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破壊王

 一番隊は野営も慣れているのか、ポーションで回復してると、皆手際よくテントを立てて、食事の準備をし始めた。

 アイビーの箱に詰められた食料品で、フィオナは女性陣と夕食を作っていく。

 こんなことになるならカレーを持ってくればよかった。無性に食べたい。

 日が暮れて、夕食も出来上がった頃、森からリヒトが帰ってきた。


 「いやあ、遅くなりましたー」


 箒から降り立ったリヒトは戦いの時とは打って変わり、いつもの様にぽやんとしている。

 なんだろう。魔獣を見ると人が変わるタイプなのだろうか。


 「それで、山の中はどうでした?」


 食事をとりながらロアルがリヒトに尋ねる。


 「うん、今日私達が狩った場所よりもっと上に、魔獣の大群がいたよ。明日はあれをなんとかしないとだねー」

 「ひええ、今日だって何百匹狩ったか分かんねーくらい狩ったのに、冗談きついぜ」

 「ロアル、凄く言いにくいんだけど、その魔獣の群れよりもっと上、山頂付近に、かなりやばそうな魔獣がこれまた結構な数いたんだよねー」

 「ええええ!?」


 リヒトの言葉に全員が悲鳴を上げる。


 「ほら、今日の魔獣、多分あれ第四級から五級くらいの雑魚ばっかりだったじゃない?明日狩りに行くつもりの群れには第三級もかなりいたよ。それで山頂には第二級クラスがごろごろしてたねー。もしかしたら第一級魔獣も混ざっているかも?上に行くほど瘴気が濃くてねえ」

 「瘴気?」


 よく分からない言葉に尋ねると、リヒトがフィオナに目を向ける。


 「あれ?初めて聞いた?魔獣が発する負の気配というか臭気というか。瘴気自体感じられる人が少ないんだけどね。ロアルでさえよく分からないっていうしねー」

 「ああ、森に入った瞬間感じた、嫌な臭いみたいなやつですか?」

 「そう、それ。君、瘴気感じられるのか……。強い魔獣ほど濃い瘴気を放つんだけど、山頂はもう近寄りたくないくらい瘴気で覆われていたよー」


 森に入った時の嫌な感じは瘴気だったのか。

 確かに、魔獣の群れからは、特に強く感じた。


 「ねえねえ、それならいっその事、フィオナちゃんに、雷撃魔法で山ごとふっとばしてもらうって言うのはどうかな!?」

 「馬鹿か、チエリ、お前は地図も頭に入ってないのかよ。オーム山脈の山頂から向こうはコロラ王国なんだぞ!吹っ飛ばしたら大問題だろうが。それに、向こう側からもコロラ王国の討伐部隊が来てるのかもしれないのに、誰かいたらどうするんだよ!」


 ロアルがチエリの頭を軽くぽかりと叩く。


 「ちぇ、いい案だと思ったのにな。ちまちまやるより楽だし。せっかく破壊王がいるのにさ」

 「え!ちょっと待って。破壊王って何!?」

 「格好良くない?」

 「良くない!」


 チエリとぎゃあぎゃあ騒いでいると、ロアルがまあまあと話を戻す。


 「それで、リヒト副隊長、明日はなんとかなるとして、その山頂の魔獣はどうするつもりですか?」

 「そうだねえ、多分明日くらいには騎士団が追いついてくると思うんだけどなあ。出来たらそれと合流してから討伐に行きたいねえ」

 

 確かに、たった十人程度で、一級、二級の魔獣の群れに挑むのはさすがに無理があるだろう。

 それにしても、なんという魔獣の量なのだろうか。一か所にこんなに大量の魔獣が湧くなんて今まで聞いたことがなかった。


 「リヒト副隊長、明日狩る予定の群れと山頂以外には瘴気は感じなかったですか?」


 フィオナが尋ねると、リヒトはうーんとうなって、困った様に腕を組み頭をひねった。


 「それがよく分からないんだよねー。どうにもオーム山脈全体が瘴気っぽいっていうか……。今日見てきたのはとりあえずオーム山脈の一番手前の山の山頂だけど、もっと深いところまで魔獣が潜んでるかもしれいし、これは長丁場になりそうだねー」


 長丁場。その言葉にシキの顔が浮かぶ。

 早く帰ると言ってきたが、そうもいかないようだ。

 とにかく明日に向けて体力を回復させなければと、フィオナは早々にテントにもぐりこんだのだった。


 

 翌日の魔獣討伐は、昨日よりもかなり過酷だった。

 体力と魔力は回復させていたが、昨日より、魔獣の強さが上がっている上に、数が多かった。


 「ちょっと、これ、きりがない」


 チエリが肩で息をしながら前方に蠢く魔獣の群れを睨みつける。

 昼を過ぎたあたりで、リヒトとロアル以外のメンバーは皆顔に疲労の色が濃くなってきている。


 「ロアル。一旦全員を連れて、キャンプに戻って休んできなよー。回復したらまた来くればいいからさ」

 「リヒト副隊長は?」

 「ここに残るよー?」

 「冗談でしょう?」

 「追いかけられて、魔獣が麓に下りたら面倒だしねー。そういう輩をいかせないようにここで狩っているよー」

 「なら俺も残ります」

 「それはだめ、君も少し疲れているみたいだし、それに、隊長がいなきゃ何かあった時みんな困るでしょう。私はまだまだ余裕だから」


 そう言ったリヒトの目はおっとりとした口調に反してギラギラとし、戦いを楽しんでいる目だった。


 「でも……」

 「ロアルさん、じゃあ私が残りますよ」


 正直まだまだ魔力も体力も十分にあるし、万が一があってもシキのポーションがある。

 昨日も思ったが、このくらいなら特区に比べればなんでもなかった。


 「はあ!?それこそだめだろ!」


 ロアルが大声を上げたので、魔獣が反応して飛びかかってくる。それをフィオナはさくっと倒して、にこりと笑った。


 「私まだ全然大丈夫なので。あ、でも戻ってくるときになにか食べ物持ってきてください」

 「あー、それ私もー。いい加減なにか食べたいねえ」

 「って、副隊長!フィオナを止めてくださいよ!」

 「いいから早く行きなさい。アイビーがそろそろ限界っぽいよ」


 ロアルがちらっと振り向くと、疲れ切ったアイビーをシッサスと長い黒髪の女性ジルがかばいながら戦っていた。

 さすがにこのままではまずいとロアルは判断したのか、一つ舌打ちをすると、叫んだ。


 「全員一旦退却!ベースキャンプに戻れ!」


 あきらかにほっとした顔で、チームの者達は箒にのると、さっと魔獣の群れから距離をとろうとする。それを見た魔獣たちが、行かせまいと、追いすがりながら箒に向けて攻撃魔法を放った。


 フィオナは瞬時に間に入り防御魔法を発動する。

 もうこれは特区で散々やらさせた。いつでもどこでも、瞬時に結界が張れるように身体にしみこまされている。シキに感謝だ。

 その間にロアル達は距離をとって山を降りて行った。

 ロアル達の姿が見えなくなった途端、リヒトの魔力が一気に膨れ上がった。


 「フィオナさーん、そのまま結界張っててくださーい」


 何か派手な攻撃魔法をするつもりだ。

 結界を強化して身構える。

 

 リヒトが術を発動させると、辺り一帯に黒い魔方陣が地面に現れて、そこから真っ黒な闇がドンと立ち上がる。

 その黒い闇にふれた魔獣が一気に塵になって消え去った。

 今ので五十匹近くは葬っただろう。


 「すごい!リヒト副隊長!」


 思わず大声を出してしまう。


 「フィオナさんも、私以外の人間はいないのですから、遠慮しなくてもいいですよ?範囲魔法を使っても、私ちゃんと避けますから。当てるつもりでも大丈夫ですよー」


 戦闘モードのリヒトがにやりと笑う。

 そういう事なら。


 「はいっ!では範囲雷撃いきまーす!」


 喜んで叫ぶと、リヒトは左手でオーケイと合図をして、手近な魔獣をどんどん倒していく。

 魔力を練ると、リヒトがいる側とは反対側に雷撃の雨を降らせる。もちろん山吹っ飛ばし事件よりかなり魔力は抑えてだ。

 雷撃に撃たれた魔獣たちが、次々と倒れていった。

 ちらりとリヒトを見ると、流れていった雷撃を左手で防御結界を作り軽くかわしている。


 何度かそんな範囲魔法を使いつつ、リヒトと共に戦っていると、段々息が合ってくる。

 すごく戦いやすい。

 お互いがお互いの背を守り合う様に戦い、範囲魔法でどんどん数を減らしていった。


 「いやあ、フィオナさん、やりますねえー」

 「リヒト副隊長が上手くカバーしてくれるからです。すごく戦いやすいです」

 「私も、こんなに息が合うのは久しぶりで、楽しくて仕方ありませんよ。どうです?あとおそらく百匹程度です。ロアル達が戻ってくるまでに、片付けちゃいましょうか」

 「それはいい考えですね!ではちょっと大きいのいきますね。少しだけ時間下さい」

 「はい、お任せ下さいー」


 少し魔力消費が大きいが、魔獣にとって一番効果のある光の攻撃魔法を発動する。呪文を唱えている間に襲ってくる魔獣は、あっさりとリヒトが薙ぎ払ってくれた。

 ためた魔力を開放すると、空に何個もの金色の魔法陣が展開される。

 一斉に光の矢が降り注いで、辺り一面を真っ白に染めていった。


 光がおさまった後には、そこらじゅうに倒れた魔獣が転がっていた。

 だがまだ数匹動く影が見え、それらが山の奥へと逃げようと走っていく。


 「逃がすと思いますか?」


 リヒトは箒を出すと、ぐんとスピードを上げて、残りの魔獣を倒していく。

 もちろんフィオナも追いかけて、リヒトと二人狩り残しがないか、箒に乗ったまま、ぐるりとあたり一帯を見て回った。

 どこもかしこも魔獣の死骸だらけだ。


 「なんか、改めてみると、ちょっとぞっとする光景ですね」

 「まあ、明日にはきえちゃうでしょうけどね」


 魔獣は死ぬと、身体から魔素が流れ出して、一日程度で消えてしまうのだ。


 「さすがにちょっと疲れました」


 身体が少しだるい。けれど金のポーションを飲むほどではない。


 「いやー、私もです。ちょっと楽しくて張り切っちゃいました。少し休んでから帰りましょうか」


 変に意気投合してしまったリヒトと木に寄りかかって休んでいると、上空にロアルの姿が見えた。どうやらロアル一人で戻って来たようだ。


 向こうは木の影にいるこちらに気づかないようで、きょろきょろとフィオナ達を探している。


 「おーい!ロアルさーん!」


 木の影から出て、手を振ると、ロアルがすごい速さで飛んできて、すぐ横に降り立った。


 「フィオナ!大丈夫か!?怪我してないか!?」

 「してないですよ?一人で来たんですか?」

 「ああ、みんなまだぐったりしているからな。とりあえず俺だけでもと思って。リヒト副隊長は?」

 「リヒト副隊長ならそこで休んでますよ?」


 木に持たかかって座っているリヒトがひらひらと手を振る。


 「副隊長大丈夫ですか!?怪我してるんですか!?」


 座っているのを怪我をしたのかと駆け寄るロアルに、リヒトは力ない声で言った。


 「お腹空いた」


 ロアルは約束通り食料を持って来てくれていたので、リヒトと一緒に木陰でそれを食べ始める。


 「それで、魔獣は?あとどのくらい残ってますか?」


 むしゃむしゃと美味しそうにパンにかじりつく二人に、ロアルはため息まじりに尋ねた。


 「魔獣?もうこの辺には残ってないよ?」

 「うんうん、リヒト副隊長が範囲攻撃でバンバン倒してくれたから。これ美味しい。ロアルさん、もう一個食べていいですか?」

 「いやいや、フィオナさんが凄くて、いやー、楽しかったなぁ。ロアル私にももう一個」

 「まさか、二人であの大量の魔獣を全部倒したんですか……」


 ロアルが呆然と立ち尽くす。


 「いやあ、フィオナさんがいい動きするからさー、思わず調子に乗っちゃって」

 「それ私もです!すっごくやりやすかったです!」

 「いやあ、私とフィオナさん相性良いみたいだねえ。明日から私とペア組んでもらおうかな」

 「ええ!?良いんですか?嬉しいです!」

 

 二人で盛り上がっていると、ロアルががくっと膝を付いた。


 「んだよ……。めちゃくちゃ心配して飛んで帰って来たのに」

 「あっ、ごめんロアル。ありがとう。パン美味しいよ」

 「ロアルさん!ありがとうございます。パン美味しいです!」

 「パンかよ!」


 ロアルはごろんと仰向けに転がると、盛大に笑いだした。


 「っははは!信じらんねえ!二人でやっちまうとか!あははははっ!さすが破壊王!」

 「えっ、ちょっとそれ定着させるのやめて下さいっ」

 「ロアル、私にもなんかそういう格好いいあだ名つけてよー」

 

 ロアルは、うーんうーんと考え込むと、思い付かないのかあっさり諦めた。


 「チエリに言っときます」



 ベースキャンプに戻ると、皆心配していたのか、わっと駆け寄ってきた。

 口々に怪我はないかと聞かれ、ロアルが魔獣はリヒトとフィオナが二人で殲滅したと告げると、全員驚愕した顔で後ずさった。


 「さすが破壊王だね……フィオナちゃん」


 チエリが若干魔王を見るような目を向けてきて、ちょっとへこんだ。


 その日の夜も同じ場所で野営だ。皆で夕飯を食べていると、遠くからドドドドっと音が聞こえてきた。

 何かが大群で駆けて来るような音に、フィオナは魔獣が山から降りて来たのかと身構える。


 「ああ、やっと来ましたねー。騎士団の皆さん」


 呑気な声を出したのはリヒトだ。

 確かに音が聞こえてくるのは、森の方からではなく、ソレルの街の方角からだった。


 夕闇に染まりつつある中、念の為に目を凝らしていると、馬に乗って駆けて来る大軍がこちらに向かっているのが見えた。


 やはり騎士団のようだった。


 リヒトはこちらの居場所を伝えるために、空に向かって火炎魔法を数度上げると、騎士団からも、火炎魔法が上がった。どうやら魔導士もいるようだ。


 騎士団はこちらに近くなると速度を緩めて、ゆっくりと近づいてくる。

 馬にまたがって先頭で指揮している人物と、その横にいる見知った顔にフィオナはぱっと笑みがこぼれた。


 指揮官は馬から降りて、こちらに歩いてくる。

 大きな身体にとんでもなく怖い顔つきのその男は、見た目に反してとても優しい北騎士団隊長のセオだった。


 「お疲れ様です。リヒト副隊長、それに一番隊の皆さんとフィオナさん」

 「お疲れ様ー、セオ隊長。長旅で疲れたでしょう」

 「いやいや、遅くなってすまなかった。明日からは討伐に参加しますよ」


 セオ隊長の後ろから、副隊長のイアンとそれともう一人よく知った顔がやってきて目を見開く。


 「アルト!?」

 「フィオナ、怪我してないか!?」

 「してないよ!アルトも遠征に参加だったんだね!」

 「フィオナさん、久し振り。元気そうだね」

 「イアン副隊長、お久しぶりです」

 「良かったよ。来たら山がなくなっていたらどうしようかと思ったんだ」

 「ぐっ!」


 周りにいる全員から爆笑が起こった。

 酷い。


 でも心強い味方が来てくれた事に、フィオナは嬉しくて、笑顔がこぼれてしまうのだった。


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