枯れた花は君のもの
「なあ、あんた暇なの?」
見知らぬ顔から声を掛けられた。
「暇?暇そうに見えるの?」
「だって、こんな時間にこんなところふらふらして。それって暇なんじゃねえの?」
「そう、そうかもね。」
「だから、暇ならいいとこ連れてってやるって。」
「私の質問に答えてくれたら、付いていってもいいよ。」
「まじ?なんでも聞いてよ、答えるから。」
欲望に忠実なその人は、もしかしたら私の望むものを持っているのかもしれない。
「そう。あなた、今幸せ?」
「は?」
「答えて。」
「…幸せかどうかなんて考えたことねえよ。」
「じゃあ今考えて。」
「は?何意味わかんないこと言って 」
その人は私の言ったことが冗談ではないと思ったらしい。気味の悪いくらいに真剣な顔を装って言った。
「幸せではない…と思う。」
「どうして?」
その質問には気分を害したみたいだった。
「そんなの答えて何になるんだよ。」
私は口を噤んだ。そう、何にもならない。他人が幸せかどうかなんてどうでもいい。じゃあなんでこんな質問したの?それは、知りたかったから。誰かの幸せを知れば、自分の幸せが分かる気がしたから。違う、たぶん私はわかっていた。私は幸せを求めていた。じゃあ私は幸せではないのか、いや幸せという概念が信じられなかったのだ。その上で、幸せの存在に触れてみたかった。例え、自分と関係のない人のもので、自分には手の届かないところにあったとしても、実感して抱きしめて閉じ込めたかった。きっとそれは、この世で1番甘くて暖かいものであるはずなのだから。
「おい、何ぼーっとしてるんだよ。あんたの質問にはちゃんと答えた。早く行くぞ。」
「私のパパ、警察官なの。」
その人は明らかに青ざめる…と思ったのに。
「だからなんだよ。それはお前の父ちゃんの話でお前の話じゃねえだろ。」
「……。」
怯んでしまった。本来怯むのはこいつの方だったのに。でも、顔には出さなかった。
「こういうの慣れてるんだね。」
「は?」
「理解の難しい会話の途中で、は?とかあ?とか言うのやめた方がいいよ。バカっぽい。」
挑発するつもりで、その人の顔を仰いだ。でも、その人の顔は私の想像していた顔のどれにも当てはまらなかった。
「お前、なんでこんなところにいるんだよ。」
その人は憐れんでいた。あれ、なんで怒らないんだろう。いつもならここで殴られて、蹴られて、ボロボロにされるのに。
「つまんねえ奴だな、お前。」
その人は鼻で笑うようにして、私から離れていった。また独りぼっち。一人にはなりたいけど、独りぼっちは嫌い。
「早く探しに行かなくちゃ。」
走り始めた。早く見つけなくちゃ。早く。
私の妹は何かといえば家出を繰り返した。行くあてもないくせに、家という場所から逃れたがるのだ。そして、逃れられないことが分かると私に手をあげる。行き場のない気持ちが、暴力となって飛び出すのだ。でも、それは私の存在意義でもあった。暴力を振るう妹と、それを受ける姉。怯える母と無関心な父。それが我が家の役回り。妹が家出をし始め、母が妹につきっきりの状態だった頃、中学生の私は、何度も何度も問題行動を起こした。誰かの気を引きたかった。でもそれは失敗した。回を重ねるごとに、逆に皆は私から離れていった。私のことを迷惑がった。だから、いい子になることにした。悪い子になったら失敗したから、良い子になればいいと思った。
高校に入って、私は良い子になった。友達もできた。上手くいっているはずなのに、何か足りない気がして、いつも何かを求めていた。けど、それが何なのかは分からなかった。私が良い子になればなるほど、妹は私に暴力を振るうようになった。頭はそれほど良くないくせに、痣や擦り傷は服を着ていればまず分からない場所ばかりに出来た。それでも、妹はいつも暴れるわけじゃない。機嫌がいい時には、
「お姉ちゃん、一緒に買い物行かない?」
「お姉ちゃん、お腹すいた。」
と、ごく平凡な可愛い妹のように振る舞う。薄気味悪い。吐き気がする。そう感じてしまう私の方が異常なのだろうか。妹からの暴力は私の存在を肯定してくれた。私は必要とされている、そう思い込んでいただけかもしれないけど、私はそれで満足していた。でも、強烈なその暴力は、確実に私の体を蝕んだ。起き上がったり、歩くことすら困難な日もあった。でも、その痛みが私が生きていることのたった一つの証明だった。