決壊
俺はローズマリーを抱きしめていた。本当に何も考えていなかった。ただこの女をなんとか労って励ましてやろうと。そう思った。
「大丈夫 大丈夫だよ きっとこの先にいい事があるよ」
「あの」
「辛かったね みんな頑張ったね」
「あのごしゅじ」
「偉いよ よくここまできたね」
「はい」
「報われる時がきっとくるよ」
「はい」
「ローズマリーも みんなも 生きていれば 必ずいい事があるよ」
「はい」
「俺には今なんの力も無いけど 何かできることがあれば力になるよ」
「はぅ」
「きっと幸せになれるよ」
「はうっ うおっ はうぐっ」
思わず抱きしめてしまったが、さすがにちょっといきなり過ぎたか。少し離れようとしたらいつの間にかローズマリーが俺の背中に手を回して抱きしめ返されていた。
「わう わっ わたしはっ ウサギウサギって 言われて 育ってっ うぐっ」
「うん」
「こんなっ こんな不細工 なっ がぐふっ 気持ち悪いって」
「ローズマリーは可愛いよ」
「いじめられないようにっ がんばってっ まほっ 魔法 練習 れんs してぐっ」
「うん」
「でも だめで いやな うえっ 嫌な事ばっかり でっ」
「うん」
「戦争でっ ぐずっ ずずずっ かっ 村が 焼けてっ 」
「うん」
「わたしもっ 戦ってっ 魔法でっ ぶふぉ 魔法でっ」
「うん」
「魔法で 人を 人を うおうっ こっ 殺して 」
「うん」
「殺して 殺して 殺して殺して殺して 皆殺しにして 殺されかけて 逃げて 飢えて 殺してぇ殺し ぐうえっ うえっ」
「うん」
「いっふ いっ いつの間にか ずっ あの子たちと あのこたちといっしょにっ 」
「うん」
「あの子たちは あの子たちは わたしが守らないとって 」
「うん」
「ずっ ずいぶん 酷い ひどっ 酷い事も あの子たちに させてしまって」
「うん」
「でも でもっ 生きなきゃって 生きなきゃって」
「うん」
「がんばって うぐえっ ぐえっ がんばっでえ がんばっでえ」
「うん」
「誰にも 誰にも ずずっ 頼れないで 話しもっ がはっ できなぐえ じゅるっ」
「うん」
「こ こんっ こんな事 こんな事っ 話したのは はなひたのは はじめてでへ」
「うん」
「うおあうおおおあああああ」
「頑張ったね よくやったね」
「ぶええええうふへああああああああああああ」
「ぐすっ ずっ」
「ずずっ うっ うっ」
なんだかドアと窓の外からも鼻をすする音が聞こえる
あー キミ達、立ち聞きはよくないぞ
ローズマリーはしばらく泣いていた。吐き出すところが無かったんだろうなあ。俺は無言でローズマリーを抱きしめたままただ立っていた。彼女が飽きて手を放すまでこうしていようと思う。
「ごっ ご」
「うん?」
「ご主人様は うっ」
「うん」
「ウサギがどうこうは 別に して 」
「うん」
「わたしが その わたしたちが きれいに 見えるのですね?」
「とてもきれいだよ」
「胸もふくれてるしお腹も出てないのにですか」
「・・・・俺の生まれて育った国ではそれが美しい体形だったんだ。どうも、こっちでは違うようだな」
「私たちは色も白くて変ではありませんか。首やアゴも細いし」
「俺のいたところでは肌を白くするために努力している女がいっぱいいた」
「その ご主人様が いた ところとは、どちらのお国なのですか」
「ああ、それが説明しにくいんだけど、こことは違うところなんだ、どういえばいいのかわからないけど」
「ご主人様は その ひょっとして 勇者様 なのですか」
「それなあ・・・よくわからないんだ。なんだかバークのお城にそういう言い伝えみたいなのがあるらしくて」
「6月6日にタリナイ川に現れん ですね」
「あ、知ってるのか」
「この国で知らない人はいません」
「騎士団長にもお前は勇者かって聞かれたけどね。まあ 確かに突然訳も分からず気が付いたら山の中にいて・・・ でも俺には何の力もないよ。向こうにいた時も一般人だったし。騎士団長が言うには、俺には魔力というのがまったくないんだって。」
「騎士団長はご主人様をどうするとおっしゃったのですか?」
「上が検討中、だってさ。とにかく人に知られるとまずいのでここに居るように、って事でここに来たんだ」
「・・・・聞いた私が言うのもなんですが、それは侍女ごときに話してよい事なのでしょうか」
「あ、そうだな。ごめん。まずかったな」
「わたしなんかに謝ることはございません」
「んー でも秘密を知ったら巻き添えを食らうかも」
「昨日の夜の時点でおおよその見当はついておりました。今ここで聞いていなくても結果は同じと推察できます。それよりここまで聞いたのですからもう少し色々と・・・」
「そうそう そのご主人様が元々いた場所ってどういう いたっ オレガノ何をするのですか」
「パクチーお前バカかっ 隊長の邪魔すんじゃねーよ」
「パクチー! オレガノ! ちょおっと・・・ あっ カモミールとチャービルの匂いもドアの向こうからするんだけど?」
「ごめん なさい」
「えへへへ」
「みんな・・・ どこから聞いていたの?」
「えーっと、『先日こんなことがございました』ぐらいから・・・でしょうか」
「ちがう 『チャービルは 驚くぐらい 可愛いよな』 から」
「最初からじゃないの! それ、最初からじゃないの!」
「まあいいじゃねえですか隊長。そうやってご主人様と抱き合えるほど仲良くなれて」
「えっ あっ!」
ああっ、ローズマリーが離れてしまった。オレガノ先生・・・もうちょっと黙ってて欲しかったよ。
「ああ、あの あ、 そうだ、そうだわ カモミール さっきのモリノウシは」
「今、血抜きでぶら下げてまあす。もうそろそろいいかなあ」
「そうね 手伝うわ それでは ご主人様。また色々とお話を聞かせていただけたらと。」
「あ、うん」
「失礼いたします」
そそくさとローズマリーが去っていく・・・ さすがに恥ずかしいよな。俺も恥ずかしかったけど。
俺としても相談できる相手が増えたので心強い。実際、俺、今は何にもできないからな。
「ご主人様」
「ん?何オレガノ」
「ご主人様は 今さっき、ご主人様になったんだぜ」
「え」
「たまには隊長以外も抱きしめてやってくれよ わたしもな」
オレガノ先生は俺の耳元でそう言って部屋から出て行った。かかかかまわないのですか?なにこれ天国?
ドアの外からチャービルちゃんがこっちを見てる。
「あ、今朝のキノコありがとうな」
「はうっ ひゅ」
よくわからない声を出して引っ込んでしまった・・・
照れてるのかなあ・・・
夕食の給仕はローズマリーだった。色々言いたいことや聞きたいことがあったけど、なんとなく無口な感じになってしまった。ローズマリーも少し恥ずかしそうだった。夕食にはモリノウシのモモ肉の炙り焼きが出た。塩をふりかけた肉を魔法で浮かせてこれまた魔法でじっくりあぶったものだと言う。これはマジで美味かった。余った肉はいぶして燻製にすると言っている。さすがにこれは魔法ではなく木を燃やして煙を出すという。大きな獲物が取れた時はどこでもやる事だそうで、この館にも燻製室というのがあった。カモミールが魔法で薪に火を点けていた。
火で思い出した。
「そうだ カモミール。ちょっと俺の部屋のランプに火を点けて欲しいんだけど」
カモミールが驚いて振り返って嬉しそうな顔で俺をみた後、ニコニコしながら
「えへへへへへへえへへ そうしたいんですけどお、やっぱりい、最初わぁ 隊長ですよぉ」
「ローズマリー?ん?」
「隊長ぉ~!たあいちょうおぉ~ ご主人様があ ご用事があるそうでぇす」
なぜローズマリーを呼ぶのか。
やってきたローズマリーにちょっと俺の部屋に来てランプに火を点けてほしいと言うと少し何か考えたような感じで固まった後、わかりました少々お待ちください着替えてまいりますと言って数分後に戻ってきた。
「では お部屋に」
部屋に入ると当然真っ暗で
「わざわざ悪いね。ランプ、頼むよ」
「え? ・・・・・・・・ランプに、火を、点けるのですか?」
「うん。俺、魔法つかえないから。火を起こす道具も無いし。暗くなる前にと思って。」
「あ!・・・・はい」
火がついた
「わざわざごめんね ありがとう」
「いえ、失礼いたします」
ローズマリーは会釈して出て行った。
なんだろう。ちょっと様子がおかしいような。
後日オレガノにそう言ったら大爆笑していた。この国に火魔法を使えない人などほぼいない。俺の部屋のランプに火を点けて欲しい、というのは つまり日本で言うところのラブホの前で「疲れたから少し休んでいかないか」みたいなニュアンスらしい。俺はなんだ、つまりローズマリーに覚悟させたのちにどうでもいいような用事をしてもらって追い返したわけで。
人生はうまくいかないなあ