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特区へ

 「フィオナ、今日は特区に行くよ」


 研究棟の作業場に入るなり、シキにそう告げられて、どくんと心臓が高鳴る。

 チューリップ畑の向こう側は、特区と呼ばれ今までとは桁違いに危険度が上がる。


 シキは棚から小瓶と注射器を持ってきて、作業台の上に置いた。


 「シキ、それは?」


 以前マムシソウに咬まれた時の血清のような小瓶に首を傾げる。


 「フィオナは特区初めてだからね。今日行くB地区にいる魔植物の毒に対するワクチンみたいなものかな。とは言っても、これを打ったからといって全く毒が効かなくなるわけではないよ。毒にやられても即死しないように身体の中に対抗成分を入れるようなものかな」

 「これを打ってなかったら、毒を受けた時点で即死ってことですか」

 「まあ、ものによっては即死することもあるって感じかな?さ、腕を出して」


 腕を差し出しながらも、さすがに怖くなり、顔がこわばる。


 「そんなに緊張しなくていいよ。ちゃんと僕がついているから」


 手慣れた様子でフィオナの腕に注射をしながらシキはにこりと笑うが、それでもやはり緊張は解けそうになかった。満月の夜、自分のせいでシキを危険にさらした事はまだ鮮明に覚えている。

 充分気を付けなければと、ますますフィオナの身体は固くなっていった。


 「それから、これも持ってね」


 小さなウエストポーチを渡されて、中身を見ると、そこには解毒ポーションや、回復ポーション、傷薬などが二、三本ずつ入っていた。


 「シキと一緒に行くんですよね?私もポーションを持つんですか?」

 「一緒に行くけど、特区に行くときはフィオナも自分で必ずポーションを持っていて。万が一すぐに助けられない状況になった時、自分でポーションを飲めるようにね。あとこの前渡した笛も首から下げておくこと。僕が君を助けられない状況になったり、万が一はぐれた時はそれを思い切り吹いて。ルティが飛んでくるから。まあ、そういう状況にするつもりはないけど、何があるか分からないのが特区だからね」


 シキは軽い口調だが、その内容にフィオナの心臓はばくばくと心拍数を上げていく。


 「じゃあ、行こうか。今日は特区のB地区にヒアザミとドクダミの葉を採りに行こう。ついでにアケビを見つけたら採ってこようかな」


 楽しそうに笑うシキに、少しだけ気分が和らいだ。


 研究棟を出ると、芝生で寝そべっていたシルフが顔を上げて、嬉しそうに近寄ってくる。

 今日もふわふわの真っ白な毛並みが風に揺れて、フィオナを誘う。

 緊張を和らげようと、ちょっとだけもふもふを撫でてから、箒を出して特区に向けて飛び始めた。


 「あ!シルフ、ついてきちゃだめだよ!戻りなさい」


 気づくとフィオナの箒を追いかけるように走ってついてくる雷獣に、慌てて叱って帰るように言うが、シルフはきらきらとした目を向けて全く帰る様子を見せない。


 「シキ!シルフがついてきちゃう!」


 慌てて前を飛ぶシキに叫ぶと、黒い箒が速度を緩め、引き返してくる。


 「ああ……、シルフ散歩だと思っているのかな」

 「散歩!?」

 「朝晩ルティがシルフを連れて園内を散歩させているんだよ」

 「え!?特区もですか」

 「うん、なにせこの子第一級魔獣だからね。園内のどの魔植物より強いんだよ。僕も昨日一緒に散歩に付き合ったんだけど、この雷獣、毒とか幻惑とか全然効かないし、襲ってくる魔植物はものともしないしで、びっくりしたよ。でも、反撃して、何個か魔植物をだめにしてルティに怒られてた」


 まさかの自分より早い特区デビューをしていると聞いて愕然としてしまう。

 シキは少し迷ってからシルフに話しかける。


 「来てもいいけど、魔植物をだめにしないって約束できる?」


 シルフはきらきらした目でぎゃう!と声を上げた。


 「わあ、シルフってそんな風に鳴くんだね。初めて聞いた!」

 「返事をするときはこの鳴き方みたいだよ。ルティとシルフのやり取りを結構見たけど、この雷獣は基本的にかなり頭がいい。人間に近いくらいの知能があるんじゃないかな。だからきちんと話すと理解してくれる。けれどやっぱり魔獣だけあって、攻撃されたり興奮すると、たがが外れちゃうんだ。そこがちょっと心配」

 

 シルフをじっと見ると、期待の眼差しで尻尾をぶんぶんと振っている。

 これだけを見ると、ものすごく大きい犬にしか見えないのだが。


 「シキはシルフが付いてきちゃって大丈夫ですか?私がただでさえ足を引っ張るのに」

 「大丈夫だよ。今日は特区でもB地区だから。さすがにもっと奥ならやめるけどね」

 「ならいいけど……。シルフ、私が言うのもなんだけど、シキを危ない目に合わせないでね」


 頼み込むようにじっと見つめると、シルフは元気よくぎゃう!と鳴いた。


 チューリップ畑に到着し、わっさわっさと揺れているチューリップ達を横目にシキは更に先へと飛んでいく。少し行くと、うっそうとした森が見えて来た。

 シキは森の手前で箒を下り、フィオナもそれに習う。

 ここから歩いて森に入るのかと身構えていると、シキが入る前にと、話しだす。


 「ここから先の森が、B地区だよ。ここには見えないだろうけど、魔植物逃亡阻止の結界が張ってあるんだ。僕達には反応しない術式になっているから心配しないでね。じゃあ、先に注意事項を言っておくよ。採りに行くのはまずヒアザミ。必要なのは花の部分。この植物は花弁が火をまとっていてそのままさわると火傷しちゃうんだ。だから風魔法をうまく使って花首だけ切り落して。切り落とすと火は消えるから。それからドクダミの葉。これは素手でさわっても問題ないよ。けど、花と葉っぱがかなり攻撃的だから気を付けてね」


 フィオナは頭の中でイメージする。聞いた限りではそんなに怖くないかなと思ってしまう。


 「まあ、素材はそんなものなんだけど、採っている間、他の奴らが色々してくるからそっちの方が面倒なんだよね。B地区の蔦に捕まると森の奥に引きずり込まれて、魔力を吸い取られるし、そこら中に生えているキイチゴは実を飛ばしてくるし。あ、その実皮膚に付くとそこから毒素がしみこんで、放って置くと最終的に死ぬからね。身体が麻痺してきたリしたらすぐに言ってね。後は、蔓を伸ばしてそっと近づいてきて、毒ガスを出してくるフウセンカズラとかは注意が必要かな。それは吸い込んだら今のフィオナなら即意識は持っていかれちゃうかな?」


 聞いただけで気が遠くなりそうだった。


 「シキはそんなのがいる中で、いつもどうやって採取しているんですか?」

 「基本的には防御結界で防ぎながら。その隙をついて襲ってくる奴とかは、適当に逃げたりよけたり。B地区の毒ガスとかは特に効かないからそのへんは放っているかな?」

 「……私大丈夫かな」

 「大丈夫だよ。そのほかにもちょこちょこいたずらしてくる奴がいるけど、そんなに多くはないから。さ、行こうか。防御魔法はいつでも使えるようにね」

 「はい……」


 シキに続いてさくさくと森に入っていく。

 その途端近くの木から蔦がしゅるりと向かってくるのが見えて、慌てて防御魔法を発動する。蔦は防御結界ではじかれるが、執拗に何度も襲ってきた。

 前を見ると、シキも同じように蔦に絡まれているが、まるで気にした様子はなかった。

 シルフにいたっては魔力で周りを威圧しているせいか、蔦に絡まれていなかった。

 羨ましい。


 視界の横からひゅっと何かが飛んできて、慌てて避けると、黄色いキイチゴが地面に転がっていた。 危ない。

 これがシキの言っていた、肌についたら毒素がしみこんでくる木の実か。

 そうこうする間に、左右から木の実がひゅんひゅんと飛び合う様になり、その隙をついて、蔦がなんとかフィオナを捕まえようと狙ってくる。

 身体の周りに防御結界を張りまくって、なんとかやり過ごしているが、このままの状態でずっといるのはなかなか辛い。

 そして、シキはもうすでに先を歩いて行ってしまっている。

 おいていかれないようにしないと、と駆け出すと、ムスビソウのような蔓が足元にするりとやってきていて、間一髪で飛び越えて避けた。


 怖すぎる!

 

 全く気を休める間もなく、背中に冷や汗が伝っていく。

 そんな様子を横のシルフがきょとんとした顔で見てくのがせつない。


 「フィオナ見て、これアケビだよ。採って行こう」


 嬉しそうな声に顔を向けると、木からぶら下がっている紫色のこぶし大の実を、シキが片手でもいでいた。


 「それって、アケビ酒のアケビですか?」

 「そう、特区中の森の中に生えているんだけど、一か所に固まってなくて、あちこち探し回らないといけないんだ。だから素材集めの時に、見つけたら採るようにしてるの」

 「へえ!これがあの美味しいお酒の元なんですね」

 「うん、もう先月から集めているんだけど、なかなか数が集まらなくて。フィオナも見つけたら採ってね」

 「はい!」


 そう話してる間も、蔦が周りをうねうねと動き回り捕まえる隙を狙っているし、防御結界に木の実が当たってくる。アケビを探している余裕はないかも……。


 「シキは全身に防御結界張らないんですね……」

 「うん、来たら追い払えばいいからね」

 「私もそうしたい所だけど、全部よけきる自信がないです」

 「ふふ、そのうち慣れるよ。さ、もう少し先にヒアザミが群生しているよ。いこうか」

 「はい」


 進んで行くと、急に木々がなくなり、一面に真っ赤な花が咲き乱れている場所に出た。

 急に気温が高くなって、むわっと暑くなる。


 「ここ暑いっ!」

 「うん、花弁が火をまとっているからね。服に燃え移らないように気を付けて。ここは蔦はこないけどキイチゴはいるからね」

 

 シキはそう言うと、風魔法を小さく起こして、ヒアザミの花首を切り落としていく。切り落とされたヒアザミの花弁の火は消えて、落ちた花首には赤く細い花弁がツンツンと生えている。

 それをさっと拾っていくシキを見て熱くないんだなとほっとする。


 キイチゴが飛んでこないか、周りを気にしながら、風魔法で目の前のヒアザミの花を落としていく。いくつか切り落としたところで拾うと、確かに熱くはなく不思議だなとまじまじと手の中の花首を凝視してしまう。

 うっかりヒアザミ採りに夢中になっていると、後ろから嫌な予感がして、がばっと振り向いた。


 「あっ……!」


 いつの間にか巨大な蝶がフィオナの真後ろで羽ばたいていた。

 特区の蝶だ。何もしてこないわけがない。

 瞬時に防御結界を強めると、蝶がその大きな羽根をわさわさとはばたかせて、フィオナに向けて風を飛ばしてくる。それと共に、きらきらと宙に何かが舞うのが見えた。

 

 鱗粉!?


 吸い込んだら絶対まずいと思ったが、防御魔法にばかり集中していたせいで、とっさに風魔法を発動することが出来なかった。すでに鱗粉が降り注いできている。


 ダメだ!吸ってしまう!


 そう思って覚悟を決めると、後ろから、ぶわっと強風がおこり、鱗粉が吹き飛ばされていく。

 ついでにその風にあおられて、蝶も吹き飛ばされていった。

 振り向かなくても分かる。

 いつの間にかすぐ後ろにシキが立っていた。

 優しい手が頭をぽんぽんと撫でていく。

 その手にいつも安心させられてしまう。


 「珍しいのが来たね。あれは希少種のニジムラサキだよ。滅多に出てこないのにラッキーだね。綺麗だったでしょう?」


 正直恐怖でいっぱいでどう対応するかしか頭になかったので、ムラサキっぽい蝶だなとしか覚えていない。


 「いっぱいっぱいであんまりよく見てなかったです」


 ふうっと息をついて肩の力を抜いた途端、キイチゴが飛んできて、シキが軽くそれを結界ではじく。息つく暇がないとはこのことだ。


 「そっかあ、紫なんだけど、光の加減で虹みたいにきらきら光ってすごく綺麗なんだよ。今度会ったらよく見てみて。でもあの鱗粉は吸ったらだめだよ。あれは幻覚作用があって、僕はいいけど、フィオナが吸ったら幻覚でおかしくなっちゃうからね」


 やはり恐ろしい蝶だった。特区怖い。


 それからも周りに注意しながらヒアザミを採取し、なんとか無事に数を揃えることが出来た。


 「それじゃあこのままドクダミを取りに行こうか」


 シキについて再び森に入ると、また一斉に蔦に絡まれフィオナはげっそりとしてくる。

 もう特区に入ってから、ずっと防御結界を張りっぱなしだ。魔力はまだ全然大丈夫だが、精神がごりごり削られていく。

 楽しそうに先を歩いていくシキに、軽くあくびをしながらゆらゆら尻尾を揺らすシルフが恨めしい。そうため息を落とした瞬間、すぐ横からプシュっと音がした。


 いつの間に近くに来ていたのか、細い蔓にぶら下がった緑色の小さな袋状の実がいくつも見えた。そしてその実の一つがまたプシュっと音を立てて少し萎む。


 「あっ!」


 もしやこれがフウセンカズラ!?


 気づくのが一瞬遅れて、その実が吐き出したガスを吸い込んでしまった。これ以上吸い込みたくなくて、慌てて風魔法でガス吹き飛ばすと、フウセンカズラはしゅるしゅるとどこかに消えていった。

 風魔法を使った瞬間防御が手薄になったのか、足に蔦が絡んでいてぐっと引っ張られて転ばされてしまう。同時にキイチゴが一斉に飛んできた。


 「ひいいいっ!」

 

 防御結界を張りなおして防ぐが、蔦にずるずると引っ張られていく。


 「やっ!し、シキ!」


 慌てて叫ぶが、シキの姿が見えずに全身に恐怖が駆け抜ける。


 「シルフ!」


 さっきまですぐ隣にいたシルフの姿も見えない。とっさに思い出して、首から掛けている笛に手を伸ばそうとすると、結界を張っていたはずなのに蔦に手首をからめとられてしまった。

 泣きそうになりながらもう一度シキの名を叫ぶ。


 「シキ!シキ!助けて!」


 身体中に蔦が絡まりついて全く身動きが取れなくなり、ずるずるとどこかに引きずられていく。だんだん身体が痺れてきた。蔦に魔力を吸われていく感覚がする。

 

 そのままフィオナの意識は闇に落ちていった。

 

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