打ち上げ
王宮騎士杯一日目。
フィオナは一番隊のメンバーと共に観客席で試合を見ていた。
ロアルの予想に反して、アルトゥールは第一試合を全く危なげなく勝利して、ほっと胸をなでおろしてしまう。
それより驚いたのは、アルトゥールの試合になると、観客席から女性の歓声が一気に大きくなって、黄色い声が飛び交っていた事だ。
「アルトって本当に人気者なんだね……」
女性からの歓声の多さに目を丸くしていると、チエリが何を今更と顔を向ける。
「そりゃそうだよ!毎年アルト君の試合はこうだよ。格好いいし、強いし、クールだし、モテないわけないよ!それで明日の試合後には何人もの女性が告白して振られるという恒例儀式もある!フィオナちゃん、本当にアルト君とは付き合ってないの?」
すっかり仲良くなったチエリは遠慮なく聞いてくるが、それを全く嫌だと感じさせないほど、彼女は清々しい。
「付き合ってないよ?」
「そうなんだあ。じゃあ、他に付き合ってる人いるの?」
「おい、チエリ。そういうのやめろ。フィオナは、ただでさえ張り紙事件で大変だったのに」
「えー、隊長だって気になってるくせに」
「ロアルさん、別に大丈夫ですよ。チエリちゃん私付き合っている人はいないよ」
「ふうーん、そっかあ」
そう言うとチエリはあっさりと引き下がって、別の話をし始める。
肩上で切りそろえられたサラサラの金髪に、知的なアメジスト色の瞳、小柄で華奢な身体からは想像できない程明るく活発な性格のチエリを、フィオナはすっかり気に入ってしまっていた。
年はフィオナより五つ上らしいが、本人の希望で『チエリちゃん』と呼んでいる。けれどそう呼んでも違和感のないほどに、チエリには年の差を感じさせない何かがあった。
「ロアルさん、もうすぐお昼だけど、一番隊は午後からお仕事なんですか?」
「ああ、一時からは王宮の方で警備なんだ。明日の午後はまた空くけどね」
「そっかあ。せっかくみんなと仲良くなれたのに残念」
こうやって誰かと楽しく観戦できて、思いがけず楽しかったので、ついしょんぼりと肩を落としてしまう。
突然チエリが腕にぎゅっとしがみついてきた。
「隊長!フィオナちゃんが可愛すぎて持って帰りたい!」
「それは同感だが無理言うな」
「隊長権限で何とかしてよ!」
「出来るか!アホ!そうだ、フィオナ。今晩デモンストレーション成功の打ち上げを、街の飲み屋でやるんだけど、来ないか?」
「おお!隊長!それは名案!」
ロアルの誘いに、頭の中でシキの顔が浮かんだ。
今日は研究棟から戻って来ないと言っていた。
きっと一人で管理棟にいても寂しいだけだろう。
「行ってもいいなら、ご一緒してもいいですか?」
笑ってそう答えると、ロアルは意外そうな顔をした。
「え?本当に!?」
「隊長!来るって言ってるのにその反応はなんですか!」
「いや、まさか即オーケイだとは思わなかったから。断られるか、シキさんに聞いてからって言われると思ったからさ」
確かにシキが研究棟から戻らないと言っていなければ、そうしていただろうなと思う。
「今日、明日は、シキはルティの研究の手伝いで、研究室にこもり切りで管理棟には戻らないんですよ。それもあって、私、お休みなんです。だから、夜も暇なので」
「そういう事か」
ロアルが納得したように苦笑して、チエリは不思議そうに首を傾げる。
「フィオナちゃん、シキさんがいる時は自由に夜出歩けないの?」
「ううん、そういうわけではないの。ただ……」
ただ、自分が側にいたいだけとは言えず口ごもり、とっさに言い訳をする。
「ほら、黙って夜中に出歩くと心配させちゃうかなって」
「そっかあ!そうだよね。でも、今日フィオナちゃんが空いていて嬉しいよ!夜楽しもうね!」
ロアル達一番隊が行ってしまうと、フィオナは観客席に一人ぽつんと取り残された。
アルトゥールの次の試合はまだしばらく先だ。
どうしようか考えていると、どこかから漂ってくるいい匂いに、お腹がぎゅうっと反応する。
匂いの元をたどるように視線を向けると、観戦者が肉の串焼きを抱えているのが見えた。よくよく見ると、同じように、串焼きや飲みもの、サンドイッチや、ドーナツなどを食べながら観戦している人が見受けられる。
もしかしたら、どこかで食べ物が売っているのかと、席を立ち、観客席から一階の通路に降りていった。
通路の先、闘技場の外から、香ばしい匂いが流れてきて、フィオナはそれに惹かれるように歩いてゆき、外に出ると、闘技場の周りに沢山の屋台が並んでいた。
「うわっ!」
思わず嬉しさに声が上がってしまう。
なんだか街の噴水広場に来たような雰囲気に、思わずわくわくしてしまった。
昼時というのもあって、どの屋台も賑わっていて、目移りしてしまう。
ぐうっとお腹が鳴った。
どうしよう。串焼きも美味しそうだし、甘い物も食べたい!
ぷらぷらと何を買おうか見て回っていると、鶏肉のから揚げを売っている屋台に見慣れた姿を見つけた。
「アキ室長!ユアラさん!」
叫んで駆け出すと、二人も気づいて、手を振っている。
近くに行くと、ユアラが満面の笑みでフィオナを迎え一気にまくしたてた。
「フィオナ!見たわよ!開会式!すごく良かったわ!」
「見てたんですか!?なんだか知り合いに見られていたと思うと恥ずかしいです」
「何言ってるのよ!素晴らしかったわ!」
「俺はリハから見てたよー」
「え!?アキ室長、なんで!?」
「ほら、司会者が使ってる小型の拡声器、あれは俺が作ったの。だから朝一で拡声器のテストをしてたんだよ。そしたら君たちがリハ始めたから見てたの」
「全然気づかなかったです」
「うん、気づかれないようにしてたから。フィオナちゃん、なんか緊張してたみたいだしね」
「ずっと緊張しっぱなしでした。でも一番隊の人達、みんないい人ばっかりで、本番はすごく楽しかったです」
思い出してまた胸が高鳴ってしまった。
「そういえばシキは?」
アキレオがきょろきょろしながら尋ねる。
「シキはルティの研究で明日まで研究棟にこもるそうです」
「そっか、まあ、あいつこういうお祭りに興味ないしな」
その通りだ。興味ないと言っていた。
仲良さげに腕を組んで祭りを楽しんでいる二人をみて、羨ましくなってしまう。
シキと一緒に来たかったな。
少ししょんぼりしてしまったのを、すかさずアキレオがからかってきた。
「あれ?フィオナちゃん、シキと一緒に来たかった?シキがいなくて寂しい?」
「はい、寂しいです……」
どうせ、シキを好きだという事をユアラから聞いているのだろう。だったら、いちいち隠すのも馬鹿馬鹿しいし、よけいからかわれるだけだ。
しょぼんとしたまま答えると、アキレオがぴしりと固まった。
「あ、あれ?フィオナちゃん?今日は随分正直だね」
「だって、アキ室長、ユアラさんから聞いてるんでしょ?私がシキを好きだって」
「ちょっ!フィオナ!私言ってないわよ!」
ぽろりと暴露してしてしまってから、ユアラが慌てて叫ぶ。
「え……!?」
一気に顔に血が上って熱くなる。アキレオの口元が嬉しそうににんまりと笑みを作っていた。
やってしまった。
「フィオナちゃん、やっぱりシキが好きなのかあー!そうかそうか!」
「あ、アキ室長!まって、ちがっ。声大きい!」
「え?違うの?じゃあ好きじゃないの?」
「いや、その、それは、好きだけど……」
ごにょごにょと歯切れ悪く答えると、アキレオに盛大に笑われて、頭をぽんぽんと軽く撫でられた。
「もうっ、フィオナったら。早とちりなんだからっ」
「だって、ユアラさん、アキ室長に隠し事とか出来ないと思ったから……」
「私だって、アキに黙ってる事の一つや二つあるわよ」
「え!ちょっとまって、ユアラ!なにそれ!」
軽く口喧嘩しながらも仲良さそうな二人に、小さくため息が出てしまう。
「なになに、フィオナちゃん、元気ないねー。そんなにシキがいないと寂しいの?」
それもあるけど、それより、どうやったらこんなふうに、好きな人と両想いになれるのだろうかと考えてしまったのだ。
「アキ室長、どうやったら、シキは私の事女の子として見てくれると思いますか?」
「はあ!?」
「シキは私の事好きだと言ってくれるけど、妹とかペットとかそんな風に見てるんだと思うんです」
「シキに好きだと言われたの?」
「言われたけど、多分キノに好きだと言ってるのと、同じ感覚なんだと思います」
アキレオの顔が哀れみを浮かべる。ユアラを見るとこちらも同じだ。
そんなに私は可哀想だろうか……。
「前にアキ室長、私にシキに頼み事をするときのコツを教えてくれましたよね?今度はシキをドキドキさせるコツを教えてください」
いつも自分ばかりドキドキさせられていて、少しはシキにも意識して欲しいのだ。
アキレオは一瞬驚くが、すぐににたりと笑みを浮かべた。
「そういう事ならいくらでも教えるよ!」
「本当ですか!?」
「ちょっとアキ!フィオナに変な事吹き込まないでよ!」
「大丈夫大丈夫!そうだな……。シキをドキドキさせるねえ、そうだねー、これはどう!?こんど仕事中に倒れたら、シキに自分からポーションを飲ませて欲しいって頼んでみるとか!こんな風に、上目遣いで、『シキ、お願い、飲ませて』って」
上目遣いで目をぱちぱち瞬かせながら演技するアキレオがなんか腹立つ。
ユアラが若干アキレオを蔑んだ目で見ているが大丈夫だろうか。
まあそれは置いておいて、前に酔った時自分からポーションを飲ませて欲しいとねだった事がある。
確かにあの時シキは自分に手を出しそうになったと言っていたが、それはシキも酔っていたからだろう。
「それは……、もうやってしまっているというかなんとうか……」
「マジか……」
「じゃあ、ちょっとうっかりちらっと裸を見られちゃう的な……」
「馬鹿!何言ってのよ!」
わりと思い切りユアラがアキレオをぶっ叩いた。
裸は結構よく見られてしまっている気がする。ダマシハジキではもう恒例と言ってもいいくらいだ。
「えっと、それも、仕事中にわりと何回も……」
「ええええ!それで何にもシキ反応しないの!?あいつすげえ!」
やっぱりそれは女としてまるで見られていないという事だろうかと、涙が滲む。
「アキ!もう!まったく!フィオナ、この馬鹿の言った事は本気にしないで。シキはほら、感情をあまり外に出さない人だから分かりにくいだけよ。それに、そういうことはわざとやっても仕方ないのよ」
確かにそうかもしれない。
シキの気を引きたくて、くだらない事をしようとしていた自分にちょっと反省する。
「そうですね、ユアラさんの言う通りですね……」
「そうよ、そんな事をしなくても、好きになる時は好きになるし、フィオナは自然体が一番いいと思うわ」
「あ、俺もそれはそう思う!フィオナちゃんの天然の煽り方は破壊力があるからね」
「アキ?それは何の事かしら?」
「いや、何でもないです……」
ユアラはいつでもこうやって優しく諭してくれる。
大好きだ。
「ユアラさん大好きです」
ぎゅむうっと抱きしめると、ユアラが恥ずかしそうにあわあわとする。
後ろでアキレオがつぶやいた。
「ほらね、すごい破壊力でしょ」
☆
一日目の試合が全て終わり、アキレオ達と別れると、フィオナは一旦管理棟へと戻った。
アルトゥールは全ての試合をあっさりと勝ち進み、ちょっとほっとした。ロアルが負けるかもなんて言うから少し心配していたのだ。
管理棟に付くと、やはり誰もいなかった。
がらんとしてとても静かだ。
どこかにレオナが居るのだろうが、未だに姿は見せてくれない。
通信機が目に入る。
朝シキと一緒に朝食をとったのがとても昔に思えて声が聴きたくなってしまった。
手が伸びそうになってゆっくり首を振り、気持ちを切り替える。
今日はせっかくロアル達が打ち上げに誘ってくれたのだ。楽しまなくては。
フィオナは三階に上がってローブから私服に着替えると、再び管理棟を後にした。
ロアル達とは六時に王宮の正門の前で待ち合わせをしている。
まだ少し早い時間だが、待っていればそのうち来るだろうと、正門の前で箒から降り立つと、近くの木に寄りかかってぼうっと立っていた。
木陰は少し涼しくて、時折さっと吹き抜ける風がとても気持ちいい。
ああ、今シルフがいたら、絶対お腹を枕にして寝転がるのに。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、目の前にチエリの顔がひょこっと現れた。
「フィオナちゃん!」
「わっ!」
思わず驚いて叫んでしまうと、周りにいた一番隊のメンバーから、どっと笑いが起こった。恥ずかしい。
「フィオナ、行くぞ!」
ロアルがにっと笑って歩き出すと、私服に着替えたメンバーがその後を楽し気についていく。
フィオナもチエリに引っ張られて、一緒に歩き出した。
なんだか、こういうのも楽しいかもしれない。
連れて行かれた飲み屋は、飲み屋というには小ぎれいな店で、二階のフロアを一番隊で貸し切りにしていた。どうも馴染みの店らしい。
着くなり麦酒が人数分運ばれて、皆グラスを手に取ってロアルに視線を送る。
ロアルは苦笑すると、声を上げた。
「今日はみんなお疲れ。最高のデモンストレーションだった!そして飛び入り参加のフィオナ、盛り上げてくれてありがとう!じゃあ、とにかく、大成功を祝して乾杯!」
ロアルがグラスを持ち上げると、全員が、乾杯!と叫び一気に麦酒を飲み干していく。
そこからはもう、どんちゃん騒ぎだった。
「フィオナちゃん!あの木を生やす奴今度私にも教えてよ!」
「あ!俺も」
「私も!」
「それにしても、木を樹氷にさせるなんて、見事だったよ!樹氷と雪のコラボレーションなんて考えつかなかったね。本当なら水の演目のあと大噴水で終わるはずだったからね」
フィオナは一番隊のメンバーにあっという間に囲まれて、今日のデモンストレーションの魔法についてあれやこれや質問攻めにされた。
「あれは、前に魔植物園で、ルティが園内に雨を降らした時に、雪が降っている場所に連れて行ってもらって、それで思いついたんですよ」
「へえ!魔植物園の事も色々聞きたいわ!」
すっかりフィオナに気を許した一番隊の面々は、ここぞとばかりに謎に包まれた魔植物園の話を聞きたがって身を乗りだしてきた。
別に園内の事は機密事項でもなんでもなし、ルティアナやシキに話してはいけないと言われた事もない。
ここはひとつ、みんなに魔植物園を知ってもらうチャンスだ。
魔植物園に関しては、恐ろしいや、怖いなどという噂が多いので、機会があれば誤解を解きたいと常々思っていたのだ。
ここぞとばかりに、魔植物園でどんな仕事をしているか話し始める。
もちろん毎回倒れてシキにポーションを口移しされているなどとは言えないので、その辺はなんとなく誤魔化して。
「魔植物園ってどんな植物があるの?」
「えーっと、森の中ではいたずらっ子の植物が多いかな。蔦で絡み付いてきたり、足を引っかけてきたリ、種を飛ばしてぶつけてきたリするの。でも大した事はしてこないから。ポーションに使う素材の植物は、よく使うものだと、唇に吸い付いてくる背丈くらいのチューリップとか、木の実を取ろうとすると根っこで攻撃してくる巨木とか、走って逃げる草とか、尖った針みたいな葉を飛ばしてくる木とか、まあ、色々沢山いるけど、慣れれば大丈夫だよ。シキがいるし。それに、即死さえしなければルティが治してくれるから。だからみんなが噂するような怖い所じゃないよ?」
「……」
全員が黙り込んでしまった。
「フィオナちゃん。あのさ、即死しなければ大丈夫っていうのは、全然大丈夫じゃない気がするよ」
チエリが憐みの目を向けて来る。ほかの面々も皆引きつった顔をしていた。
あれ……。なにか間違っただろうか……。
「なあ、フィオナ。お前が魔植物園が好きなのは分かるけど、一番隊もなかなか楽しいだろう?今すぐじゃなくても、試しに転属してきてもいいんだぞ?もちろん無理に誘うつもりはないけどな」
ロアルが酒を飲みながらそれとなく勧誘してきて、皆他のメンバーがうんうんとうなずく。
「ありがとうございます。私今日一緒にやらせてもってすごく楽しかったです。それにこのチームが凄く好きになりました」
「フィオナちゃん!もしかして来てくれる気になったの!?」
「チエリちゃんごめん。このチームはすごく魅力的だけど、私は魔植物園に居たいの。あそこが凄く好きで、仕事をしていてとても満たされる。だから私はやっぱり魔植物園に居たい」
「そっか……。でも、もし、一年後とか警備隊の仕事もしてみたくなったら、その時はこのチームに来てね」
「えっと、それは無いと思う。だって、私、シキと専属補佐官の契約しているから」
「え……」
今度は全員が固まった。
その中で最初に我に返ったのはロアルだった。
「専属補佐官って五年間はその人に弟子入りするって奴だろう!?」
「そう」
「シキさんの?専属補佐官!?」
「うん」
一瞬間があいてロアルが笑いだした。
「あはははは!そう来たか!どおりで最近総隊長がフィオナの事何も言わないと思った!あははは!本当に面白いな、フィオナは!」
ロアルにつられて、皆も笑いながら、一斉にしゃべりだす。
「あのシキさんの専属補佐官とはねえ!」
「その話も気になる!シキさんって、怖いって聞くけど本当!?」
「あ!それ私も聞きたい!」
この後更にどんちゃん騒ぎになったのは言うまでもなく、フィオナは一番隊のメンバーに次々と酒を注がれて、酔いつぶされたのだった。