意思疎通
まっすぐな道をひたすら走って森を抜けるとゆるい下り坂の先に石垣で囲われた城のようなものが見えてきた。
周辺は一面の畑で土が見える。収穫直後だろうか。城の周りにパラパラと小屋が見える。
畑にはこれまたまっすぐな水路が通っている。牛小屋も見えた。
城に近づくとそれなりに木造の建物が増え、中には商店らしき物がいくらか並んでいる。
縄でつながれた乗用の鞍のついた鳥がエサをついばんでる。
城は堀で囲まれていて野石積みの壁面には雑草が生えていた。
堀にかかる木のはね橋を渡って門をくぐる。城壁の中では多くの男たちが槍を振っていた。パッと見だけど、先に付いてるのは金属じゃなく石っぽい。
前の鳥に乗っている男を見て皆が姿勢を正す。こいつ偉いサンなのか。
訓練場を抜けて中庭のような場所で止まるとわらわらと男女が集まってきた。俺は縛られたまま鳥から降ろされ建物の中に案内された。
薄暗い廊下を通って部屋に入る。窓は小さくガラスは無い。部屋の中には偉いサンと兵士2人。部屋の入口や窓には野次馬がいっぱい居てこちらを見ている。
イスに座わらされた。
兵士が槍を構えた。偉いサンも剣を抜いたので身構えていると手首を縛っているヒモが解かれた。
ああ、なるほど。拘束は解くが暴れるなよ、という事か。
手は自由になったけど左腕は骨が折れているので腫れている。すごく痛い。
野次馬をかき分けて青い服を着た太ったおばちゃんが出てきた。
若いのかもしれないが老け顔に見え団子鼻でしもぶくれ。お世辞にも綺麗とは言えない。
何やら俺を観察している。ちなみに俺はまだ全裸だ。骨が折れて腫れあがってる左腕をつかまれた。
「あっつ 痛っ 折れてるから!折れてるから!」
言葉は通じない。しかしおばちゃんはゼスチャーで 落ち着け、大丈夫 と言ってるようだった。
おばちゃんが目を閉じ何やらつぶやきだした。
腕が青く光りだした。まるで腕が青色LEDにでもなったような。
10秒ほどだったろうか。治った。骨が元通りになってる。信じられなかった。魔法か!マジか。
おばちゃんが納得して帰ろうとしたので、呼び止めて足の裏を見せて「痛い、ここも痛い」と何度か言うとおばちゃんは足の裏も治療してくれた。すごい。ブスだけど天使だ。
俺はありがとうと感謝を込めて頭を下げた。
おばちゃんはにこりと笑って何度か頷き去って行った。
偉いサンは何か考え込んでいたが、どこかに行ってしまった。
入れ替わりで男が服を持ってきた。麻の布の真ん中に穴が開いていてそこに頭を入れ、帯で腹を閉めるだけの簡素なものだったがありがたい。ズボンも欲しいなあ。
そして食事。木のコップに入れた水と木の器に入った麦粥のようなものが出された。
味付けはなく正直美味しくは無かったが腹が減っていたので全部食った。
食事が終わった頃には陽が暮れてランプに火が灯された。陶器の皿に油が入っていて芯があるだけの単純なランプ。
遠くからカエルの鳴き声が聞こえる。
しばらくすると偉いサンが戻ってきた。
手を取られると指輪をはめられた。なんだろうと思ったが突然周囲の雑音に意味が発生した。
「あの男、なんなんだ」「団長、何も言ってくれないんだよ」「かっこいい人」「いい男だけど弱そうだねえ」
理解できる。知らない言葉なのに意味が解る。気持ち悪い。
「おい、わかるか。わたしの言っている事がわかるか。」
「わかります」
おどろいた。俺は知らない言葉を話している。いや、もう知っている。なぜ知ってるのかわからない。
「そうか、よかった。お前ら!部屋から離れろ!立ち聞きは許さん!」
ぞろぞろと野次馬が消えていった。
「その指輪はな 言葉の指輪 と言ってこのバークの秘宝だ。外交のとっておきでもある。大切に扱って欲しい。
わたしはこのバーク城の騎士団長でウォールナットと言う。そなたの名は?」
「アオキユウタ と言います」
「アオキユータ。ふむ。この国の名前ではないな。そなた、どこから来たのだ」
「ええと・・・ 二ホンです。言ってわかってもらえるかどうかわかりませんが、こことは違う国、というか違う世界というか」
「やはりそうか。やはりそなたは異世界から来たのだな。二ホンか。それがそなたの居た国の名前なのだな。どうやってここに来た?また帰る事もできるのか?」
「わかりません。何がどうなっているのか。仕事の帰りに気が付いたら山の中にいました」
「何がどうなってるのかわからない か、ふむ。ではどうしてここを異世界だと思った?元の世界と何が違う」
「さっきの鳥、あんな生き物はいなかったし・・・あんな大きなオオカミも。さっきの腕を治したのも」
「仕事の帰りと言ったな。仕事。そなたはどんな仕事をしていたのだ。貴族だったのか?魔術師か?」
「魔術師なんて・・・魔法なんて見た事ありません。さっき腕を治してもらいましたけど、あれが魔法なんですか?見たのはあれが初めてです。貴族も昔はいたかもしれないけど見たことはありません。仕事は小売業の仕入れを・・・どう言えばいいのかな。」
「商人だったというのか」
「まあ、そうです」
「戦の経験はどれほどある?」
「いくさ? 戦争ですか?いえ全く」
「この石を持ってくれ。そうだ。強く握って」
「はい。・・・こうですか」
「・・・無いな。ない。魔力が全く無い。逆に珍しい。魔力も無しにどうやって生きているのだ。魔力が枯れれば死ぬものだろう」
「そう言われても。二ホンに魔力を持った人とかたぶんいなかったと思います」
「つまり・・・戦った事も無く 魔法も使えず 魔力も無い と。」
「そうですね」
「アオキユータよ、我らには敵がいる。他国と戦争する事もある。魔獣に襲われる事もある。流行り病に怯えて過ごす年もある。」
「はあ」
「だが我らには古くからの伝説がある。予言と言ってもいい。千年前の賢者が残した予言の書だ。
『大陸歴6666年6月6日、太陽が真上に昇るその時にピケの山の麓、タリナイ川に勇者が現れ世界を救う』
と。
民の間では勇者は本当に現れるのだろうか、どんな活躍をするだろうかと、そんな話で持ち切りだ。
今年の春にリーフ王国と戦があった時も、あと少しで勇者が現れ皆を救ってくれるのだと耐えた。そして今日、予言の年の6月6日がやってきた。万が一にも勇者がピケの山を越えてブランチ帝国などに行かぬようにと迎えを出した。」
「迎え・・・ 俺、オオカミに襲われましたけど」
「我らが考えていた勇者とは、剣の一振りで海を割り、魔法を放てば山を貫く、そんな凄まじい超人であった。それが魔法も使えず必死に木をこすって2時間かけて火を起こしていたのだよ・・・これはおかしいと様子見でオオカミをけしかけたのだ。よもやオオカミごときに噛まれて腕の骨を折るとは思うてもおらなんだ」
「はあ」
「そなたの本当の姿を民に見せるわけにはいかん。残念な思いをさせるわけにはいかんのだ」
「はあ」
「とはいえ勇者が来なかった事にするわけにもいかん。」
「はあ。ええっと・・・俺はどうなるんでしょうか」
「今、上のほうで検討中だ。とにかく今は身を隠してもらう。民には 勇者は来ているはずだがまだ見つかっていない と言う。南の森を抜けたところに隠居した先王が住んでいた小さな館がある。小さいと言っても先王の住んでいた館だ。それなりのものだ。そこにいてもらう。世話係に侍女も数人用意した。見た目が醜い獣人ではあるが我慢して欲しい。そなた、何の力もないが見た目だけは稀代の美男子だ。襲われないようにな。侍女は気に入らなければ自由に処分してよいが、それなりに強い。そなたの力ではどうにもならんはずだ。何かあればこちらに知らせるように。当面の生活費は銅貨で渡す。節約して欲しい。明日馬車で館まで送ろう。今日はここで寝てもらう」
偉いサン、ウォールナット騎士団長はそんな事を言って帰って行った。
おかしい。美男子? 俺が? それはない。鏡は無いが、手で顔を触っても俺の顔だ。自分で言うのもなんだけど、平均以下だろ・・・多少若返っているけれども、女にモテる顔じゃない。どういう事だ。嫌味か、もしくはそういう言い回しの文化か何か・・・?
用意してくれた木の台の上に麻の布を敷いて寝た。柔らかい布団が恋しい。
窓の外には月明かり。カエルの声が青い夜に響いていた。