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会いたかった

引き続きシキ視点です。

 ルティアナの声から遠ざかる様に、気配を消したまま、ジャングル地区へと箒を向かわせる。


 森林が生い茂っているあの場所なら、見つかりにくいだろうと思ったからだ。

 あまり物音を立てるわけにはいかないので、全身に防御結界を張って襲ってくる魔植物は全て無視した。

 飛び掛かって来た大きな黒豹にだけ、八つ当たりの様に思い切りデコピンをくらわせてしまったが、空気を読まず襲いかかってきたあいつが悪い。いつもは襲い掛かってきても、頭を撫でてやっているせいか、まさかデコピンされると思わなかったらしく、ぽかんとした顔で放心状態になってしまっていた。


 完全な防御結界を張ったまま、大きな木にもたれかかってぼんやりしていると、再びルティアナの声が聞こえてきた。


 「シーキーぃ!隠れても無駄だぞおお!さっさと出てこいー!」


 なんだっていうんだ。

 そっとしておいて欲しい。

 少し一人で考える時間が欲しいだけだ。

 珍しくしつこく追い回してくるルティアナに辟易しながら、場所を変えようと箒を出すと、すぐ真上から声が降ってきた。


 「みーつーけーたーぞーおおお!」


 箒に乗ってゆらっと降りてきたルティアナは、にたりと笑う。


 「何ルティ。ちょっと一人にして欲しいんだけど」

 「だめだよ。シキ、所長命令だ。今から管理棟へ戻ってフィオナと話をしてきな」

 「出来ない。ちょっと混乱してるんだ。まともに話せる状態じゃない」

 「まともじゃなくても構わないだろ。どうせフィオナには、おまえの破綻した性格はバレてるんだから」

 

 そうかもしれないが、やはり無理だ。

 今会ったら恐らくフィオナを問い詰めて、責め立ててしまう。そんな事はしたくない。


 「やっぱり無理。ごめん、ルティ帰って」

 「嫌だと言うなら無理やり連れ帰る」


 一気にルティアナの魔力が膨れ上がるのを感じて、鳥肌が立った。

 もちろんすんなり捕まってやるつもりはない。

 慌てて箒に飛び乗ると、ジャングルの中へ飛び込んだ。

 後ろからルティアナが追いかけて来るのが、ひしひしと伝わってくる。

 魔法で目くらましの罠をいくつか張りながら、ジャングルを抜けると、草原を全速力で飛びぬけた。


 そこからは魔植物園内すべてを使っての鬼ごっことなった。

 本気になればあっという間に捕まえられるくせに、ルティアナはギリギリまで追いつめてわざと逃がす。まるで逃げる小動物を追いかけていたぶる猛獣のようだ。


 どのくらいの時間逃げ回っただろうか。

 いい加減疲れて、チューリップ畑に下りて大の字に転がった。

 汗だくだし、魔力を使いすぎたし、寝不足だし、もう面倒くさかった。

 捕まえるならもう捕まえてくれと思い、観念して待っていると、ピンクのツインテールを揺らした彼女はふわっと箒で横に降りて来る。


 「あー、面白かった!久しぶりにやったな!鬼ごっこ!さすがに前より格段に逃げるのが上手くなってるよ!あはははは!」


 そう言えば昔訓練代わりによくやらされたな、と思い出してくすりと笑う。


 「あーもう、疲れた」

 「どうだい?動き回って少しはすっきりしただろう?」


 言われてみれば、逃げるのに夢中で目的をすっかり忘れていた。

 我ながら馬鹿だなと思い、思わず笑ってしまう。


 「本当だね。うん、すっきりした」

 「じゃあ、そろそろ管理棟に戻りな」


 ルティアナなりの優しさに、ちょっと泣けてきた。

 今ならフィオナの顔を見ても、感情的にならずにすみそうな気がする。

 

 「うん、戻るよ。ちゃんとフィオナに会ってくる。ねえ、ルティ、振られたら慰めてくれる?」

 「その時はせいぜい慰めてやるよ。だからさっさと行きな」

 「うん、ルティ、大好きだよ」

 「ああ、私もだよ。あんたも、フィオナもね」


 抱きつこうかなと思ったが、あまりの汗だく具合に諦めて、一旦研究棟に向かって、シャワーで汗を流して着替える。

 管理棟へ戻ろうとすると、ルティアナが後ろから声を掛けてきた。


 「そういや、フィオナ、おまえを追いかけてきて、夜の森を箒ですっ飛ばしたらしくてな。腕に怪我してたぞ」

 「そういう事は早く言ってよ!」


 研究棟を飛び出して、箒を吹っ飛し管理棟に着くと、薬剤室の裏の扉から中に入る。

 二階から明かりが漏れているのに気づいて、覚悟を決めて階段を上がって行った。


 「フィオナ?」


 二階に上がると明かりがついているのに、フィオナの姿が見当たらない。キッチンを覗くが、食事を作った形跡もなく、もしかしたらシャワーかと足を向けようとすると、そっとシャツの袖を引かれた。


 「あ、レオナ……。フィオナ見なかった?」


 レオナが指さした場所を見ると、ソファとサイドテーブルの隙間の床にフィオナが倒れていた。

 全身が冷や水を掛けられたように冷たくなる。


 「フィオナ!?」


 慌てて駆け寄って、顔をのぞき込むと、フィオナは床に頬をくっつけて気持ち良さそうに寝入っていた。

 どうやらソファで寝ていて、転げ落ちたのだろう。


 安心してほっと息を吐くと、ルティアナが腕を怪我したと言っていた事を思い出して、起こさないようにそっと腕を取って調べたが、どこにも傷はなかった。

 どうやらすでに治療済みのようだ。ルティアナにしてやられた。


 顔にかかった髪をそっと後ろにすいてやり、頬にそっとふれた。

 長い遠征だったのだ。疲れていたのだろう。


 ふにゃりとした寝顔に胸が締め付けられる。


 会いたかった。

 すごくすごく会いたかったのだ。


 ゆっくり起こさないように抱き上げると、少し軽くなったような気がして、せつなくなる。

 額に一度優しく唇を落として、そっと三階の寝室へと運んだ。


 ベッドに横たえて毛布を掛けると、フィオナが寝がえりと共に寝言をつぶやく。


 「シキ……」


 好きな人の口からこぼれた自分の名に、ぐっと胸が苦しくなった。

 気持ちが抑えられない。

 気が付いたら、覆いかぶさるようにして唇を奪っていた。一度そうしてしまったら止められず、軽く開く唇の間に舌を入れて執拗にキスを繰り返す。


 「ん……、んん」

 「フィオナ……」

 

 名前を呼んでもう一度キスをすると、ゆっくりと彼女の目が開いた。


 「シキ……?」

 「フィオナ、お帰り」

 「シキ……、ただいま……」


 寝起きの声で、それでも嬉しそうにふにゃりと頬を緩める彼女が愛しくて仕方がない。

 頬を撫でて、見つめると、もう一度唇を塞いだ。

 もうフィオナが誰を好きであろうが関係なかった。何が何でも自分の手の中に収めておきたくて、何度も何度も、息をする間もないくらいキスをする。


 「シキ、あ、んっ」

 「フィオナ、好きだ、好きなんだ。誰にも渡さない」


 気持ちが止められなくなり、キスの合間にそう告げて、また唇を覆う。


 「シキっ、私っ、」


 何か言おうとするフィオナの口を、無理やり塞ぐ。

 言わせないし、聞きたくない。この口から自分以外の男の名前なんて、絶対に。

 自分だけを見ていて欲しくて、しゃべる暇もないくらいに、唇を嬲るが、フィオナはそれでも合間を縫って言葉を放つ。


 「シキ、ん、きいて、はあ、話がっ、」

 「聞きたくない」

 「違うのっ」

 「言わせない」

 「おね、んん、がいっ」


 夢中でキスを続けていると、頬にそえている手に温かいものが流れてきた。

 はっと我に返り唇を離す。

 泣かせてしまった。

 綺麗な翡翠色の瞳から、涙が零れ落ちている。


 そんなに嫌だったのか……。

 覚悟してきたつもりが、心臓がえぐられるように痛い。


 「ごめん。泣かせたいわけじゃなかったんだ。もうやめる」

 「話したいことがあるの」


 フィオナは涙を流しながら、そうつぶやいた。

 アルトゥールの事だろう。

 とても顔を見ながら聞くことなどできないと思い、のしかかっていた身体をベッドから離そうとすると、シャツの胸元をぎゅっと掴まれて、嫌だと首を振られた。


 この状態で聞けというのか?

 そんなの拷問以外のなにものでもない。

 仕方なく、そのままの体勢で、でも顔は見れず視線を逸らす。


 「シキ……」


 フィオナの手が頬にふれてきた。驚いて思わず目を合わせてしまう。


 「好き。シキが好きなの。大好き。ずっと会いたかった。やっと会えた。嬉しい」


 そう言って瞬いた彼女の目からまた涙があふれる。

 言われた言葉が信じられなくて、じっと見つめていると、フィオナが更に続ける。


 「遠征から帰ったら言おうと思ってたの。シキが好きだって。シキは女の人に興味ないって言ってたから、多分私の事は妹みたいにしか見ていないんだろうなって思ってた。ねえシキ。さっき私の事好きって言ってくれたよね?それってどういう好き?私ちゃんと言ってくれないと勘違いしちゃう。私と同じようにシキが私の事思ってくれているって」

 

 泣きながら必死に話す彼女に愛しさがこみあげてくる。


 「フィオナの事を妹みたいなんて思ってない。一人の女性として好きで好きでたまらない。もうずっと前から。いつだって抱きしめたくて、キスしたくて、他の男にさわらせたくなくて、さっきだって、アルトと君が抱き合ってるのを見て、嫉妬でおかしくなりそうだった」

 「あれは違うの!違うから!さっきは、その、実は……アルトに告白されたの。でも私はシキが好きだってちゃんと断った!そうしたら最後に少しだけって抱きつかれて……。そんな風に言われたら振り払えなくて。そしたらシキに見られちゃって」

 「好きな人がひと月ぶりに帰ってきたと思ったら、他の男と抱き合ってるから、遠征中に付き合い始めたのかと思って、頭がおかしくなりそうだったよ」

 「全然違う!シキが好きなの!本当は帰ってきたら真っすぐにシキの所に行って、抱きついてそう伝えようと思っていたのに……。シキに会いたくて、早く会いたくて急いで来たのにっ」


 限界だった。

 思い切りフィオナを抱きしめて、その首元に顔をうずめる。

 好きな人から好きだと言ってもらえるのは、こんなにも幸せなのか。


 「シキ、シキ、好き。大好き」


 そう言って細い腕が背中に回ってきて、ぎゅうっと締め付ける。


 「フィオナ、好きだよ」


 首元でそう呟いたせいか、フィオナがくすぐったそうに身を捩る。

 一度その首元にキスをしてから、フィオナの顔をじっと見る。

 もう泣いてない。

 くしゃっと顔を歪めて心配そうに聞いてくる。


 「本当なんだよね?ちゃんと女の子として好きになってくれたって事だよね?」

 「そうだよ。今まで何度も好きって伝えてきたつもりだったけど、まさかそんな風に思われているとは……。ちゃんと伝わっているかと思ったけど、フィオナの鈍感さを甘く見てた」


 そう言った瞬間、フィオナの顔色が変わった。

 何故か絶望したような表情になる。


 「やっぱり私、鈍感だよね?そうだよね……」


 せっかく泣き止んだのに、再びじわりと目に涙がたまっていく。

 なにかまずい事をいったのだろうか。


 「私、鈍感すぎて、ロアルさんの気持ちにもアルトの気持ちも気づかなくて、自分はシキの事ばっかり考えてて、他の人傷つけているのも気づかなくて、酷いよね……」


 どうやらアルトゥールだけではなく、ロアルにも告白されたらしい。

 やっぱり遠征になんて行かせるんじゃなかった。

 好きな女が他の男の名前を言いながら泣いている姿を見て、腸が煮えくり返りそうになる。もう絶対に他の男が寄ってこないように、どうにかしなければ。


 「フィオナ。それでいいんだよ。フィオナは僕の事だけ見ていればいい。好きだよ。愛してる。だからお願いだから、泣かないで」


 優しくそれでも身体中が熱くなってしまうほどに深くキスをすると、フィオナの目が真っすぐに自分に向いた。


 「シキ、好き」


 ああ、なんて愛しいのだろうか。

 やっと手に入れた。

 逃がさないとばかりに、抱きしめていると、フィオナがとろんとしてきた。

 眠たいのだろう。

 毛布にもぐりこんで、フィオナが寝やすいように抱きなおす。


 「フィオナ。眠って。遠征疲れたでしょう」

 「シキ、ここにいてね……」

 「いる。ずっといるから」

 「うん……。好き」


 そう言ってフィオナ胸に顔をすりつけてくると、すぐに寝息を立てはじめた。

 ひと月ぶりのフィオナの体温と柔らかさに、心が満たされていく。

 あんなにずっと眠れない日が続いていたのに、この心地好さにあっという間に睡魔が襲ってくる。

 眠るのが勿体ない。


 どうしよう。

 朝になってから夢でしたとかだったら立ち直れないかも。

 そんな事を考えているうちに、いつの間にかフィオナを抱きしめたまま眠っていた。


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