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畑の管理2

 「フィオナ、次は全体に水をやろう。君は全属性レベル五だから水魔法も風魔法も得意だろう?まずは僕がやるから、よく見ててね」


 シキは口の中で呪文を唱えると、手の平から、水を出す。


「フィオナ、水をかける時に、一緒に風魔法を使って、シャワー状に飛ばすんだ。こんな風に」


 今度は左手を構えて、右手の水魔法を保ったまま、風魔法の呪文を唱えて風を起こす。そして両手を合わせると、水は風に乗ってシャワー状に畑に降り注いでいった。


 「すごい!同時に二つの魔法をそんなに風に使うなんて!」


 フィオナはシキの高度な魔法操作を、きらきらとした目で食い入るように見つめる。シキはにっこりと笑って、説明を続けた。


 「たっぷりとあげないと、土の中まで水がしみこまないから、さあっとかけるだけじゃなくて、時間をかけて、土がびしょびしょになるくらいまであげてね。あと水もシャワー状じゃなくて、普通の水魔法だけだと、水圧が強すぎて、鼻や葉に、穴が空いたり傷がついたりするし、広範囲に撒けないからね。風魔法を上手く使うんだよ。じゃあやってみて。最初は畑じゃなくて、そっちの何もない場所に」


 今までに、同時に二つの魔法を使う事はあったが、こんな風に魔法と魔法を組み合わせて使うのは初めてだ。大抵は、森で猛獣に襲われた時に、浮遊魔法で飛びながら、攻撃魔法を発動するとか、そんな使い方だったのだ。

 こんな風に、新しい魔法の使い方を試すのは、魔導士として、とても心が躍る。わくわくして、つい顔に笑みが浮かんだ。


 フィオナが右手に水魔法を発動させると、水が勢いよく吹き出した。次に左手で風魔法を起こして、水に被せる。ぶしゃああああっと、水が飛び散った。それはシャワーと言うより、濡れた犬がぶるぶると水を払う時みたいに、あらゆる方向に巻き散ってしまう。


 「君は魔力が本当につよいね」


 後ろでくすりと笑う声が聞こえたと思ったら、シキがフィオナの後ろから、両手を掴み、耳元でささやく。


 「フィオナ、水を少し弱めようか」


 右手の魔力を少し弱めると、シキが、いいよ、とまたささやく。


 「今度は風の軌道を操作しよう。水はそのままだよ。今、フィオナは無意識に風の軌道を竜巻状にしているんだ。それを、こうやって、扇状に流れていくイメージで魔力を操作する」


 シキが左手で、フィオナの手を握ったまま、自分の魔力を重ねてくる。軌道の操作までは、上手く感じ取れないが、魔力の量や、流し方が伝わってくる。

 シキは手を後ろから握ったまま、手を真ん中に寄せていき、水と風を混ぜていく。


 水は風に乗って、シャワー状に、降り注ぐ。


 「すごい!シキ!すごいです!」

 「うん、じゃあ、僕は魔力を止めるよ。フィオナそのままやってみて」


 フィオナは、シキから感じた魔力を真似するように、風魔法を操作する。さっきよりも、随分よくなり、水は軌道を描いて前に飛んでいくが、まだ、水滴の粒にムラがあり、びしゃびしゃと音を立てて落ちていく。


 「うん、上達が早いね。もう軌道が上手く変わったよ。じゃあもう少し、扇を大きく開くようなイメージで風を流してみて」


 耳がくすぐったい。フィオナは耳まで赤くなりながらも、イメージに集中する。シキが手を握りながら、もう少し強く、もっと広がるように、などと指示を出してくる。十五分ほど訓練すると、フィオナの手から、きめ細かいシャワーが出るようになった。


 「出来た!シキ!これ、出来てますよね!?」

 「うんうん、すごく上手。本当に覚えるの早いなあ。冗談抜きで、僕あっという間に抜かされちゃうかも」


 そうは言いつつも、シキはとても嬉しそうに、フィオナを撫でる。


 「シキの教え方が上手いからです!」

 「そうかな?じゃあ、これからも遠慮なく手とり足とり教えるからね」


 真面目に言われて、頬が引きつった。言わなきゃ良かったと後悔してももう遅い。フィオナは、もうこれ以上のスキンシップは勘弁してくれ、とうなだれた。


 「じゃあ、僕は、森の向こう側の畑の様子をみて来るから、フィオナはチューリップ畑の水やりをお願いね。僕が戻るまで、チューリップ畑からは絶対に出ない事。マッド君三号を置いていくからね。困ったらマッド君三号に僕を呼んでくるように言うんだよ」


 ふわりと微笑んで、シキは森に向かって歩いて行った。

 広い広いチューリップ畑を、フィオナは遠い目で見る。

 やはり自分の上司は鬼だなと、さらにうなだれるのだった。


 広大なチューリップ畑にしっかりと水やりをするのは、何気に時間が掛かった。最初の方は順調だったのだが、段々と疲労してきて、魔力操作が難しくなってくる。それでも、途中休みながら、なんとか水やりを終えた。


 「つ、疲れた……」


 フィオナはマッド君三号に寄り掛かって、へたり込む。そういえば、お腹もペコペコだ。時計を見ると、お昼はとっくに過ぎて、間もなく午後の二時になる。かなりの長時間魔力を使い続けたので、魔力ももう残り少ない。


 「そういえばシキはどうしたかな」


 周りを見渡すが、シキの姿は見えない。フィオナは少し迷ってから、メモ用紙を一枚破き、『水やり終わりました』と書くとマッド君に持たせた。


 「マッド君、シキのところに行って、これを渡してくれるかな?」


 困り顔のマッド君は頭を縦に振ると、てこてこと歩いていった。

 フィオナは、芝生に仰向けに寝転がる。日差しが眩しかったので、顔に手をやり、目を瞑った。

 こんなに長時間魔力を使ったのは、いつ以来だろうか。しかも細かい魔力操作をしながらだ。思ったよりも、疲労していて、深く息を吐く。頭がぼんやりと重かった。瞑ったまぶたの裏がなんだかチカチカと点滅するような感じがする。

 少しだけ眠ろうかな……。

 フィオナそのまま意識を手放した。


 「……ナ。フィ……ナ。しっかりして、フィオナ」


 口の中に何かが流れ込む。吐き出そうとするが、柔らかいものに、唇を押さえつけられていて、仕方がなく飲み込んだ。なんどか繰り返されて、液体を飲み込むと、頬に手がふれている感触に、ぼんやりと目を開けた。


 「フィオナ、良かった。気がついた?」

 「シ……キ……?あれ、私、また寝ちゃってた?」

 「違うよ。魔力切れをおこして、気を失ってたんだよ。ごめんね、僕が目を離してたばっかりに」


 シキの言葉をぼんやりと聞いて、やっと状況を理解した。そして、今フィオナは、シキに抱きかかえられて、またもやポーションを口移しされていたらしい。   

 シキは持っていたポーションの瓶を地面に置くと、フィオナの唇をそっと指で拭って、心配そうな顔をする。


 「シキ、ごめんなさい。私は本当に何度も迷惑かけてる」

 「違うよ。僕がうかつだった。さっき見に来た時に、一旦止めるべきだった。フィオナが集中してやっていたから、つい、そのままさせてしまったんだ。気が付かなくてごめん」

 「シキは悪くないです。私が自分の魔力量をちゃんと把握していなかったのが原因です」

 「君は本当に頑張り屋さんだね」


 シキはすまなそうな顔のまま、フィオナを横抱きにして持ち上げた。お姫様抱っこだ。


 「シキ!?」

 「一旦研究所に戻って休もう。お昼ご飯も食べてないしね」

 「あの、重いからっ!大丈夫、休んでから歩いて戻ります!」

 「だめだよ。僕だってお腹が空いたから、もう戻ろう。魔力回復ポーションを飲ませたけど、まだ身体動かないでしょう?」

 「うううっ!」


 シキはふわりと笑うと、軽々とフィオナを抱きかかえて、研究所に向かって歩き出した。



 「なんだい、またぶっ倒れたのか?」


 相変わらず可愛らしいフリルのワンピースを来たルティが、抱きかかえられたフィオナをみて、ニヤリと笑う。


 「魔力切れをおこしちゃったんだ。ルティちょっと、ソファあけて。フィオナが使うから」

 「あー、はいはい」

 「すみません……」

 「まー、よく、ぶっ倒れるねー。シキが来たばっかりの時といい勝負だね」

 「え?シキが?」

 「そんな事ありました?ほど覚えてませんけど」

 「都合のいい脳みそだねー」


 ルティとシキが軽口を言い合ってると、突然通信機から声が聞こえてきた。


 『おーい!誰かいるー?注文した上級体力回復ポーション取りにきたよー』


 シキが通信機に手を当てる。


 「ああ、その声はナック隊長?」

 『そーだよー』

 「今持っていきますよ」


 シキが通信機から手を離すと、シキのズボンをキノが引っ張る。


 「分かってるよ。キノも一緒に行こうか。上級体力回復ポーション五十本準備してくれるかい?」


 キノは頷くと、すぐに保管庫に向かう。


 「じゃあ、僕はフィオナを連れて管理棟に行ってきますね」

 「おお、よろしく」


 ルティアナは、そう言うと、ひらひらと手を振って二階に上がって行った。


 「さて、フィオナ行こうか。先にポーションを渡してからご飯にするけど、いいかい?」

 「もちろんです」


 フィオナはソファから立ち上がり、歩こうとするが、ふらりとよろめいて、膝をつく。足に全く力が入らなかった。


 「だめだよ。まだふらついてるじゃないか」


 シキはあっという間にフィオナを抱きかかえる。


 「ううっ、シキ、すみません」

 「いいから、いいから。マッド君三号、キノの用意したポーションを持って一緒に来て」


 マッド君三号がてこてことついて来る。

 保管庫では、キノが木箱にポーションを準備して待っていた。

 

 「キノおまたせ。さあ、行こう」


 どこか、嬉しそうにシキのズボンを引っ張って急かすキノに、シキはにっこりと微笑んだ。


 管理棟のカウンターにつくと、騎士団の制服を来た茶色い髪の中年の男性と、若い黒髪の男が立っていた。

 フィオナは、騎士団の人に、抱きかかえられている姿を見られたくなくて、小声でシキにお願いする。


 「シキ、降ろしてください」

 「え?すぐにすむからいいよ」

 「そうじゃなくて、私が恥ずかしいんですっ」

 「大丈夫、大丈夫。顔見知りだから」


 私は初対面だから!と心で泣きながら叫ぶ。

 そんなやり取りを見ていたのか、中年の男性がくすりと笑った。

 フィオナは恥ずかしくて、顔が赤くなる。

 そんな中、一緒にやって来たキノが、両手を広げて、中年の男性に駆け寄って行った。


 「キノたんー!久しぶりだねえ!」


 中年の男は、キノをさっと抱き上げると、そのまま、腕に抱えて、頬ずりしている。横にいた若い男性騎士がそれを見て、ぎょっとしている。

 フィオナも自分が抱きかかえられているという恥ずかしさも忘れて、その様子を食い入るように見てしまった。

 シキだけが、にこにこと、いつもの笑顔でその様子を見ている。


 「ナック隊長、そのへんで。新人を紹介したいので」

 「ああ、すまん、すまん。キノたんに会うの久しぶりなもんでな。こっちも、ポーションの受け取りついでに、新入りの紹介に来たんだよ」

 

 ナック隊長は、謝りながらも、キノを降ろすつもりはないらしく、デレデレとしながら、キノを抱きかかえている。騎士団隊長だけあって、しっかりとした体つきだが、少し垂れ気味の目を更にゆるゆるに下げているので、親戚の優しいオジサンといった雰囲気だ。


 「その子が、主席で合格して、魔植物園に志願したっていう強者かあ。いやあ!綺麗な子だね!私はナック・エイムズ、王宮南騎士団隊長だ。こっちが、今期から南騎士団に配属された、アルトゥール・ブロウだよ。前は中央騎士団にいたんだ。よろしく頼むよ」

 「アルトゥール・ブロウです。よろしくお願いします」


 低めの声でアルトゥールが、挨拶をする。精悍な顔つきに長めの黒髪を後ろで束ねたその男は、抱きかかえられているフィオナを見ても、ぴくりとも表情を変えない。

 フィオナは少し怖そうな人だなと思ってしまった。


 「へえ、中央から南に配属かあ。君若そうなのに、優秀なんだねえ」


 シキがふわりと微笑む。


 「こいつは凄いぞ。十五歳で騎士団に入って、いきなり中央に抜擢されたんだ。それで今度は南に志願してきやがった。今まだ十九歳だぜ」

 「へえ、彼にとってはいいのか悪いのかだねえ。まあ、なんか逃げ出したらよろしくね」


 怖い事をいうシキに、抱きかかえられたままフィオナも挨拶をする。


 「あの、こんな格好ですみません。フィオナ・マーメルです。よろしくお願いします」

 「あははっ、どうせ、シキが無茶をさせたのでしょう。歩けなくなっている新人は何度も見てますから、お気になさらずに。でもすっかりシキに気に入られたようだね」


 ナック隊長が、嬉しそうにフィオナを見る。


 「いえ、シキのせいでは……。私が自分の能力を把握できずに無理したせいなんです」

 「うわっ!シキ!聞いたかい?いい子が入って良かったねえ。こりゃあシキも気に入るはずだよ」

 「ナック隊長うるさいですよ」


 シキがにっこりと微笑む。


 「だってそうだろう。今まで何人も足腰立たなくなってるのを見てきたけどさ、シキが自分で抱きかかえてるのなんて初めて見たよ。いっつもマッド君二人に担架を持たせて運んでたじゃない」

 

 フィオナはナック隊長の話しを聞いて、恥ずかしくていてもたってもいられなくなる。


 「シキ!私もマッド君に運んで貰いますから、降ろして下さい!重いでしょうし」

 「大丈夫。重くないから」

 「フィオナちゃん、言っても無駄だよ。こいつ、こんな笑い能面みたいな顔してるけど、結構頑固で、自己中だから。自分がそうと決めたら人の言う事なんて聞かないもん」

 

 それはここ二日で、なんとなく察しているフィオナだった。


 「ほら、もうポーション持って帰ってくださいよ。僕らまだお昼食べてないんだから」

 「おっと、それは悪かったね。アルト、マッド君から箱を受け取って」


 黒髪の青年は困り顔のマッド君を不思議そうに見ると、重たい箱を軽々と持ち上げた。

 ナック隊長は、名残惜しそうにキノを降ろすと、双葉の間を撫でる。いつも表情の変わらないキノだが、ほんのり口元が笑みの形に持ち上がっていた。


 「じゃあ、キノたんまたね」


 ナック隊長はキノに手を振る。キノもゆらゆらと手を振っていた。アルトゥールも軽く会釈をして、ナックの後に続いて出ていく。


 「はあ、やっと帰ったね。じゃあご飯にしようか、フィオナ」

 「あの、もう歩けそうな気がするんですけど」

 「だめだよ。ふらついて、階段で転ぶかもしれないよ」


 やはり、ナック隊長のいうように、シキは人の言う事を聞かないようだ。

 ふわりと微笑みながら、歩き出すシキに、フィオナは、大人しく運ばれるのだった。

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