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瘴気の穴

 真っ白な雷獣は、夜の空をぐんぐん山脈の奥へと駆けていく。


 途中またワイバーンが襲ってきたが、シルフの一撃であっけなく落ちていった。

 傷薬を飲んですっかり良くなったリヒトが、それを見て、信じられないと言った風に首をゆっくりと振った。


 「いやはや、雷獣が強いとは聞いていましたが、ワイバーンを虫けらみたいに倒していくとは……。ソレルの精鋭が全滅させられたと聞いた時はとんでもない魔獣が現れたと思いましたが、味方となると本当に心強いですねえ」

 「あの、リヒト副隊長。出来ればシルフの事は内緒にしておいてもらえないでしょうか?ソレルの街にはシルフに殺された人の家族や友人もいると思うので」

 「分かっていますよ。もちろん他言するつもりはありません。私もあの雷獣に助けられたようなものですからね」

 「ありがとうございます。それにしても、こんなにワイバーンが沢山出没するなんて、おかしすぎますよね」

 「そうですね。ルティアナ様が来ているとなれば、何かあるのかもしれませんねえ」

 「ルティも来るなら来るって、言っておいてくれたらいいのにっ」


 ついむくれた口調になってしまうフィオナに、リヒトは急に低い声を出してきた。


 「そうだ、フィオナさん。雷獣に驚いてすっかり失念してましたけど、私、あなたを怒ろうと思ってたんですよ。最後あなた死んでも構わないつもりで囮になったでしょう」


 明らかに怒っているリヒトに首をすくめてしまう。フィオナもシルフが来た事に驚いて忘れていたが、生きて戻れたらちゃんと謝ろうと思っていたのだった。


 「すみません。ご心配おかけしました。でも、誰も死なせたくなかったんです。それに、それを言ったらリヒト副隊長だってそうだったじゃないですか」

 「私は良いんですよ。こういうのは上司の仕事です」

 「じゃあ、部下が上司に反抗するのはよくある事ですよね?」

 「まったく。あなたは意外と問題児ですねー。警備隊所属だったら、きつく一発ゴツンとお仕置きする所ですよ」

 「あはっ!お仕置きされなくてラッキーです」

 「ちゃんとルティアナ様に報告しますからね。彼女からお仕置きされてください」


 さーっと血の気が引いていく。


 「あ、いやっ、リヒト副隊長、今ここでゴツンとやって下さい!お願いします!だからルティにはっ」

 「そういう訳にはいきません。今後あんな事をしないように、しっかりルティアナ様に叱って貰ってくださいねー」


 のほほんと言うリヒトの横で、ルティアナに知れたらどんなお説教をくらうのだろうかと、ぶるりと身振りをした。


 オーム山脈のかなり深い場所まで入った頃、シルフがどんどん高度を下げていった。


 「降りるみたいですね」

 「ここは、おそらくコロラ王国側でしょうねー。不法入国と行きましょうか」

 「え!後で怒られたりしませんか!?」

 「バレなきゃ大丈夫ですよ」


 リヒトは雷獣を追うように高度を下げていく。フィオナもそれに続いた。


 高度を落として山に近づくと、一気に瘴気が濃くなる。


 「うっ!これは酷いですねえ!」

 「臭いですっ。鼻が曲がりそう」


 とんでもなく強い瘴気に思わず涙目になってしまう。


 森の中に降り立つと、周り一帯がモヤがかかった様によどんでいた。

 白い雷獣の姿を追って歩いていくと、すぐに岩肌の崖がそそり立っているのが見え、ぼんやりと崖の手前に小さな人影が見えた。


 「ルティ!」


 思わず叫んで駆け寄るよると、ぴょんとツインテールが振り返る。


 「フィオナかい?うわっと!」


 勢いよく飛びかかられて、ルティアナは軽く尻もちをついた。

 

 「ルティ!ルティ!ルティ!」

 「なんだい、まったく。騒がしい小娘だね」


 そう憎まれ口を叩きつつも、ぐしゃぐしゃと頭を撫でながら聞いてくる。


 「その様子じゃ、何かあったようだね。どうした?」

 「ワイバーンが沢山襲ってきて、死ぬかと思いました……」

 「ワイバーン?そんなものまで来ちまってたのか。これは思ったよりも深刻だね」

 「シルフが助けてくれたの」

 「だってお前が笛で呼んだんだろう?そりゃあ、助けに行くさ」

 「え!?あの笛を聞いてきてくれたんですか!?まさか笛の音を聞いて魔植物園から来たわけじゃないですよね!?」

 「当たり前だろ!さすがの私だって、ものの数秒で魔植物園からここまで来れるわけないだろうが。すこし前に着いてたんだよ。ここからいやに瘴気の臭いがして来てみたら、笛の音が聞こえたもんでシルフに行かせたんだよ」

 「来るなら来るって言ってくれてたら良かったのにー」

 「いつ来れるか分からなかったからね。それに、私が動くといろいろ大事になるからさ。でもそうも言っていられなくなったよ」


 ルティアナが大きくため息をついた所に、おずおずと後ろから声が掛かった。


 「あのー、ルティアナ様。お久しぶりです」

 「ん?おや、リヒトじゃないか。うちの小娘が世話になったね」

 「いえいえ、フィオナさんには助けられてばかりです」

 「お前がかい?よく言うよ。でもまあ、いい戦力になっているだろう?」

 「はい、でもですね、ワイバーン五匹に一人で囮になるような無茶をするので困りましたよ。もうちょっと命を大切にするようにルティアナ様からよく言っておいて下さい。そちらの雷獣がこなかったら多分、フィオナさん死んでました。私、心臓が止まるかと思いましたよ」


 早速告げ口されてしまった。フィオナはあたふたと言い訳をする。


 「ルティ違うから、そんなつもりじゃなかったの、ちょっとおびき寄せようと思っただけで!」

 「ふうん、それで、さっき死ぬかと思ったって抱きついてきたわけか……」

 「いや、だから、その……」


 ルティアナの目が怖い。助けを求めて視線をさまよわせると、リヒトはにこーと笑って見ているだけで、シルフは巻き添えを食わないようにと離れた場所で伏せている。


 「こおんの!バカタレがああああああ!」


 ゴツンと思い切り頭に拳と怒鳴り声が落ちて来る。

 目に火花が走った。

 身をすくめて、座り込んでいると、ルティアナの説教が始まった。

 これは黙って叱られているのが一番だと、覚悟を決めて口をつぐみ、神妙に聞くことにする。


 止まらないルティアナの説教にちらりとシルフを見ると、自分も同じ経験をしているからだろうか、伏せたまま尻尾をくたりとさせて、憐みの目でフィオナを見ていた。


 怒鳴り散らされること数十分、さすがにリヒトが止めに入ってきてくれた。


 「あのールティアナ様、私達あんまり遅くなりますと、部下が心配しますので、そろそろ本題に……」

 「ん?ああ、そうだね。フィオナ、今日はこのくらいにしておくけど、帰ったらシキにも言っておくからね。たっぶり叱られな」

 「え!?なんでシキにまで!」

 「当たり前だろう。お前はシキの専属補佐官なんだから」

 「ルティ、お願い。シキには言わないで。今度新しいカレー作るから!」

 「ぐっ!だ、だめだよ!でもカレーは作りな」

 「そんなあっ」

 「あのー、二人とも、いい加減、魔獣の件でお話ししたのですがー」


 再びリヒトにやんわり止められて、二人とも顔を見合わせて、じゃれつくのをやめた。


 「そうだった。さっきワイバーン五匹って言ってたけど、街に近い山でもそんなに魔獣が増えていたのかい?」

 「ええ、もう酷いものでした。オーム山脈の一番手前の山の山頂には、第二級魔獣が山のようにいて、中には一級魔獣もいましたねー。やっと討伐したと思ったら、コロラ王国側から、馬鹿王子がデーモンミノタウロスを引き連れて逃げてきて、その後ワイバーンに襲われましたよー」


 リヒトですら馬鹿王子と言った。ヒュラン王子は相当悪名高いらしい。

 実際王子を目の当たりにしたら、確かにそう言いたくなるのも無理はない。


 「馬鹿王子?ヒュランの事かい?あいつも来ていたのか。面倒だね。しかし、一番手前の山までそんなに魔獣が流れ込んでいるとすると、こりゃあ相当大量に流れて来ちまってるのかね」

 「流れて来てしまっているとはどういう事ですか?」

 「あそこ見てみな」


 ルティアナが指さした方を見ると、大きな岩と岩の間にぽっかりと黒い闇のような穴が開いており、そこに魔法結界が張られている。


 「何あれ?」

 「あの穴から瘴気が湧き出ているんだよ。二百年前にも同じようなことがあったんだけどね、あれはおそらく空間の歪みで、あの穴の先はどこか別の世界か次元か、とにかくこの世界ではないどこかにつながっていると思うんだよ」

 「異世界ってこと?」

 「まあ、断定はできないけどね。それで繋がっている先の世界がおそらく瘴気にまみれた魔獣の世界なんだろうねえ。それでこの穴から瘴気と魔獣が大量にやって来ちまったってところじゃないかと思うんだよ。どうもこのオーム山脈はそういう場所なんだろうね。次元が歪みやすいというか、他の世界とつながりやすいというか」

 

 ルティアナが険しい顔で穴を見ながら、結界を張り直す。


 「ルティアナ様、という事は結界を張っている間はこれ以上魔獣が増える事はないという事ですか?」

 「まあ、そうなんだけど、いつからこの穴が開いていたか分からないからねえ。これ以上増えないとはいえ、この場所からかなり離れた街の方ですらそんなに大量の魔獣がいるとなると、こりゃあ、相当な数の魔獣がオーム山脈全域に流れ込んじまったのは間違いなさそうだ。しかも第一級もかなりの数がいるみたいだしね」


 リヒトは顔を曇らせると、ルティアナに頼み込む。


 「正直ワイバーンクラスの魔獣に多数遭遇したら、我々では太刀打ちできません。死者が出なかったのが不思議なくらいです。ルティアナ様、討伐にお力をお貸し願えませんか?」

 「私はこの穴をなんとかしなきゃいけないから、ちょっと動けないよ。今張ってる結界はとりあえずって感じのものだからねえ。この結界が弱まってまた魔獣が流れ込んだら、元も子もないだろ?」

 

 ぽっかりと開いた黒い穴を見て、ルティアナは腕を組む。


 「ルティ、その穴は自然に塞がるんですか?それとも何か塞ぐ方法があったりするんですか?二百年前はどうやっておさめたんです?」

 「あの時はここまで大きな穴じゃなかったからね。三日くらいで勝手に塞がったよ」

 「勝手に塞がるんですね。開きっぱなしになったらどうしようかと思いました」

 「でも、私もこれだけ大きな歪みの穴を見たのは初めてだからね。塞がるまでどのくらい時間がかかるか分からないよ。下手したら年単位でかかるかもしれない」

 「え!?」


 フィオナとリヒトの声が重なった。


 「そうなったらどうするんですか!?」

 「塞がるまで結界を張り続けるしかないねえ。塞ぎようがないから。とりあえず今私が即席の結界を張っているんだけど、ちゃんと長期耐えられる結界を張らなきゃいけないと考えていたところだよ」

 「そんな事出来るんですか?」

 「まあ、ちょっと時間がかかるが出来るさ。私を誰だと思っているんだい?」

 

 にやりと不敵な笑みをこぼす少女に、これほど心強いと思った事はない。


 「という事で、私はしばらくここから動けない。すでに流れ込んだ魔獣はあんたらに頼むしかないねえ。とはいっても、ワイバーンやらがウロチョロしているような状態では、いくらお前らが強いっていっても無理があるさね。だからシルフを連れて行きな」

 「いいんですか?」

 「本当はシルフの存在は隠しておきたかったけど、そうも言ってられないだろう。ソレルの警備隊には合わせたくないんだけどね。以前シルフに、仲間が殺されたやつもいるだろうからさ」

 

 渋い顔をするルティアナにリヒトは答える。


 「ソレルの警備隊は皆国境ゲートに行っているので、かち合う事はないとおもいますよー。ただ、今こちらに馬鹿王子がいるんですよ。まあ、明日には早々にお帰り頂くつもりですが」

 「あー、あいつには見せたくないね。だが、馬鹿王子といえども、うっかり死なれたりしたら困るからねえ。背に腹は代えられないか。出来るだけ王子の目に付かないようにしておいてくれ」

 「分かりました」

 「じゃあ、あんたらはそろそろ帰りな。みんな心配しているだろう。私はしばらくここにいるから何かあったら来な。シルフ、お前フィオナについていきな」


 真っ白な雷獣が、ぎゃお!と鳴いて尻尾を振る。そんなシルフにルティアナはポケットから大きな布を取りだして、角を隠すように、頭に巻いて、顎の所でぎゅっと結んだ。


 「これならでかい犬で通るだろ?」


 いや無理があるだろう。ただの犬には到底見えない。


 じっとシルフを見つめ、頭にほっかむりさせられたその姿に思わず吹き出す。

 かわいい、ものすごく間抜け面に見えるけど、そこが可愛すぎる!


 「ではルティアナ様、我々は一旦キャンプに戻ります。また報告に参りますのでー」

 「おう!リヒト、お転婆娘が無茶しないように頼むよ」


 リヒトが苦笑いを浮かべて、箒に乗った。


 「フィオナ、絶対無茶するんじゃないよ!」

 「はい。ルティ……」

 「なんだい?」

 「あの、シキは元気にしてましたか?」

 「そんなの聞かなくても分かるだろうが。おまえがいないから情緒不安定で、キノをずっと膝に乗せたまま仕事し続けてるよ。夜もろくに寝ないで、たまに気絶したみたいにソファでぶっ倒れて、一時間くらいで起きてまた仕事して、ため息吐いて、うざったいったらしょうがないよ」


 何となく予想はしていたが、思ったより酷いようだ。

 

 「そんな状態で今魔植物園に一人で大丈夫ですか!?戻ったら死んでるとかないですよね!?」

 「大丈夫だよ。奴だって、そこまで馬鹿じゃないし、私も魔植物園の結界も心配だから、五日に一回は戻るつもりだからね」

 「はあ……、アキ室長にシキの事頼んでくれば良かった」

 「私が戻ったらアキに言っておくよ。だからあんたはこっちに集中して、なるべく早く討伐を終わらせな。そろそろ金のポーションも物資隊経由で届いている頃だろうしね」

 「はい。なるべく早く終わらせるってシキに伝えてください」

 「分かったよ。ほら、リヒトが待ってるよ、早く行きな」


 なんとなく久しぶりに会えたルティアナと別れるのが寂しくて、もう一度抱きついてから箒に乗ると、ルティアナは珍しく優し気な笑みを浮かべていた。


 シルフを連れて箒でぐんと高度を上げる。


 いつの間にか空には月が出ていた。

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