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魔獣の森

ブクマ&評価してくださってありがとうございます。

感謝ですm(_ _"m)

 王宮を出て、部隊ごとに固まって箒で飛んでいると、隣で飛んでいたチエリがゆらりとよろめて、口元を手で覆った。


 「チエリちゃん!?どうしたの」


 チエリは口元を手で覆ったままこちらを向く。その顔は若干赤く、息も少し上がってるようだった。


 「大丈夫、ちょっと鼻血出そうなだけだから」

 「え!?鼻血!?どこかにぶつけた?」

 「違うの、さっきのフィオナちゃんとシキさんのラブラブっぷりを思い出して興奮しただけだから」


 チエリはそう言うと、手を口元から外してにたりと笑う。


 「いや、チエリちゃん違うから!そんなんじゃないの!シキは心配性というかなんというか、ほら、私弟子だから!」

 「ほほう、じゃあ、最後ハグされた時何か耳元で言われたようだけど、シキさんはなんて言ってたのかな?」

 「へ!?なんだったかな?忘れちゃった!」

 「師匠の言葉を弟子が忘れるのかな?フィオナちゃん」


 チエリの目がギラギラしていて怖い。


 「え、いや、その、頑張ってとか、そんな事だったような?」


 適当に言いつくろうと、チエリが急に我に返った様に真顔になる。


 「はあ、やっぱりフィオナちゃんはシキさんが好きなのかあ」

 「え!?何を!?」


 慌てて他に聞いている人がいないかキョロキョロと見渡してしまう。すぐ側を飛んでいる人はいなくてほっと胸をなでおろした。


 「あーあ、可哀想」


 どこか遠くを見ながらそう呟くチエリに、自分はそんなに可哀想なのだろうかと首を傾げるのだった。



 フィオナ達がソレルの街についたのは王宮を出てから四日目の夜だった。


 「はあー、やっと着いたねー。ずっと箒に座りっぱなしでお尻が痛くなっちゃったよ」


 チエリが箒から降りてお尻をさする。

 確かにチエリの言う通り、王宮を出てから、朝から晩までずっと箒で飛びっぱなしだったのだ。そりゃお尻も痛くなるというものだ。

  

 「ほら、お前らそんなところでへばってんなよ。今日はとりあえず宿に泊まって、明日早朝から討伐開始だ。チエリ、お前マシューと一緒にみんなを宿に連れて行け」

 「隊長は?」

 「リヒト副隊長とルッツと街の警備隊の所に行ってくる。遅くなるかもだから先に休んででくれ」

 「うす、了解」


 ルッツは三番隊の隊長だ。三人で魔獣の被害状況などを確認しに行くのだろう。

 フィオナはチエリ達と先に宿に入ると、明日からの討伐に備えて早々に眠りについた。


 翌朝、全員支度を整えるとソレルの街の警備隊の元へ行くことになった。

 ソレルの街は国境に一番近い街という事もあり、精鋭揃いである。だが先日の雷獣討伐で、一部隊がまるまる殲滅させられ、戦力的にも精神的にもダメージを受けたところに、あまり間を空けずまた魔獣の大発生という事態になり、かなり疲弊していた。


 「えー、みなさん、おはようございます。よく眠れましたか?」


 殺伐としたソレルの街の警備隊の詰め所に、場違いなほど呑気な声が響く。リヒトが眠そうな顔で集まった討伐部隊に話し始めた。


 「えーと、それでは先に魔獣の現状の様子をお伝えします。あー、魔獣は思っていたより沢山です。いっぱいオーム山脈から湧いています。千匹ではきかないくらいいっぱいです。王宮を出る時はコロラ王国側から発生して、こっちに流れてきているという話でしたが、向こうでかなり討伐が盛んになっているようで、逃げてきた魔獣がだいぶこっちに来ちゃってるみたいですね。なので、みんな頑張りましょう」


 まるで雑草刈り頑張りましょう、みたいな話しぶりに、へなへなと闘志がそがれていく。


 「えーと、詳しい場所と配置なんだけど、あれ?昨日の紙どこ行ったかな?あれ?」

 「リヒト副隊長、俺が話しますよ」

 「ああ、いつもわるいねえ、ロアル」


 苦笑いしながらロアルが前に出る。


 「まずソレルの街の警備隊が、すでにオーム山脈の麓の国境ゲート付近で魔獣の討伐を行っている。交代要員のソレル警備隊と三番部隊はそちらに合流し、現地にいる警備隊長に指示を仰ぐように。それから一番隊はリヒト副隊長指揮の元、ここから南西にあるモマ村へと向かう。そこは以前雷獣が巣にしようとしていた村だ。オーム山脈からそちらの方にも魔獣が流れて行っているらしい。助かった麓の村の住人はすでに避難しているが、魔獣を取り逃がせば、ソレルの街も襲われる可能性もある。充分肝に銘じて任務に当たるように」


 ロアルがぴしゃりとしめると、皆顔つきを変えて返事をした。

 それにしても、雷獣が巣にしようとしていた村と言っていたが、あれは多分シルフが人恋しくてその村に居座ったんだろうな。今ならそう分かるが、黙っておこうと固く心に決めた。何せここにはその雷獣に仲間を殺された人もいるのだから。魔植物園でペットになっているなんて知ったら反感を買いかねない。


 「一番隊出発するぞ!」


 ロアルの掛け声で真剣な顔つきの一番隊は、一斉に雄叫びを上げて、箒で空へと駆けていった。

 

 ソレルの街から箒で飛ばして二時間、遠くに猛々しくそびえていたオーム山脈は、美しい山脈から深い森を湛えた山々へと見た目を変えていった。

 山というのは間近で見るより、少し離れた場所から見る方が、壮大に見えるのだなと実感した。


 前方にモマ村らしき集落が見え、先陣を切ってロアルが降りてゆく。

 フィオナもそれに続いて降りて行った。


 「こりゃ、酷えな」


 ロアルのつぶやきに村を見わたすと、そこは惨憺たる有様だった。家という家は破壊され、畑だった場所は、魔獣の踏み跡でぐちゃぐちゃになっていた。壊れた家や、地面にはあちらこちらに血痕らしい黒ずんだ染みがあり、村全体から腐臭が漂っている。

 おそらく魔獣に食われた住民の残骸がどこかにあるのだろう。


 皆言葉なく、顔を歪めて、それでも村の様子を見て回っているのは、アドミューの街での災害で慣れているからなのかもしれない。


 口に手を当てながらも、皆に続いて歩きだそうとすると、ぽんと肩に手を置かれた。


 「フィオナ平気か?」


 ロアルが心配げに尋ねてくる。

 黙ってうなずくと、ロアルはフィオナの隣を歩き始めた。


 「みんな、家の中や物陰にまだ魔獣がいるかもしれないからな!気をつけろよ!」


 ロアルが叫ぶと皆心得ているとばかりにうなずき、緊張した面持ちで魔獣に警戒する。


 そういえばリヒト副隊長はどこだろうと顔を巡らせると、まだ村の入り口で立ったまま、森の方をじっと見ていた。


 「ロアルさん、リヒト副隊長、動きませんけど大丈夫ですか?」

 

 さすがに心配になりつい小さな声で尋ねると、ロアルはにっと不敵な笑みを浮かべた。


 「あの人は大丈夫だよ。ああ見えていざ戦闘になったら、物凄く頼りになるから」


 とてもそうは見えないが、一番隊全員がなぜかリヒトに絶対的な信頼を置いているようなので、そうなのかなと取り敢えず納得しておく。


 「魔獣数匹発見!」


 前方で男性が叫び、急いで駆け寄ると、壊れた家の中に動く巨大な影があった。


 「オークです!それも数体!」


 魔力を練ろうとすると、ロアルがすっと手で制してきた。

 その間に、一番隊の男性二人組が、あっという間に攻撃魔法でオーク数体を葬り去る。

 一番隊は精鋭と聞いていたが、少し驚いてしまった。


 「あのくらいなら、フィオナが出るまでもないよ」


 ロアルはにっと笑うと、すぐに表情を戻し、村の捜索へと戻った。

 結局村の中には魔獣はそれだけしかおらず、いったんリヒトの元へと戻った。


 「リヒト副隊長、村にはオーク数匹しかいませんでしたよ」

 

 ロアルが報告すると、森の方を向いていたリヒトはくるりと振り返る。

 フィオナは目を見張った。

 今朝出発前の指揮ではつっかえつっかえ話し、最終的にはロアルに変わって貰った人物と同じとは思えなかった。


 一言でいうと怖かった。


 元々細い目は、すっと鈍い光を湛え、ひょろっと頼りなく見えた痩せた身体は、ぴんと伸ばされた背中のせいか、さわったら切れてしまいそうな刃物のようにしなやかに見えた。村につくまでは穏やかに笑っていた口元が、きりっと横一文字に結ばれて、話し掛けのもためらわれるほどの威圧感を撒き散らしている。


 「ああ、そうだろうね。村からはあまり気配がしなかったから」


 だがそれはすぐに元の穏やかな表情と口調に戻る。一瞬見せた鋭いリヒトに誰も驚いていないのは、皆その姿を知っていたからだろう。


 「どうしますか?やっぱり森の中ですかね」

 「ああ、森の中から嫌な匂いがプンプンするよ。かなりの数だね。さあ、みんな行こうか。僕以外は単独で行動しないようにね。油断したら死ぬよー」

 「ウッス!」


 リヒトは箒を出すと先陣切って森へと向かって行った。

 ロアルが全員に指示を出す。


 「よし、お前ら、いつものチーム組で行動する事!あんまり離れるなよ。フィオナは俺とチエリと一緒に組もう。まずいと思ったら無理せず逃げる事。全員絶対に死ぬな!命令だ!」

 「はいっ!」

 「行くぞ!」


 次々にリヒトに続いて森へと飛んでいき、フィオナもロアルとチエリと共に森に入っていった。


 「なんだか、この森、変じゃないですか?よどんでいるような……」


 どうにも森全体の空気が重苦しいような、嫌な臭いがただよっているようなそんな気がする。


 「そうか?確かに暗いけどな」

 「気味が悪いのは確かだよね」


 木々の間をうまく箒で飛んでいくと、獣の雄叫びのようなものが聞こえてきた。


 「あっちだ!いくぞ」


 ロアルが向きを変えて、声のした方へと飛んでいく。

 しばらく行くと、よりよどみがひどく感じた。


 「うわっ!すげえ!」


 ロアルの声に目を凝らすと、前方に魔獣の群れが見えた。

 一瞬ぽかんとしてしまうほどの数だった。あたり一帯が魔獣で埋め尽くされているのではないかというくらい、様々な種類の魔獣がうごめいている。

 近くを飛んでいた他のメンバー達も気が付いて引きつった顔で近くに寄ってきた。

 眼鏡をかけた男性キーファがロアルに近づいて話しかける。


 「隊長……、こりゃあ、アドミューの街どころの話じゃないですね」

 「だな。だけどやらないわけにはいかないだろう。こんなのがソレルの街に押しかけてきたら、大参事だからな。よしみんな気合いれろ!」

 

 ロアルの言葉に皆目つきが変わった。

 こんな魔獣の大群に街を襲わせるわけにはいかない。

 

 一番隊が攻撃態勢に入った所に、突然魔獣たちの前にすっと闇色の箒が立ちはだかった。


 リヒトだった。その表情はさっき一瞬だけ見た鋭いものに変わっている。


 瞬く間に大量の魔獣が黒い霧に飲まれ消えていった。

 リヒトは目の前の魔獣を闇魔法で次々と葬っていく。それも尋常ではない速さで。

 ぶるりと身震いがした。

 リヒトは右手に闇魔法で作った剣を握り、ひと薙ぎで範囲数メートル以内の魔獣をいっぺんに倒していき、そうしながら左手では闇の霧を操る。チエリが言っていたやる時はやる男というのは嘘ではなかった。

 

 「リヒト副隊長に続くぞ!」


 ロアルの声と同時に、チームのメンバーが次々と魔獣を倒し始めた。


 リヒトのあまりの迫力にすっかり魅入ってしまっていたが、フィオナも慌てて、魔力を練ると、ロアルとチエリに続いて、魔獣に向かったのだった。



 「つっかれたー」


 チエリが地面にごろんと寝ころんだ。

 一番隊の他のメンバーも皆ぐったりと地面に転がっている。

 日が暮れてきたので、一旦森を出てモマ村の近くに戻って来たのだった。今日はここで野営だそうだ。

 リヒトだけが、山脈全体の様子を見て来ると言って、箒で飛んで行ってしまった。


 あれから一日中山の中で魔獣討伐をしたのだ。

 疲労と魔力不足でこうなるのも仕方がない。

 

 フィオナもチエリの横に腰を下ろす。確かに疲れはしていたが、倒れるほどではなかった。

 特区に比べれば、緊張感も危険度も全然楽に思えてしまう。

 魔力も広範囲の術を使っていないので、減りすぎてふらふらという事はなかった。


 「おーい、怪我している奴はいないかー?」


 ロアルが疲れた声で確認を取る。


 「隊長、チェルノが腕を軽く切られましたー」

 「おー、そうか。アイビー、ポーション出してやれ。あと全員に魔力ポーション配布ー」

 「やったあ!」


 ポーションと聞いて皆嬉しそうに声を上げる。

 チェルノは一番隊最年少十九歳のそばかすのかわいい元気な男の子で、アイビーは若干無表情なクールな女の子だ。アイビーの三つ上の兄シッサスもこの一番の隊員である。


 アイビーがぶつぶつと何か呪文を唱えると、地面に魔方陣が浮き上がり、そこにぱっと大きな箱が現れる。その箱を開けると、中には、ポーションや食料、飲み物、野営道具などが入っていた。


 「うわあ!何その魔法!?すごい!」


 初めて見る魔法だった。

 物をどこかに保管出来る魔法なのか、転移出来る魔法なのかは定かではないが、今まで見た事のない魔法に思わず駆け寄って凝視してしまった。


 「フィオナちゃん、これは、亜空間魔法。私専用の亜空間に荷物を保管できるの。とは言っても、この箱一個分しか空間はないんだけどね」


 アイビーは皆に薬室の魔力回復ポーションを配りながら説明をする。


 「すごい!今度教えて欲しい!」

 「いいけど、多分できないと思うよー。なんかこの魔法って遺伝らしいから」

 「遺伝?」

 「今まで他の人に教えても、うちの血縁者しか成功したことないの」

 「そっかあ、じゃあ、シッサスさんも使えるの?」

 「うん、お兄ちゃんの方がもっとたくさん荷物を入れられるよ」

 「へえー、便利だねー」

 「一家に一人これを使えたら旅行が楽だよ。フィオナちゃんがお兄ちゃんの子どもを産めば、その子は多分使えるんじゃないかな?作ってみたら?」


 全員がポーションを吹き出した。


 「なーんてね」


 アイビーだけが表情を変えずに、冗談冗談と言いながら、箱から野営道具やら食料品を取り出していた。


 皆アイビーの爆弾発言に、なんと言ったらいいのか視線をさまよわせている。

 誰かこの微妙な空気をなんとかして欲しい。

 フィオナは、若干顔を赤らめながら、ポーションを飲み干すのであった。

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