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我慢しないで

 その日の夜、寝る前に寝室でコロラ王国へ行くための準備をしていると、シキが部屋に入ってきた。


 「まだ起きてたの?」

 「はい、準備してました。とは言っても簡単な着替えとから身の回りのものだけなので、すぐに終わりますけど」

 「そっか」


 シキはそうつぶやくと、ベッドに腰掛けた。


 「今日はもう、お仕事いいんですか?」

 「うん、急ぎの依頼はないし、避妊薬もどうせ間に合わないし、だったらフィオナと出来るだけ一緒にいたい」

 

 その言葉にきゅっと胸が締め付けられる。カバンに荷物を入れ終わると、ベッドに駆け寄ってシキに飛びついた。


 「わっ!?」


 飛びつかれたシキがバランスを崩してベッドに倒れ込む。

 その上に覆い被さって、胸に顔をすりすりとこすりつけ、すんすんと匂いをかぐ。


 「いい匂い」

 「さっきお風呂入ったからかな」

 「そうじゃなくてシキの匂い」


 身体に腕を回して、ぎゅうと抱きついてもう一度匂いをかぐと、されるままになっていたシキにベッドに引きずりこまれ、灯りを消された。


 組み敷かれて、手を顔の横で絡めとられる。

 ゆっくりと唇を塞がれ、それが深くなり何度も何度も唇が合わせられた。

 気持ちよさにぼおっとしてきた頃、唇を離されて、大きなため息と共に、上に乗っていたシキの身体が横に退けていった。


 「シキ?」

 「だめだ。これ以上したら止まらなくなる。フィオナ、もう寝よう」


 そう言って、寝やすいように位置をずらされて優しく抱きしめられた。

 急に身体に乗っていた心地よい重みがなくなって、せつなくてたまらない。

 

 ぐっと身体をシキに密着させると、胸元にぐりぐりと再び顔を擦り付ける。


 「くすぐったいよ」

 

 少しだけ身をよじるシキに、更に抱きついて擦り寄る。


 「くすぐったいだけですか?」

 「何?フィオナ、どうしたの?」

 「……」


 答えられず、しつこくすりすりしてると、腕を掴まれて、再び組み敷かれる。


 「もうそれ以上しないで。襲いたくなる」

 「そうなるように、わざとしてるんです」

 「意地悪だな。我慢するの結構本気で辛いんだけど」

 「じゃあ我慢しないで下さい。ちゃんと覚悟してきましたから」

 「え……?」


 シキがぴしりと固まった。


 「また半月会えなくなっちゃんですよ?だから、私もちゃんとシキのものになりたいです」

 「ちょ、ちょっと待って!だめ、それ以上言わないで。本当に抑えきかなくなるから。フィオナだって分かってるでしょ?避妊薬ないんだってば」

 「ベッドサイドの棚の引き出しを開けてみて下さい」


 シキは、ベッドサイドの灯りを部屋がぼんやりと明るくなる程度の光量で付けて、引き出しを開ける。


 「……これ」

 「今日パティさんに一瓶譲って貰ってきました」


 リヒトに話を聞きに行った帰りに、パティの所に寄って、事情を話して貰って来たのだ。

 パティにそんな話をするのは恥ずかしいし、後々からかわれそうでかなり悩んだが、半月もシキを待たせなくなかったのだ。

 パティは意外なほどあっさりと薬を譲ってくれて、からかいもせず送り出した。

 なんだかんだいって、あの人は肝心な時はちゃんと真剣に話を聞いてくれるのだから、本当にずるい。


 シキは薬の瓶を手に、見つめてくる。


 「抱いていいの?」


 黙ってうなずくと、シキは瓶の蓋を開けて口に含み、唇を塞いできた。

 とろりとした甘い味が口の中に広がってゆく。こくりと飲む込むと、そのままキスを深くされ、ぐっとのしかかられた。


 重みを全身に受け、そっと目をとじるとフィオナはシキに身を委ねた。



 翌朝目を覚ましたフィオナはひどく喉が渇いていた。

 水が飲みたい。そう思って起き上がり、うっと呻いてしまった。


 全身がひどくだるく、腰が痛くて立ち上がれそうもない。

 初めてだというのに、明け方近くまでシキに何度も抱かれていたせいだ。

 

 パティが体力回復ポーションが欲しいと言っていたのをしみじみ思い出す。

 なるほど、これは必要だ。

 だって仕事に行ける気が全くしないのだから。


 とりあえずなんとか、水とポーションを。


 いつの間にか隣で眠っていたはずのシキはそこに居なくて、時計の針は既に九時を指している。


 痛む腰をさすりながら裸のまま上半身だけ起こして、這いつくばるようにベッドから出ようとすると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。


 ガチャリと扉が開いて、すっかり身支度を整えたシキが入ってくる。


 思わず毛布を引き寄せて身体を隠す。


 「フィオナおはよう、起きてたんだね」

 「シキ……、おはようございます」

 「身体平気?」

 「全然平気じゃないです。あちこち痛いし、立てないしっ」

 「ごめん、フィオナ初めてだったのに無理させた」


 ごめんと言っている割には、まるで悪びれてない顔でふわりと微笑む。

 ずるいな。その顔に弱いのに。


 「シキ、このままじゃ仕事出来そうもないので、ポーション貰えませんか?」

 「そうだと思って持ってきた。あ、でも今日は僕もフィオナも仕事休んで良いって。ルティには許可貰ってきたから」


 そう言ってシキはポーションを口に含み、抱き寄せて唇を塞ぐ。


 「え、待って、お休みって、んっ」

 「ほら、いいから飲んで」


 いつも通り三回に分けてポーションを飲まされると、そのまま唇を塞がれて、押し倒された。

 優しく労わるように、何度もキスを落とされ、大きな手で撫でられる。

 しばらくそうしていただろうか。

 

 「どう?ポーション効いてきた?」


 シキに尋ねられ、そういえば身体のだるさが消えて、腰の痛みも引いてきているのに気づく。


 「はい、だいぶいいです」

 「そう、じゃあ、もう一回しようか」

 「え!?」


 そのままのしかかられて、毛布をはぎ取られる。


 「やっ!待って!こんな明るいのに!」

 「だからだよ」


 結局そのままなし崩しに襲われ、ベッドから出られたのは昼過ぎだった。


 ポーション飲んだ意味がないじゃないか。

 けど、幸せだからいいかと、シキに見られないようにこっそりにへらっと笑った。



 「シキ、ルティ、それじゃあ行ってきますね」

 「ああ、気を付けて行ってくるんだよ」

 

 ルティアナはぐしゃっと髪をかきまぜると、邪魔者は消えるよと言って、研究室へ入って行ってしまった。


 「フィオナ、これかけていって」


 シキが金属の笛を首にかけてくる。


 「これ……」

 「ルティにきいたよ。君、遠征中にワイバーン五匹に一人で囮になったんだってね。これで助かったって」


 しっかりシキにまでその話が伝わっていて、首をすくめた。

 

 「あ、あれは、その、仕方なくというか、作戦というか」

 「次そんな事したら許さないから。僕はもう君がいなくなったら生きていけないからね。その笛はお守りだと思って持っていって」


 苦しそうな顔に、胸が詰まる。


 「もうしません」


 少しでも安心して欲しくて、そう言って笑顔を作る。

 それでもやはり心配そうにシキはポーションの入ったポーチを手渡してきた。


 「あとこれも。式典の間、ポーチは持っていけないだろうけど、必ずポーションをポケットでもなんでもいいから身につけていて」

 「心配しすぎですよ」

 「お願い。約束して」

 「分かりました。必ず持っておきます」


 ぐっと引き寄せられ、深くキスをされる。そのまま強く抱きしめられた。


 「ワイバーンの件だけど、帰ってきたらちゃんとお仕置きするから覚悟しておいてね」


 ルティに散々説教された事を思い出ぶるりと身震いをしてしまった。

 腕の中で体がこわばったのに気づいたのか、シキはくすりと笑った。


 「お仕置きを軽くしてほしかったらフィオナからキスして」

 「え!?」


 微笑みながらじっと見つめてくるシキに、ぶわっと顔が熱くなる。昨晩キス以上の事を散々したのに、なんだかものすごく恥ずかしい。


 視線をそらさずじっと待っているシキに、思い切って自分から飛びつくように軽いキスをすると、扉に向かって駆けだした。


 「シキ!行ってきます」

 「うん、気をつけて」


 振り向いて火照る顔でそれでも笑って叫ぶと、シキは大好きな笑顔で微笑んで送り出してくれた。



 荷物を持って警備部へ行くと、リヒトはすでに準備万端で待っていた。


 「さて、では行きましょう。正門前でセオ隊長も待っているはずですよ」

 「はいっ!」


 正門につくと、セオ隊長ほか、同行する騎士が魔導馬車の横にずらりと並んでいた。


 「セオ隊長!」


 声をかけて近寄ると、凶悪な顔の口元をくいっと持ち上げ手を振ってくる。どうやら微笑んでくれているようだ。こわい。


 「フィオナ君、道中よろしく頼むよ」

 「こちらこそよろしくお願いします!」

 「まもなくケイン王子が来るはずだ。魔導馬車にはケイン王子とその護衛が乗る。騎士は騎馬で同行。君とリヒト副隊長は箒で頼む」

 「分かりました」

 「お、来たぞ。あれがケイン王子だ」


 フィオナが面識がないと思ってか、セオ隊長が丁寧に説明してくる。わざわざ言わなくてもいいかと考えて、横でうなずいた。


 ケイン王子は、三人の護衛を引き連れてこちらに向かって歩いてきた。

 何やら護衛と言い合っているようで、会話が途切れ途切れ聞こえてくる。


 「君たちなんで、……こなかった……」

 「冗談じゃ……、あんなの……、……マシだわ!」

 「……はともかく、……に……とかふざけてんだろ」

 「あら、シグマは意外と……だと思うわよ」

 

 何やら揉めているようで、徐々に会話がはっきり聞こえてくる。


 「そもそも私、ケイン王子とまる一日一緒にいると、蕁麻疹でるんだけど」

 「いいじゃん、別に。治療魔法得意でしょ?それを言うなら、私ケイン王子の護衛するなら近衛辞めるってボスに言ったのに辞めさせて貰えないし」

 「お前らいい加減にしろ。ジャンケンで負けたんだから諦めろ。俺なんてこれでケイン王子の護衛三回連続なんだぞ。地獄だ」

 「君たちもうちょっと言葉を選ぼうよ。一応私王子だからね」

 「うるさい、ボウフラ王子」

 「黙れこの変態」

 「俺、帰ったら転属願いだすわ」


 護衛の女子二名と男性一名にぼろくそに言われながら、ケイン王子がやって来て爽やかな笑みを浮かべる。


 「やあ、皆さんご苦労様」


 まるで何事もなかったかのように、皆に挨拶をするケイン王子は相当な精神力を持っているのだろう。

 

 それにしても、今の会話はなんだったのだ。

 護衛に思い切りけなされていた気がしたのだが。

 ぎぃっと首をリヒトの方に向けると、特に問題なさそうにのほほんとしている。

 反対側にぎぃっと顔を向けてセオ隊長を見ると、物凄く怖い顔をしているが、それは通常のセオ隊長の顔である。


 つまりこれが普通という事のようだ。


 「やあ、フィオナさん。お久しぶりだね。元気にしてた?」

 「あ、はい!お久しぶりです」

 

 ケインに話し掛けられて、慌てて背筋を伸ばして挨拶をすると、肩までのゆるいウェーブの金髪の女性が間に入ってフィオナを見る。


 「あなた、フィオナ・マーメル!」

 「は、はいっ!」

 「だめよ。この王子と話すと貴方が穢れるわ。近づいちゃだめよ」


 呆気に取られていると、癖のある青銀の髪を後ろで束ねた女性が横にきて更に言い募る。


 「そうよ。あなたケイン王子に目を付けられているんだから、話しかけられても無視しなさい。側近になれとか言われても絶対になっちゃ駄目よ」


 王子に話しかけられて無視できる訳がないだろうに。

 だが護衛の女性二人は真剣だ。


 「あの、私はシキの専属補佐官なので、側近はないかと……」

 「あらっ、そうなの?え?なに?シキの専属補佐官?それはそれで凄いわね」

 「逆に見込みありそう。あなた専属補佐官の任期が終わったら近衛に来ない?そうしたら私が辞められるし」


 この人達にとってシキって一体何なんだろうか……。


 「こら、エマにオリーブ。彼女が困っているだろう?そろそろ出発しないと。そこの変態を連れてさっさと馬車に乗れ」

 

 そう言ったのは頭に黒のバンダナを巻いた、背の高い男性だ。金髪の女性がエマで青銀の髪の女性がオリーブのようだ。そしてこのバンダナの男性はシグマというらしい。


 「えー!嫌よ!あんな狭い空間で同じ空気吸いたくないわ!」

 「私もよ!馬車内の護衛はシグマがやりなさいよ!」

 「俺も嫌だ」

 「じゃあ、ジャンケンね!」


 ケイン王子の護衛三人はその場でジャンケンを始める。ものすごく真剣に。


 「あはは、三人とも一緒に乗ればいいじゃないか」


 爽やかに笑ってたしなめるケイン王子に、それぞれが罵倒の言葉を浴びせる。


 「黙れ」

 「塵と化せ」

 「消えろ」


 何だろう。

 出発前から不安しかないんですけど。


 頬を引きつらせて、その様子を見ていると、エマという女性が負けたのか、ポケットからマスクを取り出して口を覆う。


 「私が窒息する前に誰か代わってよ!」


 ケイン王子と共に嫌々馬車に乗り込むエマがそう言い捨てた。


 ぐるりと周りを見渡すと、皆何も言わず何事もないような顔で王子が馬車に乗り込むのを見ている。


 これ、普通なの?

 あの人この国の王子だよね?


 フィオナだけがおろおろと一人状況についていけなかった。

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