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畑の管理1

 フィオナがポーションを百本作り終わったのは、夜の十一時過ぎだった。途中、キノの淹れたくれたお茶を飲んで、またもや一時間ソファで爆睡してしまった。夜の六時になっても作り終えていないフィオナを、シキが夕飯に連れだし、その後戻って、残りのポーションを作り終えた。

 最初はシキが手伝ってくれるのではないかと甘い期待を描いていたが、フィオナが作業している間、シキはもう一つの作業台で、黙々と他の仕事をしていた。もちろんシキは、途中昼寝などしていない。シキにはシキのやらなければいけない事があるのだと、甘い考えでいた自分が情けなくなる。膝にキノを乗せて、にこにこしながらポーションを作っているのはどうかと思ったが……。


 「やったー!終わったー!」


 フィオナは作業台に突っ伏す。一本に使う魔力自体は大したことはないのだが、百本となれば、話は別だ。それに加えて、繊細な魔力操作で、精神力もものすごく削られる。

 作り終えたフィオナはぐったりと、作業台に顔を伏せた。


 「フィオナ、お疲れ様。よくやったね」


 やはり、シキに頭を撫でられる。すこしこのやり取りにも慣れてきたかもしれない。

 なぜかキノまで側にきて、フィオナの頭を撫でた。

 思いがけず嬉しくて、にへらっと笑ってしまう。


 「フィオナ、疲れただろう。管理棟まで送っていくから、もう休んで」

 「シキはまだ仕事をするんですか!?」

 「僕は戻ってきて、区切りの良いところまで片付けるよ。ひと段落したら、僕も休むから大丈夫だよ」

 「私、何か手伝いますよ!」

 「平気、平気。そんなに時間はかからないから。フィオナはまだ今日が二日目なんだから、無理しないで休む事。明日も朝から仕事だよ?」


 確かに、身体も精神もぐったりと疲れていたフィオナは、素直にうなずいた。

 その夜もフィオナはベッドに横になると、あっという間に意識を手放した。



 翌日、フィオナは少し寝過ごしてしまい、目が覚めたのは七時になる少し前だった。

 目覚ましをセットしたはずなのに、止めて二度寝してしまったようだ。

 慌てて着替えて、洗面所に顔を洗いに行く。キッチンからはすでにいい匂いが漂っていた。

 フィオナは、急いで顔を洗い、キッチンに駆けこんだ。


 「シキ!おはようございます!すみません、寝過ごしちゃって」

 「おはよう、フィオナ。ほら、またすぐ謝る。何度も言っているだろう?気にしないの」


 相変わらずの爽やかな笑顔に、目がつぶれそうだ。


 「ほら、ご飯を食べよう。今日は、フレンチトーストに、トマトのスープ、フルーツヨーグルトだよ」

 「おいしそうう!!」

 「美味しいよ、ほら」


 シキが、カットしたフルーツを一つ指でつまんで、フィオナの口に押し込み、ついでに、指で、唇についたフルーツの果汁を拭っていく。

 顔を真っ赤ににしながらも、もぐもぐと咀嚼する。もう、こういうシキの行動は天然として諦めるしかない。

 

 「美味しい!なんですかこれ?リンゴみたいだけど、ちょっと違うような?」

 「魔植物園の一番奥に生えているリンゴ。昨日ルティが採ってきたんだ。普通のリンゴとはちょっと違うでしょう?食べると、元気が出るよ。ただ、採りに行こうとは思わないでね。今のフィオナが行ったら確実に死ぬから」

 「いいいいい、行きません!!」

 「素直でよろしい」


 食事を終えると、二人で研究所へ向かう。

 作業場では、キノが棚の整理をしていた。頭の双葉の間から蔓を伸ばして、高い場所にある瓶も、手際よく並べている。


 「キノおはよう」


 フィオナが話かけると、キノは目をぱちくりとさせて、頭の蔓を伸ばしてきて、フィオナの手をぎゅうっと握って戻っていく。


 「握手の挨拶をしたみたいだね。キノもすっかりフィオナに慣れてきたね」

 「はい、可愛いですうう!」


 顔を嬉しそうに崩しているフィオナを見て、シキもふわりと微笑む。

 シキの、この笑顔は毎日みても飽きないなあ。


 「フィオナ。午前中は、畑に水と肥料をやりにいくよ。この園内は、魔法で、いつも程良い環境になっているし、月に何度か、ルティが園内全体に大雨を降らせているけど、それでも、畑は乾燥が早いし、同じ植物を大量に植えているから、管理が大切なんだ」

 「大雨を降らせるんですか!すごい!見てみたいですね」

 「きっと近々見れると思うから、それまでに辞めないでね」

 「絶対辞めません!」

 

 フィオナがむきになってそう言うと、シキは一瞬驚いたような顔をするが、その後とても嬉しそうに笑った。


 「じゃあ、畑にいこうか。まずはチューリップ畑からね」

 「……はい」


 畑といえばチューリップ畑ですよねー。と心のなかで涙を流す。

 シキは、マッド君三号に、肥料が入った大きな袋を持たせると、にこにこしながら、畑へと歩き出した。

 畑に着くと、今日もチューリップ達はわさわさとその身を揺らしている。ここに来るのは二度目だが、相変わらずの迫力だ。でも今日は水と肥料をやるだけだ。この前のようにはならないだろうと、フィオナは少し安心する。


 「フィオナ、最初に肥料をあげるよ。肥料のやり方を説明するね。まず、このチューリップ畑は見ての通り、六個の区画に分かれています」


 広大なチューリップ畑なために、間を人が歩けるように、道で区切られていて、畑が六つに分かれている。それでも一つ一つの区画自体が大きい。


 「同じチューリップ畑でも、区画ごとで、肥料の量を変えているんだ。森に近い所は、森からの魔素で肥料が少なくてもよく育つし、逆に離れているところは、沢山必要だったりする。でも、それも一概には言えない。だから肥料をあげる前に、畑にどのくらい肥料をあげたらいいのか確認します」


 フィオナは嫌な予感がするが、どうかその予感が外れますようにと祈る。


 「確認の仕方は簡単。めしべの蜜の糖度を見るんだ。ただ味を覚えるまでは、なんども経験するしかないんだけどね。まずはこの目の前の区画からやろう」


 シキは目の前のチューリップに近づくと、顔を寄せて、唇を合わせる。めしべを口の中で舐め回して糖度を確認しているようだった。フィオナの予感は的中した。

 しばらく蜜の味を確かめると、シキは畑から、離れる。チューリップは畑からは自力で出られないようで、シキが身体を離すと、名残惜しそうに、花びらを唇から離す。


 「うん、やっぱり、少し糖度が落ちているね。あんまり糖度が落ちると、ポーションを作った時に、効能が落ちてしまうんだ。だから、定期的に糖度確認をしなくちゃいけないよ。あと、同じ区画でも、何か所かのチューリップの味を見る事。同区画なら、さほど変わりはないとは思うけど、違う時もあるからね。じゃあフィオナ、味を覚えるためにも、この区画のチューリップの蜜を何本か確認してみて」


 やはり逃れらはしないようだと、フィオナは腹をくくる。

 畑に近づくと、早速一番近い黄色のチューリップが唇を奪いに来た。


 「うううんん!!」


 あっという間に、口腔内にめしべが侵入してくる。


 「フィオナ、味をよく覚えてね」


 シキの声が聞こえるが、フィオナはめしべの動きに圧倒されて、頭がぼうっとする。

 味、味!味を覚えないと!

 必死に理性を総動員して、口の中に広がる味を覚え込むと、畑から後ずさる。

 息も絶え絶えに戻ると、シキの手が頬に伸びて、親指で唇の蜜を拭われた。シキはその親指を自分の口に含む。

 色っぽすぎる!!フィオナは今日も全身の血液が沸騰しそうだ。


 「うん、さっきのとあまり変わらないね。このくらいの糖度だと、少し肥料不足って感じだよ。じゃあ、フィオナ、少し離れた所のチューリップの味をみてみて」

 「は、はいっ」


 フィオナは、気力を振り絞り、区画の一番端の方のチューリップに唇を合わせる。

 めしべが口に入ってくるが、あまり蜜を滴らせていなく、味が薄く感じる。

 フィオナの表情から、察したのかシキがアドバイスする。


 「フィオナ、もしあんまり蜜が出ていなかったら、舌で、めしべの茎をしごくように舐めてごらん。ポーションを作る時に、めしべを絞っただろう。そんな感じにすると、蜜が出て来るからね」


 鬼!鬼だ!フィオナはそう思いながらも、必死で舌を動かす。そうすると、めしべの先からとろりと蜜があふれてきた。味は、やはりさっきとあまり変わらないように思える。畑から身体を離して、シキの所に戻る。


 「はあっ、はあっ。シキ、さっきとあんまり変わらないです」

 「ちょっともらうよ」


 シキはまた、フィオナの口についた蜜を指ですくって舐める。


 「うん、そうだね。フィオナ、優秀だよ。じゃあ、このまま、ぐるっと各区画を一緒に回って、糖度のデータを取っていこう」

 「は、はい……」


 一時間かけて、六区画回り終えたフィオナは、地面にへたり込んだ。身体が熱くなっている。


 「あ……、まずいっ」


 催淫効果にやられていると、すぐに分かった。それでもまだ、呂律が回らないほどじゃないし、身体も動く。今のうちに、異常状態解除のポーションを飲めば、ひどい事にはならなそうだ。


 「シキ、身体が熱くなってきて、蜜にやられたみたいです。ポーションをもらえますか?」


 研究所を出る前に、シキがフィオナの為に、ポーションをカバンに入れていたのを知っていたので、早く欲しいと頼み込む。

 シキはフィオナの前にかがみこむと、両手で頬に手を当てた。


 「うーん、でもまだ、早いかなあ?」

 「でも、時間がたったら、私また、動けなくなっちゃいそうですっ!」

 「うん、そうなったらポーションをあげるよ。耐性を付けるためには、ぎりぎりまで我慢した方がいいんだ。そうすることで、身体が蜜の毒素に抵抗する力をつけるからね。すぐにポーションを飲んじゃうと、なかなか耐性が付かないんだ。だからもう少し我慢してね。辛かったら、動かなくてもいいから」


 シキはふわりと微笑んで、フィオナの隣で、どの畑にどのくらい肥料をやるか、ノートに書き込んでいる。催淫効果は着々とフィオナの身体を回っていき、顔が火照って、身体中がしびれたようにじんじんしてくる。呼吸も荒くなり、頭がぼうっとする。座ってもいられなくて、芝の上に横たわった。


 「フィオナ、どうかな?何か話してみて」


 マッド君三号から、肥料を下ろして、区画ごとにかごに分量を振り分けていたシキが、フィオナの様子を見に来た。


 「シ、シキ、わたし、もう、あひゃまが、ほおっとして、りゃめれす」

 「うん、もうそろそろいいかな」


 シキはカバンから、ポーションを取り出して、自分の口に含むと、フィオナに口移しで飲ませた。

 フィオナは、ぼうっとうつろな目で、されるがままになる。三度にわけて薬を飲まされると、頭を撫でられた。


 「よく頑張ったね。フィオナ、意識はあるかな」

 「ひゃい……」

 「じゃあ、そこで、休んでいてね。少し眠ってもいいよ。僕は畑に肥料をやっているから、気分が良くなったら、肥料のやり方を見ていてね」


 フィオナはなんとかうなずいた。


 「じゃあ、ちょっと行ってくるね。マッド君三号、フィオナの側にいて、様子がおかしくなるようなら、僕を呼びに来て。フィオナも急に身体がおかしくなったら、マッド君に僕を呼ぶように言ってね」


 シキはフィオナの頭を撫でると、肥料の入った籠を持って、畑へと歩いて行った。

 飴と鞭の使い方がうますぎる、とフィオナは心の中で悔し涙を流した。

 ポーションを飲んだせいか、すうっと眠気が襲ってきて、フィオナは目を閉じた。困り顔のマッド君三号がじっとフィオナを見ている。


 「ひょっと、ねりゅね……」


 ちょっと寝るね、と言いたかったのだが、果たしてマッド君三号は理解してくれただろうか。虚ろな目で見ると、マッド君三号は小さく頭を縦に振った。フィオナの意識はすっと夢の中に落ちていった。

 ぱちりと目が覚めると、困り顔のハニワがじっとフィオナを覗きこんでいた。

 ちょっとびっくりしたが、心配してくれていたのかとおもうと、きゅんとなる。マッド君三号の頭をそっと撫でると、ハニワは少し首を傾げた。

 フィオナは起き上がると、どのくらい眠ってしまったのだろうと、腕時計をみる。おそらく二、三十分だろうと予想した。手を動かすと、もうしびれはない。


 「あー、うー、マッド君三号」


 試しに声を出すと、ちゃんと舌も回るようになっていた。マッド君三号が呼ばれたと思い、フィオナの前に来て、じっと困り顔で見つめてくる。なんだか可愛く見えてきて困る。


 「あ、ごめんね。何でもないよ」


 ハニワは首を傾げて、待機モードに戻った。畑に目を向けると、シキが箒に乗って、チューリップが届かないぎりぎりの高さから、かごに入った肥料を撒いている。しばらく座ってその様子をみていた。


 だいぶ気分が良くなったので、フィオナは立ち上がると、ふらつかない事を確認して、シキの方へ歩き出す。マッド君三号も後ろからついてきた。

 フィオナがシキのいる区画に近づくと、シキがすぐに気が付いて、フィオナの元にやってくる。地面に降り立つと、肥料の籠を置いて、フィオナの頬に両手をあてて、じっと顔をのぞき込んだ。


 「どう?よくなった?火照りは引いたみたいだね」


 そんなことをされると、また火照ってしまうが、なんとか顔に出さないように努める。


 「もう大丈夫そうです」

 「そう、じゃあ、あと一区画残っているから、肥料を撒いてくれるかな?この隣の区画だよ。区画の前に肥料の入った籠が置いてあるから、箒に乗って、上から区画にまんべんなく撒いてね。さっき僕がやってたみたいに少しずつ撒いて、区画全体にいきわたるように。あと、前も言ったとおり、上空には結界やらトラップやらが張り巡らされてるから、高くは飛ばない事。大丈夫かな?」

 「はい!」


 フィオナは言われたとおりに、肥料を撒いていく。肥料と言っていたので、腐葉土やたい肥の混ざった土のようなものを想像していたが、かごの中を見ると、粒状の透明な結晶体だった。手に取ると、魔力を感じたので、これも魔法で作られたものなのだろうと推測する。


 肥料撒きは、滞りなく終了し、ほっと息をつくフィオナだった。


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