……」
尚も掴みかかろうとするウェイトレス
それを諌めるように客が止めに入る。
「旅人にあたってもしょうがねぇだろ?
見るからに……かなり長旅をしてきている。
そんな男が言うんだ。
やっぱり勇者はクズなのさ。」
ウェイトレスは振り向きざまに
客へ平手打ちを放つ。
先程と同様の力……速度で
パァン 小気味好い音を奏で客が
テーブルを引っくり返す。
「うるさい!毎日毎日勇者様の悪口ばかり!
貴方達が魔物退治しに行きなさいよ!
お給料貰ってるんでしょう!?
勇者様は無償で私達に尽くしてくれたのよ!?
それが…………なんで……なんでこんな世界に……」
「「…………。」」
テーブルにもたれかかるように。
項垂れる女性のウェイトレス。
誰も彼女にかける言葉が見当たらない。
此処に居る誰が悪い訳ではない。
理由がほしかっただけだ。世界の理不尽さを背負ってくれる人物。英雄という名の生贄。
不意に酒場の扉が無遠慮に開け放たれる。
「やっぱりここか!!北西から魔物が来たぞ!
なんとか被害を最小限にして撃退したい。
動けるやつは来てくれ!」
「……クソ!今日は二回目だぞ!!
……旅人さん見た所かなりやりそうだが、
アンタも手伝ってくれないか?命掛けだが…
町の女子供を避難させるまでだ。
頼む人手がいるんだ。」
客の大男が斧を肩に乗せ男を値踏みする。
「……俺は皆を逃がすよ。魔物とはやりたくない。」
男は酒を呑み干すことはせずに立ち上がる。
男は町の一員ではない。強制力はないが
男の風貌を見るに手伝ってくれると踏んだが……
「貴方のほうがよっぽどクズの卑怯者よ!
勇者様を罵る前に自分を見なさい……」
「避難させるなんて虫の良い事は必要ねぇ!
旅人さんも避難してくれよ。
そうやって生き長らえて来たんだろ?
町人を犠牲にしながらな!」
1分もせぬ間に酒場はもぬけの殻と化す。
男一人を残したまま
「……仕方ないじゃないか……俺は勇者じゃない。
俺がやれば、勇者が育たない。
本物の勇者の芽を俺が摘むことになる。」
男はゆっくりと酒場を出ていった。
北西をからどんどん人々が逃げて来る。
決して焦らずこの1年実践され続けた動き。
しかし不安は蔓延していく。伝染していく。
「魔物を見たけど、1つ目巨人……サイクロプス。
この町ももう終わりなんじゃ……」
「町の警備隊にギルドもある。今回も
大丈夫……大丈夫よね?」
「誰か私の子供を見てませんか!?」
一人の若い女性が列を乱し辺りを見渡す。
どうやら子供とはぐれたのだろう。
「…………子供の風貌を教えてくれ。」
男は躊躇いながらも女性に声をかける。
「旅人さん?赤いリボンをした女の子です。
あの子はまだ5歳なんです!」
「大丈夫……これぐらいなら大丈夫。」
男は自分に言い聞かせるように北西へと
駆け抜ける。
…………
……………………
「へへへ魔物様々だぜ!
……っとこれも高値になりそうだ。」
主なき空き家。顔に生傷だらけの男が
品探しに精をだす。
火事場泥棒。傷男にとっては最高の稼ぎ時。
人々の混乱に乗じて、人々の不幸、不安を糧に
自らのみが幸福を享受する。
それが男の職業だった。今日……この日までは。
「おじちゃんだれ〜?
あたしの家でなにしてるの?」
不意に指摘され顔を歪める傷男。
赤いリボンをしてクマのヌイグルミを
大事そうに抱きしめた少女。
母と避難していた筈だが少女は忘れ物をしていた。
大事なお友達。全身茶色の目はボタン。身体は綿の相棒。彼と一緒でない事に気付いた少女は母に断りを入れずに
一人自宅へ戻ったのだ。
そして見つける。友達と……招かれざる客。
「クソッ……これから仕事がしにくく……
まぁいいか。多少危険だが殺して魔物の辺りに捨てとけば」
泥棒は強盗へ変わり殺人者に成り果てる。
自分の保心のために他者を喰らう。
傷男は腰の長剣を抜き躊躇いも見せずに
少女目掛けて振り下ろす。
「……それは刃物だ。」
瞬間で間に入り込んだ男が
自らの握り締めた拳と剣を接触させる。
剣とは生物を斬りつける物だ。その為に存在している。生物を斬りつけられないのなら、
それは傷男の技量不足。剣の性能限界。
もしくは
圧倒的に 絶望的なまでに
相性が悪いだけ。
剣は柄からボロボロに崩れ落ちる。
最早剣というのも定かではない代物に変わり果て。
男は腰をおろし少女と、目線をあわせ
「君の母さんが待ってる。一緒に行こう。」
少女に優しく手を差し出す。
純粋な眼差し。悪意など微塵も感じられない。
感じるのは助けたいという強い思いと、
自分以外が助けてほしかったという滅列した感情。
「うん!おじちゃん いっしょにいこ!」
少女は力強く男の手を握る。
片手にはクマのヌイグルミ。
剣を無くし傷男は完全に無視されている。
簡単に逃げ出せる。
剣を砕いた男はこちらに興味がない。
簡単に逃げ出せる。
逃げる?何処に?顔を見られている。町に住めない。
簡単には逃げられない。
別の町の外に単独で渡るなど男には不可能。
絶対に逃げられない。
ここで……男と少女を始末しなければ。
傷男は正常な思考を奪われる。
簡単な仕事だった筈だ。故に起きた事故。
最初はもっと注意深かった。
僅かな物音で身を隠し。
気配があれは即座に退避。段々と慣れ。
いずれこうなった。たまたま今日だっただけ。
いや!まだだ!傷男は自らを奮い立たせる。
俺はまだ……泥棒として生きる!
男と少女が背を向け男が扉に手をかけた瞬間。
傷男は拳を深く握りしめ男の後頭部目掛けて……
「ジャンケン…………ポン」
咄嗟に振り返り手の平を傷男に向ける。
「…………あ……え?……嘘……だろ?」
傷男は理解した。世界の真理の一端に触れた。
何故世界が球体なのか?
平面で何の問題も無い筈なのに。何故?
その今まで生きてきて考えた事すら無い疑問。
その解答が刹那で傷男の脳内を埋め尽くす。
球体で無ければならない。
何故なら転がせないから。先程の男。
男の手の平で世界を転がす為だけに……
この世界は球体を保っていると理解した。
ならば世界を転がす手の平を見た傷男が為すべき行動は
拳を解き盗んだ金品を全てテーブルに戻し
ガチャリ 扉を開き男と少女は家を後にする。
扉が閉まる前に傷男が家から飛び出す。
「オオオオォォォォ!!!
クソ魔物共がァァ!!」
一目散に更に北西へと駆け抜ける。
「シェリー!シェリー!!」
「おかあさん!!」
泥棒が姿を消した1分後……先程の女性が
姿を現し娘を力強く抱きしめる。
ドォォン 力強く大地が砕かれる音を耳にする。
瓦礫が宙を舞い。男の目の前に降り注ぐ。
「此処は危険だ。……一緒に」
ドチャ 瓦礫と共に見知らぬ人物の亡骸が
ぶち撒けられる。
「…………う…勇者は…なんで…………来ない……」
男は目を伏せる。何も出来ない。
してはいけない。男は奪ってきた。本物の偉業を。
今も信じている。颯爽と現れ一瞬で全てを
解決する勇敢なる存在を。
しかし訪れない。勇者とは……人物ではない。
男にはそれが未だにわからない。
「おじちゃん!なかないで!これあげるから!」
少女が赤いリボンを男の腕に巻いてくる。
「あたしのだいじな ものなの!」
男は赤いリボンを見つめたまま思い出す。
「俺は……勇者じゃない……それでいいんだ。」
男は……勇者は更に北西へと駆け抜ける。
確かな意志を秘めて。
勇者は駆け抜けながらも昔を思い出す。
届かなかった仲間の言葉。
ーーーー
数年前魔王を封印し自身の力を告白した。
『ジャンケンで、負けないだけ』
それでこれまでの戦いを切り抜けられる訳がなかった。しかし仲間達は信じると決めたのだ。
勇者が何を宣おうと。全てを……
「信じられないけど信じるわ……」
魔導士は両手で杖を抱きしめながらも困惑している。確かに勇者がジャンケンで負けるところは見た事がなかった。
何より彼が考えたルールだ。一見平等に見えていても常に勝つのは勇者だけ。彼だけが知る数々の抜け道があるのだろう。
しかしジャンケン以外で負けるところも見た事がない。嘘でももう少しマシな嘘をつく。しかし勇者の表情を見ると……とても嘘とは言い出せなかった。
魔導士は賢者に目線を送る。
「勇者、貴方が本当に強くないとしましょう。僕達はそれを信じます。しかしそれに何の問題があるんですか?強くない貴方が魔王を封印した。人々を救った。
貴方が謝る理由が理解出来ません。」
「……本当の勇者だったら完全に魔王を倒せていた。俺が封印したせいでその機会を奪ったんだ。俺が勇者だと勘違いしてたから。俺の存在こそが間違いだったんだ。」
勇者は膝を付き地面に頭をつけるほど謝罪している。
それ程までの事を犯したのか?
「ふざけるなよ!勇者!!」
戦士が深々と突き刺した身の丈程もある大剣を片手で引き抜き肩に担ぎ上げる。初めは両手で仲間達に支えられながら歩く事さえも苦労していた彼だが、戦士は絶え間ない鍛錬の末。魔物との激闘の末に手足のように大剣を扱えるまでになっていた。
そして傷だらけの身体に鞭を打ち、残った体力全てを
使い切るように大剣を振り回し
「オオオオォォォォリャァァァ!!!」
裂帛の気合と共に大剣を虚空に向けて切り裂く。20メートル先の魔王城の巨大な円柱が破壊される。
気合は更に突き抜け壁に大きな切り傷を残し。
大剣に気合を乗せ魂を……想いを乗せた一撃。
「ハァ……ハァ……勇者が居たから……俺は強くなれた。それを間違いなんて言わせねぇ!絶対にだ!」
戦士は大剣を肩に担ぎ三人に背を向ける。
「旅はもう終わりだ。お前が存在した意味を俺が作る。俺が……俺が育ててやる!本物を!」
戦士の真意を魔導士と賢者は見抜く。
この平和はどれ程続くかわからない。ならば育てなければならない。次世代の英雄を……勇者の想いに応えられる新たなる勇者を自分達が。そうする事で彼が存在した意味が完成する。
「勇者。貴方は休んでいて下さい。後は僕達の仕事です。絶対に貴方が納得する答えを用意します。それが僕達の答えです。」
賢者は虚空に円を描く突如として空間が現れそこに入り込み深く……深く礼をする。
賢者も育てるのだろう。自身の全てを賭けて。勇者の絶望を拭い去る答え……新たな勇者を……
残された二人。魔導士と項垂れている勇者。
彼と共に魔王城を後にし魔導士は瞳を閉じ
杖を城に向けて深く深く自身を堕とす。
「隕石豪雨」
魔王城に向けて無数の隕石が飛来する。魔王の加護の無い城など破壊するのは造作も無い事だった。
「勇者。私はね、この旅が終わったら言いたい事があったの。でも……お預けね。賢者と認めたくないけど戦士の言う通り貴方は絶対に世界に必要だったのよ。私達がそれを証明する。それが出来たその時は…………」
魔導士は顔を赤らめながら、涙を浮かべながら勇者に背を向ける。
幸か不幸三人の想いは勇者に届かなかった。
いや悪い意味で届いていた。
「そうだよな。ジャンケンだけの無能は役立たずだよな。それは捨てられるよ。これで良かったんだ。」
勇者はトボトボと歩き去る。
自身を理解してくれた者を理解せぬまま数年の時を虚無の時間を費やしながら己の罪と向き合いながら。
ーーーー
北西の外壁付近に近づくにつれて町の姿が変わっていく。瓦礫が散乱している強大な一撃に薙ぎ払われたかのような。人々の死体が散乱している。原型を留めている死体があれば奇跡だと思う程に
その光景に勇者は涙を流す。
「俺は助けたかったんだ。勇者なら全てを助けられる。だから勇者になりたかった。でも俺は勇者じゃない……」
勇者の独白。その声は周囲の阿鼻叫喚に流される。勇者の目に確かに映る魔物。身長13メートルの1つ目の巨人。手には巨大な石剣を携え。一薙ぎて民家を軽々と吹き飛ばす。
「もう俺は全てを助けない。」
「兄貴ーー!!兄貴が、来てくれた!」
先程の傷男が更に生傷をつけ勇者を兄貴と呼び慕う。
「酒場の旅人か?……もうすぐ避難も終わる筈だ。さっきは済まなかった。それまで協力して」
大男が言い終える前に勇者は言葉を被せる。
「あぁ。協力してコイツを倒そう。俺がひき付けて無力化する。合図と共に目玉に武器を突き刺してくれ。」
もうすぐ避難が終わる?それはあり得ない。彼は知らない。はぐれてしまった親子が付近に居る。町人全員の避難はまだまだ時間がかかる。
倒す?こんな大型の魔物を……それに引き付けるとは、誰もが無理だと思っていた。違う。一人だけ確固たる自信をもった人物が存在している。
「兄貴……お気をつけて……」
「兄貴は止めてくれよ。すぐ終わるから。」
振り返らずにサイクロプスと視線を交える勇者。
男の背中は言い知れぬ安心感を秘めていた。
勇者の条件は何なのかわからない。
しかし誰かを救う者を勇者としたならば
彼は間違いなく救うだろう。
ジャンケンによって
1つ目巨人は強く石剣を握りしめ。
小さな人間を敵視する。この男は絶対的な自信を持っている。そして今まで逃げるように辺りを彷徨く羽虫のような人間達も、不安ながらも不思議な期待と共に男の背中を見つめている。
気に食わない。この素手の男を粉微塵にすれば人々はどれ程絶望するだろうか?
1つ目巨人は未来を想像だけで興奮する。
勇者は小首を傾げながら
「お前の石剣は……刃物か?鈍器か?……わからないな。刃物で良いよな。鈍器だと面倒だから。」
訳のわからない言葉を口にする。
1つ目巨人は地を這うように石剣を薙ぎ払う。
巨大な石剣は周囲を巻き込みながらも勇者諸共塵と化す。幾多を屠った必殺。十分な体勢で放った一撃を受け止められる人間など存在しない。
跳躍した所を返す刃で粉砕する。
これで詰み。単純 故に最強の力。
「……先出し。ペナルティ1《ワン》」
勇者は小さく呟く。やはり意味がわからない。
わかる事は巨人の一撃は何1つ破壊することなく、それどころか石剣をもった腕は土砂のように崩れ落ちる。
『アアアアア!!』
悍ましい雄叫びをあげる巨人。痛みは無い。だからこそ理解できない。逃げ出したかった。しかし魔物の本能が許さない。目の前の男が許さないと語っている。
『ガァァァ!!』
残された片腕を男目掛けて振り下ろす。手のひらで押し潰すように。巨人はもう理解している。この男は異常だ。世界の法則から外れている。
巨人程度には理解出来るはずがなかった。
世界の法則から外れているのではない。
勇者の法則こそが 世界を
迫りくる巨大な手のひら。
「ペナルティ2《ツー》……やっぱり止めだ」
勇者は薬指と小指を畳み親指を添える。
「ジャンケン……」
巨人の手のひらに、合わせるように
中指と人差し指を巨人に向けて
ゆっくりと最遅で付き出す。
巨人は理解する。世界の真理に触れてしまう。
巨大な脳ミソを持ちながら答えが出なかった。その答えが刹那で巨人の脳内に浸透していく。
何故世界の大陸は分断されたのか?その昔神々の怒りに触れたから?魔王が自分の力を誇示するために大陸を分断したのか?巨人の先祖が砕いて周ったのか?
どれも違う。その答えを完全に理解した。
男の向けた二本の指。
鋭い鋏を容易に想像させる。
否
鋏こそが紛い物。男の指を模されている。
この指で切り裂いたのだ。大陸を……世界を。
その指が向けられている。大陸を切り裂いた鋏。世界を分断した二本の指。自身の肉体だけでは済まない。魂までが切り裂かれる。二度と生まれ変わる事は不可能と推察する事は乳飲み子でも容易い。
巨人の本能が崩壊する。魔王に植え付けられた本能を超えて未来への贖罪を希望する。
『ア ア アアア』
巨人は膝を付き押し潰そうとした手のひらを頭の後ろに回し。1つ目からは巨大な涙が滝のように流れる。
「今だ!やってくれ!」
勇者が後ろを振り返る。町を守ろうとしていた人達は唖然としている。その中で唯一……
「1つ目巨人に傷をつける1番槍でぇえい!」
恐れを知らない傷男が叫びながらも突進して行く。殉職した町人から貰ったであろう槍を1つ目巨人に向けて深々と突き刺す。
『…………。』
1つ目巨人は苦痛に顔を歪ませながらも動かない。動けば大陸を切り裂いた鋏が遠慮なく向けられる。それに比べれば迫り来る槍はなんと心地良い死であろうか。
「おお…俺達も続け!」
大男の大きく振りかぶった斧が巨人の目をえぐり飛ばす。
更に一撃……一撃……巨人は完全に動かない。それでも町人達は止めない。今までの恨み。散っていった仲間の無念を叩きつけるかのように…………
…………
……………………
その日のうちに勇者は身支度を整えて町を出ようとする。町の人々は勇者を引き止める。
「もう少しゆっくりして行ったらどうだい?
色々とお礼もしたいし。」
酒場で勇者にビンタをしたウェイトレスもいた。彼女は自身を恥じるようにモジモジしながら
「さっきはごめんなさい。そして有難う。町を救ってくれて。…………本当にもう行ってしまうの?」
勇者はこの町を気に入っていた。自分の大事な気持ちを気づかせてくれた。 『人々を助けたい』いつの間にか想いが逆転していた。誰かを助ける為に勇者になる必要などない。自分が出来る事をし続ける。結果勇者でなくても良い。それでも本物の勇者が居ればとは思わずにはいられない。
「昔の仲間に会いに行きたくなったんだ。嫌われたんだけど、それでも俺はしたい事をする。本当に有難う。俺はこの町に来れて良かった……次来る時は……」
勇者は最後まで語らずに背を向ける。それを追いかける様にウェイトレスがどうしても聞きたい事を尋ねる。
「名前…………。」
勇者は足を止める。
「皆は俺の事を勇し……」
名乗れない自分は勇者ではないと確信しているから。少しだけ考え自身の罪と決別するかのように
「ただの旅人だよ。」
勇者はそのまま町の外へと出る。
ウェイトレスが静かに復唱する。
「旅人…………。」
大男が確信する。
「アイツは戻ってくるぜ!奴はこの世界を今度こそ平和にする為に現れた紛れもない勇者さ!だから次に現れる時は……アイツの笑顔が見れるかもしれねぇな!」
大男はニヤニヤしながらなウェイトレスの顔を覗き込む。少しだけ頬を染めながらもブンブンと顔を振り
「別に好きになってないわよ!……でも……絶対帰ってくるわ。それだけは言える。だって……」
ウェイトレスは両手を結び誓いを立てる。
この先何年経とうとも忘れないように。
「あの人……酒代を払ってないもの」
ジャンケン勇者 完
初めての短編です。連載するかはわかりませんが、
感想、評価などあれば嬉しいです。