サプライズ
王宮騎士杯の二日目が始まった。
二日目ともなると、勝ち上がってきた騎士達は誰もが強者揃いで、どの試合も息を呑む戦いとなった。
その中でアルトゥールだけは、依然飛び抜けて強く、対戦者が少し哀れになってしまうほどだ。
「アルトゥール様あ!かっこいいー!」
「アルト様素敵ー!」
すぐ後ろから、きゃあきゃあ言いながら大きな声援を送る声が聞こえて振り返ると、侍女姿の若い女の子三人組が頬を染めてアルトゥールに熱い視線を送っていた。
ふいにその女の子の一人と目が合ってしまい、向こうは驚いたような顔をしてから、隣の女の子達とひそひそと話し始め、こちらを軽く睨んできた。
思わず怖くて、ぱっと前に向き直る。
「どうしたの?フィオナ」
「なんか、後ろの三人女子に睨まれちゃいました。ひぃ、女子って怖いです、ユアラさんっ」
「何言ってるのよ。あなたも女子じゃない?」
「まだ私がアルトと付き合ってるとか噂が残ってるのかなあ……」
「それはないんじゃない?あなたはシキと付き合ってるってもっぱらの噂よ」
「はあ……」
実際の所、付き合っていないし、シキはフィオナを女としてみてもいないので、それはそれでなんともやるせない。
会場に目をやると、アルトゥールに負けた相手が、駆けつけた医療班に治療されている所だった。今日の医療斑の責任者はパティだ。切られた傷にポーションをかけて治していく。
頑張って作った傷薬が役に立っているようで良かった。
それからもアルトゥールは黄色い歓声を受けつつ、順当に勝ち進んで行ったのだった。
午後は一番隊と合流する。
「フィオナちゃーん!こっちこっち」
待ち合わせ場所につくと、手を振って声を上げるチエリに嬉しくなり思わず駆け寄ってしまった。
すぐ横にロアルもいて、朝よりだいぶ顔色が良さそうだ。
「ロアルさん、具合大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。結局パティ副室長に体力ポーション貰って飲んだんだ」
「なら良かったです」
ほっとして笑顔を向けると、ロアルも笑って返してくる。良かった。
試合はいよいよ大詰めで、残っているのは四名。
南騎士団から二名。中央騎士団から二名。
前に聞いた通り、南と中央が強いと言うのは本当のようだ。
アルトゥールの相手は中央騎士団のベテランらしい。
試合が始まると、さすがに今までの様に開始数秒で勝つと言うわけにはいかないのか、お互い激しい攻防が繰り広げられる。
だが、それも徐々にアルトゥールのスピードが圧倒し、ほんの一瞬の隙をついて剣が相手の利き腕を薙いだ。痛みに剣を落としてしまった所に、アルトゥールの剣が相手の喉元にピタリと止まり、試合終了の声がかかった。
わああっ!と歓声が上がり闘技場が揺れる。
その中をアルトゥールは表情一つ変えず会場を後にし、それがまた女性からの声援を増やしていた。
ぼうっとそんな様子のアルトゥールを見ていたら、つい今朝抱きしめられた事を思い出してしまったので、すぐに考えない様にと頭を振った。
「どうしたの?フィオナちゃん」
「え?あ、なんでもないの。アルト強いなあと思って」
「本当だね!この調子なら確実に優勝だよね!アルト君はもし優勝したら、誰に挑戦するのかなあ?」
「ああ、それはシオン副隊長みたい」
そう口にしてから、シオンに頼まれていた事を思い出して、はっとする。
「チエリちゃん、ロアルさん、私ちょっと用事を思い出した!行かなきゃ!ごめんね!」
「え?そうなの?残念、フィオナちゃん、またねっ!」
「フィオナまたな」
一番隊の面々に軽く声を掛けると、フィオナは闘技場の階段を駆け下りて行った。
一階に降りると、闘技場の反対側に向かって急ぎ足で歩いていく。
そうこうしているうちに、次の試合が始まって、歓声が上がった。
闘技場の反対側まで来ると、試合会場に通じる通路へと入っていく。
通路の端からちらりと会場を覗くと、丁度試合が終わったようでまた、わっと歓声が上がった。どうやら今度は中央の騎士が勝ったようだ。
フィオナの見ているすぐ先、会場内の端に設置された医療班のテントから、パティともう一人が、会場中央に向かって駆けていった。
フィオナは、ほっと息をついて、そのまま通路の壁にもたれ掛かった。
シオンに頼まれたのだ。
『実はね、二日目の決勝戦の後なんだけど、君に医療班のテントに行って欲しいんだ』
『医療班のテントですか?』
『うん、二日目は医療室のパティ副室長が責任者なんだけど、あの人毎年決勝戦が終わると、片付けとかが面倒みたいで、その後の挑戦試合を無視して帰っちゃうんだよ。今年アルトが優勝したら、指名されるのはきっと僕かナック隊長だと思うんだ。本気でやり合う事になるから、絶対にどちらかは怪我をする。そんな時責任者がいないと、重症だった時困るでしょう?』
『確かに。というか、毎年パティさん帰っちゃうって、周りの人達止めないんですか?』
『あの人を止められる人が医療室に居ると思う?』
『それもそうですね……』
『君なら彼女を止められるじゃないかなと思って』
『そういう事なら任せて下さい。私がちゃんと片付けまで責任を持ってパティさんを逃さないようにしておきます!』
『ごめんね、面倒な事を頼んで』
『いえ、シオン副隊長には、張り紙事件の時とてもお世話になったので、こんな事でよければいくらでもお手伝いします』
『ありがとう。助かるよ』
午前中まではちゃんと覚えていたこの約束を、うっかり忘れる所だった。この場所なら目と鼻の先が医療班のテントだ。パティを逃す事はないだろう。
会場に目を向けると、治療も終わり、いよいよ決勝戦が始まるようだった。
アルトゥールが姿を見せると、またもや会場は大声援に包まれる。相手は中央騎士団の若手有望株らしい。
試合が始まった。
やはり最初から激しい切り合いが繰り広げられる。スピードで他を圧倒していたアルトゥールだが、相手の持ち味もスピードのようで、お互いが、激しく剣を合わせ、時折互いの身体を剣がかすめている。
それでも、やはり、アルトゥールが徐々に押してきているようだと思った瞬間、相手の剣がアルトゥールの肩を薙いでいった。
「あっ!」
思わず小さく声を上げてしまう。
だが、アルトゥールは肩を切られたと同時に相手の懐に入り込み、その腹を薙いだ。
相手はがっくりと膝をついて倒れ込んでしまう。
アルトゥールの勝利が宣言されると、わっと会場が大きく沸いた。
派手に切られた相手もすぐに駆けつけた医療班と傷薬のポーションのおかげで、すぐに傷は塞がり、まもなく立ち上がって会場を後にした。
アルトゥールは医療班のテントで、肩に受けた傷の治療を受けるらしく、パティに面白半分に服を脱がされそうになり、その様子を見た女性観客からキャーキャーと黄色い声が上がっていた。
まったくあの人は相変わらず、すぐに人をおもちゃにしょうとするんだから困ったものだ
「それでは、優勝しましたアルトゥール君の指名した相手を発表致します!」
進行役が拡声器で高らかと相手の名前を告げた。
「挑戦試合の相手は、南騎士団副隊長、シオン・カルナ!」
わあああああ!という大歓声が起こり、フィオナとは対角線上にある通路から、シオンが入ってきた。
シオンはまっすぐアルトゥールの前まで歩いていくが、その視線の先が医療室のテントに向けられるのを見て、フィオナはそっと動いた。
壁に沿う様に、会場内に入ると、気づかれないように医療室のテントの後ろに回り込む。
様子を伺っていると、パティがガタリと椅子から立ち上がって、続けて声が聞こえてきた。
「悪いけど私帰るよ」
「え!?パティ副室長困りますよ!」
「まだあと一試合残ってるんですよ!?」
「いやー、悪いね。うん、なんか急にお腹が……イタタタ」
シオンの言ってた通りではないか。
まったく仕方ない人だ。
フィオナは気付かれないように、そっとパティの後ろにまわって、その肩に両手を置いて力を込めた。
「うわお!え!?フィオナたん!?びっくりしたあ!何してるのこんな所で!」
「パティさんこそどこに行こうとしているんですか?」
「いやー、ちょっと寒気がしてね。うん、悪いけど先に帰らせてもらうよ」
「さっきはお腹痛いって言ってましたよね?」
「寒気と腹痛が同時に!」
「だめですよ。ここの責任者なんでしょう?まだもう一試合残っていますから、一緒に見ましょう」
パティの肩をぐいぐい押して、席に座らせる。突然現れたフィオナに他の医療班のメンバーは驚いたようだったが、パティが引き留められて、ほっとしたような顔をしている。
やっぱりシオンの言うように、他のメンバーは止めるに止められなかったのか。
パティの腕をぐっと掴んだまま、フィオナは会場の中央に視線を向けた。
アルトゥールとシオンが向き合っている。
その様子をみながら、パティは訝しげに尋ねてきた。
「フィオナたん、なんでここに来たんだい?」
「シオン副隊長に頼まれたんですよ」
「え!?シオン君に?」
「パティさん毎年片付けが嫌で、挑戦試合前に逃亡するから、見張ってて欲しいって。シオン副隊長は本当にいろんな事に気が回る人ですよね」
「くぅ……。やられた」
珍しくがっくりとしているパティがおかしくて、つい笑ってしまった。
なんだかいつもの仕返しが出来たようでちょっと嬉しい。
いよいよ会場中央は緊張が高まり、審判が試合開始の合図を告げた。
離れていてもアルトゥールの気迫がひしひしと伝わってくる。
それに比べシオンはなんだかうっすら笑ったまま、ぼんやり立っていた。
アルトゥールがすさまじい勢いで切りかかっていった。
その後の光景にフィオナはまるで信じられないものを見たかの様に固まってしまった。
切りかかったアルトゥールをゆらりとシオンが避けたと思ったら、次の瞬間には地面にアルトゥールが倒れていた。
倒れた地面にじわりと血が広がっていく。
「え……」
会場は異様な静けさに包まれた。
シオンが避けた後の行動がまるで見えなかった。剣をいつ振ったのかも、アルトゥールがいつ切られたのかも。
ただ、倒れたアルトゥールからどくどくと流れる赤い液体だけが事実を物語っていた。
つかのま放心状態になっていた審判が、我に返ってシオンの勝利を告げると、パティが怖い顔をして立ち上がって声を上げた。
「ボケっとしてんな!治療するよ!」
その声でこちらもまた放心状態だった医療班のメンバーが慌てて立ち上がり、会場の中央に向かって走り出す。
まさかこんな呆気なく負けると思っていなかったフィオナも、パティの声で医療班と共にアルトゥールに駆け寄った。
「アルト!大丈夫!?」
駆け寄って声を掛けるが、気を失っているのかまるで反応はない。
「ファル、治療魔法で止血してくれ、フィオナたん、ミック、アルト君を仰向けに!」
仰向けにされたアルトゥールの腹部は真っ直ぐ横に切り裂かれていた。
深い傷口に思わず息が止まりそうになるが、すぐにファルと呼ばれた女性が、傷口に治療魔法をかけて血を止める。
その横でパティが、魔植物園の金シールが貼られた傷薬を腹部にかけてゆく。傷がみるみる塞がっていった。この時ばかりは本当に寝る間も惜しんで傷薬を作って良かったと思ってしまった。
塞がった傷口にファルがしばらく治療魔法をかけていると、アルトゥールが意識を取り戻した。
「アルト、大丈夫?」
顔を覗き込むと、アルトゥールはすぐに自分が切られて気を失っていた事に気づいたらしく、悔しそうに顔を歪めた。
「どう?立てそう」
手を差し出すと、アルトゥールは、バツの悪そうな顔で掴んで立ち上がった。反対側の肩を医療班の男性が支えて声をかける。
「念の為このまま医療室に行きましょう」
「アルト、そうしよう。ポーションで傷は治ってもすごい出血だったんだから」
アルトゥールの服は血まみれだし、地面も真っ赤に染まっている。
「シオン君、やりすぎ」
珍しくパティが怒った声で、シオンを睨んでいた。
でもこれは試合だ。確かにあの傷は酷かったが仕方ないと思う。
シオンはそんな抗議など全く気にするそぶりもなく、なぜがパティを見つめたまま、うっすらと不敵な笑みを浮かべていた。
パティとシオンが何か揉めている様子だったが、それよりアルトゥールを医療室に連れて行かなければと、もう一人の医療室の男性とアルトゥールを支える。
ずしりと体重を預けてくるアルトゥールに、やはりあの出血でだいぶふらついているのだと分かった。
心配でちらりと顔を覗くと、アルトゥールは眉間にしわを寄せたまま、フィオナを見ようとしなかった。
負けたのがよほど悔しかったのだろう。
まだ何やら揉めているパティ達に背を向けて会場を後にしようと歩いていると、突然拡声器から、シオンの声が会場中に響き渡り、フィオナは耳を疑った。
「パティ。愛している。結婚して欲しい」
え……?
ざわついていた会場がまるで音が消えた様に静まりかえった。
あまりの内容に思わず立ち止まって振り向き、二人を凝視してしまう。もちろんアルトゥールと医療室の男性も口をポカンと開いてその様子を食い入るように見ていた。
シオンは薄い笑みを浮かべたまま、拡声器を使って更に続けた。
「パティ、もう待てない。今すぐ返事が欲しい。僕と結婚してください」
そう言うとパティの目の前でひざまずいて、ポケットから指輪らしきものを取出して差し出した。
会場中がどっとわいて、キャーキャーと悲鳴が上がる。
なにこれ!?
シオンがパティにプロポーズしているという状況にやっと頭が追いついて、急に心臓が興奮でばくばく鳴り出した。
シオンとパティが何か話しているようだが、拡声器を地面に置いてしまっているので聞こえない。
それでもパティが顔を赤らめて動揺している様子が分かってしまい、見ているこっちがドキドキしてしまう。
パティがなかなか動かないので、会場全体が固唾を呑むように静まり返っていった。
そして、パティが泣きそうに顔を歪めると、その指輪を受け取った。
シオンが嬉しそうな顔で立ち上がると、パティを抱きしめて会場の真ん中であるにも関わらず深く口づけをする。
途端、会場が崩れてしまうのではないかというくらい歓声と地響きで揺れた。
「わあっ……!」
フィオナも思わず胸が熱くなり声を漏らしてしまう。まるで物語のクライマックスを見ているようで、興奮したまま釘付けになっていると、横でアルトゥールが何かつぶやいたような気がした。
ちらりと見ると、とても苦々しい顔をしている。
こんな幸せな場面を見てなんでこんな顔をしているのだろうかと思ったが、再び大きな歓声に視線を戻すともう一度二人は長い口づけをしていて、やっと唇を離したかと思ったらシオンがパティを抱きかかえて歩いていった。
見ているこっちが恥ずかしくなるくらい熱々の二人に思わず顔がにやけてしまう。
こんな風にプロポーズされるのはどんな気分なのだろうか!羨ましい。
もうニヤニヤが止まらない。
「いやあ、見せつけれてしまいましたね」
医療室の男性がほおっと息を吐いて、満面の笑みを向けて来る。
「びっくりしました!私、パティさんのあんな顔見たのはじめてですよ!」
「私もですよ、いやあ、良い物見せてもらいましたね」
「はい!もう私胸がいっぱいです。はあ、パティさんが羨ましいです。ね、アルト」
そう言ってアルトゥールを見ると、がっくりとうなだれていた。
「アルト!?え!?大丈夫?ごめん!すぐ医療室に連れて行くから!」
フィオナは慌ててアルトゥールを支えなおすと、医療室の男性と共に、慌てて医療室に向かうのだった。