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ロアル

今回はロアル視点です。

 ロアルは仕事を終えると、ローブから私服に着替えつつ、ぼうっと思い返していた。


 まさかフィオナが打ち上げに参加すると言うとは思わなかった。

 どうせ断られるだろうと軽い気持ちで誘ったのに、あっさり行くと言われて戸惑いを隠せなかったのは仕方ないだろう。


 「いや、まさか即オーケイだとは思わなかったから。断られるか、シキさんに聞いてからって言われると思ったからさ」


 ここ数ヶ月の付き合いでフィオナが一番に優先させるものを知っているだけに、こう聞いてしまった。

 だが帰ってきた答えに納得してしまう。どうやら今晩はシキは忙しいらしく管理棟に戻らないという。


 そうだよな。

 フィオナの一番は上司であるシキ・カーセスだ。

 見ていれば嫌というほど思い知らされてしまう。

 本人が気づいているのかどうか分からないが、フィオナはシキが好きだ。

 そしておそらくシキも。


 だからフィオナに出会ってから芽生え始めてしまったこの気持ちが、これ以上大きくならないように全力で抑えつけてきた。いや、現在進行形で抑えつけている。

 

 分かってしまうのだ。

 フィオナが自分を振り向くことはないと。

 そんな事やって見なければ分からないじゃないか、と馬鹿正直で真っすぐなアルトゥールならそう言うかもしれない。実際アルトゥールは、薄々フィオナの気持ちに気づいていながらも、彼女へ向ける気持ちをまるで抑えようとはしていない。

 少し羨ましいとさえ思ってしまう。

 昔の自分なら、アルトゥールと同じように、真っすぐフィオナにぶつかって行ったのかもしれないが、それでまた心に深い痛手を負う事が怖かった。

 

 そう、昔、とても好きな人に全力でぶつかって、振られたのだ。

 その彼女は今も王宮で働いていて、他の男と結婚してしまった。

 あれから立ち直るまでどれだけ苦しく時間がかかった事か。


 そうしてやっと気持ちに整理がついて、あらたに心動かされた相手は、また他の男を見ている。

 もう笑うしかない。

 なんだってこう自分が好きになる相手は、他の男を好きになってしまうのだろうか。


 それでも、フィオナと共に過ごす時間は楽しく、出来るだけ一緒にいたいと思っている自分が情けない。

 大体フィオナも悪い。

 冗談でも、うっかり惚れそうになったなんて言われたり、付き合いたい男ランキング一位が自分じゃないのかなんて言われたら、ほんの少しだけ期待してしまうではないか。

 まったく自覚なく人をたらし込むのだからタチが悪い。


 そう思いながらも、ロアルはこれからの打ち上げを楽しみにしてしまうのだった。



 着替えを終え、チームのメンバーと王宮の正門に行くと、ぼんやりと木に寄りかかっているフィオナが見えた。

 髪は一つにまとめたままだが、白い涼やかなワンピースを着ていてどきりとさせられる。

 チエリが走ってフィオナの元に向かった。

 チエリはチームのムードメーカーだ。彼女がいてくれるおかげで、皆がまとまりチーム全体が明るくなっているのだと思う。

 こんな風に誰にでも人見知りせず、すんなり仲良くなってしまうのは才能としか言いようがない。


 フィオナがこちらに気づいたので手を振って声を掛けると、チエリが彼女の腕を引っ張って連れてきた。

 チエリのおかげで、他のメンバーもすっかりフィオナに気を許している。

 後でまたあの人気の菓子屋のケーキでも買ってきてやるかな。

 チエリを見てそう考えていると、にこっと笑みを向けられた。

 ケーキだけだぞ。


 打ち上げが始まると、皆一斉に今日のデモンストレーションの話題に花を咲かせた。

 特にフィオナの土魔法で広範囲に木々を生やした術式と、そこからの樹氷にさせる流れに関心が高まり、彼女はあっという間にメンバーに囲まれて質問攻めにされている。


 そこから話題は徐々にフィオナの所属している魔植物園の話に移った。

 やはり怖い噂の絶えない部署だけあって、皆興味深々である。


 「魔植物園ってどんな植物があるの?」


 チームの誰かが質問すると、フィオナはそれは楽しそうな顔で話し始めた。

 

 「えーっと、森の中ではいたずらっ子の植物が多いかな。蔦で絡み付いてきたり、足を引っかけてきたリ、種を飛ばしてぶつけてきたリするの。でも大した事はしてこないから。ポーションに使う素材の植物は、よく使うものだと、唇に吸い付いてくる背丈くらいのチューリップとか、木の実を取ろうとすると根っこで攻撃してくる巨木とか、走って逃げる草とか、尖った針みたいな葉を飛ばしてくる木とか、まあ、色々沢山いるけど、慣れれば大丈夫だよ。シキがいるし。それに、即死さえしなければルティが治してくれるから。だからみんなが噂するような怖い所じゃないよ?」

 「……」


 全員黙り込む込むのは仕方ないと思う。自分も前に一緒に買い物に行った時に多少は聞いていたが、最後の一言が周りを凍り付かせた。

 即死しなければ大丈夫ってなんだ!?


 フィオナが魔植物園が好きなことは知っているが、さすがにそんな危険な所にいさせたくないないという気持ちが働いて、やんわり一番隊に勧誘してみる。

 昼間フィオナはこのチームをとても気に入ったように見えたので、もしかしたらという淡い期待があった。それでもし、一番隊に来てくれたら、シキと離れてくれたら、自分を見てくれる可能性だって少しはあるのではないだろうか。


 だが返ってきた答えは彼女らしいものだった。


 「ありがとうございます。私今日一緒にやらせてもってすごく楽しかったです。それにこのチームが凄く好きになりました」

 「フィオナちゃん!もしかして来てくれる気になったの!?」


 チエリが嬉しそうに目を輝かせて尋ねる。


 「チエリちゃんごめん。このチームはすごく魅力的だけど、私は魔植物園に居たいの。あそこが凄く好きで、仕事をしていてとても満たされる。だから私はやっぱり魔植物園に居たい」


 やはりな。

 そうだと思った。

 そう上手くはいかないよな。

 そんな心の声を代弁するように、チエリが食い下がる。


  「そっか……。でも、もし、一年後とか警備隊の仕事もしてみたくなったら、その時はこのチームに来てね」

 「えっと、それは無いと思う。だって、私、シキと専属補佐官の契約しているから」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 全員が固まっている中、ああそうかと納得する。

 フィオナは自分の気持ちに気づいているのだなと。

 そうでなければ、専属補佐官になんてなろうとは思わないだろう。

 そう思ったら、笑っていた。


 「あはははは!そう来たか!どおりで最近総隊長がフィオナの事何も言わないと思った!あははは!本当に面白いな、フィオナは!」


 本当に面白い。

 やばいな。抑えていた好きという気持ちが、今ので膨れ上がってくる。

 このままフィオナを好きな気持ちを、そっと消え去るまでしまい込むつもりが、理性が効かなくなりそうだ。


 飲むか……。


 ロアルはぐいっと酒をあおり、メンバーに次々に酒を注がれていくフィオナを見て、ふっと笑みをこぼした。



 「たーいちょーっ!おーきーてー!」

 「ああん、うるせえなあ……」

 「たいちょー!!」


 チエリの声にはっと我に返る。


 「やべっ!寝てた!?」

 「もう!みんな飲みすぎ!隊長までつぶれてどうするの!」

 「わりぃ、どのくらい寝てた?」

 「一時間くらい」


 周りを見渡すと、チエリとマシュー以外の全員が酔いつぶれていた。


 「フィオナは?」

 「フィオナちゃんもあそこでつぶれてるよ」

 

 チエリの視線を追って顔を向けると、フィオナがへにゃりとした顔でテーブルに頭を乗せて眠っていた。

 一瞬息が止まりそうになった。好きな人の幸せそうな寝顔というのは、こうも破壊力があるのか。


 「隊長、どうする?うちの奴らは放っておいても勝手に帰るなり寝るなりするだろうけど……」

 「ああ、フィオナはまずいよな。送っていくか」

 「だよね」

 「チエリ、悪いんだけどさ」

 「うん?」

 「魔植物園までフィオナをおぶっていくから、一緒に来てくれない?さすがに酔った女の子を男一人で送っていくのはどうかと……。シキさんがいないなら、なおさらさ」

 「あー、うん。分かった。一緒に行くよ」


 チエリはすぐに察して、にこりと笑ってからポロリとこぼした。


 「隊長真面目だよね。普通こういうのってチャンスなんじゃないの?酔っぱらって潰れた好きな子を送っていってそのまま、ガオーってしちゃうのが男なんだろうにね」

 「え……」

 「ま、そんな所がいいんだけどね」

 「え、チエリ、お前、今なんて……」

 「バレてないと思っているの、隊長だけだよー。チームのみんなを舐めるなよー」


 フィオナを好きなことが全員にバレていると知って顔が熱くなる。


 「くそっ。お前ら」

 「だからフィオナちゃんがシキさんの専属補佐官になったって聞いて、みんなあんなに、やけになって飲んでたんだよー。隊長に幸せになってもらいたいからねー。うちのチームみんな隊長大好きだから」


 なんだよ!それ!


 「ちくしょう!俺もみんな大好きだ!」


 胸が熱くなってそう叫ぶと、つぶれていた何人かがひらひらと手を上げて振った。


 「さ、隊長。フィオナちゃん連れて行こ」

 「そうだな」


 さすがに、山吹っ飛ばし事件の時のシキのように、フィオナを横抱きにして箒に乗るなどという事は無理なので、安全第一で背負って歩きで魔植物園に向かう。


 背中に好きな人が密着しているというのは、なんとも心臓に悪い。時折身じろぎしたり、寝息が首元にかかるだけで、全身が雷に打たれたように痺れてしまう。

 そんな内心をチエリに気づかれたくなくてちらりと見ると、小柄な彼女は鼻歌を歌いながらふらふらと楽しそうに横を歩いている。いつも騒がしいチエリだが、今は特に何かを話すでもなくただ一緒に歩いているだけだ。それでも居心地が悪くもなければ、気まずくもなのは、今まで一緒に過ごした時間が長かったせいなのか、チエリの才能なのかは不明だ。とにかく有難いのだけは間違いない。ケーキの他に焼き菓子も買ってやろうと心に決めた。


 南のゲートで警備中の騎士団員に事情を話し、すんなり魔植物園の中に入れてもらう。

 アルトゥールは明日も試合があるので、夜勤になる事はないだろうと分かってはいたが、ゲートにいたらどうしようかと内心ひやひやだった。

 こんなフィオナをアルトゥールが見たら、あの堅物真面目で直情的な男の事だ。面倒な事になっていただろう。いなくて本当に良かった。


 管理棟に到着すると、建物は真っ暗だった。


 「チエリ、どこかに明かりがないか見て」

 「うん」


 薬剤室のカウンターの奥にスイッチを見つけたらしく、ぱっと部屋が明るくなる。

 

 「フィオナ、起きて、着いたよ」


 背中のフィオナをゆさゆさと揺すると、小さくうめき声が聞こえた。

 だが起きる気配はなくぐったりと背中に寄りかかっている。


 「どうしようかな。勝手に上がり込むわけにもいかないし」

 「フィオナちゃん、フィオナちゃん!起きて!案内してくれないと、ベッドまで運べないよ!」


 チエリが背中のフィオナを揺すると、フィオナがうめくようにつぶやいた。


 「頭……痛い……。シキ……」


 その一言で胸をえぐられる。だが放って帰るわけにもいかず、フィオナをカウンターの椅子に座らせ、チエリに支えているように頼むと、通信機に手を当てた。

 出来たらこれだけは避けたかったのに。

 魔力を流し込んで、通信機に話しかける。


 「すいません、誰かいませんか」


 少し待つが反応がなく、もう一度少し大きな声で話しかける。


 「すいません!誰かいませんか!」


 少し間があって、通信機から声が聞こえてきた。


 『はい、こんな時間にどちら様?』


 男の声だ。

 そういえばもう夜の零時を回っている。そりゃあこんな時間といわれても仕方ない。


 「魔法警備隊のロアルといいます。フィオナをチームの打ち上げに誘ったんですが、仲間が飲ませすぎちゃって、寝ちゃったんです。連れてきたんですけど、起きてくれなくて……。管理棟の中に入ってフィオナを寝かせてもいいですか?」

 『すぐ行く。そこにいて』


 ぷつりと通信が切れると、はあっとため息がでた。

 チエリがフィオナを支えながら、苦笑いしている。


 ほんの数分で薬剤室の奥の扉が開いて、長身の男が入って来た。

 シキ・カーセスだ。


 シキはロアルの他にチエリが一緒にいる事に少し驚いた顔をしたが、その表情はすぐに、にこりと柔らかな笑みで隠れてしまった。

 

 「フィオナが迷惑かけたね。送ってくれてありがとう」

 「いえ、こちらこそすみません。チームの奴らが調子に乗って飲ませすぎてしまって」

 「いや、構わないよ。それに女の子と一緒に来てくれたのは、君なりに気をつかってくれたんでしょう?ありがとう」


 シキは柔らかく笑うと、チエリに支えられているフィオナに近づいて、軽々と抱き上げる。

 あまりに慣れた様子にまたもや胸が苦しくなった。


 「シキ……」

 「フィオナ、起きたの?」

 「頭……痛い」

 「飲みすぎだよ。ポーション飲める?」

 「飲め、ない」

 「まったく、仕方ないな」


 仕方ないとフィオナを見てふっと笑うシキの目は、とても優しくそれは愛しい人を見るそれだった。

 フィオナがシキのシャツを掴んで、顔を胸に押し付けてつぶやく。


 「シキ……」


 その甘えるような声を聞いた瞬間、もうここに居たくないと二人から視線を逸らした。


 「それじゃ俺たちは帰ります」


 口早にそう告げるとすぐに踵を返した。


 「うん、二人ともありがとう。気を付けて帰ってね」


 最後にシキにかけられた言葉は、全く耳に入らなかった。

 管理棟を出ると、後ろからチエリが続いて出て来る。


 「チエリ、わりぃ。送ってやりたいけど、一人になりたい」

 

 自分は今どんな顔をしているのだろう。

 とにかくチエリに見られたくなかった。


 「うす。んじゃお先に。隊長、大好きですよ。お休みなさい」

 

 背中でそう言われて、泣きそうになった。


 「おう!サンキュ」


 かろうじて震えずにそう返すと、後ろから箒が飛び去って行くのが見えた。

 空を見上げる。

 星も月も出ていない真っ暗な夜だった。

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