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おあずけ

 その夜はルティアナの部屋で宴会となった。

 キッチンで作ったつまみを持ち込み、シキが涙を呑んで床下の更に奥に隠してあった酒を開ける。どうやらその正体はウメという果実のお酒らしい。


 「ああ、ルティ、そんなに飲まないでっ。お願いだから半分は残しておいて」

 「いいだろ別に、どうせもうすぐ今年のアケビ酒ができはじめる頃だろーが」

 「そうだけど、それはアケビ酒より貴重なんだからっ」

 「私はアケビ酒の方が好みだけどね」

 「だったら、アケビ酒できたらすぐ持っていくから、それもう飲まないでよ。ほら、リンゴ酒、こっち飲んで!」


 珍しく慌てふためいているシキがとても可愛い。


 「シキ、私にもお酒下さいー。これすごく美味しい」


 一杯目のウメ酒を飲み終わって、グラスを差し出すと、シキにじっと見つめられた。


 「シキ?」

 

 首を傾げると、シキはグラスを受け取って、一センチほどその貴重なウメ酒を注ぎ、氷を入れて大量の水で割る。さっきはストレートのウメ酒に氷を入れただけだったのに。


 「え!?シキ、なんでそんなに水で割るの!?」

 「フィオナはこれ以上飲んだら酔っちゃうでしょ」

 「まだ大丈夫ですよ。三杯飲んだらベロベロになっちゃいそうだけど、二杯ならそこまでならないですっ!」

 「二杯でも酔って寝ちゃうかもしれないし」

 「少し酔っちゃうかもだけど、寝たりしませんよ」

 「でも酔ってよくわかんなくなってるフィオナを抱くのはなんか気が引けるし。正気の時に抱きたいから、今日はもうだめ」

 「し、シキ!な、何を!?」


 ルティアナの前でなんてこと言うのだ!

 羞恥で一気に顔が熱くなる。あわあわしながらルティアナを見ると、彼女は全く顔色を変えるでもなく、酒を一口飲んでじろりとシキを見る。


 「おい、シキ。別にフィオナとどれだけいちゃつこうが構わないけどね、子供はまだ作るんじゃないよ」


 思わず口にした酒を吹いてしまった。

 むせてけほけほと咳き込んでいると、シキが背中をさすりながら不思議そうに尋ねた。


 「なんで?だめなの?」


 今度はそう聞き返すシキの顔を、凝視してしまった。

 なんなのこの二人!?


 「なんでって、そんなの決まってるだそう。まだ魔植物園の毒素にろくに耐性もないフィオナが、妊娠なんてしたら、仕事させられないじゃないか」

 「普通子供が出来たら仕事って休むものじゃないの?」

 「はん、ここでそんなことが通用すると思ってるのか?妊婦だろうが何だろうが、動けるものには仕事してもらうよ。まあ、もちろん無理がない程度にだけどね。でも今はダメだ。フィオナ自身にまだ色々耐性がついていない状態で身ごもったら、この植物園内に居る事自体が危険だからねえ。そうだねえ、子供は二年後。これは所長命令だよ」


 確かに、ルティアナのいう事はもっともだった。今妊娠なんてして仕事が出来なくなるのは困る。ここは恥ずかしいが、きちんとシキに言っておくべきかもしれない。


 「シキ、私、ちゃんと一人前になるまでは、ここでしっかり仕事したいです……。それに子供って、その、まだ早いというか、そういうのは普通結婚してからじゃないですか?」

 「じゃ、結婚しよう」

 「は!?」

 「シーキーぃ!お前は!そういうのは、こういうところで言うべき事じゃないんだよ!シオンを少しは見習いな!」


 シキははっとした顔になり、慌ててフィオナに向き直る。


 「フィオナ、今の無し!聞かなかった事にして」

 「え……、あ、はい……」


 なんだか色々台無しな気もするが、必死な様子のシキにこくこくとうなずく。


 「ともかくだよ、あと二年はダメだ。いいね!二年もすればフィオナの身体にもだいぶ耐性がつくはずだし、耐性がついた状態で妊娠すれば、その耐性が子供にも遺伝して、生まれながらにして耐性持ちの子どもが生まれる。そうすれば、便利な……コホン、将来優秀なここの跡継ぎが出来るってもんだ。二年経ったら、じゃんじゃん子供を作れ」

 「なるほど、それは一理あるね。耐性持ちの子どもなら僕も安心だし、小さいうちからここで遊ばせられるものね」


 一瞬便利って聞こえた気がする。

 それにしても、この会話は一体どうなんだろうか。

 本人を差し置いて勝手に、将来産む子供の話をするとか、ちょっとおかしいのではないか?

 

 「もう!二人とも、私の子どもの話を勝手に進めないでください!大体そんなのまだまだ先の事で、私とシキが結婚するかも分からないのに!」


 腹立ちまぎれに叫ぶと、シキに思い切り腕を掴まれて引き寄せられた。


 「フィオナ、将来僕以外を選ぶ事も考えてるの?」

 

 急に冷たい声で、じっと見つめられる。


 「か、考えてはいないですけど、シキだって分からないでしょ?私以外を好きになるかもしれないし……」

 「絶対ないから。ああ、もう、きちんと分からせないとだめなのかな?」


 シキがキスしようと顔を寄せてくるので、その口を手で防いだ。


 「シキ!ルティがいるのに!」

 「そうだよシキ、その辺にしておいてやりな」


 ルティアナに言われ、シキは仕方なそうに、顔を離すが、代わりに膝の上に抱きかかえられてしまった。


 「大体フィオナ、お前もだよ。その粘着質な男と付き合うのなら、ちゃんと覚悟を決めな。ちょっとでも迷いがあるなら今すぐ別れた方が賢明だよ。シキがもうお前以外選ぶわけないからね。見てたら分かるだろ」


 シキを見上げると、せつなげな目を向けられる。

 そうだ、その通りだ。

 こっちだって、シキと離れるなんて考えられない。


 「シキ、ごめんなさい」


 膝に乗せられたまま、身体の向きだけ変えて、ぎゅっと抱きつくと、ほっとした息が漏れるのが聞こえた。


 「いいよ。でもフィオナが変な事言うのが悪いんだよ」


 シキがおでこに軽くキスをしてくる。

 まあ、このくらいならルティアナに見られても、そこまで恥ずかしくないので、黙って受け入れた。


 「でだ、話は戻るけど、フィオナ。二年って言ってるのは適当に言っているわけじゃないんだよ。万が一それより前に出来ちまって、妊娠に気づかず特区になんて行こうものなら、下手したら流産なんて事になりかねないからね。だからあと二年でしっかり毒素に身体をならすんだよ」

 「わ、分かりました」

 「シキもいいね。二年は絶対だぞ。やる時はちゃんと避妊薬飲ませな」


 もう少し遠回しな言い方出来ないの!?

 フィオナはまたもや恥ずかしさに耐えられず、顔を赤くしておろおろと視線を泳がせる。


 「分かった。ちゃんと守るよ」

 「よろしい!じゃあ、フィオナ!今日はじゃんじゃん飲もうじゃないか!」

 「ちょっと!ルティ!フィオナに飲ませないでよ!話聞いてた?」

 「聞いてたから言ってるんじゃないか。シキ、実は、何日か前に、パティが来てな。在庫の避妊薬全部買っていったぞ」

 「え……」

 「だから今日は無理だな!ほら!フィオナ、グラスかせ!ストレートでじゃんじゃんいこう!」


 避妊薬がないって事は、今日はしないって事?

 明らかにほっとしてしまい、思わず顔を綻ばせてルティアナにグラスを差し出してしまう。


 「ルティ……、なんで在庫切れた時点で言ってくれなかったの……」

 「だって、その時フィオナがまだ帰ってなくて、お前、死にそうな顔してたからさ。あの面倒臭い薬作らせるの可哀想かなと思って」

 「確かに、あれ、面倒だし、手間もかかるし、ああ……。そうだ作るのに五日も掛かる……」


 シキの声が絶望に染まった。

 ぎゅうっと抱きしめられて、見上げると、シキは捨てられた子犬のような顔をしていた。

 可哀想だなと思うけど、けれどやっぱりまだ、そういう事をするのが怖いと思ってしまう。

 だからちょっぴりパティに感謝だ。

 

 その夜は結局ぐでんぐでんになるまで飲んでしまい、朝起きたら管理棟のベッドでシキに抱きかかえられていた。



 今日は水曜日だ。

 久しぶりの配達である。

 一番隊のみんなにまだちゃんと挨拶もしていなかったし、リヒトやセオ隊長たちにも、お礼を言いに行きたい。昨日街の洋菓子屋で、焼き菓子の詰め合わせをいくつか買っておいたので、それも持っていくつもりだ。


 注文書を見ながら、ポーションをカバンに詰めていると、後ろからシキの足音が聞こえてきた。

 振り向こうとした途端、後ろから抱きしめられる。


 「シキ?」

 「フィオナ、配達に行くの?」

 「そうですよ。今日は珍しく、全部の部署と騎士団から注文が来てるんです。配達ついでに、遠征のお礼も言いに行きたくて。少し帰りが遅くなるかもしれないけど、いいですか?」

 「うん、構わないよ」


 シキはそう言って、首筋に唇を落とす。


 「ひゃあっ、シキ?」

 「ちょっとじっとしてて」


 ちりっとした痛みを感じるほど、首筋に強く吸いついてから、そこをぺろりと舐められ、ぞくりとしてしまう。


 「シキっ、だめ、仕事中なのにっ」

 「うん、もうやめる」


 あっさり唇を離したシキは、満面の笑顔だった。


 「じゃあ、行ってきますね!」

 「うん、いってらっしゃい」


 いやにシキがにこにこしているのが気になったが、フィオナはポーションの入ったカバンと、お菓子の入った包みを抱えて、箒を飛ばしたのだった。


 まずは各騎士団への配達を終わらせてしまおうと、手近な南騎士団へと寄る。

 ゲートでふわりと下りると顔なじみの騎士が寄ってきた。


 「こんにちは。ポーション届けにきました」

 「ああ、フィオナさん、ありがとうござ……」


 顔なじみの騎士はフィオナの顔をじっと見て、みるみる顔を赤くしていく。


 「あの、どうかしました?」

 「いえ!なんでもありません!」

 「あのー、アルトいますか?」


 あんな事があったけど、やっぱりアルトとは良い友人でいたい。向こうは嫌というかもしれないが一度ちゃんと会って話をしたかった。


 「あ、アルト!?今日は、い、いません!」


 ひっくり返ったような声を出して騎士はぶんぶんと顔を横に振る。


 「そっかあ……。分かりました。ありがとうございます。じゃあまた」


 箒で浮き上がると、顔なじみの騎士は、手を振って見送ってくれたが、その後猛スピードで詰め所に向かって走っていった。何か急いでいたのだろうか。

 ともかく騎士団への配達を終わらせようと、そのまま箒を飛ばした。


 「セオ隊長!イアン副隊長!」


 上空から手を振ると、訓練場にいた二人が気づいて手を軽く上げてくれた。

 ふわりと降り立ち駆け寄る。


 「やあ、フィオナさん。遠征の時は色々助けてくれてありがとう」

 「イアン副隊長、こちらこそ遠征中はとてもお世話になりました。あ、これお菓子なんですけどみんなで食べてください。あとこれ注文分のポーションです」

 「ありがとうございます。あ、ポーションはそっちのデカブツ隊長に」


 相変わらずだなとくすりと笑うと、ポーションを受け取ろうとしたセオ隊長が急にじっとフィオナを見たまま固まった。


 「セオ隊長?」

 「フィオナ君、その、なんというか、君のく……」

 「隊長、それ以上言わない!」


 スパンとイアンの手がセオ隊長の頭を引っ叩いてこそこそと小声になる。


 「言ったらシキ君に殺されますよ。どう見てもわざとでしょ」

 「あ、ああ……そうか……。しかし……」


 若干漏れ聞こえる単語にフィオナは眉をひそめる。


 「あの、何ですか?シキに殺される?」

 「なんでもないでよ。さ、フィオナさん。まだ配達あるんでしょう?いってらっしゃい」

 「あ、はい……。じゃあ、失礼します」


 なんだか釈然としないが、確かにまだまだ配達があるので、箒に乗り騎士団を回っていった。

 騎士団の配達を終えて、フィオナは首をひねった。

 なんだかどうにもおかしい。

 いつも笑顔でポーションを受け取ってくれる騎士達がどうにもよそよそしい。

 また何か変な噂が流れているのかと、不安になりつつ、王宮の入口に向かって箒を飛ばしていると、後ろから声が掛かった。


 「フィオナちゃーん!」


 ぱっと振り返ると、チエリとロアルが箒に乗って向かってくる。


 「チエリちゃん!ロアルさん!」

 「よ、フィオナ、配達か?」

 「はい!今から行こうと思ってたんですよ。あ、遠征のお礼にお菓子もあるんです。でもここで渡したら邪魔ですね。警備中ですか?」

 「そうなん……、ってフィオナ!ちょっとこっち寄れ!」

 「え?」

 「わあああ、フィオナちゃん……」

 「いいからこっちに箒寄せろ!」


 よく分からずロアルの横に箒を寄せると、ばっと襟を掴まれた。


 「え?何?ロアルさん?」

 「ちょっと襟にゴミついてるから!動くなよ!」


 ぐいぐいとローブの襟を上に持ち上げられる。


 「ちょっと、ロアルさん、痛いっ、そんなに引っ張らないで、破けちゃう!」

 「くっそう、隠れねえ」

 「隊長、それ多分無理でしょ。明らかにわざとだもん」

 「え?なに?何がついているんですか?」

 「いや、ちょっと汚れてるだけだ。くそう、だめだ。どうにも隠れない」


 ロアルが、襟を立てたり、引っ張ったりしながら悔しそうな声を出す。


 「だーかーらー。隊長、無理だって」

 「そんなに汚れてますか?何つけちゃったんだろう?」


 もしかしてそれでみんなフィオナの顔を見てよそよそしかったのかもしれない。言ってくれればよかったのに。


 「無理だ……」


 がっくりとうなだれるロアルに、フィオナは苦笑いする。


 「ロアルさん、いいですよ。ありがとうございます」

 「フィオナ、この後どこ回るんだ?」

 「今日は全部署なんです。騎士団も全部で、それはもう終わらせてきたんですけど」

 「くそっ、フィオナ、魔法警備部はいかなくていい。ここで俺が預かる」

 「え!?でも警備中なんですよね?いいですよ、一番隊の皆さんにもお礼言いたいし」

 「一番隊は今全員警備に出てるから。いいから、ほら、早くよこせ」


 ロアルが手を出して催促してくる。


 「じゃあ、すみません。お菓子もあるんですけど」

 「フィオナちゃん、それは私がもらうよー」

 「じゃあ、はい。チエリちゃん、みんなで食べてね」

 「うん、ありがとう。フィオナちゃんシキさんと付き合い始めたんだねー。良かったね」

 「へ!?」

 「ほら、チエリ行くぞ!つーか、言うな!」

 「はーい!フィオナちゃんまったねー!」


 なんでチエリがシキとの事を知っているのだろうか。

 そんなに浮かれた顔してたのかな?

 軽くぱしぱしと頬を叩いて、フィオナは医療室へと向かったのだった。

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