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虫よけ

 「こんにちはー」


 ノックして医療室に入ると、中から王宮騎士杯で知り合った男性が顔をのぞかせた。


 「ああ、フィオナさん。こんにちは。遠征行ってたんですよね?聞きましたよ。なんでも破壊王の名の如く……」

 「ちょっと、ちょーっと、待って!何それ!?どこからその呼び名が!?」

 「え?この前リヒト副隊長が来て、パティ副室長と話していたんですよ。その時話していたのをたまたま聞いたんです。いやあ、物凄い活躍だったそうじゃないですか!」

 「今パティさんと話してたって言いました!?」

 「はい、あれ?あー、その首、目立ちますよー」


 さっきロアルが言っていた襟の汚れのことだろう。ニヤニヤと笑われてしまう。


 「やっぱりですか?まあ、今日は仕方ないです」

 「そうなんですか?いやあ、フィオナさん意外と大胆だったんですね」

 「それより、パティさんいますか?」

 「ああ、居ますよ?呼んで来ましょうか?」

 「はい!ちゃんと口止めしないと、また噂になっちゃうんで!」

 「え……?それなら今、会わない方が……」

 「パティさん呼んで下さいっ!」

 「あっ、はいはい、ちょっと待ってて下さいね」


 男性はパタパタと奥へと入っていく。

 しばらくすると、パティがひょこっと顔を出した。


 「パティさん!ちょっと!また変な噂流さないで下さいね!」

 「なんだい、なんだい唐突に。落ち着きたまえよ。一体なんの話しだい?」

 「リヒト副室長が言ったことですよ」

 「ああ、破壊王の事?」

 「そうですっ!そんな不名誉なあだ名付けられたら、もう泣きますよ!?」

 

 パティはいやにじろじろとフィオナを見てから、肩にぽんと手をのせる。


 「まあまあ、入り口ではなんだし、ちょっと奥の部屋で話そうか」

 「え?」

 「さ、フィオナたんこっちだよ」


 何故か空いている診療室に連れ込まれて、座らされた。


 「どうしたんですか?急に」

 「フィオナたん、単刀直入に聞こう!シキ君は、ちゃんと避妊薬を使ってくれたかい?」

 「は!?」


 いきなりとんでもない事を尋ねてられて、一瞬ポカンとしてしまった。

 だがすぐに意味を理解してカッと顔が熱くなる。


 「もしかして、避妊薬使って貰えなかったのかい?まったく、シキ君、自分勝手だなあ」

 「ちょっと、待って!パティさん!私達そういう事してませんから!」

 「え?そうなの?いや、別に隠さなくてもいーよ?さすがの私もそんな事は言いふらさないから」

 「本当に本当ですっ!」

 「え……、本当に?」

 「はい!本当ですっ!」

 「あれ?付き合い始めたんじゃないのかい?」

 「な、なんで分かるんですか!?」

 「そりゃ一目瞭然じゃないか」

 「わ、私、そんな、分かりやすい顔してますか!?」


 パティに言い当てられて、途端に不安になる。そんな浮かれたような顔をしているだろうか?


 「あれ、もしかして、気づいてないのか……。ああ、なるほど。シキ君、意地悪だなあ。ま、元々か」

 「はい?」

 「いや、こっちの話。それより、付き合い始めたなら、シキ君の事だから、速攻で手を出すと思ったんだけど、意外と忍耐強いんだね。いや、びっくり!」

 「や、あの、それは……。むしろパティさんのおかげというか何というか……」

 「ん?どういう事?」

 「パティさんが少し前に、そのお薬買い占めてくれたので」

 「だから心配したんだよ。シキ君なら、ないならないで、構わないって言って手出しそうだから」

 「ルティに釘をさされたんです。二年はその……、出来ないようにしろって」


 はっきり言うのが恥ずかしくて、ごにょごにょと小さく答える。


 「なるほどね、納得。それでシキ君は出したくても手を出せないわけか!ははは!ちょっといい気味だねえ!」

 「パティさんっ!もう、シキが可哀想だからやめてくださいっ!」

 「おや、フィオナたんも待ちきれないのかい?」

 「違いますっ!私は、その、シキには申し訳ないけど、ちょっとほっとしてて……。あの、パティさん、五日後にまたあの薬買い占めに来てくれませんか!?私、まだ、そういう事するの、怖いというか、不安というか……」


 うつむきながら、シキに悪いと思いつつもパティに頼んでみると、思いがけず優しい声が返ってきた。


 「フィオナたん。大丈夫だよ。シキ君は、多分優しくしてくれるさ。あんまり待たせるものじゃないよ?女には分からないけど、男にとっては好きな女を抱けないのは、なかなか辛いものらしいからね」

 「そうなんですか……?」   

 「そうさ。シオン君なんて、三日しないと、超不機嫌になる!」


 あのシオンがそんな事で不機嫌になるのが想像つかない。


 「それに、シキ君の事だ。私がたとえ買い占めに行った所で、絶対に自分の分は別に隠して置くはずだよ。だから、フィオナたんも諦めて、さっさとシキ君に食われる事だね」


 確かにシキはそういう事は用意周到にしていそうだ。


 「それに、好きな人にそういう事してもらうとは、何気にとても気持ちいいし、幸せだよ?」

 「そうなんですか?」

 「そうさ!それにあんまり待たせ過ぎると、いざその時に反動でシキ君暴走するかもだしね」

 「え!?」

 「あはは!冗談!冗談!まあ、私は、君たちがうまくくっついてくれて嬉しいよ!せいぜい頑張りたまえ!」


 パティはそう言うとケラケラと笑って出て行ってしまった。



 その後薬剤室に行くと、いやに首元をじろじろと見られ、やはり相当汚れているのだなと、さすがに気になった。汚れた襟で魔導士長の所に納品に行くのが気が引けたので、先に開発室に寄って、ユアラの部屋で服の汚れを落とさせてもらおうと、通路を進んで行く。


 その間も、すれ違った人達が時折首元をじっと凝視して、慌てて視線を逸らせていくので、少し急ぎ足で開発室へと駆けこんだのだった。


 「こんにちは!ユアラさんいますか!?」


 ノックと同時に開発室に駆けこむと、思い切りバンと開いた扉に、全員が驚いた顔で視線を向けてくる。


 「あ、すみません……」


 思いがけず扉が大きな音を立ててしまって、恐縮する。


 「フィオナちゃん、どうしたの?すごい勢いで」

 「アキ室長、ちょっとユアラさんの部屋で服の汚れを落とさせてもらえませんか?なんか襟が汚れているみたいで」

 「ん?どれ?見せて……。わああ!すげえ」

 「やっぱり?みんなにじろじろ見られちゃって。どこで汚しちゃったんだろう……」

 「いやいやいや、そうじゃないから。まったくシキの奴、やることが大人げないよなー。ちょっとこっち来て」


 シキが大人げない?

 訳が分からないまま、アキレオに引っ張られて、ユアラの研究室に連れて行かれる。


 「ユアラー、入るよー」

 「なあに、アキ。今ちょっと解析してて……」


 そう言って気だるげに髪をかきあげたユアラは、とてつもなく色っぽい。


 「あら!フィオナ!いらっしゃい!」

 「お仕事中にすみません。ちょっとだけお部屋貸してもらえますか?」

 「何?どうしたの?」

 「ユアラ、見てよこれ!」


 アキレオがフィオナの首を指さして、にやにや笑う。


 「や、ちょっと!なに!フィオナ、その格好で来たの!?」

 「来る時は気づかなかったです。どこで襟汚しちゃったんだろう。ちょっと脱いで汚れ落とさせてもらってもいいですか?」

 「はあ!?何言ってんのよ!襟なんて汚れてないわよ?私が言ってるのは、その首についたキスマークよ!」

 「え……」


 首に何がついているって?

 キスマーク?

 茫然と突っ立っていると、アキレオが鏡を手渡してきた。

 首の目立つ場所に、真っ赤な虫刺されのようなあとがついていた。


 「こ、これ……!?」

 「シキがわざと付けたんだろうね。昨日の夜シキに首を吸われなかった?」


 思い出してかあっと顔が熱くなる。

 やられた!配達前に、確かに、ちりっと痛みを感じるくらい思い切り吸い付かれた。

 あまりの恥ずかしさに、鏡で首筋を見ながら、わなわなと震えてると、ユアラが苦笑しながら笑った。


 「その様子だとシキとうまくいったみたね」

 「ま、俺は付き合うのは時間の問題だと思ってたけどねー。でもあれだな。遠征から帰ってきた途端、手出すあたり、さすがだな」

 「ち、違う!ちあがっ……」


 焦りすぎて思わず舌を思い切り噛んだ。


 「別にそんな恥ずかしがらなくてもいーじゃん!いやあ、俺としてはやっとシキとくっついてくれて一安心」

 「もう、アキ。フィオナが恥ずかしがるからやめて。ちょっとあっち行ってて」

 「へいへい」


 アキレオが出て行ってしまうと、フィオナはへたりと座り込んでしまった。

 まさか、こんな恥ずかしいキスマークを配達中色んな人に見られたかと思うと、もう顔から火が出そうだった。


 「どうしよう……。私、この格好で全部署配達回って来ちゃいました……。みんなやけにじろじろ見るし、目が合うと視線逸らすし、変だなとは思ったんです……」

 「もう、誰も教えてくれなかったの!?」

 「ロアルさんが、私の首見て、必死に襟で隠そうとしていたのが、今になって理解出来ました……」

 「もう、ロアルったら。どうせならちゃんと言ってあげれば良かったのに。馬鹿ね」


 少し前に振られた相手に、『お前の首にキスマークついてるぞ』なんて言えないだろう。なんとか隠そうとしてくれたロアルさんに申し訳ない。

 よくよく思い出せば、みんな口々に、シキがどうとか、わざとだとか言っていたのはこういう事だったのか。

 改めて自分の鈍さが憎い。


 「シキのバカ。信じられないっ。もう今日は口きいてあげないっ」


 涙目で愚痴ると、ユアラがくすくすと笑った。


 「酷い、ユアラさんまで笑うなんて!」

 「ごめん、ごめん。フィオナ愛されてるなあと思って」

 「どこがですが!とんだ嫌がらせです!私がこういうの恥ずかしがるって知ってるくせに!」

 「それだけフィオナを独り占めしたかったんでしょ?自分のものだって印をつけて、他の男が寄ってこないようにしたかったのね。別にあなたを恥ずかしがらせようとしてした訳じゃないわよ。シキの肩を持つわけじゃないけど、シキはシキであなたを他に取られたくなくて必死なのかもしれないわね?フィオナ、最近他の男に言い寄られたりしたんじゃないの?」

 「え!?」


 すごく思い当たる節があるので、内心たらりと汗を流す。


 「きっと何かシキの中で何か不安だったんじゃない?」


 確かに、昨日飲んでるときに変な事を言って不安にさせかもしれない。

 ちょっぴり反省してしゅんとなってしまう。


 「やだ、心当たりあるの?」

 「はい……」

 「じゃあ、これはその代償として大目に見てあげる事ね」


 つっとキスマークをユアラの細い指でなぞられて、びくりと身体が反応してしまった。


 「まあ、フィオナったらそんな可愛い反応して。ちょっとシキの気持ちが分かる気がしちゃうわ。でもさすがに目立つわね、それ」


 ユアラがフィオナの髪に手を伸ばし、一つに結んでいた髪をほどく。

 長い髪がパサリと肩に落ちて、首を隠した。


 「これでいいわ。もう虫よけ効果は十分しただろうし、髪おろして帰りなさい」

 「ユアラさんありがとうございます」


 ぎゅうっと抱きつくと、よしよしと頭を撫でられた。


 部屋を出る間際、ユアラにそっと耳打ちされた。


 「男はね、怒られる事をしたのに、逆に怒られないと、意外と反省するものなのよ?」


 なるほど。そういうものなのか。

 帰ったら試してみよう。


 開発室をでて、ぐったりとした足で魔導士長室に向かう。

 何故かやたら視線を感じる。

 キスマークはもう見えないはずなのに。

 首を傾げ魔導士長の部屋にノックをして入ると、なぜか目をぱちくりされた。


 「魔導士長、いつものポーションお持ちしました」

 「え、ああ、ありがとう!いや、ちょっとびっくりしちゃった!髪おろしているから。元々美人だとは思ってたけど、がらりと雰囲気が変わるもんだね」

 「はあ……」

 「いや、きれいな髪で羨ましいよ」

 「はい?」


 よく分からない会話をすると、フィオナは魔導士長室をでて、王宮の入口に向かって歩いていた。もうシキの事を怒るつもりはないが、やはり痴態を晒しながら配達をしていたという事実に精神的ダメージが半端ない。


 「おや?フィオナさん?」


 いやにのんびりとした聞きなれた声に、うつむいていた顔を上げると、リヒトがひらひらと手を振っていた。


 「リヒト副隊長!」

 「数日ぶりですねえ。もう疲れはとれましたか?」

 「遠征の疲れは取れましたが、別の疲れが……。あ、そうだ、リヒト副隊長、私の事、破壊王って言って回るのやめてくださいよお」


 眉をへの字に下げて懇願すると、きょとんとした顔をされてしまう。


 「え?なんでです?かっこいいのに」

 「私は嫌なんですっ」

 「そうですかー。分かりました、かっこいいのにな。それより珍しいですね。髪おろしているのはじめて見ましたよ。あーでも、出来たら結んでおいた方がいいですよ?ほら、男達がちらちら見てますからねえ。あなた、ただでさえ美人なんですか、おろしているとシキ君が心配しちゃいますよ?」

 「え!?どういう事ですか?」

 「普段見慣れた髪型から、違う髪型にすると、男というのはドキリとさせられるものなんですよ。あ、言っておきますが私は奥さん一筋なんで」

 「え!?リヒト副隊長ご結婚されてたんですか!?」

 「はい、娘もいます。そのおかけで髪結ぶのも上手いですよ?結んであげましょうか?」

 「え!?いや、いいですっ、あっ!」


 そう言ってリヒトはさっとフィオナの髪を束ねようとして、その首を見て固まった。

 リヒトがぱっと髪から手を離す。


 「これはおろしていた方がいいでしょうね。シキ君虫よけして、逆に虫寄せ付ける結果になりましたねえ。ご愁傷様です」


 そう呟いてリヒトは去っていった。


 もう、いろいろ疲れた。本当に疲れた。

 早く帰って、ご飯を食べて、今日は早く眠ろう。



 久々の配達はこうして散々な結果に終わり、フィオナはぐったりと管理棟へ戻った。

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