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ワイバーン

 デーモンミノタウロスに実際遭遇したら、もしかしたら、昔の事を思い出して、恐怖で戦えなくなってしまうのではないかと、どこかで不安に思っていた。

 だが、実際その巨体を目の前にすると、不思議なほど心は穏やかだった。

 もちろん第一級魔獣からの威圧感や、その獰猛な見た目に多少の怖さは感じるが、それは他の魔獣となんら変わりのないものだった。


 三体いるデーモンミノタウロスのうち、一体はリヒト、二体目をセオ隊長とコロラの騎士二名。三体目をアルトゥールとイアンで相手をしていた。


 どこに加勢するべきか迷い、コロラの騎士二名がすでにかなりの重症を負っているのに気づき、そちらに向かう。最初から遠慮するつもりはない。


 「セオ隊長!離れて!」


 フィオナが叫ぶと、セオ隊長はコロラの騎士二人を突き飛ばし、自分も転がるように距離をとる。

 スズランの悪夢の時と同じ闇魔法で、真っ黒な闇の鎌デスサイスを出現させ、一気にデーモンミノタウロスに詰め寄ると首をかき切るように振り下ろした。

 首はあっけなくごろんと地面に落ちて、切り口からその頭と体が塵になっていく。


 あっけなく倒してはいるが、魔力消費が半端ない。ポーションで回復させた魔力がどんどん減っていく。

 そのまま、近くにいたリヒトの元に駆けだすと、気づいたデーモンミノタウロスが、口から魔法弾をフィオナに向けて打ってくる。

 避ける余裕も、防御魔法を使う余裕も全くない。

 だけどそのまま突っ込む。


 「はいはい、お任せください」


 言わなくても分かってるというように、その魔法弾をリヒトが防ぎ、フィオナの盾となってくれる。

 もちろん、信じてましたよ。

 心の中でそう告げて、ふふっと笑うと、そのままデーモンミノタウロスを真っ二つにした。


 時間がない。

 この魔法は本当に魔力消費が激しい。

 そのまま顔を巡らせ、アルトゥールとイアンが苦戦しながら戦っているデーモンミノタウロスの元へと、駆けだした。


 「イアン、アルト君!そこから逃げてくださーい!破壊王が通りますよー!」


 しゃべる余裕もない時に、リヒトまで!

 でも助かります!


 リヒトはフィオナの前を走って、標的をこちらに変えたデーモンミノタウロスの攻撃を次々と防御魔法で弾いていく。

 そうして、自分も一発攻撃魔法をくらわせて、目くらましをしてから、フィオナに前を譲った。


 なんて素敵なんだろうか、この人は。

 

 そう思いつつ、切れそうになる魔力を振り絞って、デーモンミノタウロスの胴を横にかき切った。

 上半身と下半身を真っ二つにされて、ばったりと倒れた巨体は、そのまま塵となって消えていった。


 三体倒し終えたのを確認すると、途端に力が抜けてしまって、がっくりと膝をつく。


 「フィオナ!」


 アルトゥールがすぐに駆け寄ってきて、支えてくれた。


 「ごめ……ん、魔力、使いすぎ、た」


 まずい目の前がちかちかしてくる。身体もがくがくして、アルトゥールに寄りかかるように身を任せた。


 「アルト、ポーチから、ポーション、取って」


 アルトゥールが腰に巻いている、ポーチを開けて中を見て困った様に訪ねてくる。


 「魔力のポーションはどれだ?青い瓶か?それとも、この変な模様の瓶か?」


 魔力ポーションを普段飲まないアルトゥールには、分からなかったらしく、リヒトがすぐにやってきて、これですよと取り出して蓋を開けてくれる。


 「はい、フィオナさん、瓶持てますか?持てなさそうですねー。口元に持っていきますから頑張って飲んでくださいねー。さすがにシキ君みたいなことはできないので」


 おっとりとリヒトに言われ、朦朧とする頭が少しだけ恥ずかしさで正気に戻る。


 口に冷たい瓶の感触がして、少しずつ、液体が口に流れ込んできた。こぼれないように、ほんの少しずつ流してくれているらしい。

 それを、小さく飲み込んでいくと、徐々に頭がはっきりとしていた。


 気づくと周りには、ロアル達も集まって来ていて、じっと様子を見守っている。


 ポーションを全て飲み終わると、真上からほっとしたようなため息が降ってきた。

 アルトゥールの心配そうな目と視線がかち合う。


 「大丈夫だよ……」


 かなり限界まで魔力を使い切ったせいで、すぐには身体が戻らず、力なくつぶやくと、アルトゥールは口を開いた。


 「フィオナ、おま……」

 「そこの女魔導士!やるではないか!名は何という!?」


 アルトゥールの言葉をさえぎってきたのは、言うまでもなくヒュラン王子であった。


 「ヒュラン王子、彼女は今魔力欠乏で、朦朧としています。申し訳ありませんが、しばらくそっとしておいてはもらえませんでしょうか」


 ぴしゃりと進言したのはロアルだ。内心では怒っているだろうに、顔に出さないようにしている。


 「今その者は大丈夫だと言ったではないか!話すくらいよかろう」

 「ロアルさん、大丈夫です。私は、カプラス王国、王宮魔導士のフィオナ・マーメルと申します」


 こんな事で、ロアルが非難されてはと思い、自分から名乗る。すでに話せるくらいには回復してきている。


 「フィオナか。そなたの魔法はなかなかのものだった。どうだ?私付きの側近として我が国に来ないか?」

 「は?」


 思わずまぬけな声が出てしまったのは仕方がないだろう。

 見れば周りもぽかんと口を開けて、ヒュラン王子の言葉を必死に理解しようとしている。


 ヒュラン王子の側近?

 何を言っているのだろうか、この馬鹿王子は。

 どううまく断れば角が立たないか必死に考えていると、ヒュラン王子はいきなり手首を掴んで引き寄せようとしてきた。

 アルトゥールに身体預けているのを、思い切り引っ張られて、痛みに顔をしかめると、王子の手首をアルトゥールががしっと掴んで止めた。

 睨むようなアルトゥールの顔に、ヒュラン王子はすっと目を細める。


 「貴様、無礼だぞ」


 それに応えず、王子の手を払いのけ、フィオナを抱きあげるアルトゥールに、フィオナは背中に冷や汗がつたった。ヒュラン王子に捕まるのは嫌だが、これでは反感を買ってしまう。


 「ヒュラン王子、部下が失礼を致しました。ですが、王子の方もいささか強引ではないでしょうか?」


 横から低い声で助け船を出したのはセオ隊長だった。


 「なんだお前は」

 「私は王宮騎士団で北地区の隊長をしている、セオ・ブラックウェルと申します。そこのフィオナ・マーメルは国王直属といっても過言ではない身分の者です。そのローブの色と、胸元の紋章が証です。どうぞ彼女から手をお引きください」


 ヒュラン王子は、見た目がものすごく怖いセオ隊長にすごんだ声で進言され、若干ひるんだ後、フィオナの着ているローブに目をやると、ふんと鼻で息を吐き諦めたように離れる。

 

 ローブの金色が国王の色だとは知っていたが、紋章にそんな意味があるとは知らなかった。

 ともかく助かった。

 アルトゥールに抱きかかえられたままだが、ここは大人しくしていた方がよさそうだ。


 「それより、ヒュラン王子。よろしければ第一級魔獣に追われていた状況を教えていただけないでしょうか?我々も麓からこの山頂まで魔獣を討伐しておりますが、コロラ王国側の魔獣の様子を教えていただきたい」

 「フン、それなら、こいつらに聞け。私は疲れた休む」


 そう言ってヒュラン王子は離れた場所にごろりと横になってしまう。

 セオ隊長はそんな王子に少し目を細めるが何も言わず、側近らしき男に視線を向けた。


 「助けていただいてありがとうございます。王子は少々傍若無人といいますか、気位の高いお方ですのでお許し下さい」


 王子に聞こえないように声を落として恐縮する側近の男が哀れになってしまう。


 「いや、構わない。それより状況を」

 「はい、私はヒュラン王子側近のジェスタと申します。我々は三日前にコロラ王国側の麓から、騎士百名、魔導士三十名の部隊で上がってきました。中腹までは順調に討伐を進めてこれたのですが、徐々に魔獣の数が多くなり、けが人も多くなってきたので、一旦引き返そうという話になっていたのです……」


 そこでジェスタはまた声を落とした。


 「ですが……、その、ヒュラン王子が一旦戻ってまた来るのは面倒だからと、山頂までの討伐を強行されたのです」


 皆の顔が一気に憐みに歪む。


 「魔導士も多数いたので、いざとなれば箒の後ろに乗って、いつでも帰れると思っていたのでしょう。それから中腹先は魔獣が絶えず襲ってきて、部隊の三分の一は魔獣にやられてしまいました。それでも何とか先に進むと、木の生えていない岩場のような場所に出たんです。そこで休んでいたら……」


 急にジェスタの身体が震えはじめた。


 「お、おい大丈夫か!?」

 「す、すみませんっ、その、そこで休んでいたら、わ、ワイバーンが三体、そ、空から、襲ってきたんです」

 「ワイバーン!?」


 ワイバーンは羽根の生えた竜のような形をした第一級魔獣である。それも第一級の中でもかなり危険とされているものだ。


 「わ、ワイバーンは、ブレスで一面を薙ぎ払い、飛んで逃げようとする魔導士をことごとくブレスや強風で落としていきました。魔導士の中でも精鋭の者が数名生き残ったのですが、そ、そのヒュラン王子が……、その者達を、囮にして……」


 それ以上先は口にできないと、声が小さく消えていく。

 悲痛なジェスタの声に、フィオナはふつふつと怒りが湧き上がってくる。

 あの王子は部下を何だと思っているのだろうか。

 囮にされた魔導士はおそらく死んだのだろう。


 「それからは、もう、夢中で、どこをどう走ってきたのかも覚えていません。騎士の精鋭二人がなんとか私たちを守ってくれましたかが、山を下りるにも、魔獣でいっぱいで降りられず、なんとかいない場所を逃げ回っていたら、あのデーモンミノタウロスに鉢合わせをして、もうだめだと思いました。それで逃げてきた所に偶然あなた方に会い、助けて頂いた次第です。本当にありがとうございます!」


 ジェスタが深々と頭を下げる。


 「事情は分かりました。でしたら、一旦我らと共に、カプラス王国側に下りて、そこから国境のゲートまでお送りいたしましょう」

 

 セオ隊長がそう言うと、ジェスタは涙を流して礼を言った。

 ちらりとヒュラン王子を見ると、足を組んでごろんと寝転がったまま、我関せずといった様子だ。

 カプラス王国の騎士達を運ぶために、リヒトはベースキャンプに一番隊のメンバーを呼びに飛んでいった。彼なら一人で行動しても大丈夫だろう。


 その間、セオ隊長達は、コロラ王国の騎士達の傷の手当をし始めたので、フィオナはアルトゥールに声を掛ける。


 「アルト、そろそろ降ろして」

 「もう大丈夫なのか?」

 「うん、何せ金のポーションだから。もう、だいぶいいよ。それからありがとう」 

 「うん?」

 「さっき、あの馬鹿王子に捕まれた時に……」


 小声で言うと、アルトゥールは吹き出した。


 「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。まあ、同感だけどな」


 二人でけらけらと笑い合っていると、なにか不意に嫌な予感がした。

 瘴気の匂いがする。

 ぱっと振り返り、薄暗くなってきた草原を見わたすと、山脈の向こう側から、黒い点が三つ飛んでいるのが見えた。それはどんどんこちらに近づいてくる。


 背中がつうっと冷たくなり、全身にぞわぞわと鳥肌が立って来た。


 「フィオナ、どうした?」

 「アルト、あれ、何だと思う……?」


 まだ小さい黒い点にしか見えないものをじっと目を凝らしてみる。徐々に近づいてきたそれの姿が遠目でもなんとなく分かった。


 まるで鳥のようにも見えるが、明らかに鳥の大きさではない。


 「まさか……」


 二人の声がかぶった。


 「ワイバーン!?」


 大声で叫ぶと、全員がこちらを振り返る。

 今ならまだ間に合うかもしれない!でも、全員は箒に乗せられない。


 「ワイバーンが向こうに!」


 山脈の向こうを指さすと、全員がその方向を見て息を止めるようにその黒い三つの点を凝視した。

 真っ先に声を上げたのが、ヒュラン王子だった。

 彼はフィオナの元に走ってくると、いきなり腕を掴んでまくしたてた。


 「おい!お前!私を後ろに乗せて、今すぐここから逃げろ!」

 「え!?」


 確かに王子だけでも逃がさなければいけないのかもしれないが、リヒトがいないこの状況で、フィオナが真っ先に逃げたら、他の人達はおそらく全滅するだろう。


 「で、出来ません!」

 「何を!?お前、私が死んでもいいというのか!?」

 「でも、私が行ったら他の人がっ!」


 怖いくらいの形相でつかみかかってくるヒュランをアルトゥールが引きはがそうとしたとき、後ろから声が掛かった。


 「フィオナちゃん!私が王子を連れて行く!」

 「チエリちゃん!?」

 「私じゃここにいても足をひっぱるだけだからっ、全速力で王子を連れて行って、リヒト副隊長を呼び戻してくる!」

 「チエリ!」


 ロアルが心配げに駆け寄ってくる。

 チエリはさっと箒を取り出すと、またがって、王子を睨みつけて言った。


 「早く乗って下さい!」

 「わ、分かった」


 チエリは王子を後ろに乗せると、泣きそうな、それでいて悔しそうな顔をロアルに向ける。


 「隊長!すぐにリヒト副隊長を連れてきます!」

 「チエリ!頼んだ!」


 チエリがすっと箒を浮き上がらせて空に舞う。

 そのまま麓の方に向きを変えて、スピードを上げた。


 その瞬間、とんでもなく大きな魔獣の咆哮が上がった。

 どうやらワイバーンに気づかれていたようだ。

 チエリは咆哮の威圧にバランスを崩しながらも、何とか持ちこたえる。


 なんとかしなくてはとワイバーンを見ると、かなり近くまで近づいてきていた三頭の口が大きく開かれて、赤く染まっている。

 

 「ブレスがくる!」


 思わず叫んでいた。

 チエリを守らないと、そう思って箒を出す横で、ロアルがチエリに向かってすっ飛んでいった。


 信じられない光景だった。


 真っ赤なブレスはこちらに向かって真っすぐ向かってくる。


 三頭から放たれたブレスは、一つはチエリをめがけて、のこり二つは草原にいる人間に向けて。

 迷っている暇はなかった。全力で広範囲の結界を発動する。


 結界にブレスが直撃し、目の前が真っ赤に染まる。


 光が止んで、視界が戻ると、山頂にいた者は結界に守られて無事であった。

 ばっとチエリが飛んでいた方へ顔を向ける。


 二つの箒と三つの人影が、真っ逆さまに森へと落ちていくのが見えた。

 

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