上級体力回復ポーション作成
「蜜しぼりが終わったら、次は、リンドルグの実を砕こう」
倉庫から、昨日採ったリンドルグの実を運んでくる。
「まずは、この実を適当に袋に入れて、棒で叩く」
シキは木の棒で、袋の上から、力任せに袋を叩いていった。
しばらく叩いた後に、袋の中身をコンテナにあける。
「こうやって叩くと、殻が割れて、中身が取り出せるんだ。殻はいらないから、ここから殻だけを取り除く。じゃあ、残りの実をやっておいて。僕はちょっと用意するものがあるから」
シキが出ていくと、フィオナは袋に実を入れて、木の棒を握りしめた。振りかぶって叩くと、中でぐしゃっと割れる感触がする。
フィオナは棒でどんどん叩いていく。
ぐしゃっぐしゃっと、次々と実が割れる。
「これは……」
きょろきょろと周りを見渡して、ニヤリと口角を上げた。
新しい実を入れて、木の棒を振りかぶる。
「チューリップの馬鹿野郎!」
ぐしゃっ!
「ルティの嘘つき!踊らなくても採取できたじゃないか!」
ぐしゃっ!
「このこのこのこのっ!」
ぐしゃっ!
「リンドルグの木め!次は覚えてろよ!」
ぐしゃっ!
「この女ったらし!笑顔鬼め!」
ぐしゃっ!
「ふう、スッキリした」
「そう?それは良かったね」
振り返るとシキが、にっこりと笑って立っていた。
「シキ……。いつからそこに……」
「リンドルグの木からかな?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
顔を引きつらせて、後ずさると、シキは不思議そうに首をかしげる。
「なんで謝るの?」
「女ったらしとか、笑顔鬼とか言ってごめんなさい!」
「ああ、それ僕のことなんだ」
「え……」
まさか気づいていなかったのかと、更に青くなる。
「そんな顔しないで、怒らないから。それよりもお手伝いさんを連れてきたんだ」
本当になんでもなさそうに、そう言うと、後ろから付いてきている者を部屋の中に招きいれた。
「え、お手伝いさん?」
フィオナは入って来た姿を見て目を丸くした。
それはどう見ても、大きめのハニワだった。
そして、それは三体シキの後ろに立っている。茶色い土で出来たそのハニワは区別するためだろうか、色違いの蝶ネクタイをつけていた。
「あの、それ、ハニワ?」
「そう、僕が作ったハニワ型お手伝いゴーレム。一人ずつ紹介するね。まずこの赤い蝶ネクタイでつぶらな目に丸い口の子が、マッド君一号。次に青の蝶ネクタイで、丸い目にニッコリ口なのが、マッド君二号。最後に黄色い蝶ネクタイに困った顔のマッド君三号。みんな動きはあんまり早くないけど、力仕事ならなんでもやってくれるから、必要な時はお手伝いを頼んでね。ただ、あんまり難しい注文は無理だから。例えば、チューリップを畑から倉庫に運ぶとかそういう単純なやつね。マッド君達も理解できない時は、首を振るから、その時は出来ないと思ってあげて」
「は、はあ」
「リンドルグの実を粉末にするのを手伝ってもらおうと思って」
シキは、フィオナが叩いた実を、風魔法である程度まで細かくする。
石臼の穴に入るくらいの大きさにすると、マッド君に話しかけた。
「マッド君一号と二号、この砕いた実を穴にいれて、石臼を回してくれるかい?ゴリゴリと音がしなくなるまで回すんだ」
マッド君達は、それぞれ運んで来た石臼に、砕けた実を入れて、石臼を回し始める。
「すごい!マッド君達優秀ですね!」
「でしょう。彼らがいるおかげでこういう、時間のかかる作業をやらなくて済むから助かるんだよ」
「本当にすごいです!それに、これを作ったシキも凄いです!」
目をきらきら輝かせて、興奮するフィオナに、シキはいつも通りふわりと笑った。
「さあ、フィオナ。僕達は、殻を取って、風魔法である程度まで細かくしてしまおう。それから先はマッド君達に任せられるから」
「はい!」
殻取りと、実を砕く作業は、あっという間に終わり、残りをマッド君一号と二号に任せて、フィオナはシキと魔力水を汲みに、泉に向かっていた。荷物持ちでマッド君三号も付いてきている。
「マッド君はどのくらいの重さまで荷物を持てるんですか?」
「そうだね、百キロくらいかな?」
「百キロ!すごい!」
「でも、持てるは持てるんだけど、見た通り、手もそんな長くないし、身体もキノくらいしかないから、うまく持てるように、籠に入れてやるとか、取手のついた桶に入れてやるとかしないと、運べないんだよねー」
「そうですよね。重さより、大きさの問題ですね」
「そうなんだよね。今マッド君より優秀なお手伝いさんの開発をしてるんだけど、なかなかうまく行かなくて。それにあんまり、でかいお手伝いさんじゃ可愛くないだろう?」
「え、そこが問題なんですか……。私は別に見た目はどうでもいいですけど」
「フィオナ、それは違うよ。いくらゴーレムといっても、一緒に仕事をするなら、可愛くないより、可愛い方が絶対にいい」
「じゃあ、どうして、キノみたいな子じゃなくてハニワにしたんですか?」
「人型ってね、難しいんだよ。ハニワくらいパーツが簡単だと、割とつくりやすい」
「へえ、そうなんですね。そのうち、ゴーレムの作り方も教えて下さい」
「もちろん」
そうこうしているうちに、泉が見えてきた。
「じゃあ、この小さめの桶で汲んで、マッド君に背負わせている桶に、水を入れていこう」
「はい。あ!マッド君はハニワだから水に濡れたらダメですよね?」
「いや、それは大丈夫だよ。ちょっと水がかかる程度なら問題ない。泉に落ちたりしたら、まずいけどね」
「なら良かった」
水をかけて、大事なお手伝いさんを、壊してしまっては大変だと思ったが、そのくらいでは平気なようで安心する。
二人でマッド君三号の桶いっぱいに水を汲む。
「よし、これだけ汲めば大丈夫。戻ろうか」
「はい。マッド君、運ぶのよろしくね」
フィオナがマッド君三号の前にしゃがんで、頭をなでると、困った顔のハニワはぎこちなく首を縦に振った。
研究所に戻ると、マッド君一号、二号はまだ石臼を回していた。粉末にするのは何気に時間がかかるらしい。
シキは今できている分の粉末を集めて瓶に入れると、作業台に置いた。
「フィオナ、それじゃあ、さっそくポーション作りに取り掛かろうか。上級魔力ポーションのレシピは覚えているかな?」
「はい、魔力水、百ミリリットル。チューリップの蜜小さじ一杯。リンドルグの実の粉末小さじ一杯、オドリコナズナ一本です」
「はい、よく出来ました」
シキはふわりと微笑むと、フィオナの頭を撫でる。
「では、これからポーションを作ります。よく見ててね」
シキは魔法陣の書かれた紙を作業台にのせ、その上に、太めの試験管をセットした。
「まずは魔力水、分量を試験管に入れます。このカップのこの目盛りが百ミリリットルだよ。きっちり目盛り通りにね。あと魔法陣にこぼさないように。次に、チューリップの蜜、リンドルグの実の粉末を入れる。そして、透明になるまでよくかき混ぜる」
カチャカチャと、細いガラス棒で試験管の魔法水をかき混ぜていくと、蜜と粉が溶けて、透明になる。
「透明になったら、ここにオドリコナズナを入れる」
シキは、虫取り籠に手を突っ込んで一本取り出すと、根をワキワキと動かしているオドリコナズナを静かに試験管の魔力水に沈めていく。オドリコナズナは、根を試験管の口に引っ掛けて、抵抗したが、シキは、ガラス棒でくるっとあしらって、魔力水に浸ける。オドリコナズナは魔力水にふれると、途端に動かなくなった。
「オドリコナズナは、魔力水にふれると、おとなしくなるんだ。あ、でも籠から取り出す時に、他のナズナを逃さない様に注意ね。一本取り出したら、すぐに蓋を閉めないと、時々、ぴょんって跳ねて出ようとする奴がいるからね」
シキは、調合した試験管をそっと囲むように、両手を添える。
「じゃあ、魔力を通すよ。水の色を良く見ていてね」
シキが魔力を込めると、魔力水は透明から、うっすらとピンク色になる。更に魔力を込めると、それは綺麗な透明な赤へと変わった。
「この色になったら完成。魔力がうまく流れきってなかったり、強すぎたりすると、色が薄かったり、濁ったりする。色が薄い分には魔力をもっと流せばいいけど、強すぎて濁ってしまうと戻せないからね。最初は、徐々に流してみて。濁ってしまうと、効能が少し弱くなっちゃって、納品出来なくなっちゃうから」
「はい!」
シキは出来上がったポーションを、魔法瓶に移す。ポーションは魔法瓶に入れておかないと劣化してしまうのだ。
「じゃあ、フィオナ、やってみて」
早速シキに言われた通りの手順で、魔法水に材料を入れていく。オドリコナズナを取り出す時は注意して、すぐに蓋を閉めた。
オドリコナズナを魔法水に沈めると、そっと試験管に両手をかざす。
魔力を少しずつ流す。少しずつ流す。
心の中でつぶやきながら、手のひらに魔力を集めた。
試験管の水はまだピンク色にならない。
「フィオナ、もう少し多く流してみて」
「はい」
流す魔力を多くしようと、手に集まる魔力をコントロールする。多めに魔力を流すと、今度は、あっという間に水が赤くなり濁ってしまった。
「あ!」
ぱっと試験管から手を離して、液体を見る。明らかに赤が濁って、液体の中に澱のようなものが浮いている。
「一気に流しすぎちゃったね」
「すみません……」
がっかりと失敗した液体を見つめていると、シキの手が頭を撫でる。
「最初からそんなにすぐは出来ないものだよ。気にしない」
「でも、せっかくの材料を無駄にしちゃいました」
「効能は落ちて納品はできないけど、これは研究所でみんなが飲むように使うから大丈夫だよ。さあ、もう一度」
フィオナは失敗したポーションを魔法瓶に移すと、再び薬を調合する。
魔力を流そうと、試験管に手を添えると、後ろからシキがフィオナの手に自分の手を重ねてきた。
朝の蜜絞りと同じ状況に、仕事の為で、他意は無いと分かっていても、フィオナはやはり顔が熱くなる。
「僕がフィオナの手の上から魔力を流すから、どのくらいの魔力なのかを感じてみて」
耳元でささやくなー!と心で叫び、くすぐったさに耐えてなんとかうなずく。
ふわっと触れているシキの手から、魔力が流れ出すのを感じた。
魔力にも人柄がでるのだろうか。
とても柔らかく、優しい感覚に、思わずシキの手から流れる魔力に魅入ってしまう。
「良く感じて。ほら、水の色が変わってきた。もうすぐ赤になるよ」
シキの魔力がふわりと流れ、水の色が綺麗な赤になる。
「ここでストップ。この感じ。さあ、もう一度」
フィオナは再び材料を調合して、試験管に手を当てる。またシキが後ろから手を回してきた。
何度されても、やっぱり慣れない。顔が赤くなるのをシキは分かっているのだろうか、とフィオナは恥ずかしくてたまらなくなる。
「今度はフィオナが流してみて」
シキに手を包まれて、バクバクしている心臓をなんとか落ち着けようと、深呼吸する。
集中しろ!集中!
フィオナは自分に活をいれると、魔力を手に集め始めた。
さっきのシキの魔力を思い出す。
「フィオナ、いい感じだよ」
「はいっ!」
「さあ、流してみて」
水がピンク色になる。
「そのまま、そのままだよ。弱めないで。大丈夫だよ」
耳元でシキがフィオナの魔力を感じながら、指示を出す。
ほんの少し魔力を上げる。
「いい感じ。そのまま流して」
褒められて、嬉しくなり、魔力を込める。
「あ、フィオナ!ダメ!」
魔力を込めすぎてしまった。
さっきのよりは、酷くはないが、赤が濁っている。
「難しいですね……」
「普通のポーション作りよりも、魔植物を使ったポーションは、魔力操作が繊細なんだよ。大丈夫、もう一度やってみよう」
シキは根気強く、フィオナを励ます。
「シキは優しすぎます」
「そうかな?僕はちゃんと頑張る子には優しくするよ」
背中越しに、ふわりと微笑んでいるのが伝わってきて、フィオナもにへらっと笑った。
「さあ、もう一度やってみよう」
「はい!」
付きっきりでシキにポーションの魔力操作を教わり、なんとか失敗しないようになったのは一時間後だった。
失敗したポーション十二本。
情けない……。
「フィオナ、出来るようになったね。飲み込み早いよ」
シキがにっこりと笑いながら、フィオナの頭を撫でる。
これはもしかして、小さい子供と同類に扱われているのかと、なんとなく察した。
「シキが魔力操作を教えてくれたおかげです。ありがとうございます」
「僕は君の指導係なんだから、教えるのは当然だよ」
ポーションがちゃんと出来るようになって、一安心すると、フィオナの腹がぐうっと音を立てた。
「あ!もうお昼過ぎてるね。休憩にしよう」
「はい、お腹空きました」
「何が食べたい?」
「えーっと、パスタ!」
「任せて、パスタは得意なんだ」
「やった!」
「しっかり食べて午後は残りのポーション作りだね。フィオナ、ポーション百本今日中だから頑張ってね」
さっき優しすぎると言ったのを取り消してもいいでしょうか?この笑顔鬼!
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