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緊急要請

 その日は朝からなんだかどんよりとした日だった。

 いつも通り朝食を取っていると、急にシキが立ち上がった。


 「シキ?」

 「誰か来たみたい」


 いつも思うのだが、声も聞こえていないのに、なぜ分かるのだろうか?

 シキが一階に下りて行ったので、気になって食事を中断して見に行ってみる。


 階段を下りて、カウンターを覗くと、そこには見知った人物が立っていた。


 「ナック隊長!おはようございます!」

 「お!フィオナちゃんおはよう!今日も可愛いね」

 「こんな朝早くどうしたんですか?」

 「緊急の書状を届けにきたの」


 ナック隊長は、シキがまさに今読んでいる書類を指さす。

 シキが眉間に皺を寄せていることから、あまり良くない内容の手紙なのだと見当がついた。

 シキは読み終わると、それを封筒に戻してポケットにしまう。


 「シキー、それは握りつぶせないからねー」

 「分かってますよ。ルティと相談したらすぐに返事しますよ」

 「決まったら南のゲートに知らせにきて。そこからはこっちで手配するから」

 

 ナック隊長はそう言って、にこやかに手を振って帰って行った。


 「シキ、何のお手紙だったんですか」

 「とりあえずフィオナ、急いでご飯食べてきて。食べ終わったら、すぐに研究棟に来てくれる?僕は先に行っているから」

 「なら、私も一緒に行きますよ?」

 「だめ。ちゃんと食べておいて。多分忙しくなるから。お願い」

 「……分かりました」


 シキは今までになく険しい顔で、薬剤室の扉から出ていった。

 なんだか嫌な予感がしてたまらないが、とにかく言われた通り、朝食の残りを急いで胃に流し込んで、研究棟へと向かったのだった。


 研究棟に行くと、作業場にシキはおらず、ルティアナが保管庫からポーションを出して忙しそうに動き回っていた。


 「ルティ!おはようございます!シキは?」

 「急ぎで素材を取りに行ってるよ。フィオナちょっと座りな」

 「はい」


 ただ事ではない様子に、フィオナは不安を隠せないまま、ソファに座る。

 テーブルの上にさっきの書状が置かれてあった。

 ルティアナは、作業台の上にポーションを置くと、ソファに座って、淡々と話し始める。


 「コロラ王国との国境付近で大量の魔獣が発生したらしい。それで国王より緊急要請で、魔植物園から誰か一人討伐部隊に参加させろと言ってきた。フィオナ、あんたが行ってきな」

 「私ですか!?」

 「嫌なのかい?」

 「いえ、嫌どころか役に立つならいくらでも行きますけど、大量に発生したんですよね?私よりシキや、ルティが行った方が、戦力的に良いんじゃないかと」

 「ま、あんたの言う通りなんだけどね。私はちょっとやらなきゃいけない事があって今ここを動けない。シキは集団行動に向いていないし、魔獣のせいでポーションの依頼も山のように来ている。だったらシキにここでポーションを作ってもらう方がいいかと思ってね。まあ、こういう遠征をあんたに経験させるいい機会だ」


 確かに自分がここに残るより、シキの方が断然ポーションを作るのは早いはずだ。


 「そういう事なら分かりました。私が行ってきます!」

 「ああ、頼むよ。魔獣はオーム山脈の向こう側、コロラ王国側の山から、発生しているらしい。すでにコロラ王国では大規模な部隊が討伐を開始しているらしいんだが、討伐を逃れた魔獣が山を越えてカプラス王国側にも流れてきているそうだ。それが結構な数らしくてね。ソレルの街の警備隊だけでは手が足りないらしい」

 「街まで魔獣が押し寄せてきているんですか!?」

 「その辺をこれからレイヴンに聞いてくるよ。その間にあんたは一旦管理棟に戻って、遠征の準備をしていな。少し長い遠征になりそうだからね、着替えやら身の回りの物が必要だろう」

 「分かりました」

 「じゃあちょっと行ってくるよ。私が戻って来るまでに準備しときな」


 ルティアナはそう言い残すと、在庫のポーションを抱えて、あっという間に研究棟を出ていった。

 フィオナは研究棟を出ると、芝生に寝ころんでいるシルフに思い切り抱きついた。

 しばらく会えなくなるのだ。しっかりもふっておかなければ。


 シルフを撫でまわしてから、魔植物園の森の先をじっと見る。

 行く前にシキに会いたかった。

 少しだけ待ってみるが、シキが戻ってくる様子はなく、フィオナは諦めて管理棟へと向かったのだった。


 管理棟に戻って荷物をまとめたフィオナが一階の薬剤室に下りると、ちょうどルティアナが帰ってきた。


 「お、準備できたかい?」

 「はい」


 荷物は簡単な着替えと身の回りの物だけだったので、小さめのリュック一つだけだ。


 「レイヴンに詳しい話を聞いてきたよ」


 いきなり国王に会いに行ってすぐに話を聞いてこれるというのは、さすがルティアナとしか言いようがない。


 「カプラス王国側で魔獣の被害にあったのは、国境ゲートのある砦と、コロラ山脈の麓にあるモマ村らしい。ソレルの街はまだ山脈から多少離れているから、魔獣が押し寄せているという事はないみたいだね。モマ村で生き残った人達もソレルの街に避難しているそうだ」

 「そうですか……」

 「どうやら魔獣は山の中を住処にして、山に近い村や砦を襲っているようだねえ」

 「それもいつソレルの街まで来るか分かりませんね……」

 「ああ、だから、これから魔法警備隊だけ先発して出発するそうだ。フィオナ、あんたもそれと一緒にいきな」

 「分かりました!」

 「じゃあ気を付けて行ってくるんだよ。こっちは急いでポーション作って物資部隊に持たせるからね」

 「はい、ありがとうございます」


 自分より背の低いルティアナが、手を伸ばしてくしゃっと頭を撫でてくる。しばらく会えなくなると思うとちょっと寂しくなった。管理棟を出ようとして、シキに会えなかったことが心残りで振り返る。


 「ルティ、シキに言っておいてもらえますか?」

 「なんだい?」

 「ちゃんと寝て下さいって」

 

 ルティアナは苦笑する。


 「一応言っておくけど、心配ならとっとと片付けて早く帰ってきな。あいつはあんたが居ないとどうせろくに寝やしないよ」


 言われてどきりとする。

 いったいルティアナは自分たちの事をどこまで知っているのだろうか。

 この三百歳の少女にはきっとなんでもお見通しなのだろう。

 フィオナは苦笑し、うなずいて、王宮に向け箒を飛ばしたのだった。



 警備部に着いて扉をノックして入ると、いつもより人が少なく殺伐としていた。いつもはもっと人がいるはずなのにがらんとしている。

 見渡すと、奥にロアルが誰かと話しているのが見えた。


 「ロアルさん!」


 声を上げて近づくと、ロアルは振り向いて、目を丸くした。


 「フィオナ!どうした?納品、じゃないよな?」

 「魔獣の討伐部隊に参加しに来たんです。警備部に行くように言われたんですけど」

 「ええ!?」


 ロアルと、話していた相手の男性が同時に叫ぶ。


 「フィオナ、参加するの!?」

 「うん、ルティは事情があって行けないみたいだし、シキはポーション作りがあるから、私が来たの」

 「マジか!」

 「ロアルさんも行くの?」

 「ああ、もちろんだよ。魔法警備隊からは、一番隊と三番隊が行く事になってるんだ。それから、指揮を取るのはこのリヒト副隊長」


 ロアルと話していた、ひょろっとした眼鏡の男性がフィオナに向き直る。


 「いやあ、前に一度ご挨拶したきりですね。副隊長のリヒトです。あなたが参加してくれるとは心強いですよ。本当にたすかりますよー、あははは」


 挨拶……したかな?

 そういえば総隊長と挨拶したとき、横に居たような気がするが、影が薄くて忘れていた。

 そうは言えず、笑って返しておく。

 どうにも頼りなさげな雰囲気の副隊長だが大丈夫だろうか。


 「リヒト副隊長、宜しくお願いします」

 「えーと、ロアル、フィオナさんは一番隊に入って貰いましょうか。君たちは親しいみたいだし、騎士杯の時も一緒にデモンストレーションをしているから、気心が知れていてやりやすいでしょうしね」

 「そうだな。いいか?フィオナ」

 「そうしてもらえると私も心強いです」


 知っている人が一緒だと分かってほっとする。

 なにぶん遠征など初めてで勝手が分からないのだ。


 「ロアルさん、他の一番隊のみんなは?」

 「今全員荷物をまとめに家に帰ってるよ。多分もうすぐ戻ってくるだろう。出発は一時間後の予定だ」

 「そう……」


 それなら、一度シキに会いに戻ろうかと考えていると、リヒトがおっとりとした口調で聞いてくる。


 「えーと、フィオナさん、今ロアルと地図を見ながら作戦を立てていたんですよ。良ければ一緒にどうですか?あ、無理ならいいんですよ、全然強制じゃありませんから」


 誘いながらも、わたわたと恐縮するリヒトに、本当にこの人が指揮官で大丈夫かと心配になってしまう。

 しかし、リヒトのいう通り、コロラ王国付近の地理をしっかり頭に入れておくのは大事なことだ。ましてフィオナは飛び入り参加みたいなもので、普段チームで行動している一番隊の足を出来るだけ引っ張らないように、地理や作戦はしっかり頭に入れておいた方がいいかなと、シキに会いに行くのは諦めた。


 リヒトとロアルが地図を見ながら話しているのを側で聞きながら、地図を頭に入れていると、ぞくぞくと見知った一番隊のメンバーが帰ってきて、フィオナを見て驚いた。


 「あれ!?フィオナちゃん!?」

 「チエリちゃん!」


 一番隊のなかで一番仲の良いチエリも帰ってくる。


 「え!もしかしてフィオナちゃんも行くの!?」

 「うん、一番隊に一緒にいれてもらう事になったの。よろしくね」

 「マジで!?やばい!うおおお!やったあああ!」


 チエリが雄叫びを上げて飛びついてくる。ここまで喜んでもらえるとこっちも嬉しい。


 「一番隊も三番隊もみんな揃ったみたいだな。じゃあ全員外にでて整列!」


 ロアルが叫ぶと、皆威勢のよい声を上げて外に出ていった。ロアルが指揮の方がよいのではないだろうか。

 全員が外に整列すると、リヒトがロアルにせっつかれて前にでてくる。


 「えーと、皆さん、おはようございます。あ、お疲れ様?かな?えーと、今回遠征に行くのは、コロラ王国との国境付近にあります、オーム山脈です。魔獣が大量発生したので討伐に行くことになりました。みなさん協力して魔獣を討伐しましょう」


 なんだその作文みたいな話し方は!

 若干顔を引きつらせていると、周りの隊員たちは、頑張れ!というような暖かいまなざしを送っている。


 「えーと、まずはソレルの街に行きます。そこで現地の警備隊と合流します。あとは……、えーと、なにかあったっけロアル?」

 「大丈夫です!」

 「はい、ではロアル君がいいというので、これで終わります。では各隊員は、部隊長のいう事をよく聞いて、迷子になったりしないようにしてください」


 遠足!?

 茫然と話を聞いていると、横腹をチエリが肘でつんつんと押してくる。


 「フィオナちゃん、ウチの副隊長あんなんだけど、やる時はやる男だから大丈夫だよ。人前でしゃべるのが苦手なだけだから」


 不安が顔に出ていたのだろうか、すかさずチエリがリヒトをかばう。だがチエリがそう言うならきっとそうなのだろう。


 皆準備を整えて箒を出すと、それぞれ王宮の正門に向かって飛んでいく。


 「フィオナ、チエリ、俺たちも行こう」


 ロアルの言葉にうなずいて箒を出して乗ろうとすると、チエリが空を見て声を上げた。


 「あれ?誰か猛スピードでこっち来るよ?うわ、めっちゃ早っ!」


 きらりと太陽の光を反射して黒い箒が光った。


 「シキ!?」


 一瞬でフィオナの横に降り立ったのは、まぎれもなくシキだった。


 「シキ、どうしたの!?」


 もしかして見送りに来てくれたのだろうか。だとしたら嬉しい。顔がほころびそうになる。


 「フィオナ、はあ、間に合った。忘れ物」

 「忘れ物!?」


 なにか忘れ物をしただろうか?見送りに来てくれたのかも、と呑気な事を考えていた自分が恥ずかしい。

 シキは、特区に行くときにフィオナが持ち歩いている小さなウエストポーチを手渡した。


 「これ……」

 「持って行って。ルティが在庫のポーションはほとんど遠征用に納品するっていうから急いでポーション作ってた。間に合わないかと思ったよ。これはフィオナが自分で持っていて」


 中を見ると、体力回復ポーションに、魔力回復ポーション、傷薬に解毒ポーションも入っている。しかも一本づつ特級ポーションも入っていた。


 「シキ、特級まで……。でもいいんですか?」

 「何があるか分からないからね。本当は僕が行くって言ったのに、ルティがダメっていうから。このくらいの我儘はいいでしょう?」

 「シキありがとうございます」


 嬉しくて胸がぎゅっと締め付けられる。


 「あとこれ、お守り代わりに持っていて」


 シキはフィオナの首に何かを掛けた。それはいつも魔植物園内で使っている金属の笛だ。


 「これって」


 思わず吹き出してしまう。吹いたところで、あまり意味はないと思うので、本当にお守りがわりなのだろう。


 「万が一どうしても危なくなったら吹きなよ。誰かが助けてくれるから」


 シキはフィオナの後ろに立っているロアルとチエリに目線を送った。

 もう、この人は本当に過保護だ。でも嬉しい。


 「シキ、ありがとうございます。なるべく早く帰れるように頑張ってきますね」

 

 にこりと笑って、箒に乗ろうとすると、腕を掴まれて、ぎゅうっと抱きしめられた。


 「シキっ!?」

 「うん、早く帰ってきて。そうじゃないと眠れないから」


 そう言って、すぐに腕をほどかれる。最後の言葉はフィオナしか聞こえないように耳元でささやかれた。

 熱くなってしまった顔で最後にもう一度シキを見ると、いつもの大好きな優しい笑顔がふわりと落ちてきた。


 「シキ!行ってきます!」


 フィオナはそう言って箒に飛び乗ると、王宮を後にしたのだった。

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