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死なないで

 「チエリちゃん!ロアルさん!」


 真っ逆さまに森に消えていった三人を見て、助けに行かなければと箒に乗ると、ぶわっという風圧と共に目の前に巨大な赤黒いワイバーンが立ちふさがった。

 軽く舌打ちして、光魔法を発動して攻撃するが、固い鱗に攻撃は阻まれてあっさりと霧散してしまう。中途半端な攻撃では、かすり傷すら付けられないらしい。


 そうこうしているうちに、チエリに攻撃したワイバーンもこちらに向かって飛んでくる。

 地上では残り一匹のワイバーンがブレスを吐きながら、アルトゥールやセオ隊長達を追い回していた。空中からブレスで攻撃してくるワイバーンに騎士の三人は反撃できず、ひたすら攻撃をかわして逃げるしかない。


 何とかしなければ……。


 自分の目の前に立ちはだかる二体のワイバーンにそれぞれ攻撃して、注意をこちらに引きつける。怒った二体のワイバーンはブレスを吐きながら飛び回るフィオナを追い回してきた。


 ちらりと地上に目を向ける。

 ブレスにやられたのか何人かが地面に倒れていた。


 このままではアルトゥール達がやられるのも時間の問題だ。

 気づけば、フィオナは地上を攻撃していたワイバーンに光魔法をぶち込んでいた。

 背後からのいきなりの攻撃に三体目のワイバーンも狂ったようにこちらに向かってくる。


 第一級魔獣と三対一。笑うしかない。


 ポーチから一本しかない、特級の魔力回復ポーションを取り出した。ワイバーンの攻撃をかわしながら、乱暴にシールを剥がして一気に飲み干す。


 一気に身体が魔力でいっぱいになる。魔力が身体からあふれてしまいそうなほどにみなぎってきて、まるで軽い麻薬を吸ってしまったかのように気持ちが高ぶった。

 これが特級!?

 これならいけるかも!


 ふうっと、深く息を吐いて、魔力を練る。

 飛び回りながら呪文を唱え複雑な術式を組んでいく。

 ブレスが飛んできた。

 ぎりぎりでかわして、防御魔法で余波を防ぐが、中断させられた呪文に舌打ちしつつ、再度呪文を唱え完成させる。


 三体のワイバーンの真上に金色の巨大な魔法陣が展開した。

 光魔法最大の攻撃魔法。

 ファイヤーグリズリーを一瞬で倒した術である。

 単発でも魔力消費が激しいこの攻撃を、三体同時に発動させるなんて、普通なら無理と諦めるところだ。

 特級ポーションでハイになってなければやろうとも思わなかっただろう。

 

 一気に魔力を開放させた。

 ドンという轟音と共に三体に巨大な光の柱が貫く。硬い鱗をものともせずに、ワイバーンの身体にどでかい穴をあけた。


 一体は急所を貫いたのかそのまま塵となって消え、残り二体はふらつきながら草原へ落ちていく。

 それを追いかけながら、今度は闇魔法の呪文を唱えが、全然魔力が足りない。

 残り二本しかない金のポーションの一本を開け、飲み干した。

 ここで殺らねば、こっちが全滅する。

 さすが金のポーション。特級には全然劣るが、それでも魔力が回復してくる。

 振り絞るように魔力を練って、デスサイスを発動させると、弱った一体に向けて一気に間を詰めた。向こうも捨て身で渾身のブレスを吐き出してくる。防御魔法を発動させる余力などないのでかわすしかない。箒の速度を一気に速め、ブレスの軌道から逃れようと、ぐんと向きを変える。ぎりぎり逃れるが、余波を食らって、左腕に傷みを感じた。


 そのまま即座に回り込んでワイバーンの首にデスサイスを振り落とす。

 鳥肌が立ちそうな咆哮を上げて、ワイバーンは塵と化した。 


 まだだ。

 気を抜いたらすぐにデスサイスが消えてしまいそうになるのを、必死にこらえ、もう一体へと、箒をかっ飛ばす。

 こちらはすでに瀕死だった。

 それでもフィオナが近づくと、目に怒りの光を湛えて、先ほどのワイバーンと同じ咆哮を上げる。弱いブレスが放たれるが、それをさっとかわし、首をデスサイスで切り落とした。

 最後のワイバーンが塵となって消えると、一気に力が抜けて、箒にすら乗っていられなくなる。ずるりと身体が傾いた。もう意識を保つことすら難しい。

 真っ逆さまに地面に向けて落下していく。

 この後くる地面とぶつかる衝撃を覚悟して、フィオナは意識を手放した。



 「……ナ!フィ……ナ!」


 うるさいな……。少し休ませて。


 「フィオナ!フィオナ!しっかりしろ!」


 聞こえてきたアルトゥールの声に、はっと目を開ける。


 「フィオナ!大丈夫か!?」

 「あ……、る……?」


 あの高さから落ちて死ななかったのか?


 「いいから飲め!ほら!」


 口元に当てられた瓶に、アルトゥールがフィオナのポーチから最後の一本となった魔力ポーションを出したのだと分かり、口を開こうとするが、さすがに全く動かなかった。口の横からたらりとポーションがこぼれてしまう。


 「フィオナ、悪い。飲ませる」


 アルトゥールがポーションをぐいっと口に含んで塞いで来た。

 シキと全然違う感触になんだか泣きたくなった。

 シキに会いたい。

 それでもなんとかポーションと飲み干すと、アルトゥールに抱きあげられた。

 

 セオ隊長にイアン副隊長は?コロラ王国の騎士のみんなは?


 聞きたいのにまだ声も出ずにじっとアルトゥールを見ると、察したのかすぐに話し始める。


 「みんな無事だ。怪我はしているが命に係わるほどではない。フィオナのおかげだ」


 視線をさまよわせると、遠くにコロラの騎士達が座り込んでるのが見えた。アルトゥールは身体の向きを変え、反対側に倒れているセオ隊長と座り込んでいるイアンの元へ歩いていく。


 「アルト君、良かった。フィオナさん間に合ったね。落ちて来る彼女をよくもまあ、あんな神業みたいに抱き留められたね」


 イアンが苦笑して、フィオナを見ると、本当に良かったとつぶやいた。


 「セオ……たいちょ……は?」


 なんとか声が出るようになって、倒れてピクリとも動かないセオ隊長が心配になってかすれた声で尋ねる。


 「大丈夫。この馬鹿、僕を庇ってブレスをかすったんだよ。気を失っているだけだから」


 ブレスをかすった!?かすっただけでもあの威力では大けがだろう。

 見れば、うつ伏せになっているセオ隊長の背中は服が破れて、赤黒く焦げたように爛れている。


 「ポーチに、傷薬、入っているから、セオ隊長に、飲ませて……」

 「悪いねフィオナさん、有り難く貰うよ」


 イアンはフィオナのポーチから普通の傷薬を取り出した。


 「それじゃないやつ、特級」

 「だめだよ。それは君の為にシキ君が持たせたんだろう?大丈夫。隊長はこのくらいでくたばらないから」


 そう言ってイアンはセオ隊長の頬を思い切りぶっ叩いた。


 「ほら、起きろ、馬鹿隊長!」


 この人はこんな時まで容赦ない。少し顔がボコボコになるまでイアンはぶっ叩く。


 「イアン副隊長!やりすぎです!」


 さすがにアルトゥールが止めると、丁度タイミング良くセオ隊長が目を覚ました。


 「ほら、フィオナさんがくれた貴重な傷薬だ!さっさと飲め!」

 

 セオ隊長がポーションを飲み、傷がみるみるよくなっていくのを見て、フィオナは、はっと思い出して身体を強張らせた。


 「ロアルさんと、チエリちゃんは!?」


 そうだ、ブレスを受けてそのまま森へと落ちていったままだった。


 「分からない、戻ってきていないんだ」

 「探しに行かなきゃ!」

 「俺が行ってくる。フィオナはここでセオ隊長達と休んでいろ。もうすぐリヒト副隊長達も戻ってくるだろう」

 「私も行く!お願い!アルト!すぐに良くなるから、おぶっていって!ケガしていたら治療が必要かもしれないっ」

 「……分かった」


 アルトゥールは一旦フィオナを地面に降ろすと、背中におぶる。


 「すいません、フィオナさん、僕も行きたいのですが、足を怪我してしまって……」


 さっきからイアンが座ったまま全く動かないと思ったら、左の足首が焦げたように真っ黒くなっていた。


 「それならポーションを!」


 慌ててポーチに手を伸ばそうとするフィオナにイアンは首を振る。


 「もう残りわずか何でしょう?大丈夫です。それよりロアルさん達が怪我しているかもしれない。取っておきなさい」


 優しくそういうイアンに、渋々うなずくと、アルトゥールが行くぞと言って走り出した。


 どうか無事でいて欲しい。

 ぎゅっと目を瞑ってアルトゥールの背中にしがみつくと、それを感じたのかアルトゥールは一気に足を速めて森へと入っていった。


 森に入ってしばらく進むと、前方からガサガサと音が聞こえ、アルトゥールは足を止め身構えた。

 背中越しに、フィオナにも緊張が伝わってくる。

 ひときわ大きくがさりと音がして、飛び出してきたのは、なんとヒュラン王子だった。


 「ヒュラン王子!?」

 「おお、お前たちか……、助かった。落ちた場所に魔獣が数匹いてな、はあ。良かった。ワイバーンはどうした?」

 「ワイバーンは倒しました。それよりロアルさんとチエリちゃんは!?」

 「ああ、女の方は、大した怪我はない。今魔獣と戦っているだろう。男の方は、あれは多分死んでいるな。落ちてから全く動かなかったからな」


 あっさりと放たれたヒュラン王子の言葉に二人は固まった。


 「どこだ!?どこにいる!?」


 アルトゥールが片手でヒュラン王子の襟首をつかんで揺すった。


 「貴様!さっきから無礼だぞ!この手を離せ!」

 「アルト!だめだよ、離して!ヒュラン王子お願いです!案内してください!」

 「冗談だろう?魔獣の元に戻れというのか?冗談じゃない。私は落ちた衝撃で腕を怪我しているんだ。こんな身体で魔獣のいる場所に戻れるわけがないだろう。そうだ、お前ポーションを持っていないか」


 あっけらかんと言う王子に、怒りで血が沸騰しそうだった。


 「アルト、降ろして」


 自分でも恐ろしいほど声が冷えていたと思う。アルトゥールから降りると、ヒュラン王子の目の前に立つ。

 まだあまり戻っていない魔力で、手の平に雷撃を集めた。

 反対の手で王子の襟首をつかむと、雷撃をまとった手を王子の顔の目の前に持ってくる。


 「案内しろって言ってるのが分からないの?魔獣と私どちらが怖いと思う?」

 「わ、分かった、だからその手を降ろせ」


 ヒュラン王子はくそっと吐き捨てると、渋々元来た道を戻り始めた。


 しばらく行くと、不意に瘴気が濃くなる。

 何かが戦うような音も聞こえてきた。


 「アルト!あっち!」

 「ああ!」


 アルトゥールはフィオナをおぶったまま、一気に走り出す。

 がさりと高い草をかき分けると、その先にチエリが一人魔獣数体に囲まれていた。


 「アルト!先行って!」


 アルトゥールはうなずくとフィオナをおぶっていた手を離してかけ出した。

 背の高いアルトゥールに強引に降ろされ、したたかに尻を打ったが、そんな事よりチエリだ。

 すぐに立ち上がって走り出す。


 その間にもアルトゥールは、魔獣をあっという間に薙ぎ払ってしまった。

 チエリは茫然とその場に立ちすくんで、周りに倒れた魔獣を見つめている。


 「チエリちゃん!」


 呼び掛けにチエリははっと我に返って、後ろを振り向き、ようやくアルトゥールに気づいた。魔獣を倒した相手が誰なのかと気付き、泣きそうなほっとしたような顔をする。


 こちらに駆けて来るかと思ったチエリは、すぐに踵を返してフィオナと反対方向へ駆けていった。

 そして、少し離れて倒れている男の側に膝をついて、その胸に手を当てて声を上げる。


 「隊長!隊長!しっかりして!お願い!隊長!」


 叫ぶチエリの声が涙交じりになる。


 「ロアルさん!」


 駆け寄り近づいたロアルは、ピクリとも動かない。


 「フィオナちゃんどうしよう!隊長、心臓動いてないの、さっきまで息してたのに!やだ、隊長!お願い!」

 「ロアルさん!?」

 「ロアル!」


 泣き叫ぶチエリの横にひざまづいて、ロアルの心臓に耳を当て、鼻と口元に手を当てる。

 息もしていなければ、心臓も動いていなかった。

 ぶわっと全身から冷たい汗が吹き出す。


 「隊長、お願い、死なないで!おいていかないでっ!嫌だ、お願い、隊長!隊長!」

 「チエリちゃん、ちょっと離れて」


 ロアルの胸にすがって咲き叫ぶチエリを、離れるように手で押し戻した。


 「フィオナちゃん……?」


 ぼろぼろと涙をこぼしながらチエリがこちらを見る。


 昔メリダに習った蘇生法を思い出す。

 うまくいくか分からないけど、やるしかない。

 ロアルを死なせたくない。絶対に。


 ロアルの顎をくいっと上に向かせると、フィオナはすうっと息を大きく吸い込んだ。

 ロアルの口を塞いで、思い切り息を吹き込む。横目で見ると、胸が少し上がった気がした。吹き込んでから軽い雷撃魔法でロアルの心臓の辺りに一発雷を打ち込む。

 もう一度息を吹き込み、雷撃。

 胸に当てた手にはまだ鼓動が伝わってこない。更に続ける。五回、六回……。


 フィオナがロアルを蘇生させようとしているのだと気づいて、チエリとアルトゥールが必死にロアルに呼びかけた。


 「隊長!隊長!お願い!戻ってきて!」

 「ロアル!起きろ!こんなところでくたばるな!」


 十回目の雷撃を心臓に流し込む。戻らない。くしゃりと顔が歪んだ。

 だめなのか……。


 「たいちょう……。お願いだよ、死なないで、行かないで、私、まだ隊長に好きだって言えてないのにっ、お願い、もう一回でいいから、目を開けて!そしたらもうなんにもいらないからっ!」


 ぼろぼろと泣きながらチエリは叫ぶ。その悲痛な声が頭に響いた。


 それは自分も知っている声と感情。

 シキが死ぬかもしれないと思ったときの自分と全く同じ。

 チエリの声は諦めかけたフィオナの心に突き刺さった。


 「ロアルさん、だめだよ!戻ってきて!」


 思い切り息を吹き込むと、強めに雷撃を流した。

 とくん。

 小さく左手に鼓動が伝わる。

 ふうっと小さな息を吸い込む音が口から聞こえた。


 「隊長!隊長!死なないで!好きなの!お願い!」

 「戻った!」

 「え!?」


 胸が上下に動き出したのを確認すると、ポーチから特級の傷薬を取りだして、蓋についている金のシールをビリッと破く。


 ポーションを口に含み、ロアルの口を強く塞いで液体を流し込もうとするが、飲み込む力がないのか喉が動かないのを見て、やむを得ず口を塞いだまま、ロアルの鼻を軽くつまんだ。

 また呼吸が止まってしまわないか心配だったが、ロアルは反射で液体をごくりと飲み込んだ。すぐに口を離すと、浅く細かい呼吸を繰り返している。

 少し間を開けて、数回に分けてポーションを飲ませ終わると、フィオナはへたりと脱力した。


 目の前のロアルはまだ目を開かないが、規則正しく呼吸を繰り返している。

 特級を飲ませたのだ。これで絶対に大丈夫だと確信があった。


 「よかった……」


 こぼれるようにつぶやくと、チエリが飛びかかって抱きついてきた。


 「フィオナちゃん!あり、ありがとうっ、たいちょ、生き返った!よかったああ!」


 わんわん泣きながらぎゅうと抱きついてくるチエリを、思い切り抱きしめ返した。


 「うんっ……、よかったっ、本当に……」


 つられたように、涙がぼろぼろ零れ落ちる。

 本当に良かった。

 そのまま二人はしばらく抱き合ったまま涙を流し続けたのだった。

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