ケイン
今回はケイン王子視点の小話です。
「ごめんねアキ呼び出して」
「なんの用事?ケイン王子」
嫌そうな顔でソファに腰かけるアキレオに、まあまあとなだめてお茶を出す。
「いつもの依頼だよ」
「まあ、そうだと思った。俺さ、あんまりあなたに加担すると立場が危ないんだけど」
「大丈夫だよ。君が作ったとは誰にも言ってないから」
「言わなくてもこんな事出来るの俺くらいだから、多分みんな薄々気づいていると思うんだけど」
「そう言わずに。君だって好きでしょ?こういうの」
「いや、嫌いじゃないんだけど。あなた他の人に見せびらかすからさ。それさえやめてくれたら俺だって別にいいんだけど」
「だって、こんな芸術作品を独り占めしておくなんて勿体ないじゃないか!」
「いやいや、女の子はみんな引いてるからね。こういうの好きなの本当に一部だから」
アキレオが呆れた声を出す。
そうは言ってもなんだかんだいつも製作を手伝ってくれるのだから、奴だって結構気に入っているのだ。
「早速なんだけどね。作ってもらいたい人がいるんだ」
「今度は誰?俺の知らない人だと無理だよ」
「知っているはずだよ。それもかなり」
「ユアラはダメだぞ」
「違うよ。それはもう散々断られたからね。さすがに諦めているよ。フィオナ・マーメルだよ」
アキレオがぴしりと硬直した。
「この前彼女に会ったんだ。いいね、あの子。純粋で真っ白な感じ。清楚で高潔。可愛いのに美人。そういうあの子にどんな服を着せようかとずっと考えに考えて、やっと出来上がったんだ!さ、衣裳部屋に来てくれ!」
アキレオの腕を引っ張って、立たせようとすると、予想外に彼はひどく動揺していた。
「いや!だめ!それ、マジで。フィオナちゃんはダメだってば!シキの好きな女だから!!絶対無理!」
「見たくはないかい?あのフィオナ・マーメルが、私の作品を着ているところを!」
アキレオの喉がごくりと音を立てる。
もう一押しだ。
「今回衣裳は三つ準備した。彼女にぴったりな真っ白の女神衣装。それから逆に全く正反対の黒を基調とした、魅惑の悪魔衣装。そして!最後は、白とピンクで作ったうさちゃん衣装だ!」
「ぐはっ!」
「どうだい?これでも見たくはないか!?」
「み、見たい……。見たい!けど、シキに知られたら、確実に抹殺される……」
「大丈夫。約束しよう。誰にも見せないと」
「絶対だな、絶対だぞ!このクソ王子!」
「ああ」
執務室から続き部屋になってる扉に鍵を差し込み大きく開く。
広い部屋に何体もの等身大人形が、あらゆるポーズをとって待ち構えていてくれた。
その人形達は、王宮内に勤めている人間そっくりに作られており、良く見なければ人形とは分からない程精巧に作られている。この人間業とは思えない人形を作ったのが、アキレオだ。
ただその肌はさわると固く、明らかに人間のそれではない。
それだけが残念でならない。
そしてこの人形たちが着ている服こそ、自ら作り上げた芸術作品なのだ。
「おや、オリーブのスカートが少し曲がっているな。そろそろエマの下着の色を変えようかかな。せっかく透け感のある布をふんだんに使ったセクシー衣装だし、いつも同じ下着ではつまらないな」
「いつ見てもすげえ部屋だよなー。やべえ、エマさんのこの服めっちゃエロい」
「だろう?この前新しく作ったんだ。医療室のファルさんの衣装見てくれ。この重厚なフリルのミニスカート。見えそうで見えないこのドキドキ感。代わりに上半身はかっちりと、だけど胸の谷間にはハート型でくりぬきをして首にはリボン!どうだ!」
息を切らせ説明すると、アキレオが顔を紅潮させて、ファルの衣装にくぎ付けになる。
「それにしても、前から聞きたかったんだけど、ケイン王子さ、コロラ王国のヒーリィ姫と婚約してるんだよね?なんでヒーリィ姫の人形作ってって言わないの?まあ、あんまり顔知らないから精巧には作れないけどさ。もしかして、ガチ政略結婚でヒーリィ姫に興味ないの?」
アキレオがそう聞くのも無理はない。
この部屋には、数多くの女性人形が飾ってあるが(数体男もある)、ヒーリィの人形を作って欲しいと依頼したことは一度もないし、そういうそぶりも見せた事はない。
もちろんそれにはちゃんと理由があるのだ。
アキレオにはきちんと言っておいた方がいいのかもしれない。
「政略結婚などではないさ。私はヒーリィを愛している。というかヒーリィしか愛していない」
「説得力ねえな」
ぐるりと部屋を見わたしてアキレオがつぶやいた。
「だからこそ、私はヒーリィの人形だけは作らないと決めている」
「なんで?」
「もちろん本物に着せたいからだ。ヒーリィの為に作った服はもう数えきれないほどになっている。それを彼女に着せて、脱がす事を考えると……」
まずい、鼻血が出そうだ。
うっと口と鼻を手で押さえ、黙り込むとアキレオが憐みの目で遠くを見ていた。
「別にヒーリィ姫がそれでいいならいいけどさあ。ぜってえ引かれると思うよ?」
「そんな事はない。作った服を魔導写真機で撮って手紙に添えて送っているが、返事にはいつも、着れる日を楽しみに待ってます、と書いてある」
「うわあ……。ヒーリィ姫もさすが変態王子と婚約するだけあるわ。俺ちょっとヒーリィ姫と会ってみたいって思った」
「お前みたいなチャラい男に会わせられるか」
「今はチャラくないし。ユアラ一筋だから」
「お前も変わったな。一人の女に執着するなんて思いもしなかった」
「うるせーよ」
「まあ、大半はお前がチャラい時にノリノリで作った人形だ。愛妻にばらされたくなければ、さっさとフィオナ人形を作ってくれ」
チッと舌打ちするも、アキレオの表情は本気モードに切り替わっていく。
顔付きがきりっと引き締まり、目には凛とした冷たさが満ちてくる。
ああ、アキレオのこの顔好きだ。
ユアラもこの顔に惚れたんだろうな。
アキレオの魔力発動と共に、床に魔方陣が広がり、その中心から金属がうねうねと波打って盛り上がり、徐々に人の姿になっていく。
更にアキレオはその上に魔法を重ねがけすると、鈍い金属色だった人型は肌色になり、長い髪はプラチナブロンドに、まるで生きているかのような瞳は翡翠色に染まっていった。
「すごい、素晴らしいよ。君の魔法は、いつ見てもほれぼれするね」
「ケイン、ポーズはどうするんだ?」
集中したままぞんざいな口調でアキレオが聞いてくる。もはや呼び捨てだ。いつもの事だが。
まずは女神衣装を着せたいな。
ポーズはそうだな……。
「右手は自然に下に、左手は流れ落ちてくる水を手に受けるように、足はほんの少し前後に、そう、自然な感じで」
アキレオがぶつぶつと呪文を唱えながら、人形を創生していく。
「こんな感じか?」
「ああ!最高だ!あと二体頼む。ポーズは……」
希望を伝えると、アキレオはニヤリと笑ってすぐに製作に取り掛かった。
出来上がった人形は、顔や体形こそ精巧だが、そのほかはどこもかしこつるんとしたすべすべの肌色で、胸の先端や、大事な場所なども、つるんと肌色だ。
あえて言おう。
わざとそうしてもらっているのだ。
あまり生々しく作ってしまうと、まずいのだ。
衣裳を着せてから、写真を撮って、近しい人に見せびらかしているので、側近や近衛にはこの趣味がバレている。なのであくまで着せ替え人形だよ、という事を強調し、決して性的な意味でやっているのではないという事を示すことが大事なのだ。
「三体はきついなー。これさ、ホント疲れるんだよね。すっげえ集中力使う」
アキレオが本気モードを解いて、床に座り込む。
「おかげで素晴らしいフィオナ人形が出来たよ。さあ、私の芸術作品を着せてあげよう!」
まずは一体目。
女神衣装だ。
真っ白なツルツルの生地で作った、下着をつける。
胸をぐるりと一周覆う下着は、胸の谷間にあたる部分に金のリングを装飾して荘厳さを醸しださせている。下もそうだ。前とお尻を覆う布を金のリングに結んである。
その上からひらひらと軽い素材の白い生地のローブを着せた。
ローブと言っても、かなり露出度は高く、足元まであるのにぱっくりと太ももは見え、背中も豪快に開いている。胸の前でクロスさせた布は腰ひもで軽く止められて、ゆるやかな曲線を描いて足元まで流れている。
「すっげえ……。マジ女神」
アキレオがそうつぶやく横で魔導写真機で、あらゆる方向から女神フィオナを撮っていく。後で沢山転写しよう。保存用と持ち歩き用。それから見せびらかし用……、っとこれは見せちゃいけないのか。我ながら最高傑作だと思うのだが、人に見せられないというのは残念だ。
「よし、じゃあ次は魅惑の悪魔衣装だ」
アキレオに作ってもらった二体目のフィオナに、真っ黒なレース調の衣装を持って近づく。思わず口元に笑みが浮かんでしまった。
「ちょっ、やっぱ、俺まずい気がしてきた!女神はともかく、悪魔とウサギはヤバいって!俺、フィオナちゃんの事まともに見れなくなりそーだし!」
「今更何をいっているんだい?確かにポーズを指定したのは私だけど、こんな風に、艶めかしく腰を上向かせたのは君だろう?それは君も見たいと言っているという事なんだよ」
ここまできて怖気づかれても困るのだ。
手早く悪魔衣装をフィオナ人形に着せていく。
最高だ。
身体のラインを強調するかのようにぴったりとした黒いレースがあしらわれた露出の高い上半身に、レースがふわっと広がったミニスカート。黒のガーターベルトで止められた黒いレースのストッキングが艶めかしい。
そんなフィオナが、四つん這いのような格好で片手を口元に向け親指を軽く噛んで、上目づかいで斜め後ろを見ている。
すごい!なんて破壊力だ。清楚な彼女だからこそのアンバランスさに、目が奪われる。
「素晴らしい!我ながら何という芸術作品を生み出してしまったのだろう。そうは思わないかい?」
写真を撮りながら振り向くと、口を覆う様に手を当てて顔を赤らめているアキレオがいた。
「ユアラ一筋じゃなかったのか?」
「いや、そうなんだけど……、フィオナちゃんがこんな格好してるとか、ちょっとヤバい。これシキにバレたら世界は滅亡するかも。いや、むしろこの服をシキにプレゼントするべきか!?」
「いや、あげないよ。私のコレクションだから」
ひと通り写真を撮って最後の一体へと向かう。
これもかなりの自信作だ。
生地は少ないが、かなり作るのに難航したこの逸品!
うさちゃん衣装だ。
真っ白なファーでできた、もはや下着かというような、胸だけを隠すトップ。
綺麗なお腹は見せびらかすように出して、これまた真っ白なファーでできた、ギリギリまで短くしたショートパンツ。もちろんお尻の上の方には、ファーで作ったふわもこの丸い尻尾がついてある。
頭には長いうさ耳カチューシャをつけ、首にピンクのリボン。太ももまである柔らかい薄手のソックスは白とピンクのしましま模様。両手には肉球つきもこもこ手袋。
そんな衣装を着たフィオナは、正座からふくらはぎを外側にむけ、ぺたんとお尻を床につけて座り込むような格好で、両手はその太ももの間に着くようにおかれている。自然腕に押され、程良い胸が寄せられるようになりくっきりと谷間を作るそれは、ファンシーで可愛らしい衣装に相反して、たまらなく魅惑的である。
「今回はどれも甲乙つけがたいな。アキ、どれが一番だと思う?」
「いやもう俺、罪悪感に押しつぶされそうなんだけど」
「質問の答えになってないな。アキはどれが一番だと思った?」
「悪魔……、いや、ウサギか?しかし一番しっくりくるのは女神だし……」
「なんだ、はっきりしないな。じゃあそれぞれ一枚ずつやろう」
それぞれの写真をアキレオに渡そうとすると、全力で拒否された。
「おっ前、ふざけんなよ!こんなのユアラやシキに見つかったら、俺人生破滅だかんな!」
「いらないのか?何ならシキの分ももっていくかい?」
「シキにバレたら、お前ホントに殺されるからな!いいか!これ絶対に誰にも見せるなよ!」
「分かったよ。君もしつこいな」
「もし誰かに見せたら速攻で人形壊しに来るからな!」
「分かった、分かった」
なんとかなだめてアキレオを帰らせると、一人衣裳部屋で今日のフィオナ人形の出来栄えに、我ながらうっとりする。
それにしてもこんなに素晴らしい芸術作品を自分一人だけで堪能するのは、やはり勿体ないと思う。
誰かに見せびらかしたくて、うずうずが止められない。
けどアキレオには見せるなと言われてしまったし。
そうだ!自分から見せなければいいんだ。
ポケットに写真を入れて持ち歩いて、うっかりオリーブかエマの前で落としてしまって、うっかり彼女がそれを拾ってしまったのなら、不可抗力だろう。うっかり大作戦だ。
きっと彼女達がその写真を拾ったら、近衛中に見せてまわるはずだ。
翌日にはきっと近衛中の目に自分の作品が広まるだろう。
「なにこれ、無駄に精巧に作ってあってマジキモイ!」
「この子にこんな卑猥な服着せるとか、ホント変態。死ねばいいのに」
「うさ耳とか似合いすぎてて、これ作ろうと考えた時点で引くわー」
きっと女子からはこんな風に罵られるのは分かっている。
慣れている。何とでも言えばいい。
でもいいのだ。
だってこれは芸術なのだから。
絶対にこのフィオナ人形を見て心の中で感動している奴もいるはずだ。
表立って言えないだけで。
ああ、楽しみだな。
やはり芸術とは世に広めてこその芸術なのだ。