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お姉さま

 「フィオナさん、一体何があったんですか?」


 扉を閉めると同時に、リヒトが怖い顔を向けてくる。

 事情を話すとリヒトはぎゅっと顔をしかめた。


 「とにかく解毒ポーションを」


 リヒトに促されるまでもなく、自分でもすぐに飲もうと思っていたのだが、素直にうなずいてポーチから解毒ポーションを取りだし金のシールを剥がして、一気に飲み干す。


 「身体の異常とかはないですか?」

 「はい。紅茶を飲んだ時も特におかしな事はなかったです」


 手をわきわきと動かしてみるが、身体は正常に動くし、痺れたり、気分が悪くなったりなどはしていない。リヒトと二人、毒が盛られていない事を確認していると、またもやドアをノックする音に、ビクンと肩が上がってしまった。

 まさかまたヒュラン王子が来たのだろうか。


 「フィオナ君。リヒト。いるか?俺だ、セオだ」


 顔を見合わせてほっと息を吐くと、リヒトが扉を開けに行った。


 「すまないな、遅くなった。コロラ騎士団の隊長が挨拶に来ていたのでな。……、どうした?二人とも。浮かない顔をして」


 セオ隊長にも事情を説明すると、怖い顔が一層怖くなってしまった。


 「とにかくフィオナさんを一人にならないようにしないとですね。ここはヒュラン王子に圧倒的に有利な場所ですからね」

 「そうだな。しかし、ヒュラン王子は、その、フィオナ君に惚れたという事なのか?」


 セオ隊長が困ったような顔をする。


 「そういう事ではないと思います。オーム山脈で私が王子した事への腹いせみたいなものだと思います。えっと、そんなような事を言っていました」


 ヒュラン王子は『オーム山脈で恥をかかされた分もたっぷり可愛がってやる』と言っていたのだが、さすがにそのまま二人に伝えるのは、はばかられた。


 「オーム山脈でした事ですか?王子の側近を断ったからでしょうか?」

 「それを言うなら、その時に入って止めた俺やアルトの方が報復対象になっても良さそうだがな」


 そう言えば、雷撃で王子を脅した事は、アルト以外知らなかったのだ。

 これは黙っているわけにもいかないか。


 「あの……。実はですね。私、アルトとロアルさんを探しに行った時に、途中で王子に出くわして、ロアルさんの居場所まで案内するように、ちょっとだけ、雷撃で脅しちゃって……」


 リヒトは額に手を当ててあーあ、という様に首を振り、セオ隊長は顔を歪ませた。顔を歪ませたセオ隊長の迫力はすごかった。怖いと言う一言では収まらない。


 「まったくあなたは……。意外と問題児だと思っていましたが、予想以上です。もう少しやりようがなかったんですか」

 「すみません……。でも、あの時は王子がロアルさんの事を死んでいたようだったなんて言うから、もう頭に血がのぼってしまって」

 「そんな事を言われれば俺でも同じことをしたかもな。リヒト、説教はそのくらいにしといてやれ。それより今後の事だ」


 顔に負けず劣らず男らしい発言をするセオ隊長の怖い顔が、格好よく見えてしまった。


 「そうですね。説教は帰ってからルティアナ様にしてもらいましょう。という事は、王子はあなたに脅された事を根に持って、あなたを自分の物にして鬱憤を晴らしたいという事でしょうかね」

 「そうだと思います……。王子は私に選択権はないとまで言ってたんです。よっぽど自信があるみたいでしたけど、何か企んでいるんでしょうか?」

 「そうですね。とにかくあなたは、今後絶対に一人にならないようにしてください。ああ、こんな事なら一番隊から、チエリかアイビーにでも来てもらえば良かったです。女性が少なすぎました。エマさんとオリーブさんは基本的にはケイン王子が最優先で行動しますからね」

 「そうだな……。ケイン王子が出歩くときには彼女達は君から離れてしまう。そうなりそうな時は、すぐに俺かリヒトの所に来るんだ。いいな。それがもし真夜中でもだ。決して一人にはなるなよ。エマ達にも俺から言っておく」


 フィオナがうなずくと、リヒトがついでとばかりに付け加えた。


 「ちなみにセオ隊長はものすごい愛妻家なので、夜中にセオ隊長と二人きりの部屋で寝る事になったとしても絶対に安全ですから安心してくださいね」

 「え!?」


 愛妻家!?

 という事は結婚しているということか!


 「フィオナさん知らなかったでしょう」

 「し、し、知りませんでした!セオ隊長ご結婚されてたんですね!」

 「ああ……」

 

 照れたようにそっぽをむく凶悪顔がなんだか可愛く見えてしまう。


 「すごく可愛らしい方なんですよ。時々騎士団に手作りのお弁当を差し入れに来たりしているんですよ」

 「すごく見てみたいです!というか詳しく聞きたいです!」


 目を輝かせてリヒトに食いつくと、セオ隊長が居心地悪そうに腰を浮かせたり、座ったり落ち着かない。

 最初にセオ隊長を見た時は、大きい身体に顔も怖くて身構えてしまったが、今ではとても優しい人だと分かっているので、可愛らしい女性と結婚していると言われても全然不思議ではなかった。きっと奥さんもセオ隊長の優しい所が好きになったんだと思う。


 ヒュラン王子のせいでむかむかしていた気持ちはすっかり消え去り、落ち着かない様子のセオ隊長の横で、彼の奥さんの話に華を咲かせていると、エマとオリーブが帰ってきた。


 「あら随分楽しそうね。なんの話?」

 「セオ隊長の奥様の話をしていたんですよ」

 「ああ、アンジェリカさんの事?可愛らしい方よねえ。なんでこんな強面にあんな可愛い方がって最初は思ったけど、今ではお似合いだと思ってるわ」


 はっきりとセオ隊長を強面と言ってのけるオリーブに、うんうんとうなずくエマ。


 「それよりケイン王子は部屋に戻られたのか?」


 早くその話から抜け出したいとばかりに、セオ隊長が口を挟んでくる。

 

 「ええ、シグマと一緒に一旦部屋に戻ったわ。それより話しておきたい事があるの」


 エマが急に表情を引き締めると、腕を組んで厳しい目をした。

 国王との謁見で何かあったのだろうかと、嫌な予感がする。

 部屋に重たい沈黙が落ちたと同時にエマは話し始めた。


 「ケイン王子と一緒にフェリクス国王に挨拶に行ったんだけど、ちょっと良くない事になってるの」

 「良くない事とは?」


 眉をひそめながらどう話そうかと逡巡しているエマに、セオが待ちきれず催促する。


 「なんでもひと月くらい前からお身体の調子がすぐれなかったみたいなんだけど、三日前に急にお倒れになってしまったみたいなの。ずっと苦しそうに眠ったままで、時折うっすら目を開けるらしいんだけど、声もろくに出なくて水を飲むのがやっとみたい」

 「調子がよろしくないとレイヴン国王に聞いていたが、まさかそんな事になっているとは……。フェリクス国王にはカプラス王国から金のポーションを送っていたのではないのか?」

 「もちろんよ。でも変なの。金のポーションを飲ませているのに、症状が良くならないの。王の側近の方に案内されてフェリクス王の容体を見せて貰ったんだけど、熱はないし、心音も安定しているし、身体の表面に異常は見つけられなかった。ただただうなされて苦しそうなのよ。金の特級ポーションを飲ませて、いろんな治療魔法もかけてみたんだけど、効果はなくて。とにかく体力ポーションを飲ませて衰弱を止めるのが精いっぱいだわ」

 「結局原因は分からないのですか?」


 リヒトが尋ねると、エマが困った様にうなずいて、ぐっと声を落とす。


 「ええ私には分からなかったし、フェリクス王の側近たちも原因が分からないって言っていたわ。もし何か毒を盛られていたなら、特級ポーションで確実に治るはずだから、その線も薄いし」

 

 おそらく周りもヒュラン王子なら毒を盛る事もやりかねないと思っているのだろう。


 「何かの病気なんでしょうか?」


 ぽそりとつぶやいて、頭の中で薬剤室の薬を頭にぐるぐる思い出しながら考える。

 熱もない、心音も安定で、見た目の異常は何もなく苦しみながら衰弱していく病気。

 まるで思い当たらない。


 皆考えて黙り込む。

 エマという治療魔法に長けた近衛所属の魔導士が分からないのに、他の者が分かるはずもなかった。


 「国王がそんな状態なのに、式典は開催されるのか?」


 セオ隊長の言う通りだ。

 王が重病なのに、式典なんかしている場合ではないのではないか。


 「それが、式典はヒュラン王子が取り仕切って予定通りやるらしいの。なんでも国民を不安に指せないためとか言っているらしいけど、ここぞとばかりに、次の国王は自分だと示そうとしているのでしょうね」

 「国王の側近達は式典を中止しようと思えば出来たみたいなんだけど、わざとカプラスの使者を招く為に式典を容認したと言っていたわ。医療に関してはカプラス王国は他の国を遥かに凌ぐ技術を持っているから。私達なら原因が分かるかもと期待してたみたい」


 オリーブに続いてそう言うエマの顔には悔しさが滲んでいる。


 「そんな回りくどい事をしなくても、直接医師の派遣要請をするわけにはいかなかったのか?」

 「三日前王がお倒れになった後に、要請の書状を送ったらしいわ。私達と入れ違いだったみたい。カプラスから新たな医師が来るより前に、私達の中に治療魔法が使える人間がいるかもと思ったんですって。治療魔法に関しては自信があったんだけど、私には治せなかった……。あの状態が長引いたらフェリクス王の命が危ないわ。急いでレイブン国王に書状を送って、手に負えない場合はルティアナ様に来て頂くしか方法はなさそうね」

 「そうねエマ、でも書状はケイン王子が戻ってからにしましょう。部屋に戻ってからヒーリィ姫に会いに行くと言っていたから、もしかしたら何か分かるかもしれないわ」

 「ヒーリィ姫って、ヒュラン王子の妹さんですよね?」


 あの王子の妹という事で、いい印象が浮かばずオリーブに不安げな顔を向けてしまった。


 「ええ、そうよ。ああ、あなたは知らないのね。ヒーリィ姫はケイン王子の婚約者なのよ?それにあの姫君はヒュラン王子と違って、とても心根の優しいお方なの。ケイン王子には勿体なさすぎるようなお方よ」

 「そうそう。なんでケイン王子なんかと婚約したのかしら。まさか脅されているんじゃない!?」

 「あの写真で!?それはあるかも……。これはヒーリィ姫に確かめる必要がありそうね。もしそうなら、ケイン王子はどこかに捨てて帰りましょうよ」

 「それは名案」


 急にケイン王子の罵り合いに話が変わってしまった。


 「まあまあ、二人とも落ち着いて。こちらも話しておきたい事があるんです」


 リヒトは二人を止めると、先程のヒュラン王子の件を話した。


 「フィオナ。あなたとことん男運が悪いのね。ケイン王子に目をつけられて、今度はヒュラン王子なんて」

 「本当ね。そして今現在はシキ・カーセスと付き合っているんでしょう?あなたも大変ね」


 この二人にまでシキと付き合っている事がバレているとは。

 噂って怖い。


 「シキは優しいですよ。全然大変じゃないです」


 なんだかシキとヒュラン王子を同等にされたように思えてしまって、つい唇を尖らせてしまう。まあ、時々大変かもしれないけど。


 「まあ!」

 「やだ、可愛い」


 お姉さま二人に何故か抱きしめられてしまい、苦しさにあわあわともがくはめになった。


 「何はともあれ情報を集めないと。私とエマはこれから王宮内で聞き込みをしてくるわ。二人はフィオナをよろしくね」

 「そういう事なら二人がここに残って、俺とリヒトが聞き込みに行こう」


 立ち上がったセオ隊長にお姉さま二人が冷たい目を向ける。


 「馬鹿ね。あなたみたいな怖い顔のデカブツと、社交性のないリヒト副隊長が聞き込みしたってロクな情報なんて集まらないし、変に目立って向こうを警戒させるだけよ」

 「そうよ。私なら初対面であなたが近寄ってきたら逃げるわ。戦闘でしか役に立たないんだから、ここでフィオナの護衛をしてて頂戴」


 ものすごい辛辣な言葉を投げつけられたのに、セオ隊長はその通りだなと、納得したようなうなずいてる。

 本当にいい人だな。

 というかお姉さま二人が怖い。


 「あ、そうそう。夕食まで間があるし、小腹が空くかもしれないから食料を少し置いていくわ。フィオナ、いくらダーリンのポーションがあるからといっても、もうあの王子に出されたものは口にしないでよ」


 オリーブはそう言って魔力を練ると、床に魔法陣が現れて、そこに大きな箱が現れた。


 「え……、この魔法って」


 以前一番隊のアイビーが使っていた、異空間魔法。


 「ああ、そういえば言ってなかったわね。私、アイビーとシッサスの姉なのよ。兄妹の中では一番異空間の大きさが大きいから、食料もリヒトから預かっているポーションもたっぷり箱に入れてあるから、安心して使ってね」


 淡々としたオリーブのクールな顔をよくよく見れば、アイビーとシッサスによく似ていた。

 言われてみれば、どうして今まで気づかなかったのだろうと思うくらいだ。

 やはり自分は鈍いのかな。


 セオ隊長は嬉々として箱から甘いお菓子を飲み物を取り出し、エマにそれは私のだ、と怒られている。

 二人が颯爽と部屋から去ってしまうと、急に静かになった。


 「なんとうか、近衛の女性陣はケイン王子のせいで逞しいというか、強いというか……」

 「本当だな。あの二人ならイアン相手にもいい勝負が出来そうで怖いな」


 ソファにちんまりと座り込んで、テーブルに並んだ可愛らしいお菓子を口に運ぶ男性二人に、つい憐みの視線を送ってしまう。

 あのお姉さま達には、絶対に逆らわないようにしようと心に決めた。

 二人に習って、お菓子を口に入れたフィオナはふと思い出して尋ねた。


 「ところでさっき話を聞いてて思ったんですけど、例の写真ってなんですか?フェリクス王が見たがってるとか、ヒーリィ姫がそれで脅されているとかって」


 二人は同時に手を止めて固まった。


 「あー、それはですね、そのー、セオ隊長なんでしたっけ?」

 「え!?俺に振るのか!?」

 「一体何なんですか?みんな知っているのに私だけ知らないってなんだかモヤモヤするんですけど」

 「ほら、それはケイン王子の個人的な趣味の事だから、私達には軽々しく口にできないですよ」

 「そうだぞ。フィオナ君。それに知らない方が幸せな事だってある。ほらこのお菓子美味しいぞ」


 セオ隊長が無理やりクッキーを手渡してくる。


 「じゃあ、今度ケイン王子に直接聞いてみます」


 二人は同時に顔をひきつらせた。


 「それはやめて下さい!本当に!お願いします。そうだ、ヒュラン王子を脅した件ルティアナ様に言うのは無しにしてあげますから」

 「俺も今度妻を紹介してやるから、それだけはやめておけ!」


 なんだろう。

 全然釈然としない。

 でも二人がそこまで言うのだから、きっと知らない方が幸せなのかも?

 フィオナは渋々うなずいて、クッキーを口に入れた。

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