怒っていいんだよ?
今回はシキ視点です。
更新遅くなりすみませんm(_ _;)m
昨晩はまったく酷い目にあった。
手にしたウメ酒の瓶を眺めながら、シキは顔をしかめた。
瓶の中身はもうあと三分の一しかない。
上質なウメはなかなか手に入らないのに。
それにしても……、とシキは昨晩の事を思い出してため息をつく。
昨日は絶対にフィオナを抱こうと思ってたのに、パティが薬を買い占めたせいでお預けになってしまったのだ。
今まで一緒のベッドで眠っている間、どれだけ我慢したと思っているのか。
自分でも今までよく手を出さなかったと、誉めてやりたいくらいなものだ。
それなのに。
日頃の行いが悪いのかと、信じてもいない神を本気で呪いたくなった。
ルティアナに釘を刺された以上、薬がない事には仕方ないとやむなく諦めたのだが、その後が地獄だった。
散々ルティアナに酒を飲まされたフィオナは例の如く酷く酔っ払った。
いつもみたいにコテンと寝てしまえば良いのに、何故か昨日に限ってなかなか眠らずに、酔って絡んで来るのだ。
最後には、膝の上に乗ったまま潤んだ目で見上げてきて、『シキ、お酒飲ませて』とねだられた。
あの時のルティアナの爆笑ぶりは、思い出すとめちゃくちゃ腹が立つ。
こっちはなんとか耐えしのんでいるというのに、ルティアナにとっては、最高の酒の肴のようだ。
へろへろになったフィオナを抱いて管理棟に戻ってからは更に酷いものだった。
熱いと言って服を脱ぎだし、下着姿で、『シキ好き』と言いながら抱きついて、キスしようとしてくる。
抱けないと分かっててわざとやってるんじゃないかというくらい、酷い煽り方をしてくるのだ。
この前は素肌をさわっただけで、まだ怖いと言って嫌がったのに、昨晩は身体を撫でたら、気持ちよさそうな、とろんとした顔で見つめられ、『私もさわりたい』と服の中に手を入れられて脇腹や背中を撫でまくられた。
もう本当に理性が飛びそうになった。
それでもどうにか抱かなかったのは、ルティアナの言葉が効いていたからだ。
とにかく自分の中の忍耐と理性を総動員して朝までなんとか持ちこたえたのだった。
もちろん朝起きたフィオナは何も覚えておらず、あっけらかんとしていた。
やるせない。
ちょっとした仕返し兼虫よけに、配達に行く前のフィオナの首筋に、思い切りキスマークをつけてやった。
返ってきたら、多分怒るんだろうな。
でもフィオナはもう自分のものだと、周りに知らしめるには丁度良い。
兎にも角にも、早急に避妊薬を作らなければならない。今日からは出来上がるまで徹夜しよう。
まずは素材集めだ。
大体素材からして、面倒なものばかりなのだ。特区の中でも奥のエリアのものばかりで、種類も多い。
フィオナが配達に行っている間に、出来るだけ揃えないと。
今日は魔植物や猛獣に優しくしてやれそうもないな、と箒に飛び乗ると、特区に向けてぐんとスピードを上げた。
☆
結局素材集めは午後の時間だけでは終わらなかった。間もなく日が暮れようとしている。
フィオナは帰りが遅くなるかもしれないと言っていたが、流石にそろそろ戻っている頃だろう。
本当ならこのまま素材集めを続けたかったが、フィオナがキスマークの件で怒って帰ってくると思うと、帰らないわけにはいかなかった。
早いうちにちゃんと怒られて許して貰った方がいい。ここで帰らなければ、更に怒らせてしまうだろう。
そう思い管理棟の扉を開け薬剤室に入ると、二階から何やら良い匂いが漂ってきた。
フィオナが料理を作っているのだろうかと、首を捻り二階へ上がると、やはり明かりがついていて、キッチンから料理をする音が聞こえてくる。
背を向けて鍋をかき回しているフィオナが見えた。いつもは一つにまとめている髪をほどいて、綺麗なプラチナブロンドを後ろに流している。
「フィオナ、お帰り」
声をかけると、ぱっと髪を揺らしてフィオナが振り返った。
びっくりした。
いつもと違う雰囲気に心臓がどくんと音を立てる。
髪をおろしている所は何度も見ているが、それは夜中ベッドの中だったり、寝起きで若干寝癖がついていたりで、こんな風に寝間着じゃない格好で、綺麗に髪を降ろしている所を見たのは、何ヶ月ぶりだろうか。
いつもの明るく元気な印象から、急に大人っぽく見えてしまい、変に焦ってしまう。
「シキもお帰りなさい」
声がいつもより大人しい。
それがまた変に女らしさを際立てる。
まさか、髪をおろして配達して来たのかと、急に不安になった。
慌てて駆け寄りぎゅうっと抱きしめた。
「シキっ、コンロついてて危ないからっ!」
だったら消せばいい。
素早くコンロのスイッチを消して、さらさらの髪に手を差し込み、上向かせる。
「髪なんでおろしてるの?」
「な、なんでってっ!」
じわっとフィオナの目が潤んだ。
「まさかおろして配達してきたの?」
「だって、シキが、首にっ!」
そこでようやくキスマークを隠すために髪をおろしているのだと気づいた。
「あ……、そうかっ。それでか」
間抜けな事に、フィオナが髪をおろしてしまう事を全く考えてなかった自分に呆れてしまう。
フィオナは顔を赤くし、目に涙をためながら恨みがましく言った。
「シキ、酷いです……。私、気が付かないまま、全部署回って来ちゃったじゃないですかっ。ユアラさんが髪おろしてくれなかったら、帰りもきっといろんな人に見られてたっ」
と言う事は髪をおろしているこの姿を見た人間は、帰り通路ですれ違った僅かな人数と言う事だ。
よかった。
わなわなと唇を震わせるフィオナの、そんな顔すら可愛くて仕方ないと思ってしまうのだが、それを言ったらもっと怒るんだろうな。
だから、出来るだけ殊勝な面持ちで尋ねた。
「ごめん怒ってるよね」
じっと見つめると、フィオナははっとしたように目を見開き、うつむいて小さく首を振った。そうしてから、次に顔を上げた時は頑張って笑みを浮かべていた。
「いいです。怒ってませんから……。シキ、ご飯作るからそろそろ離して」
予想外の態度に、思わず手を離してしまうと、フィオナはさっと距離をとって、コンロに火をつけて料理を再開する。一瞬どうしていいのか分からなくなってしまった。
こんな態度を取られるとは思っていなかったのだ。
怒鳴られるか、口も聞いてくれないくらい、拗ねられるかだと思ったのに。
もちろんそうなればこっちにもやりようはある。怒られるのも計算のうちだったのだ。なんだかんだと情に訴えれば、フィオナは絶対に折れると思っていた。
『フィオナが僕のものだってみんなに分からせたかったんだ。この前アルトゥールに君が抱きしめられていた時、どれだけ絶望したと思う?』
きっとこう言ってしまえば、フィオナはくしゃりと顔をくずして、渋々でも許してくれるはずだった。
それなのにまるで怒りもしない。
まるでもういいと諦められてしまったかのような態度に、やりすぎたかとすっと血の気が引いた。
「フィオナ、ごめん、やりすぎた。ちゃんと怒っていいんだよ?我慢しないで」
わずかに振り向いたフィオナの顔はなんだかとても疲れていた。もう、アルトゥールを駆け引きに使おうなど姑息な考えは、頭からすっ飛んでしまっていた。
「本当にもういいですから。シキ、お皿出してくれますか?」
「え、ああ、うん」
あっさりと話を切り上げれてしまい、言われるがまま皿を準備すると、フィオナがそれに料理を並べていく。
「さ、食べましょうか。シキ飲み物はどうしますか?」
「あ、僕が準備するよ」
あくまで普通に接してくるフィオナに、慌ててワインと果実水を準備すると、テーブルに運んだ。
食事中フィオナに話しかけると、ちゃんと返事をしてくれるが、笑顔がどことなく疲れている。
これは一体どういう事なのだろうか。
呆れすぎて怒る気力もないとか?
それとも子供じみた嫌がらせに、自分の事が嫌いになったとか?
急に不安が押し寄せてきて、頭の中がぐるぐるし始める。
食事を終えると、シャワーを浴びてさっさと三階の寝室に上がって行ってしまったフィオナに、不安が一層膨れ上がりソファに身を沈めた。
どうしたらいい?
このままこんな態度を取られ続けるのは耐えられない。
しばらく悶々としながらソファで頭を抱え、今日は徹夜で薬をつくるつもりだったのを、あっさりと諦めた。嫌われてしまっては元も子もないのだ。
シャワーを浴びて着替えると、三階のフィオナのベッドへとまっすぐ向かう。
扉を開けると、すでに部屋の明かりが消えていた。ベッドに近づくと、フィオナはすうすうと寝息を立てて眠っている。
横にもぐりこんで、いつもの様に抱きしめると、起きてしまったのか、もぞもぞと動いて、腕を回してきた。
フィオナから腕を回してきたことで、少し心が軽くなった。
額に唇を軽く付けてみる。
「フィオナ、ごめんね」
「シキ……」
寝ぼけた声でフィオナはうっすらと目を開けた。
「もうしないから。約束する。だから許して」
前髪をそっと指先で撫でる。
「あれ……、今日、夜、仕事するって……」
「うん、薬作ろうと思ってたけど、今日はやめた」
「いいの……?」
「うん。フィオナ、本当にごめん。あんな顔させるつもりじゃなかったんだ。そりゃ、怒らせちゃうかなっては思ってやったんだけど、悲しませるつもりはなかった。許して。もう、本当にしないから」
ぎゅっと抱きしめながら、そう伝えると、フィオナがふっと笑った気配がした。
「ユアラさんが言った通りだった」
「え?」
「男の人は、怒られる事をしたのに、逆に怒られないと、意外と反省するって」
ぴしりと固まった。
「え……、何、じゃあわざと怒らなかったの?」
「それもあるけど、でも、私本当に怒ってないんですよ。気づいた時は死ぬほど恥ずかしかったけど、私がシキを不安にさせたからなんでしょ?」
そう言ってぎゅうっと抱きつきながら、「シキ、ごめんなさい」とつぶやく。
「最初にキスマークの事気づいた時は、すごく頭にきて、帰ったら怒ってやろうと思ってたんだけど、ユアラさんが、きっとシキは私を他の人に取られたくなくてしたんだろうって言ってて、それを聞いたら、なんだかちょっと嬉しくなっちゃって……」
ずるい。
そんな事を言うなんて。
「じゃあ、なんであんな顔してたの?」
「私変な顔してました?」
「悲しそうな疲れたような顔してた」
「疲れてたんです、本当に。怒ってはないけど、あんな恥ずかしい思いをさせられたら、流石にぐったりするくらいは疲れます」
「本当に?呆れてたとかじゃなくて?」
「本当に。でもユアラさんの言ったとおりだった」
まんまと思惑に嵌められて悔しかったけど、ほっとしてしまって、思わず大きなため息が出る。
もう本当にこんな小さな女の子に翻弄されまくっている。
抱きしめていた腕を緩め、こちらを向かせてキスをする。
すぐにそれを受け入れて、腕を回してくるフィオナに、更に唇を深くした。
ああ、もう今すぐ抱いてしまいたい。
「ねえ、フィオナ。やっぱり薬作りに戻ってもいい?」
「え……?行っちゃうの?」
あきらかに悲し気な声を出して、抱きついてくるフィオナにあっさり白旗を上げる。
「行かない。ここにいる」
「うん。シキ、好き」
そう言ってすりすりと顔を胸にすりつけてくるので、また今晩も理性と忍耐力を総動員しなければいけなくなったのだった。