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内緒の薬

 「フィオナ、フィオナ。大丈夫?」


 優しく頬を叩く感触にはっと飛び起きる。


 「シキ!」

 「フィオナ、落ち着いて、大丈夫だから」


 どうやらシキの膝に頭を乗せていたらしく、慌てて周りを見渡すと、そこは特区に入る前の森の手前だった。


 「あれ!?ここって」

 「フィオナが倒れちゃったから一回戻って来たんだよ」

 「私、フウセンカズラのガス吸っちゃって、それで蔦に絡まれて森に引きずり込まれて……」

 「ん?フウセンカズラ?そんなのいなかったよ?フィオナ、歩いていたら急にふらふらし始めて、意識も朦朧として倒れちゃったんだ。多分ニジムラサキの鱗粉をほんの少し吸っちゃって幻覚を見たのかもね」

 「幻覚!?」


 蔦に絡まれた感触もあったし、引きずられるときの感覚も残っている。

 だがよく見ればあれだけ引きずられたのに、服は全然汚れていない。

 服を見て、首を傾げていると、くすりと笑われてしまった。


 「感覚があったんでしょ?」

 「はい。蔦に掴まれた感覚もあったし、魔力を吸われた感覚もありました。引きずられた時は痛いと思ったし……」

 「それが特区だよ。感覚があるから全く幻覚だと気づかない。それでポーションを飲まずにいたらそのまま、奴らの餌食だね」

 「幻覚だったのかぁ……、特区って本当に桁違いに恐ろしいですね……」

 「まだB区画はましな方だけどね。まあ、特区より手前の森に比べたら、危険度は段違いだね」

 「それなのに、シキだけじゃなくてシルフも余裕なんだから、情けなくなっちゃう」

 

 しょんぼりと肩を落とすと、シキが優しく微笑む。


 「大丈夫だよ。少しづつ慣れていけばいい。何せあと五年はずっとここに居るんだからね」

 「五年?」

 「うん、だって僕の専属補佐官でしょ?」


 嬉しそうに笑うシキに、フィオナは目を瞬かせて否定する。


 「私、あと五年のつもりはないですよ?」

 「え!?」


 嬉しそうな顔をしていたシキが、すっと真顔になった。

 この男は何を馬鹿な事を言っているのだろうか。


 「あと五年でシキを超えられるとは思っていません。十年でも二十年でも、ずっとここに居るつもりです。五年後は専属補佐官のサインしてくれないんですか?」


 心配になって尋ねると、シキは珍しくくしゃっと顔を歪める。最近は色んな顔のシキを見るなとちょっと嬉しくなっていると、ぎゅうっと抱きつかれた。


 「シキっ!?」

 「嬉しい」

 「じゃあ、五年後もサインしてくれますか?」

 「する」

 「良かった。シキっ、そろそろ離してっ」

 「うん、フィオナ。大好きだよ」


 そう言ってシキは腕を離すと、ふわりと微笑んだ。

 真正面から見つめられて、好きだといわれて、もう自分の気持ちが抑えられなくなりそうだ。

 もう苦しくて、苦しくて、自分の気持ちを伝えてしまいたい衝動に駈られる。

 口を開きかけて、それでもやはり怖くて、口をつぐんだ。

 代わりにシルフに抱きついて、悶々とする気持ちをなんとか紛らわすのだった。


  

 幻覚から回復すると今度はドクダミの葉を採りに行く。


 ドクダミの生えている場所はヒアザミの群生地より遠く、たどり着くまで行くまでに、さっきと同じように蔦とキイチゴに所かまわず絡まれて、よく分からない草だか蔓だかに数度転ばされた。挙句の果てはフウセンカズラに遭遇してしまい、シキがとっさにかばってくれなかったら大量のガスを吸い込むところだった。ちなみにフウセンカズラの実は幻覚でみた可愛らしいものではなく、人の頭ほどもありそうな巨大な実だった。


 やっとドクダミの群生地について目にした目的の植物は、フィオナが思っていたドクダミとはだいぶ違っていた。まず大きさが違う。普通のドクダミの五倍はありそうだ。なんでここの植物園の植物はチューリップといい、こうも大きいのか。

 それよりなにより、白い花の花弁の縁に、ギザギザとした牙のようなトゲがあるのは気のせいだろうか。


 「そうだ言い忘れていたけど、花弁の縁に鋭いトゲがあるから気を付けて。側に行くと、あの花、噛みつくみたいに襲ってくるから。葉っぱも気を付けてね。腕や足に巻き付いて捕らえようとしてくるんだ。葉っぱに巻き付かれて動けなくなったら、そのまま花が頭に噛み付いてくるからね」


 気のせいではなかったし、もっと早く言っておいて欲しかった。

 何?頭に噛みついて食べる気なの!?

 特区の魔植物、獰猛すぎるっ!


 シキは蔦やキイチゴをかわしつつ、ドクダミの葉っぱに向かっていくと、手にした鎌で巻き付かれる前に素早く刈り取っていく。時折ドクダミの花がシキめがけて噛みつこうとして、牙のようなトゲがカチンカチンと音を立てるのが聞こえてぞっとしてしまった。


 いつまでただシキを見ているわけにもいかず、ドクダミに近づいて、葉っぱに手を伸ばすと葉っぱはくねりとうねって、フィオナの腕に絡みつこうとする。

 何とかかわして、葉の根本から鎌で刈り取り、素早く離れ、飛んできたキイチゴに防御結界を張る。そうしてから、近づいてきていた蔦をかわして、次のドクダミの葉に向かっていく。

 息つく暇もない周囲からの攻撃に目が回りそうだ。

 それでも巻き付こうとしてくる葉をかわし、刈り取ると、後ろから他のドクダミの葉がフィオナの腕を掴んでぐいっと引っ張られてしまう。


 「ひゃあ!」


 この機を逃すまいと、他の葉も足に腕に絡み付いて、目の前にはキイチゴが飛んでくる。なんとかよけようと、身体をひねると、白いドクダミの花が牙をぎらつかせて飛びかかってきた。

 恐ろしさに思わず目を見開いて硬直すると、目の前に防御結界が張られ、フィオナに絡みついていた葉は全て切り落とされていく。

 またシキに助けられた。


 シキはそのままフィオナを抱きかかえると、ドクダミから少し離れた所で、自分の周り全体に防御結界を張る。


 「大丈夫?」

 「は、はいっ。こ、怖かったけど、大丈夫。ダメな時は、シキが来てくれるってちゃんと分かっているから」


 怖さで若干引きつりながらも、何とかにへらっと笑うと、シキは蕩ける様な顔で微笑んだ。


 その後も何度もシキに助けられながら、ドクダミの葉を採取していたが、最終的には、何か所かにキイチゴの実を身体に受けてしまい、ドクダミの葉っぱに巻き付かれ、そこにタイミング良くやってきたフウセンカズラの毒ガスを吸い込んでダウンしてしまった。

 そして気づいた時には、研究棟のソファに横たえられていたのだった。



 「そう落ち込まないで」


 管理棟まで並んで歩きながら、シキは優しくフィオナを慰める。

 すでに夜中の十二時近くになっていて、もろもろ疲労したフィオナを気遣って、今日は歩いて帰ろうとシキが言ったのだった。

 ただでさえ特区でヘロヘロになったところに、夕方になってから、急ぎのポーション依頼があり、遅くなってしまったのだ。体力と魔力はポーションでなんとかなるが、精神疲労だけはポーションではどうしようもない。とにかくフィオナはぐったりと疲れていた。


 「私、ここ三ヶ月で、随分魔植物園に慣れて、だいぶ能力も上がったかなと思っていたけど、とんだ勘違いでした」

 「特区初日なんてそんなものだよ。僕なんて特区に連れていって貰ったのはここに来て一年くらい経ってからだし」

 「そうなんですか?」

 「うん、だからフィオナは僕より全然優秀。だから落ち込むことはないよ」

 「シキは優しいですね」

 「そんな事はないよ。事実だからね」


 管理棟について、薬剤室に入り明かりをつけると、タイミングよく正面の扉が開いて誰かが入って来た。


 「パティさん!?」

 「あれ?フィオナたんにシキ君。あちゃあ、なんてタイミング」

 

 パティがしまったというような顔をする。


 「この時間ならフィオナたんは寝てるかと思ったんだけど、まさか鉢合わせとは思わなかったよ」

 「何ですか、パティさん。まるで私に会いたくなかったみたいな言い方じゃないですか」

 

 そう言うと、パティが白々しく口笛を吹いてそっぽを向く。なんてあからさまだ。


 「パティ、どうしたの?こんな夜中に」

 「あれ買いに来たの!」

 「え?もうなくなっちゃったの?」

 「だってえ」


 二人で内緒話のように話し始めるので、ちょっとむっとして話に割り込む。


 「あれって何ですか?パティさん」

 「あれとは!内緒のお薬さ!ね、シキ君」

 「ああ……、フィオナ、先に寝てていいよ。疲れているでしょ?」


 なんだかますます気に入らなくなって、食い下がる。


 「魔植物園の金のポーションは個人販売禁止なんですよね?パティさん。医療室で使うものなんですか?」


 ちょっと怒り気味に尋ねると、パティはやれやれといったように肩をすくめ、シキは困った顔でなだめる。


 「フィオナ、多分君が聞かない方がいい話だから、お願いだから、先に休んで」

 「シキまで!もしかして、何か不正しているとかじゃないですよね!?」


 さっと顔が青ざめていくのが分かった。まさかとは思うが、もしそんな事をしていて、シキがクビになったらと心配になってしまう。


 「フィオナたん、違うよお!シキ君いいよもう。早くちょうだい。遅くなるとシオン君に怒られるし」

 「あ、パティ。シオンにばらされたみたいだね。結婚おめでとう」

 「なにそれ、全然祝っているように聞こえないんだけど。それにプロポーズを受けただけでまだ結婚してないよ」

 

 二人のやり取りにそういえばと、フィオナも慌ててパティに祝福の言葉を贈る。


 「パティさん!そうでした!おめでとうございます!私、あれ見てすごく感動したんですよ!」

 「フィオナたんまでやめてくれよお……。もう、シオン君にしてやられたよ」

 「もう、素敵すぎて私悶えて死にそうになりました!」

 「あーもう、分かった、分かった。それよりシキ君早くちょうだい」


 シキがポケットから小さな鍵を取り出して、薬剤室の隅にある棚に向かう。

 そういえばあの棚だけ鍵がかかっていて、何が入っているのか知らなかった。

 シキはそこから、いつものポーション瓶の二倍の大きさほどの茶色い瓶を五本持ってきて、カウンターのテーブルに置いた。金のシールは貼られていない。


 「パティ、もうこれいらなくない?結婚するんでしょう?」

 「だめだよ。これは必要なの」


 シキの言葉に首をひねって尋ねる。


 「なんの薬なんですか?」


 パティは持って来たバックに五本の瓶をしまうと、あっけらかんとして言った。


 「避妊薬」


 その言葉の意味を理解してフィオナは顔を真っ赤にする。


 「はいシキ君、これ代金ね。てかさ、もうちょっと安くならないかねー」

 「ならないよ。大体なくなるの早すぎ。ほぼ毎日しないとなくならないペースでしょ」

 「うわー、シキ君セクハラ。ほら、フィオナたんを見てごらんよ!真っ赤になっているではないか」


 そりゃ真っ赤にもなりますよ!

 平然とあんな事を言うシキが信じられない。


 「だから聞かない方がいいって言ったのに」


 シキがつぶやくがもう遅い。


 「それでさあ、シキ君。もう一個お願いなんだけどさ、体力回復ポーション少しちょうだい」

 「また?」

 「だって、最近シオン君激しすぎて、寝かせてもらえないんだよ。それで次の日仕事とか無理だしさ。薬室のポーションでもいいんだけど、たまに気絶してて、起きたらもう出勤しないと間に合わない時間でさ。そんな時はここのポーションじゃないとだめなんだよね」


 とんでもない事を聞かされて、恥ずかしさでいてもたってもいられなくなる。とにかくこれ以上聞いていられなくて、先に二階に上がろうと、早口で二人に告げた。


 「あの、やっぱり、先に休みます!おやすみなさい!」

 

 逃げるように去ろうとすると、ぐっと腕を掴まれた。


 「フィオナたんー、何逃げようとしてるのかなあ!?ここまで聞いたなら、最後まで不正じゃないってことを確認していきたまえよー!」


 にたあっと笑うパティの目は完全に面白がっている。


 「パティ……。フィオナが困っているだろう?」

 「いいや!シキ君。こうなってはフィオナたんにも知っておいてもらって、シキ君がいない時はフィオナたんに薬を貰う様にするよ」

 「まあ、それもそうか。ていうか、いつまでも避妊薬使っているから、シオンに抱き潰されるんでしょう?いい加減諦めれば?」

 「そうはいかない!私にはまだやりたい事が沢山あるのだから!結婚はやむを得なかったが、子供はまだ作るつもりはないのだよ!」

 「シオンに同情するよ」

 「いいから、体力ポーションちょうだいよお」


 とんでもない会話が繰り広げられているが、二人とも金のポーションは個人販売禁止だと知っているはずだ。どうするつもりなのかと思っていると、シキは普通に棚から金のシールの貼られた体力回復ポーションを五本ほど持って来た。

 パティはそれもカバンにしまってしまう。


 「ありがと、シキ君!愛してるよ!」

 「僕は愛していないよ」


 心底嫌な顔でシキはそう告げる。


 「シキ、ポーション良いんですか!?」

 「うん、いいんだ。売ったんじゃなくて僕が個人で使う分をあげたって扱いだから」

 「ええ!?いいんですか?」

 「まあ、大っぴらには言えないけどね。魔植物園勤務者には、園内のポーションを自由に使って良い権利があるんだ。だから僕やフィオナがどれだけ使っても文句は言われない。だから自分が使う分で作ったポーションをあげたという事にすれは、販売ではないからね。まあ、これをパティが他に販売したら大問題だけど」

 「なんか十分不正ギリギリのような気がしますが」

 「まあね。だからフィオナはやっちゃ駄目だよ。パティの件はルティが許可を出しているんだよ、僕もルティの許可がなければこんな事しないよ」


 嫌そうに言うシキの様子に、本当に仕方なくしているのだなと分かる。


 「そういう事!フィオナたん分かってくれたかな!?」

 「はあ」


 あんまり納得はいかないがそう言うと、パティはやっと手を離してくれる。


 「じゃあ、フィオナたん、シキ君お休み!さらばだ!」


 そう言ってパティは嵐のように去っていった。

 その後シキと二人きりになったフィオナは、気まずさのあまり、逃げるように二階へと上がって行ったのだった。


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