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気づいたらきっと

作者: 西野 ひかり

ポポロチアは肥沃な大地を抱く国だ。


貿易も栄え、王への信頼も厚い。なのになぜ何もかもを捨てて旅立ちたくなるのだろう。




アイシアは感傷に浸りながら、目の前の大きな水晶を見下ろした。


彼此、5時間はこうしているかもしれない。


魔術学院から課された課題に取り組んでいるが、顔ほどの大きな水晶に映し出されたのは自分の婚約者の優し気な笑顔と傍らに座る愛らしい少女の顔だった。


学院から課された課題は「水晶を使って家族に現状を伝えよ」ということだった。魔術に没頭し、さっぱり周りとの交流を取りたがらない魔術師向けだ。


魔力を込め、しかるべき術式を組めば誰でも繋がりたい相手と繋がることができる。


初歩中の初歩魔術だ。


何の因果か、家族の誰よりも、もしかしたら高位貴族をも凌ぐアイシアの魔術では、家族どころか幼いころからの婚約者の姿をも水晶に映し出してしまった。


最初は家族を思い浮かべ、家族の様子を水晶越しに見ていた。楽し気で懐かしい家族の雰囲気に顔をほころばせ、ホームシックに浸っていたのは事実だ。

家族に挨拶を済ませてしまえば、わが婚約者、ユージンの様子も気になるというものだろう。


ポポロチアの広大な土地でアイシアの実家、クローディア伯爵家とユージンの実家ハーマン伯爵家は隣の領地であり2人の年頃も似通っていたため、親同士の取り決めにより2歳から婚約者となっていた。


それだけでなく、幼いころから何度となく顔を合わせて遊びに行った仲だ。


魔力の高いアイシアは王都の魔術学院へ10の歳を数えるころには入学していた。一方ユージンは領地を継ぐため家庭教師により領地経営を学んでいた。

魔術学院の休暇は毎年夏の日と冬の日の10日だけだった。旧知の仲であるユージンの元へは帰省の際に必ず顔を見せに行ったものだ。


ユージンはそのたびに優し気な相好を崩し、満面の笑みでいつも迎えてくれていたはずだ。


アイシアだって、いつも会えることが嬉しくて、毎回お土産を持参して帰省したものだ。


だがしかし、目の前に繰り広げられている光景はいったい何なのだろう。


私が見てきたユージンは幻?


そう思うくらい、水晶の中での彼顔を赤らめ、恥ずかし気にしていた。


相手を伺うような、それでいて切なげな瞳を向けている。


相手の少女の肩を抱く姿を見た時には思わず、口を噤んだ。


いったい、私は何を見ているのだろうか。


最初は久しぶりに見た姿に心躍った。


ユージンの美しい金髪と澄んだ湖のような瞳を見たくて水晶へと手をかざしたのだ。


ところが、夕食を終えたユージンはこっそりと家を出て、近くの村の少女の肩を抱いているではないか。


もはや何も言えなかった。


何がいけなかったのだろうか。


毎週綴る手紙は変わりなく送られ、返信もある。


一体どこで気づけばよかったのか。お互いのすれ違いを。


手が肩から少女の頬に移るのを見て、アイシアはそっと水晶から手を放した。


父様に婚約破棄を伝えよう。


そう思うのに、アイシアの心の中には「なぜ・・・」が心から離れない。


その日は茫然と眠れぬ夜を過ごした。







ユージン・ハーマンは伯爵家の嫡男として生まれた。


将来を有望視され、また本人もそれに応えるように頭角を現していった。


隣のクローディア伯爵家の末娘、アイシアとの婚約も幼いころから決まっており幼いころより幾度も顔を合わせてきた。


ユージンにとって身近に遊べる相手がアイシアだった。ただアイシアは規格外だった。その身に宿す魔力が。


ユージンが順風満帆と周りも本人も思っていた横から、アイシアはめきめきと魔術師としての力を顕示し、希代の魔術師として名をはせるのではないかと期待されるまでになっていた。


やれアイシアの研究が国には必要だ、辺境の伯爵家にはもったいない魔術師だ、はては公爵家に嫁ぎ魔術棟での研究をするなど、霰もない噂を18歳になったユージンが社交シーズンに王都で耳にすることはさほど時間がかからなかった。


あの愛らしいアイシアが、自分の手の届かないところにいる。


それは途方もないことだった。


自分なりに努力してきたつもりだった。互いが同じだと思っていた。


でも違った。


だから、クローディア家を訪れた帰り道、領地の孤児院で出会ったひた向きな少女に救われた。


クロエという少女は孤児で、シスターとともに孤児院の運営を手伝っていた。


手と服を洗濯と泡で汚し、一方で周りに愛される彼女に自分を重ねたのも事実だった。


顔を見せると顔をほころばせ、「ユージンお帰りなさい」と無邪気に言ってくれる姿をアイシアに重ねた。


何度か訪問するうちに、クロエが自分に並々ならぬ感情を抱いていることはわかっていた。


だから弱い自分を押し殺し、隠れるように口づけを交わした。


やわらかさと乾燥によりささくれだった唇へのキスはいつの間にか、激情を伴い、寝室に連れ込むまで時間がかからなかった。


目をつぶり、唇を食み、舌をなめ、体を抱きしめると、なんとも言えぬ安心感があった。


もちろん、クロエは爵位を持たぬため、娶ることはできない。


それでもアイシアを娶るまでの穴を埋めるには最適な時間だと、その時は思っていた。







セイエス・アムナクティは筆頭魔術師を名乗る公爵家の嫡男だった。


過去形なのは、公爵位を弟に譲ったからだ。


セイエスにとって爵位などどうでもよかった。生まれた頃より貴族の中で暮らし、一方で希代なる魔力と魔術を身に着けた彼にとって、世間のしがらみ等どうでもよかったのだ。


そんなことよりも世界の理を読み解き、新たな魔術式を組むことが彼にとっての至高だった。


転機が訪れたのは、彼が25歳を超えた頃に魔術学院高等部に入学してきた少女の魔術を見た時だった。


そのころには筆頭魔術師の名を欲しいままにしていたセイエスだったので、どうせ学生が施す魔術などたかが知れていると高をくくっていた。


それがどうだろう。


中等部から高等魔術院に進学したアイシアの繊細に編まれた魔術術式とその力の強さに得も言われぬ衝動が胸を熱くした。


言葉になどできなかった。


欲しい


知りたい


そう思ったときにはアイシアを自身の研究所に呼びつけて、特別に講師役も務めた。


ただ調べた結果アイシアには幼い時から婚約者がいると聞いたときには心は決まっていた。


奪う。あれは私のものだ。


だから嗾けたのだ。ユージンの領地の孤児院に従者を向かわせた。


何も知らぬ、無垢な少女にいろんな噂やユージンの思いを吹き込み、情動を煽った。


水晶で家族連絡をするように仕掛けたのもセイエスだし、久しく帰っていない実家と婚約者の様子を見たくなるよう、課題を出す際に婚約者の話も出した。


かくして眠れぬ夜を過ごしたアイシアを言葉巧みに優しく慰め、婚約破棄の嘆願書もクローディア家に送った。


今は何も知らぬアイシアの寝顔を熱い眼差しで眺めながら、今後の算段を練っている。


悪いのは誰だったか、なぜすれ違ったのか、それは神のみぞ知ることとなるのだろう。

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